プロローグ:ある旅人が女神の遺跡で
自然豊かな美しい森林。太古の建造物であり朽ち果てた廃墟がノスタルジックな趣を醸し出す。
苔生したかつての街道らしき通路に幾重にも蔓植物がアーチを象り、複雑な迷路として半ば迷宮の様相を呈していた。
加えて恐ろしい魔物が徘徊するその中心に、岩に突き刺さった聖剣が佇んでいる。
「抜けねぇ、ホント抜けねぇ」
広い遺跡にただ一人の人間として、若い女がいた。
垂直に刺さった剣を抜こうと格闘してもう6時間以上が経過している。
たまに寄ってくる魔物は、ものともせず投げ飛ばし、伸した状態で周囲に転がす。
やや小柄な体格に逞しい腕は、いくつもの血管を浮き上がらせ、ぎりぎりと唸る。
柄を握る両手からは荒縄を絞り上げたような厳しい音が響き渡る。
それでも剣はびくともせず、彼女は自らの足が地面に沈み始めたのを感じて手を離した。
「ああくそ! おかしいだろ、どうやって抜けってーの」
短めの黒髪をかき回しながら、聖剣の台座とも言うべき岩に、本日は何度目かの蹴りを入れる。
意外に短気だ。
ズン
という音が響き渡り地響きが起こると、彩り鮮やかな鳥達が一斉に羽ばたいた。
その様子を不機嫌に見送った彼女は、とりあえず腕を組んでみる。
数時間前に彼女は岩の破壊を試みていたが、駄目だった。
仮にも彼女の掌底は分厚い岩盤ですら容易く割れたが、目の前の小さな岩には効果がない。
少し前に岩ごと掘り返して持ち上げる策も失敗に終わっている。
岩のすぐ下部は地面に埋まっているのだが、下にある土は見た目は周囲の土と同じでも、どれだけ崩そうと思っても不動の塊。
つまりは、岩と同じ事だろう。地面と岩と剣は、完全な固定をもつ、不思議な力でもって存在していた。
「イライラしてきた。おちつけ私、我慢だ」
彼女は近くに置いていた鞄の前にあぐらをかいて、その中から小瓶といくつかの小物を取り出す。
小瓶のフタを開けると、中には細かく刻まれた茶色の葉っぱ。いわゆる煙草の葉。
少し前に大きな街で手に入れた、最近お気に入りの銘柄だった。
フタを地面に置いて、右手で葉をひとつまみ、さっき取り出した木皿の上に葉を載せる。
皿の上の葉の塊をジッと見ながら揉むと、ほんのりと湿り気を感じた。それから湿り気を探るように葉の塊を細長く整形。
指の長さ程の長方形の茶色紙の束から一枚を取り出し、そこにちょうど同じ位の長さになった葉の塊を載せる。
「ふっふふ~ん」
葉と紙の具合を確認しながら、丁寧に紙で葉を巻いていく。
最後の一巻きというところで、紙の長辺の縁を舌先でつーと舐めて湿らせたら、クルッと丸めて手巻き煙草が完成した。
出来たてをヒョイと口に咥え、いそいそとマッチ箱に手を伸ばすが、マッチ箱を持つ手が震えたかと思うと、いきなり険しい顔となる。
一気に開けて悲鳴を上げた。
「ぅぁじか! 空ぁ!?」
思わず出た言葉と同時に、煙草も口から飛び出すが、下唇の水分に紙が引っ付いて落ちず、絶妙な位置でプラプラと揺れている。
その先から落ちていく葉の様子が、間抜け顔に拍車をかけていた。彼女は硬直から復活すると煙草を握りつぶす。
「ちくしょー。おめーがその気なら、やってやんよ」
この台詞は多分、マッチの数すら覚えていない自分を棚に上げた怒り。
運命とか神様などの存在に向かって己を不運にしやがって、などという意味で罵っていると思われる。
自意識過剰で、理性の低い人間のなせる業だ。
あと知性も。
「抜けないならどうする。掘れねぇし。割れないし…」
剣の傍を徘徊する様は、類人猿の如く。
彼女には、この剣を抜かなければならない理由があった。
“聖剣”の封印を解いて、女神のいる伝説の塔へ行きたかった。
「やるしかないかぁ、もう全力でやっちゃおうか」
コレは負け惜しみではなく、彼女はまだやっていない奥の手がある。
何度も抜こうと試した感触から、とある確信めいた方法。
「でもなぁ、いいのかなぁ。大丈夫かなぁ」
そろり、と右手が聖剣の柄を掴む。
「まぁ、いっか」
その方法とは―――
「オラァ!」
バキン!
「っしゃ抜けたぁ!」
折った。
岩に刺さった伝説の聖剣は、こうして勇者様でもない彼女にお持ち帰りされた。
これによって彼女の目的は永遠の未達が確定する。岩に施された女神の塔への封印は、解けなかった。
岩に残った聖剣の切っ先により、封印は未だに聖剣が刺さったものと認識されていたから。
それどころか、よりにもよって綺麗に岩の表面部分で折られた。
岩に残った切先側の折断面は岩の面とほぼ同化、仮に伝説の勇者様でも抜けなくなった。
あえて言うまでも無いことだが、岩は封印の力により破壊不可能。
剣側でも同じように能力は封印されたままとなり、今後も抜けないのであれは、聖剣本来の力は永久に失われたと同義。
「いい汗かいたなー! 帰ってお風呂に入ってからマッサージ!」
ただの剣と化した元聖剣を担いだ女は、上機嫌で岩を後にする。
この日、人類は魔王に対抗するために必須とされた二つの要素、聖剣と女神の加護を同時に失ったことになる。
・・・
お分かり頂けただろうか。以上が、この物語を決定づけた日の一部始終。
今は風呂とマッサージで頭がいっぱいの、ただの主人公。
事実を知った彼女が、体中から体液を垂れ流して後悔するのは、そう遠くない未来のことである。
それでは、改めて紹介しましょう。
この物語はアホのキャリーオーバーたる、セツ子と呼ばれる女が主人公です。
持ち前のタフさで掛かる火の粉も何のその。
惜しむらくは、足元にある幸運の芽に気づかず、巻き添えで灰にして回ること。
舞台となる世界は、私達のよく知る地球によく似た惑星。
それらについて、あえて説明は不要かと思います。
明確なイメージを持たせたい場面以外は、細かな描写をあえて伏せています。
皆さんのお好きに補完、読み換えてください。
これからセツ子と、その他登場人物達が巻き起こす酷い冗談は、いつかの懐かしい未来。
どこかで見たり聞いたりしたものばかり、かもしれません。
それでもよければ、お先へどうぞ。
次の物語は少し時間を戻して、彼女の視点から始まります。
C:¥User¥m_uzuki>traceroute s_setsuko -f?
お読みいただきありがとうございました。
はじめまして。
渦木魔王です。
本サイトに初投稿させて頂きました。
この物語の主人公であるセツ子というキャラクターは、
私の未完成小説のキャラクターから生まれた、ある種のスピンオフ作品です。
しかも未公開なのでスピンオフというのも甚だおかしな表現ですが、
セツ子のキャラに関しては既に完成されています。
物語もある程度の開始とラストが見えてきたので、投稿を開始した次第です。
皆さんにどうやってセツ子を表現していこうか、今から楽しみにしております。
ただ先にお伝えしたいのが、私は作品を書き溜めてはおりますが、推敲に100倍時間を掛けるタイプです。
それでは読者の皆様に感謝しつつ、最後までよろしくお願いします。