091 心からの謝罪
西フラクテス国の軍施設から飛び立ったオレは、夜空の散歩を楽しんでいた。
10分後―――飽きて来たので、地面に降り立った。そして【瞬間移動】で、東ヒロント国コルメニシアの近くにある駐屯地へと戻ることにする。風情が無い? だってこの方が早いし。
跳んで来たのが人目に付かないよう、埋め込んであるオレ魔石の場所には、簡易のテントが張られている。そこを出ると、警戒の為に見張りをしている兵士が目に付いた。
「あ。お帰りなさいませ?」
もう少ししたら明け方になりそうな時間。歩哨の彼は、姿勢を正して挨拶をして来る。
「ああ。御苦労さん」
そう返事を返して、自分に割り当てられたテントへと向かった。
……良く考えたら、オレ魔石を埋めてある所のテントを使うか、オレの寝る場所になってる所へ座標感知用の魔石を埋めれば良くね?
ここの魔石を埋めてある場所は、広場の隅っこの方だ。若干人目に付き易いので、後者の案が妥当か。
それを提案しようと心に留めておき、夜が明けて皆が活動を始めるまで、軽く寝所で横になることにした。
朝食の後、駐屯地では会議が開かれた。総司令官のテトリアと、幕僚たち数人、そしてオレが参加者だ。
「まず、近場の偵察の報告です。変わらず小規模の魔物がコルメニシア方面を目指しているとのこと」
「ふむ。ミツルが倒したのは、国境以降の魔物だったか? なら、しばらく今まで通りなのは仕方ないな」
「戦闘も、現在の陣地で問題無いでしょう」
「国境付近までの偵察部隊も、昨日のうちに出してます。西フラクテス国との境にも複数行かせてますので、数日したら状況が判明するかと」
「うむ」
有能な幕僚からの報告を受け、総司令官のテトリアが指示を出して行く。
と言っても、普段と変わることが無いものばかりらしく、手短に終わった。
「それで、ミツルが手に入れた情報は、どんなものだ?」
「そうだな。オレが向かったのは、国境沿いから伸びている壁、それに程近い街ギュラテスの傍にある、相手の駐屯地だ。
夜中にそこへ忍び込み、怪しい書類を幾つか持ち出して来た」
少し前にやったことを、説明する。
「気付かれずに忍び込めたのか?」
「…………」
口を閉ざし、目を逸らすことでオレは回答とした。
「まあ、気付かれても達成出来たのなら、今問題にすることでは無いな」
「それと、騒ぎになった際……」
「おい」
「向こうの駐屯地に取材へ来ていた記者と接触してな。少し話をすることが出来た」
「今、騒ぎになったと……」
テトリアが、額を押さえて頭痛いアピールをしてくるが、オレは極力反応しないことにした。
「向こうの、西フラクテス国の民衆も、軍部の不審な動きを察知していたみたいで、その記者も何か不審な点が無いか探っていたようだ」
記者のバルバインから得た情報を、掻い摘んで話しておいた。
そして最後に、盗んで……ゲフンゲフン!……拝借して来た書類の束を、『アイテムボックス』から取り出して机の上へと置いた。
「これが、その書類だ」
ワッと、幕僚のほとんどが飛び付くように群がった。
オレはそれに押されるように排除され、机の近くから弾き出される形になった。バイタリティ溢れるなぁ。
「これは……住民の避難計画書か。村が53ヶ所に、小さな町が7ヶ所、合計すると避難対象は2万人を超えてるな」
「こっちは魔物を迎え撃つ為の、武器や弾薬、魔法兵の配備に関する申請書だ」
「おい、これはヤバいぞ! 魔物を防ぐ為の壁の建設に関する書類が、山ほどだ! しかも日付が1年以上前だ!」
「何だって!?」
次々と読み解いて行く幕僚の方々は、唾を飛ばし合いながら怒鳴り合っていた。
「うん、これ収拾がつかないな」
「……スミマセン。午前中に何とか精査して情報を纏めますから、昼食後に午後の会議を開いて貰って、そこでの報告で構いませんか?」
「オレは構わないが……テトリアは?」
「こんな混沌とした状況に仕立て上げた元凶が、良く言う。このまま会議が続けられる雰囲気でもあるまい。午後で構わん」
そのまま朝の会議はお流れとなり、オレは暇となった。
気分転換に、ロークト王国の元金鉱山、ユスカ鉱山へと金の抽出をしに行き、午前中は時間を潰した。
抽出した金粉を10kg単位で延べ棒のようにする。重厚な質感に思わず頬擦りしてしまうが、ドワーフたちのように舐めるほどでは無いから多分セーフだろう。
昼食はウェントの屋敷で、飲茶スタイル。水餃子や肉まん・シュウマイと言った点心を摘まみながら、好きな御茶を飲む。溢れる肉汁が熱くて、火傷しそうだった。そしてプリプリのエビ焼売が美味かった。
早めの昼食が終わった頃、ドワーフのまとめ役をやってるグルズが、昼にこの屋敷へやって来ていたのを見掛けた。魔道具技師のモルティナと相談する内容があったらしく、軽く打ち合わせをした後、そのままイエイラの街へ帰るのかと思ったら、奥の倉庫の方へと向かって行く。
気になってグルズの後を追ってみると、鼻を引くつかせながら樽の一つに辿り着き、蓋を開けていた。ムワッとアルコール臭がしたかと思ったら、グルズは腰に付けていた道具箱の中から小さめのマイカップを取り出し、樽の中へ沈めて中の液体を汲み取り、そのまま口を付けて旨そうに飲み始めてしまった。
「ああっ! それは消毒用アルコールですよ! 飲まないで下さいって何度も言ってるじゃないですかッ!!」
声がした方を見ると、戒が御冠だった。ぷんぷん丸の付く激おこ加減だ。
「なんだぁ? ウィスキーはビールを蒸留して作るんだろうが。これもビールを蒸留して作ったんだろうが。そこに何の違いも、ありゃせんだろうが!」
「違うんですよ! ウィスキーは香り付けや熟成の為に、専用の樽に入れて何年も熟成させる必要があります! これは熟成させてませぇん!」
「ワシにとっては大差無い!」
「用途が違うんですから、弁えて下さい!」
非力な戒が、どっしりと根を張った大木の様に動かないグルズの腰を掴み、動かそうとしている。が、ダメ。
「おい、グルズのおっさん」
「ん? ……なんだ、総元締めのミツルか」
「戒がダメだと言ってるのを無視するようなら……オレたちの計画から外れて貰うぞ」
「……何?」
「つまり、草薙さんが作ったり戒が管理してる旨い酒に、ありつくことが難しくなる。それで良いんだな?」
オレの言葉にグルズは目を瞠り、瞬時にその場で五体投地した土下座を敢行して来た。
「すまなかったぁあああああ!! この通り! 心の底から真の意味で反省しているッ!!
だから、どうか! どうか酒の供給を断つことだけは! 勘弁してくれないか!?
賃金を返上しても良い。仕事を倍に増やしてくれても構わんッ! 奴隷のように扱っても気にせんっ!
……だが! 酒を! 一度味わった旨い酒を断たれることだけは! ワシは、ワシらは! 死んでも許容出来ないんじゃああああ!!」
何と言う、心の底からの慟哭。
この世の全ての悲しみを内包しているのではないかと思わせる、嗄れた声を発していた。
床を見ると、ポタポタと液体が垂れているのが見て取れた。
「……分かってくれたなら良い」
「……本当か?」
伏していた顔を上げたグルズの表情は、涙と鼻水と涎の混じった、小汚いモノだった。
「ぉう……ぉう……ぉう……」
オットセイのような、酷く野太い声を上げて喜んでいた。
「ほら。ミツルも本気でああ言った訳じゃ無いんですから、気を取り直して下さい。
……ミツル。ドワーフに酒を用いた脅しは禁物です。効果は覿面ですが、匙加減を間違えると劇薬になりますよ?
今後はなるべく使わないであげて下さい」
お、おう。正直ここまでとは思わなんだ。
戒は敢えて、交渉に酒を使ってなかったのだと推測される。その優しさを無駄にしない為に、オレも控えることにしよう。
何より、ドワーフが男泣き(?)し、みっともなく這い蹲ってでも、靴を舐めてでも酒を要求する姿は、正直見苦しい。
そんな思いを抱きつつ、オレは午後一番で東ヒロント国の例の駐屯地へと【瞬間移動】したのだった。
「まず最初に疑わしいのは、魔物を防ぐ壁の建設計画です。これは1年半ほど前から兆候が見られ……」
午後の会議は、幕僚たちが総司令官のテトリアへと、整理した情報を報告することから始まった。
延々と語られる、今回の魔物の襲撃に関する、西フラクテス国の軍部の疑わしい動き。
要約すると、壁を建設し、それに付随する大砲や弾薬、特殊な薬品類(例の興奮剤だろう)の調達。そして軍に属していないハンターたちを雇い、周辺領域の魔物の分布調査および誘導の実施。
更には計画的な住民の避難。影響の大きい区域のみ、段階的に日にちを絞って退避させていた。
それらが、第八州のコルメニシア地域が魔物の大群に襲われた頃合いに、収束するよう連動していた。
二ヶ月前の惨劇。民間のハンターや軍の偵察が動いていたのもあり、初期の被害は魔物の総数にしては少なかった。
だが、事態を重く見た軍部が緊急事態を発令し、住民を避難させた。大量の避難民を抱えることで、経済的にはかなりのダメージとなっているようだ。
そして避難した者を守る為、コルメニシア方面軍が全面的に動き、陣地を作成して魔物の討伐を行った。
大軍が動くと言うことは、金銭も相応に掛かると言うこと。その金額と、避難による経済的ダメージで、第八州は一地方だけではとても立ち直れない、財政的なダメージを負っているのだった。
「……と言う訳で、西フラクテス国の狙いの一つとしては、東ヒロント国の経済的疲弊が考えられます」
「……うむ」
テトリアが、幕僚のまとめ役から報告を受け取り、重々しく頷く。ただし、ジャージ姿でな。
本当に、こんな時くらいまともな格好してれば、違和感が無いのにと思う。
「では、次にこの情報をどう扱うべきか、議論しよう」
テトリアが、手の平を組んで机に肘を突き、周りの幕僚たちに意見を求める。
「まずは、軍の上層部に情報の共有を」
「首相に報告もした方が良いでしょう」
「民意を醸成する為、マスコミに情報を流し、広く知らしめるべきかと」
その後も様々な意見が出るが、主な方針は先に出た3つに集約されるようだった。
「大体出尽くしたか。……問題は、今回この資料を持ち込んでくれたミツルだな」
「ん?」
カスタードクリームとホイップクリームの入ったダブルシュークリームを頬張りながら、視線をテトリアへと戻す。
「……優雅に菓子とは、良い身分だ。まあ良い。
我々が情報を流布するにあたって、ミツルが持ち込んでくれた資料を譲って貰う必要があるんだが……」
「ああ、全然構わないぞ。むしろその為に取って来たようなもんだからな。好きにしてくれ」
そう言って、追加のシュークリームに齧り付く。
む、この味はブルーベリー味! 草薙さん、良い仕事をしている。
プレーンなクリームも美味しいが、そればかりでは舌が飽きてしまう。こうしてたまに違う味を挟むことで、新鮮な刺激に味覚が喜んでいた。
「そ、そうか。この功績には、いずれ正当な報酬を出すことを約束しよう」
オレの同意により、持ち込んだ書類は第五州の首都ローレニシアへ送られることになった。
正直この手のイレギュラーな働きに対する報酬は、期待していない。出たらラッキーぐらいに思っておこう。
その後、一週間ほどは駐屯地に魔物が散発的に迷い込んで来たが、被害も無く討伐出来ていたようだ。オレの出番は無かった。
国境付近までの安全が確認出来、大規模な魔物の襲撃の気配が無くなった為、避難は解除されることになった。被害のあった地域に住んでいた魔族の人々は、避難所から出て自宅などに戻ることとなり、徐々に元の生活を取り戻して行った。
それまでオレは、駐屯地で槍を振るって訓練に付き合ったり、魔法の練習をしてみたり、ムラッとして金の抽出をしに行ったり、ポントール王国のドワーフ移住の際の家具預かり及び支度金を渡しに行ったりした。
11月27日には少し予定より遅れて、移住の第三弾のドワーフたちがウェントの街にやって来て、酒を大量に消費して行ったりもした。
予測して【加速】の魔法およびその魔道具で酒を生産してなかったら、街の酒の値段が跳ね上がっていた所だ。危ない危ない。
そんなこんなで過ごしていた最中、オレの持ち込んだ西フラクテス国の軍部にまつわる情報は、東ヒロント国の国中へと徐々に拡散していたのだった。
高坂ミツル 年齢:25
精神11 魔力1,478 (最大)魔力量240,293
拠点での就寝時回復魔力量約156,000
風魔法3(1Up!)、氷魔法2(1Up!)、呪詛2(1Up!)、詠唱短縮3(1Up!)
所持現金:2430万円相当(西大陸)+218万円(バルバル島)+2498万円相当(北大陸)+Gold 12,284kg
+(24億円+80億円)相当のファフレーン小金貨(予定)




