090 闇夜に紛れて飛翔
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西フラクテス国ギュラテスの街から少し離れた所にある軍の駐屯地。
そこで一騒動起こした際、怪しい人物に招かれ、建物で遮られて周りからはやや見え難い場所へと向かった。
「今晩は、ミスター?」
「ああ。そう言うお前は、ここの軍人じゃないのか?」
そいつの服装は、統一性のある軍服の類いでは無かった。
尤も、現在時刻からして普通の服装をしている輩の方が少ないだろう。騒ぎに集まって来た奴等は、ラフな格好に軍の上着を羽織っているのが多かった。
上半身裸で、筋肉を誇示するようなポージングを無意味にしている変人も居たが、あれは例外と思われる。
「ええ。……申し遅れました。私、ミドルニュース社所属の記者をしている、バルバインと言います。以後、良しなに」
「そうか。オレは……」
名前を言い掛けて、変装をした上で仮面までしていることに気付く。
「いえ、仰っていただく必要はありません。その仮面を見れば、素性を隠したいことくらいは察することが出来ます」
あ、うん。まあ、そうだよね。
「それより……この騒ぎは、貴方が原因で?」
こちらの聞かれたくないことに触れないと思ったら、ざっくばらんに真相を尋ねて来る。やりおる。
「そう、だな。少し、調べたいことがあってな。押し入らせて貰った」
「ほほぅ、それはそれは豪胆で。魔物の被害を防ぐ為に過半数が出払っているとは言え、3,000人近くが詰めているこの軍施設に乗り込むとは。
普通なら気が触れていると考えるところでしょうが、どうも正気に見える。それが出来ると言い切れるほど、貴方は強い。違いますか?」
さっき、どこかの記者と言っていたか。となると、情報収集能力が高そうだ。
「そんなところだ。それより、記者と言う話だったが……」
「ふむ。無暗に力を誇示する訳でも無いと。
そうですね。ここは見え難い場所ではありますが、それでも人目が全く無い訳ではありません。続きは私の部屋で話しませんか?」
オレはその提案に乗ることにし、取材の為に借りているらしい部屋へと案内された。
記者バルバインの部屋は、下級兵の使う一室を使っているようで、寝台が二つあるもののかなり狭かった。
灯りの魔道具を点け、小さなテーブルを囲んで座る。
「まずはそちらが知りたいことをどうぞ」
「良いのか?」
「勿論。取材する側ばかりが厚かましく尋ねても、御不快でしょう?」
さっきも思ったが、コイツは随分と人当たりが良いな。
マスコミ関連の人間は、かなりの割合が何故か偉ぶってて、高飛車な物言いでこちらの神経を逆撫でして来るのが普通だと、そんな偏見を持っていた。
無論、少なくない確率で普通な輩や丁寧な人もいるのだが、どうしても嫌な部分は目に付く為、そっちばかりが気になってしまう。稀だとは思えない程度に、問題を抱えるマスコミの人間が多いのだ。
それもマスコミがある種の力を持つようになり、歪みや腐敗が横行してしまったからだとは思うが、自浄作用が追い付かなくなってしまえば、後は崩壊するだけなのも確実だ。
今日日、インターネットを介した情報伝達技術が発達している以上、砂上の楼閣に胡坐をかいて居座っていても、淘汰されることになる。最後にはある程度のモノがある程度残る、そうして世の中は変わって行くもんだ。
一先ず、バルバインには色々と基本的なことを聞いていくことにした。
―――西フラクテス国のマスコミについて。
記者の地位はそれなりにあるが、世論や国には弱く、軍部への取材にしても下手に出て頼み込み、情報を貰っている立場らしい。
活版印刷の技術はあるようだが、文字はともかく、絵のような部分はまだ発展途上、簡単な物しか出来ないとか。
バルバイン自身は、日報新聞と週刊情報誌を定期的に異動しているとのことで、現在は週刊誌用の記事を執筆する為、情報集めをしているとの談。勿論、情報の一部は同僚たちと共有し、別の視点からの記事作成に役立てていると注釈された。
ミドルニュース社は、西フラクテス国の首都ラグナテスに本社があり、国内のマスコミとしては二番手。
―――西フラクテス国の軍部について。
近年、用途不明の予算が多く、国民は不信感を抱いているらしい。
とは言え、軍の本分である魔物対策はそれなりに成果を挙げており、以前よりも魔物の害が多少酷くなっていても、誤差に収まる範囲の為、糾弾するには根拠に乏しい。
そんな中、国の北東に位置する村や町で、大規模な住民の避難が実施され、魔物との交戦が続いているとの情報が入った。
そして前線間近に取材へ来た所、軍部に大きな混乱も無く、むしろ十全の準備がされていた形跡があり、バルバインや他の会社の記者も手厚く迎え入れられて困惑しているとのこと。
記者に与えられている情報は当たり障りが無いモノがほとんどで、バルバインが求めていたような軍部の暗躍などを匂わすモノは、欠片も入って来なかった。
「どう見てもオカシイのです。
魔物の進行を撥ね除けている重要拠点の壁の存在は、幾ら魔法を多用しても一年以上前から建築していなければ間に合いません。
軍の用途不明資金が増えた三年前から用意されていたとすれば、納得が行きます。
そう仮説を立てていた所、夜中に現れたのが……貴方です」
そうなのか。
「そろそろこっちの話もしよう。
オレは今は東ヒロント国側についてるが……」
バルバインが『やはり』と言いたげな表情でこっちを見て来る。
「コルメニシアの北西部は魔物の大群に襲われ、軍が対処して凌いでいる。
人的被害はほとんど無いらしいけど、断続的に魔物の群れが押し寄せて来る為、警戒を解くことが出来ないでいる。
このままでは埒が明かないので、魔物が来る方向―――コルメニシアの西北西―――つまりこっちの方だな、そこへオレが様子を見に来た訳だ。
それで昨日の話だが、西フラクテス国にある例の壁の所で追い払われた魔物が、何らかの薬品で興奮状態にさせられ、東ヒロント国へ雪崩れ込むよう誘導されているのが確認出来た」
「ほぅ」
「魔族を無暗に殺すのも躊躇われたんで、魔物の方を目に付いた分殲滅しておいたが、西フラクテス国の軍の上層部が一連の魔物の動きを仕組んでいた可能性が強くてな。今さっき確認しに、ここへ訪問してたのさ」
これまでの経緯を軽く説明してあげると、バルバインは軽く興奮し、手元の手帳へと何ページも書き殴っていた。
「凄い! 我々の予想を裏付けるかのような情報が、どんどん出て来る!
ちなみにですが、貴方の倒した魔物の数は、一体どれほどでしょう?」
「うーん、そうだなぁ。正確な数は分からないけど、一万は超えていたんじゃないかな?
最初に襲って来た魔物の群れは、二万近いと言う話だったけど」
「……一万? それを一人で?」
「ああ」
「……御冗談を。弱い魔物の筆頭ゴブリンだとしても、それほどの数を一日で討伐出来る魔族は居ません。
話からすれば、魔物は混成団のような状態だったと推測されます。だとすれば、難易度は更に上がる……時間的にも不可能です」
そこは信じてもらう必要もないし、詳しく教えなくて良いか。
「アンタが信じる信じないは個人の自由だ、好きにしてくれ」
「そう来ましたか……。さておき、ここの軍上層部に突撃した結果、何か発見はあったんですか?」
「うーむ。まあ、見せても良いか。こんな書類が見つかったから、拝借して来た」
そう言って『アイテムボックス』を発動させ、書類の束を取り出す。
紙とは言え、これだけの量となると10kg近くあって重い。
「念の為言っておくが、見ても良いけどあげたりしないからな。これらは全部、持ち帰るつもりだ」
「今のは、空間魔法? いや、もしや……天恵の『アイテムボックス』? 今まで見たこと無いから、判別が付かないですな」
オレが思ってたのと違う意味で、バルバインが目を輝かせていた。
「……もしかして、『アイテムボックス』って魔族は持って無いのか?」
「やはり『アイテムボックス』……。いや、しかし……まさか、その肌の色は偽装!」
おう、そこにまで勘付くか。
あんまり隠しておくのも、疑念が無駄に膨れ上がって面倒なことになりかねない。
「そこに気付くとは、やはり天才……」
「……は?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。
ともかく、オレは人間で、【変装】と言う魔法を使って肌の色を誤魔化していることを、白状しておこう」
「っ!」
言ってみたかったセリフをつい溢してしまった。出来心なんだ、許してくれ。
結局、今まで魔族しか居なかったこの大陸に、人間である異分子のオレが混じっていることが、強い衝撃なのだろう。
「人間と聞いて、怖くなったか?」
「……いや、そう言うのではないと思います。長らく人間と言う種族と関わって来なかった為に、戸惑っていると言うのが恐らく正しいかと……」
バルバインが、じっとこちらを見詰めて来る。そんなに見ても、今のオレは【変装】済みだぞ。
後、男に見られて嬉しがる性癖は無い。
「そう、か。普通に接してくれるなら、それで構わない」
「一部の魔族は人間を排斥しようとするかも知れませんが、大多数は教育上差別を好まないので大丈夫でしょう。
……おっと。この書類は北東部での住民の避難に関する……ムムム? 私が入手した情報とは若干違う所が……。対象地区が大分広く……人数もかなり違って……。
こちらは壁の建設施工計画書? おお、やはり二年ほど前から……!
これを持ち帰るだけで、記事作成が捗りますぞ!」
言外に『この資料くれ』とのニュアンスを醸し出しつつ、オレに対し強請るような視線を向けて来る。
「やらん。だが、内容を少し写す程度なら構わない。
割ける時間は一時間くらいだ。やるなら厳選してやれよ」
そう宣言しておき、『アイテムボックス』から先日の食べ掛けのアップルパイを取り出した。
小さいテーブルだが更にレモングラスのお茶が入った陶器を取り出し、温度魔法で冷してコップに入れる。
レモングラスは、その名の通りレモンっぽい香りがする草だ。爽やかな香りがするので、暑い地域で好まれる傾向にある。トムヤンクンとかにも入ってるとは、草薙さん情報。
「それは、有り難いことで。失礼、しばしの間、作業に入らせて貰います」
オレが真夜中のおやつタイムを楽しんでいる一方、バルバインは資料を流し読みしつつ鉛筆を走らせるのだった。
「ふぅ。このくらいで区切りますか。これ以上はとりとめが無くなる。……御相伴に預かっても?」
アップルパイが二切れ残っているが、一時間近い作業を挟んだ結果、熱は失われてしまっていた。
「『震えよ震えよ、激しく熱く。heat【加熱】』」
冷めても十分に美味いが、温かい方が個人的には良いと感じた為、電子レンジのイメージで温度魔法の【加熱】を使う。アップルパイからほんのりと湯気が出るようになった。
続けて、【冷却】の魔法をレモングラス・ティーに掛けて7,8℃に調整し直す。キンキンに冷やすのも暑い盛りには良い物だが、個人的には温く感じない程度の冷たさが好みだ。
「ほぉ、これは……」
バルバインは舌鼓を打ちながら、ホカホカのアップルパイと冷たいレモングラス・ティーを腹に収めた。
それを見届けて席を立とうとしたところ、呼び止められて小さなカードを渡されてしまう。
「うん?」
「拙いですが、手擦りの名刺です。私の名前と所属する会社や部署名を記載してますので、首都ラグナテスにお越しの際は、是非」
おぉう、ちょっと驚き。
電話番号やらは勿論載っておらず、現代地球の名刺からすると少し寂しい見た目だが、会社の現在住所などの必要な情報は含まれていた。
「行く予定は今のところ無いが、機会があったら邪魔しよう」
「邪魔なんてとんでもない! 貴方様ならいつでも大歓迎ですよ!」
興奮冷めやらぬ様子で、本心から言ってくれているようだ。
それじゃ、この辺りで去るとしよう。
『アイテムボックス』に広げた資料の大半を再び収め、割と重要度の低そうな書類をバルバインに手渡しする。
「一体これは?」
「何、楽しそうにメモを取っているのに絆されたと言ったところだ。大して重要じゃない資料だが、今回の話を裏付ける証拠としては役に立つんじゃないかとね」
そう呟き、窓枠へと足を掛ける。
「ここは三階ですが……」
「覚えておくと良い。二代目『魔王』を踏襲する『大魔王』ことミツル・高坂は、飛行の魔法が使えるのだよ。
フハハハハ! では、さらばだー!」
宙へと身を躍らせながら、【風防】、【重力操作】、【念動力】を無詠唱で発動させ、空へと舞い上がる。
その際、仮面を外して【変装】の魔法を解除し、素顔を晒してあげた。
少し演出が過剰だったかも知れないが、興が乗ったから仕方ないんだ。こう言う場の去り方は、ちょっと憧れるからね。心はいつでも14歳。
日本の国民的ヒーローの主題歌を口遊みつつ、薄暗い闇夜に紛れながら、東ヒロント国のコルメニシアの方角へと向かったのだった。




