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嵌められて異世界  作者: 池沼鯰
第一章:始まり
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009 碧龍


 カイナスさんが事切れてから、オレはしばらく呆然としていた。

 腹の鳴る音で空腹を認識し、ノロノロと荷物から食料を取り出す。干し肉・チーズを薄目に削って、切り込みを入れたパンもどきに挟み、齧る。

 いつもは御茶などを用意するが、今は魔法をそこそこ使えるメンバーが居ない。お湯が沸かせないのだ。

 機械的にナッツ類を噛み砕き、ドライフルーツを口に頬張って、水で適度に薄めてある酒で水分を補給した。


「生きろ、か」


 心臓が動いているだけじゃないか。実力的に迷宮を進むことも戻ることも出来ず、ただ(比較的)安全圏に引き篭もるだけ。

 このまま石のように朽ち果てるのも悪くないかな、なんて考える。


『……える……ワシ……』


 何か変な声が聞こえた気がして、俯いていた顔を上げる。灯りを付けても、見える範囲には何もなかった。

 勿体無いので灯りを消して、再び物思いに沈む。


『ワシの声……返事……助け……』

「うるさいなぁ」


 幻聴か? いよいよ頭がおかしくなったか。そうだな、そんな結末も有り得る。


『聞こえるなら、返事をしてくれ。ワシは今、困っている。助けて欲しい』


 今度はハッキリと聞こえた。


「聞こえる。何者だ? オレは助けることなんて出来ないぞ。むしろこっちが助けて欲しいくらいだ!」


 そう怒鳴ると、地面から何か半透明なモノが持ち上がって来て、こちらに向かって首をもたげる動作をする。


「ヒッ!?」


 灯りも無いのにそれは妙にクッキリと見えた。微妙に発光している……ような、違うような。


『見えるか? ワシの霊体が』

「霊……? お化けって事か?」

『いや、違う。肉体を失って霊体のみで辛うじて存在しているだけだ』

「……つまり、お化けでは無いと?」

『しつこいな。違うと言ってるだろうが。いい加減にしないと、憑り付くぞ!』

「憑依するなら、それはもうほとんどお化けなんじゃないか?」

『……もう良い。それより、ワシの依り代を用意して欲しい』


 バカバカしい。幻覚ならもう十分だ。楽しかったよ。バイバイ。

 それっきり、無視することに決めた。


『おい。聞いているのか? ワシの依り代を、用意しろと言ってるんだ!』


 だが、まぼろしは恐ろしいほどに執拗しつこく、オレの心の平穏を乱して来た。

 何十回目かの要求に、たまらず返答してしまった。


「そこらの石で良いだろ!」

『良くない! 少なくとも、人の手によって造形を改められた、何某なにがしかの形を持つもので無いと!』

「じゃあ、これ」


 パンもどきを出す。


『却下! 食べ物は認められん!』

「注文が煩いなぁ。どっかの料理店みたいだ」

『お主が雑なだけだ! どこの世界に、依り代として食べ物を寄越す奴がる!?』

「ハイ、ここに」

『ムキー! もう頭に来た。お主、ワシのこと、おちょくっとるだろ!?』

「そんなことないよ。はい、これ」


 ほとんど使ってなかった、腰の後ろに挿していたナイフを鞘ごと引き抜き、蛇だかミミズだか分からない存在に放り投げた。


『短剣、武器か……。そう言うのも依り代には、あまり好ましくないのだがのぉ』

「はぁ。お前、一体何者なんだよ。オレの作り出した幻覚、であってるのか?」

『……そこからか。そう言えば、自己紹介してなかったな』


 ん? あれ、実はこれって幻覚じゃないの? 気が触れた結果にしては、受け答えに違和感がある。……念の為、一応先に自己紹介しておくか。


「オレは高坂こうさかミツル、24歳。地球からこの異世界に拉致同然で連れて来られ、奴隷にされた人間だ」

『……ワシは、第173XXXXXX宇宙と特91XX-26XXXXXX世界の過度な接触の原因究明の任務を与えられた、209番だ』

「209番?」

『我があるじはワシのことは色で呼ぶ。緑とかグリーンとかだ』

「じゃ、ミドリだな」

『軽いのぉ。ワシもお主のこと、ミツルと呼ぶぞ?』

「ああ、好きにしてくれ」

『ちなみにじゃが、第173XXXXXX宇宙には地球が属している』

「……は?」

『特91XX以下略はこの世界だ』


 地球? 地球と聞こえた。

 青天の霹靂と言うべき、とんでもない御都合主義に、オレは自分の正気を疑った。


「ハ、ハハハ。ついに気が狂ったかオレ」

『おい、待たんか。オイ!』


 立ち上がって壁に向かい、自分の頭を軽くぶつける。

 3回ほど試して痛みに眉をしかめると、元の場所に戻って座った。虚しい。


「極限状態だしね、仕方ないね」

『だから、話を聞けと! 1年ほど前から頻繁に異世界間の通路が開かれていた地点があったので、調査を行うことになり、半年くらい前に派遣されたのがこのワシだ』

「ふーん」

『あ、信じてないな!?』

「別にー」


 証拠が無いとね。


『ともかく。とある人物が私利私欲の為に通路を開け過ぎるから、諌めようかと思ったが、まずはこの世界の代表に話を通そうとしてな。そしたらこの場所、神の迷宮の25階を指定されて。呼び出されてホイホイ来たら―――』

「来たら?」


 合いの手が欲しそうだったので、御座なりに言っておいた。


『罠だった』


 呆れたのでジト目でミドリを見詰める。


『しょうがないだろうが! 普通、こんな存在を罠に掛けないぞ!? 相手はこの世界の主神、アン何とかで、こっちは様々な世界を調査する超お偉いさんの遣いなんだぞ!』


 ちょっと、世界神らしいアン・サン様? 何してはるんですか。


『分かり易く地球の例えで言うとだな……。僻地にある零細企業の社長が、国の調査機関に属する公務員を、パーティに誘った際に拉致監禁、身包みぐるみ剥いであばら屋に閉じ込めた、そんな感じ』

「酷ぇ。アン・サンって神は、何を考えてるんだ?」

『多分、何も考えてない。あれは頭が御花畑な部類だ』

「うわぁ。え、この世界大丈夫なの?」


 黙って顔らしき部位を横に振るミドリ。


『調査の際、情報を集めていて気になったが、どうもこの世界の主神は、まともに管理をしていないようだ。嘆かわしい』


 世界神については以前から少し違和感を覚えていたが、相当ヤバそうだ。……まあ、コイツの言うことを全て信じるのも危ないから、話半分くらいで疑っておこう。


「そうか。気にはなるが、今は横に置いておこう。……依り代って話だったが」

『うむ? ……そうだの、罠に掛けられて肉体を失ったが、依り代に宿って力を取り戻したいと言うのが、ワシの希望だ。依り代はどうするかのぉ、龍っぽい奴が良いんだが』


 リュウ? 西洋竜か東洋龍かで結構違うんだけれど。蛇やミミズじゃなかったのか……。


「東洋風の龍、なのか?」

『宝玉は持ってないし、髭も特にないし、翼はあるが、全体のフォルムとしては近い』


 細かい造形はどうでも良い。と言うか肉体は失ったんだろ。


「力を取り戻したとして……ミドリは死人しびとを生き返らせたりは出来るのか?」


 オレの視線は、自然とカイナスさんの遺体へと向けられていた。


『そんなことは無理だが……。まだ死んで間もないか。ここは試練の為の迷宮だし、ミツルの仲間か?』

「……ああ。だが出来ないのか」

『あのなぁ、死んで数分、10分くらいならまだ再生することで望みはあるが、それは単なる医療行為の蘇生に近い。それ以上、魂が抜けた死体を生き返らせるのは、我があるじでも無理だ。死人は生き返らぬ、絶対だ』

「『超お偉いさん』とか言っていた割には、大したこと出来ないんだな」

『書き割りの世界でも無ければ時間は巻き戻せん。死人は生き返らない。それは神でも抗えない、絶対のことわりだ。まあ、生前の記憶や肉体を完全にトレースして、似て非なる肉人形を作り出すくらいは造作もないが、な。しかし同一人物ではなくなる。黄泉返りではない。定義の問題でもあり、それらを同一視するやからも居るが、少数派じゃな』


 ミドリの主とやらを軽く皮肉って挑発したが、真面目に返されてしまった。


「トレースして、生き返らせたようには出来るのか……?」

『我が主なら造作もない。ワシには……力を十全に取り戻しても、真似事が出来るかどうかと言ったところか。能力的な方向性が違い過ぎてな。水泳選手に医師の仕事を任せても、上手くは行くまい?』

「納得。……そうか、出来ないか……」


 ほんの少し、希望を持ってしまった。浮き沈みするくらいなら、ずっと沈んでいた方が楽に思える。


『そもそも、力を取り戻さないと、ワシも大したことは出来ないしな。今は精々、アドバイスをするくらいか』

「はー、使えない奴。ホント、役に立たないな」

『だからせめて、依り代をだな……。んむぅ、少しの間くらいなら、契約で持たすのもアリかのォ。依り代も、厳選したいところだし』

「……契約?」

『力が欲しいか?』


 ドヤ顔(絶対してる)でそう言う事言うの、やめてくんない? マジうざい。


「別に」

『何だと!? 大抵の奴は、欲しい欲しいと縋って来るんじゃが』

「そもそも、今のミドリには大した力がないんだろ? もしオレを無事に迷宮から脱出させることが出来るなら、何だってやってやるよ!」

『脱出……? 難しいが、出来るかも知れんな』

「……は? 今、何て」

『良し、契約成立! 何でもやってくれるんだったな? なら丁度良い、ワシの仕事を手伝って貰おう』


 あ。失言した。そう思った時には、契約の際に発する謎の光に包まれていた。






 落とし穴に落ちた11月23日からほぼ一ヶ月後。迷宮の入口にその姿はあった。

 草臥くたびれた感じのミツルは、久しぶりの陽光を浴び、眩しそうに目を細める。


「今、何日だ? ミドリの言う通り、何とか出られたが……」

「12月23日だ。時間感覚を持っているから、正確だと何度も言っておろうに」

「神の迷宮の中じゃきちんと証明する機会が無かったからな。さっき言ってた通り昼過ぎみたいだし、ようやく信用度プラスいちだ」


 ミツルの言葉に答える声は、その腰の辺りからする。


「さてと。まずは、多少なりとも軍資金を得ないと。ギルドに行って魔石を換金するか。その後は……久しぶりにまともな飯が喰いたいな」




 神の迷宮への遠征を行う以前、ミツルのランクはFだった。

 冒険者ギルドの魔石換金所で、背嚢はいのうから魔石の入った袋を3つ取り出し、一番大きい袋から5cmほどのそれを1個取り置きして「記念に取っておくか」と呟いた。


「こちら……全て換金で宜しいですか?」

「ああ。……あ、オレのギルドカードはコレな」

「ランクF……ですか? 失礼ですが、換金は御本人様かパーティメンバーの方のみ行われますようお願いします。そうで無い場合、ランク詐欺の犯罪と見做し、拘束されることになりますが」

「御本人様なんだが……。ああ、疑われてるのか。どうすれば納得させることが出来るんだ? 24階の魔物を一撃で仕留める魔法を見せれば良いのか?」


 そのミツルの言葉を聞き、ギルドの係員と、会話を漏れ聞いていた周りの数人が殺気立つ。


「24階は現在到達されているパーティはおりません。嘘もほどほどにされませんと、痛い目を見ますよ?」

「おい、お前。大法螺吹いてんじゃねーぞ! それと、その大粒の魔石、どこで盗んで来やがった!?」


 ザワザワと騒がしくなる。ミツルは袋をアイテムボックスにしまい、溜息を吐いた。


「ギルドの訓練場は、遠くなかったな。そこで魔法を見せて納得させられれば、換金に応じてくれるかな?」


 ミツルと話していたギルドの係員は、笑顔で答える。


「ええ。ただし逃げられないように兵士を御呼びすることになりますが、宜しいですね?」


 威圧の笑み。笑う行為は本来攻撃的なものであり、その原点に立ち返ったようなギルド係員の笑みは、ミツルを犯罪者と決めつけている内心が透けて見えた。


「それで良い」






 20メートルほど先に、まとがある。


(土魔法、魔法拡大、魔法並列、無詠唱の<臨界突破>!)


 <臨界突破>は対象の技能の熟練度が、一時的に上昇するモノ。上昇させる対象が複数であれば、その分魔力量を多く消費する。


(『硬き大地を穂先とし、敵を穿つ槍と成せ。StoneJavelin【石槍】』無詠唱・並列発動!)


 引き続き無言で立つミツルが、無詠唱で10本の石槍を作り出し、一斉に的へと向かわせた。

 今なら一度に50本以上の石槍を出せるのだが、的が小さく過剰なので自重したのだ。あくまでミツル的には、だが。

 ドガガガガッ!!と、機関銃の乱射どころではない、戦車すらも大穴が空きそうな攻撃が、人の大きさ程度の的に降り注いだ。

 跡形……くらいはあった。土台が壊され切れずに残って居るだけだが。仮にこれを人の身で受けたら、確実に五体バラバラになる威力である。


「どうした? 足りないか? もっと威力が欲しいか?」


 唖然とするギルドの係員と、兵士を含む見学者に訊ねる。ハッと正気に戻ったギルドの係員は、少し考え込むと口を開いた。


「上司を呼んで来ますので、その後でもう一度だけ見せて貰えますか?」

「ああ、構わん。だがそれで最後にしろ。魔力量も無限じゃない。次の一回で満足出来ない場合は、最悪対人で威力を確認して貰うことになる」


 ピクリと兵士が反応する。だが無残な的の成れの果てを見て、表情を引き攣らせた。


「誤解させたか。何度も要求に応えると安く見られるからな。対人訓練と言うていで命を懸けて、威力を確認して貰うと言う意味だ。命を対価に、魔法を見せることになる」


 全然安心出来なかった。魔法の達人でも似たようなことが出来るか怪しいのだが、もし上司がその報告に疑問を持ったり、目を疑った場合は、末端の命が散らされることになりかねないのだ。




 暫くして先ほどの係員が、ギルドのサブマスターを連れて来た。


「コイツ……いや、この方か。とんでもない魔法の使い手と言うのは」

「ええ。なるべく刺激しないで下さい。少し……その、失礼な言葉を掛けてしまいましたので」

「おまっ、責任こっちになすり付けるなよ!?」


 新しい的が用意され、ゴーサインが出される。

 再度同じ魔法が同じ規模で行使され、二度目の無残な光景が作られた。


「24階……と言ったか? 魔石も24階の魔物から?」

「ああ、40個近くはその筈だ」

「鑑定をすぐ用意しろ! 真贋の確認だ!」

「それで、魔石は換金して貰えるんだろうな?」

「問題ない。確認次第、最速で換金させる」


 満足そうにミツルは頷く。魔石を預け、ギルドに併設されている喫茶コーナーで果実水を頼んだ。




「こちらが、今回の金額になります」


 恐る恐る、ギルドの係員がミツルにお金を差し出す。小金貨35枚とそれ以下の細かい貨幣が乗っていた。それらを袋に入れ、アイテムボックスへと収納する。


「それと、今回の取引により、ミツル様はランクCとなりました。ギルドカードが新しくなっており、こちらになります」


 発行されたばかりの、真新しいギルドカードを懐へと仕舞い込む。


「サンキューな。世話になった」


 恐縮している係員をそのままに、ミツルは冒険者ギルドを後にした。






高坂こうさかミツル 年齢:24

精神11 魔力157 魔力量2,711

<臨界突破> 『アイテムボックス』

痛覚耐性5(2Up!)、土魔法3(New!)、水魔法3(2Up!)、火魔法3(2Up!)

魔法拡大2(New!)、魔法並列2(New!)、魔法遠隔2(New!)

無詠唱3(New!)、詠唱短縮2(New!)など


所持現金:724万円相当



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