086 二代目魔王
北の大陸、その上空を飛翔する。
地理的には、大陸の南東の端から北西へ向かうことになる。
作戦参謀のお姉さんに写させて貰った地図を元に、駐屯地を目指す。バジンニアから2,000kmほどの距離にある、コルメニシアって街の近くだ。日本で言えば、沖縄と青森の間くらいの距離の移動。
眼下の大地は、西の大陸と同様にかなり乾いている。森は少なく疎らで、平原に生えている草も背丈は低い。
たまに見える川には、人の住んでいるだろう住居が群がっている。そこにいるのは恐らく魔族ではあるが、魔族自身が差別をしていないと公言している以上、人間と魔族とを特には区別しない方が良さそうだ。普段の認識は咄嗟の際に、表に現れるからな。頭の中だけで区別していても、ボロが出無いとは限らない。
飛行の速度は、時速約1,800km。魔鉄道のレールを目安にし、地図と照らし合わせて、コルメニシアの街への経路を辿って行く。
レールが敷かれているのは、大きな街と街の間だけだ。レール自体、巨大な柵や塀で保護されており、多大な労力を掛けて維持されているのが見て取れた。
「この分岐で第二州の街と北へと分かれて……」
それを北に辿り、次の分岐で第三・第四・第五へ分かれる。
首都のある第五州へのレールを目印に北上、街の外壁前で第六・第八からのレールと交わっていた。
用があるのは第八州のコルメニシアなので、北西へのそれを目星に、上空を飛ぶ。
しばらくすると、人口30万人が住まうらしい街が見えて来た。外壁はある程度の高さで建設されているが、傍を流れる川を街の中に取り込んでおり、防衛上の観点からは好ましくない構造だった。
まあ、人口が多ければ水を大量に消費するので仕方なくはある。
その街から更に20kmほど、北北西から西北西に掛けて陣地のような物が確認出来た。
土が掘られたり盛られたりし、街にやや近い所に大きな天幕が幾つも設置されている。良く見れば、原始的な塹壕の形があった。
陣地の高い所には大砲があり、塹壕の傍には簡易の柵があって、西や北からの侵入を拒んでいる。
オレは上層部へ挨拶しなければならないので、大きな天幕のある所へと、上空から降りて行くことにした。
「なッ! 何者だ!?」
見張りをしていたらしい兵士に、誰何された。
『アイテムボックス』から昨日貰ったばかりのランクAバトル・ライセンスを取り出し、見えるように掲げた。材質は、鉄板に厚めの銀メッキを施してあるとか説明されている。
「本日付けでバジンニアから派遣された、ランクAのミツル・高坂だ」
「バ、バジンニア? ランクA? ちょ、ちょっと待て! オーイ、誰かー!」
遭遇した一般兵の装備は、槍と盾だ。
呼ばれて近づいて来た仲間らしき奴等は、剣や槌などを持っていた。周囲を見ると、盾持ちは2割くらいか。
あっ、銃を持っている兵士が居た。ちょっと服装が上等っぽいな。大砲もあったし、火薬を用いる武器があるのは当たり前か。とは言え、全員装備では無く、むしろ希少な類いだろう。
「そうそう、これも渡さなきゃ」
作戦参謀の女性から渡されたA4くらいの大きさの封筒を、『アイテムボックス』から取り出して差し出す。
西の大陸では重要書類では羊皮紙が主流だったが、こっちでは普通にパルプ系の用紙を使っていた。
槍を持った最初の兵士が、おっかなびっくりと言った体で毟り取るように封筒を奪って行く。
「総司令官のテトリア様宛てか。しばし待て。……おい、コイツ、見張っていてくれ」
「ん? どうしたんだ?」
「何かあったのか?」
「当たり前だ! 空から降りて来たんだぞッ!」
ややヒステリックに、槍持ちの兵士が叫ぶ。
「マジか!?」
「おいおい、【浮遊】の魔法を使えるなんて、結構な腕前だろ」
「と言うか良く見たら魔族じゃねーじゃねーか! エルフ? ドワーフ? もしかして、人間か!?」
途端に騒がしくなる。
「まあ、オレは人間だが……」
そう白状すると、騒ぎが余計に酷くなった。収拾がつかなそうだ。
「ええい、ウルサイ! ランクAのライセンスを持って加勢する予定なんだから、四の五の言わずに上層部へ書類を渡して来い!」
オレがキレて怒鳴ると、槍の兵士君が撥ねられたように走って行った。
「……マジで人間だぁ」
「……ホントにホントに人間だ!」
ゾロゾロと集まって来る兵士たちに、ジロジロと観察されながら待つことになってしまった。
近寄って来た兵士たちと話をしながら待っていると、ジャージみたいなラフな格好をした熟年女性を、先ほどの槍持ち兵士が連れて来た。
「これが、本日付けでバジンニアから派遣されてきたランクAか。……確かに人間だな」
頭の上から爪先まで観察するような、不躾な視線を熟年女性が送って来る。
「えーっと、この人は?」
「ん? あ、ああ。始めの内は分からないか。この駐屯地で一番偉い、コルメニシア方面軍を纏めるテトリア・ル・ボンドール様だよ」
そうか、そうか。一番偉い……。
「はあ!? いや、この服装は一体!?」
「済まないな。堅苦しいのは苦手で、式典とか以外ではこんな格好で過ごしている。戦闘じゃどうせ汚れるしな。それにジャラジャラ付いてる勲章とか重くて敵わん」
そう言うタイプかー。
でも、このクソダサジャージはどうだろうな?
いや、機能的だとは思うよ? でもさ、ホラ。美的にどうよ?
もうちょっとこう、髪を整えたり、化粧したりすれば見れなくもないと思うんだけど。
「オシャレとか美容には興味が無い。最低限、身綺麗にしていれば十分じゃないか。それよりかは、実利の方が尊い。酒とか旨い物とか、な」
オレの考えを読み取ったかのように、言葉を紡いで来た。
「それより貴重なランクAなのだから、早速作戦会議をして配置を決めるぞ。こっちへ来い」
オレは手首を掴まれ、そのまま引っ張られるままに大きな天幕の一つへと入って行ったのだった。
「書類の日付を見る限り、今日バジンニアを出立したようだが……どうやって短時間で、ここまで辿り着いた?」
「空を飛んで」
「…………」
嘘じゃないよ?
「仮に【浮遊】の魔法を使って空を飛んで来たとしても、アレは精々が時速40kmくらいだろう?」
「え? いや、そんな魔法じゃなくて。敢えて魔法名を挙げるなら、【飛行】かな。時速は460kmとか3,600kmまで出る……ます」
「ハァ? いや、敬語は使わなくて良い。作戦行動中だからな。公の、堅苦しい催し物でも無ければ私は気にしない。
……時速何kmだって?」
「460kmとか920kmとか1,800kmとか3,600kmだ」
「…………」
テトリアさんは、眉間を揉み解すようにしている。
「有り得んだろ……そんなスピード。常識的に考えて」
何だかブツブツと小声で呟いていた。
オレが対応に困っていると、天幕の入口が開いて、兵士の一人が入って来た。
「報告! 小規模の魔物がこちらへ向かって来ています! その数、約500!」
その情報を聞くと、途端にテトリアさんは悩むのを中断して笑顔をこちらに向けて来た。
「ちょうど良い。戦闘で実力を見せて貰おう!」
魔物の群れは、狼系200にゴブリン同数、それとオークが100弱。狼は本来進軍スピードは速い筈だが、足並みを揃えているようだ。
距離は現在4kmほどで、高い所からでなくとも何とか確認出来る状況。
「話では、魔物の大軍が迫っているとか聞いていたけど?」
テトリアさんの幕僚らしき人物へと尋ねてみる。
「ああ。最初の一週間ほどで二万近い魔物がこの地を、いや、コルメニシアの北西部を襲って来た。
我々は住民を外壁のある都市へと避難させながら、後退しつつ奴等を食い止め、ここで戦線を構築、陣地を築いた。
だが、その後も散発的にこうして魔物が押し寄せて来るので、なかなか攻勢に出ることが出来ない。
正確には、攻勢に出てしまうと犠牲者が出てしまうだろうとの配慮の上、留まっている。
それと、偵察部隊の報告では、まだ西北西の方角にはかなりの大群が残っているらしくてね。下手にこの陣地を離れられないんだ」
ほうほう、そんな状態なのか。
「あ、これどうぞ」
『アイテムボックス』から特製の鹿のジャーキーを取り出して差し出す。
「ほう?」
一噛みして、その濃厚な味に驚いたのだろう。幸せそうな吐息を漏らしていた。
「まだあるので、袋ごとどうぞ」
そう言って、5枚入った小袋ごと譲渡した。
熟練の猟師が作成した、血の味を生かしたジャーキー。狩った獲物の血抜きは重要だと言われることが多いが、血を抜くのが大切なのは、温度が温いままだと血液に雑菌が繁殖し、味が落ちるからだ。適度に低温下で適切に処置すれば、ある程度の血は逆に美味しさの元となる。ステーキのソースだって、血を利用する物があるように、血そのものは食材の一つと言える。
そんな高度で面倒な製法をする者は少なく、御値段はプレミアムな一袋小銀貨3枚(6,000円相当)となる。
王室御用達みたいな高級品だね。オレは金があるから、買えるだけ買ったけど。
「ふむ? 一枚貰うぞ」
あ。テトリアさんが、幕僚の人からジャーキーを一切れ強奪した。
噛むごとに目が鋭くなる。
「ミツル、と言ったか。貴様、旨い食い物を持ってるな!」
アカン。これロックオンされた。
こいつは美味い物を持ってる、もしくは知ってる、と言う認識をされてしまった。
「それより、魔物はどうするんだ?」
「うん? ああ、大砲や銃、魔法の射程内に来るまでは様子見だ。
魔法や銃で50メートルから100メートル、大砲でも200メートルから500メートルだし、今しばらくは警戒態勢で待機となる」
そんなものなのか。
現代の地球だと、大砲だと数kmから数十kmの射程が普通だけど、あれは技術の積み重ねの結果だしな。
それを考えると、この北の大陸はまだ火器の発達黎明期って所なんだろう。
「あ、でも、オレならこっからでも倒せるな」
「ん?」
「んんん?」
幕僚君とテトリアさんが、目を丸くしてこっちを見て来た。
「それは、本当か?」
オレの襟首を掴んで、問い質してくる。ちょ、苦しいって。
「あ、ああ。問題無い。オレの【巨岩大砲】なら、最大で秒速2kmだしな。数打ちゃ当たるだろ」
「……それが真実なら、やって見たまえ。何、魔物がいる付近は誰も居ない。気兼ねなくやって良いぞ」
ジャージ姿でジャーキーを齧る総司令官に、オレは攻撃を命じられたのだった。
「『硬き大地を砲弾とし、敵を穿て。StoneCannon【巨岩大砲】』」
いつものように、13.1tの石弾が上空100メートルほどに出現し、時速7,372kmで目標へと飛んで行く。
その数、ざっと30。
ソニックブームの特徴的な、金属音にも似た耳障りな音が辺りに響き渡り、二秒ほどで対象の近くへと着弾する。
一発で少なくとも10体、多ければ50ほども巻き込んで即死・瀕死・重傷にさせた。
期待値的には、ほぼ生き残りは居ないはずだ。だが、二、三体ほど、逃げようとするのが居るのが視界に引っ掛かる。
もう一度詠唱し、5つの【巨岩大砲】を向かわせる。
「……酷ぇ。ミンチだぞ、アレ」
近くの待機中の兵士が漏らしたその言葉が、端的に惨状を現していた。
「偵察隊を編成し、死体を確認。生きていたらトドメを刺せ。
そして回収可能なら、魔石を取って来い」
「はっ!」
幕僚の一人が、テトリアさんの指示を受けて動き出した。
「それで、一体貴様は、ミツル・コウサカとやらは何者なんだ?」
テトリアさんが改めて、こちらを訝し気に見て来る。
「先日、バトル・ライセンスのランクA認定を受けた、人間だが?」
「そう言うことではない! と言うか、ただの人間に、いや魔族にだってあんなのは無理だ!
一体どんな素性を持つ化け物なんだ!?」
化け物とは心外な。正真正銘、ただの人間なのになぁ。
「強いて言えば、二代目『魔王』かな」
そう伝えると、周囲は驚くとともに、納得の色が広がって行った。
~閑話~
人間にも(エルフやドワーフ・魔族にも)魔石はあります。場所は心臓付近。
魔石の大きさは、生まれた時の魔力に応じた等級と同等になります。
基本的に魔力3~18(~24)なので、1.4cm~4.4cm(~6.6cm)
主人公のミツルは、初期魔力が1なので、1cmです。
その後の鍛錬で魔力を伸ばした場合、骨や筋肉に溜め込まれることになる為、
ミツルの今の骨を割って見ることが出来たら、中はかなりキラキラしていることでしょう。




