表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嵌められて異世界  作者: 池沼鯰
間章:忘れ去られた島
81/114

079 とある令嬢の事情


注意:視点が主人公ではありません。




 私はナナルート・ゴルダスト。家名を名乗ることはあの日以来無い。

 奴隷としてフォールナー商会の主に買われ、掃除や洗濯などの雑用の仕事をしていた。最初はその雑用もつたなかったが、1年も経てばそこそこの腕前になっていた。

 晴れの日も雨の日も、毎日毎日洗濯をし、掃除をし、また洗濯をする。

 当初、雨の日は洗濯をしないだろうなどと考えていた。けれど、それは甘い考えだった。シーツや衣類は有限だ。数日滞っただけで、代わりが無くなる。

 部屋干しが数日続くと、洗濯物に不快な臭いが残ってしまう。そうするとクレームが入ったり、同じ場所で働く人たちに愚痴を言われる羽目になる。幸い雨天の頻度は低いので、そんな心配は年に一度か二度あるかどうかだった。

 洗濯の合間に掃除を行う。片目を失い、もう片方も視力が弱まってしまったので、思うようには行かなかった。

 その内、視力にあまり頼らなくても、ある程度の清掃が出来るようなコツを掴んだ。埃が溜まったり、汚れるような場所は決まっているので、それを取り逃さないように腐心し、それ以外の所はそれなりに行うのだ。その方法を確立してからは怒られることが減り、食事を抜きにされる頻度は格段に減った。

 私の食事は基本的に余り物を宛がわれるので、量が足りないことが多い。満足するまで食べられるのは、年始や祭りなどの祝いの日だけだ。

 尤も、出された物を食べない娼婦もたまに居るので、その残飯処理を率先して行うことで、身体を動かすのに必要な栄養は得られていた。

 何も無い日々。他の人の為の雑用、掃除や洗濯を行うことで生かされている。

 あの日から一年半が経ったある日。その人は私の前に現れた。

 最初は、ただの娼館の客だと思っていた。

 普通なら、私が掃除する頃には朝食などで部屋を退室しているので、客と鉢合わせることは少ない。

 けれど、その人は寝坊でもしたのか、欠伸をしながら呑気にだらけていた。

 たまにそんな客もいるので、定型文を言って様子を見る。すると、更に珍しいことに、私の顔を見ようとして来た。

 ……火傷のせいで、見るにえないと言うのに。

 それでも、その人は私の顔を見詰めて来た。

 落ち着かない気持ちになる。

 そう言えば、聞いたことがある。醜かったり傷ついた身体に欲情したり、傷つけることでたかぶるような人たちのことを。

 私自身は経験が無いけれど、こんな傷を顔に負った女に視線を向けるなんて、それ以外には考えられない。

 そう思い至ると、諦めが付いた。

 相手の顔は、良くも無いが悪くも無い。目付きがやや鋭いが、それだけだ。

 この人に抱かれることになる、そう考えると自然に身体の奥が疼いた。

 しかし、私の予想は外れた。その人の興味は、単純に私の顔の火傷痕だったのだ。

 「治したいか」と問われた。

 「当たり前」だと怒鳴った。

 あの日のことが想起される。火傷を付けられ、片目を抉られたこと。

 溢れ出る感情に任せ、その場から逃げ出そうとしたら、何故だか引き留められて強引にキスをされた。

 訳が分からない。

 その後のことは、混乱していたので詳しくは覚えていない。

 その人は、本来の値段より遙かに高い金額で私を買い取り、娼館から連れ出した。

 そして提督の、つまりはこの島の王の住まう館の一角に連れて行かれ、部屋のベッドに座らせられた。

 施されたのは、高位の治癒魔法。【再生】と言う魔法らしいが、その使い手はこの国では一世代に一人居るかどうか。

 仮に存在し、魔法を受けられるとしても、多額の金銭が必要になるだろうソレを、その人は4度も私に掛けてくれた。

 手渡してくれた手鏡に映る、かつての自分に似た無傷の顔が、歪む。

 あの日以来、満足に泣くことすら出来なかった私は、それまでの涙を流すが如く、慟哭どうこくした。




 翌日。日が昇るのと同時に目が覚めた私は、身じろぎすることで結果的にあの人を、あるじを起こしてしまった。


「気にしないで良い」


 そう言ってくれるが、朝食を食べるにしてもまだ調理を始めたばかりのはず。

 そのことを伝えると、


「そう言えばそうか。ここじゃ居候みたいなものだから、無茶を言うのもはばかられるな。……庭に出て、少し身体を動かすか」


 そう言って、近衛の兵たちが鍛錬をする場所に赴き、走ったり身体を動かしたりすることになった。

 私は当然、見ているだけ。

 昨日までは掃除や洗濯の仕事に追われていたが、今は逆にすることが無い。

 物思いにふけっているうちに、あるじは左の手の平の上に黒い球体を浮かばせ、中から槍を取り出して素振りを始めていた。

 尋ねると、『アイテムボックス』らしい。珍しい天恵だ。

 治癒魔法の凄腕と言うだけでなく、希少で有用な天恵も持っているなんて。私はどうやら、素晴らしいあるじに買われたようだ。

 小一時間ほどすると、鍛錬は終わりらしく、朝食を頂くことになった。


「この後も、鍛錬の続きをされるんですか?」

「いや。オレは旅の途中だからな。身体を動かすのはなまらない程度にして、他のことをする」


 本職の騎士ならば丸一日、見回りなどがある兵士だとしても週の半分くらいは身体を動かすと聞く。

 そもそもあるじは魔法が得意なのだろう。でなければあれほどの治癒魔法は扱えまい。そう考えれば、身体の鍛錬はついでなのだと納得が行く。

 余程の運動音痴で無ければ、頭を使う人でも身体をある程度動かすのは良い影響があると聞いた覚えがある。




 朝の食事を済ませた後、私はあるじに連れられて街へと繰り出していた。

 市場で様々な物を目にし、気になった物を味見するなりして色々と買い上げて行った。

 荷物を持たされることになるだろうかと待ち構えていたら、『アイテムボックス』に仕舞われてしまって、私は手持無沙汰になってしまった。


「荷物持ちと言う役目が果たせず、奴隷として遺憾です」

「必要があれば持って貰うさ」


 その言葉通り、朝市が終わった後は私の衣類、何着もの普段着、上等な服、部屋着にたくさんの肌着を買ってくれた。


「こんなに買っていただくなんて……」


 そう恐縮するが、支払いはあるじが勝手に済ませてしまっていた。

 衣服は安い買い物では無い。これほどとなると、裕福な商家やかなりの身分の貴族でも無いと持っていないだろう。

 何故そこまでしてくれるのか分からず、困惑した。

 しかし、自分の為の買い物が、その荷の重さが、幸せを実感出来ていたのは確かだった。

 『アイテムボックス』を使わず、苦心してそれらをあるじと二人で運びながら、昼食を取る為に食事処へと入る。


「ナナルートは肉が足りないな」


 そう言われて戸惑う。


「肉料理、ですか?」

「いや、体つきの方だよ。脂肪とかそう言う方向」


 マジマジと自らの身体を見回す。確かに、以前はある程度女性らしい丸みを帯びていたが、奴隷生活の中でそれは失われていた。

 辛うじて確認出来るのは、乳房ちぶさの辺りだろう。それも、記憶より少し薄れていると感じられた。


「女性に身体の文句を言うのは、あまり感心しないですよ」


 ややキツめの視線を送って牽制しておく。


「確かに、褒められたことじゃ無いな。謝っておく。その代わりと言っちゃあ何だけど、もっと食べろ」


 そこそこの値段がする料理を幾つも頼み、食べ切れないほどの皿を並べさせるあるじ

 ある程度自分から食べたのだが、あるじが食べさせてくるのではち切れそうになるまで詰め込まれてしまった。

 他の客が、やたら足踏みしたり、壁を叩いたりしていたのは何故だろう? 食事をする場所なのだから、静かに食べるべきなのに。

 私が食べ切れずに少し残した料理を、あるじが胃に収めて帰る時には、店員がやや乱暴に再訪を歓迎する言葉を投げて来た。重ねて疑問だ。接客業ならもう少し丁寧に応対すべきだろうに。

 そんな昼を過ごした後、私たちは館の一室へと戻った。




「さて。一日経って、少しは落ち着いただろう。そろそろどんな経緯があって奴隷になっていたのか、聞かせて貰おうか」


 部屋で二人きりになった所で、あるじが尋ねて来た。


「……分かりました。

 まず、私の名前はナナルート・ゴルダストと言います。ゴルダスト商会の当主の長女でした。

 ゴルダスト商会は、ユックリーの街の北部でもそこそこの規模の商会で、私は裕福な生活を送っていた、と思います。

 父と母、そして弟がいて、当時は幸せでした。……一年半前の、あの日までは。

 その夜、賊が家を襲ったのです。

 異変に気付いたのは、手伝いの一人が悲鳴を上げたからでした。私は怖くなり、自分の部屋に籠って怯えていました。

 しかし事態は終息することなく、むしろどんどん悪化して行ったのです。

 幾つも上がる悲鳴。響く怒号と物音。

 暫くして収まったのかと思った頃、私の部屋の扉が開きました。

 入って来たのは―――賊の一人。私は悲鳴を上げて逃げようとしましたが、相手は凶器を持った大の大人。

 呆気なく捕まり、抵抗の意志を失うまで頬を引っ叩かれ、引き摺られるように一階の食堂へと連れて行かれました。

 そこには数人の賊たちと、父と母、そして弟が拘束されていました。

 賊の代表が、父に金銭を要求。それを断ると、弟は首を落とされてしまいました。

 賊が重ねて金銭を要求するも、父は『今そこにあるので全部だ』と釈明。母と私が襲われました。

 その後も脅して来たものの、父は一貫して『金は無い』と主張。

 しばらくして夜が白み始める頃、賊の代表が『最後の確認だ。隠してある金はどこだ?』と聞いてきました。

 父は変わらず『無い』と返答し、そのまま首を掻き切られました。母も同じようにされ……私だけ袋に入れられ、担がれて連れ去られました。

 約一ヶ月後、私は顔に火傷を負わされ、片目を失い、その状態で奴隷として売られました。

 そして二つの商会を経て、フォールナー商会に買われました。

 驚いたことに、フォールナー商会の主のアークドイ・フォールナーは父の、ゴルダスト商会の下にいた商人の一人でした。

 どうやら賊の襲撃の後、ゴルダスト商会は解体され、所属していた商人たちの手によってそれぞれに引き継がれたようです。

 それだけならまだしも、あの人……いえ、アイツは、私を買い取った時にこう言ったんです。

 『お前の父親の隠し財産は、結構な金額だったぞ。それを元手に、俺はもっと稼ぐんだ! 助かったぜ、お嬢ちゃん。俺の踏み台になってくれてな!』

 その時、私は悟りました。賊の襲撃は、それを手引きしたのは、この男だったのだと。

 けれど、私にはどうすることも出来ない。

 『奴隷の首輪』で命令を課せられていた以上、満足に外へ出ることも出来ない。

 仮に知り合いと会えても、酷い火傷のせいで私のことを認識してくれるか分からない。

 もし私を保護してくれても、後ろ盾のない奴隷の証言をまともに取り扱ってくれるはずが無い。

 両親を失った私では、社会的立場が弱過ぎるんです。

 一般市民が犠牲になった事件と言うのは、一ヶ月ほどが過ぎたら打ち切られてしまうのもあります。

 これが貴族の犠牲者でも出ていたら、数年経とうが大丈夫なのでしょうけれど……。そうではないこの場合、事件の主犯では無いフォールナーが賄賂でも渡せば、ある程度都合良く捻じ曲げられてしまうのです」


 そこまで話した所で、あるじから「少し休憩しようか」と告げられた。

 知らず知らずのうちに私は手を握り締めていたようで、強張っていた手の平を解す必要があった。






所持現金:2億650万円相当(西大陸)+1,222万円(バルバル島)+Gold 10,816kg

+(24億円+80億円)相当のファフレーン小金貨(予定)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ