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嵌められて異世界  作者: 池沼鯰
第一章:始まり
8/114

008 24階


 この世界にレベル的なシステムは無かった。

 ヤナさんなどに聞いてみたが、魔物を倒して急に強くなるなどの現象は一切ないとのこと。


「訓練して少しずつ技量が上がっているところ、ある時停滞し、その後、急に突き抜ける、と言うのはあると聞く」


 あ、はい。それはたまに聞きますね。実際の地球でも。

 何と言うか、異世界らしき要素が、魔法と魔物くらいなものです。

 いや、星は全然違ったな。ルノーアちゃんの神話説法で気付いたけど、星の数が少な過ぎた。ミルキーウェイどころか、通常の星々もほとんど見えない。肉眼で見えるのは3つ。学者が確認しているのは7つらしく、細かい小惑星っぽいのはそこそこ発見されているようではある。つまり、見えている星は全て、惑星である可能性が懸念される。

 ともかくこの異世界、魔法と魔物以外は現実世界に準拠する。だから抜け道を探すのではなく、ちまちまとした努力を重ねるのが、結局のところ一番早いと結論付けた。

 加護が無く、天恵の『アイテムボックス』は拡張するのに難がある以上、身体能力や技能に頼るしかない。毎朝1時間ほど早く起き、雨が降ってなければランニングと素振りを行うことにした。夜はその分早く寝る。灯りも地球程安価ではないし、丁度良い。

 まあ、迷宮へ潜る関係上たまにしか出来ないし、雨が降ったらオジャンになる……と思ってたら、冒険者ギルドの施設の一つに、屋内の訓練場があるとのこと。大きくはないがそれほど小さくもなく、オレの大したことない運動には支障が出ない広さがあった。




 ウェントの街での生活が二週間も過ぎた頃、迷宮の深度は15階まで到達した。これ以降はオレの戦闘能力は期待せず、あくまで補助や自衛と割り切って進む方針だ。所詮、素人習いの槍術だしな。

 16階の魔物、オーク・ソルジャーと戦ってみたところ、フォロー無しでは傷を負わせることも難しいと判明。逆に下手すると殺されかねないほどだ。

 少し寂しい気がするが、戦力になれない以上どうしようもない。魔法は、着火や少量の水生成しか出来ない魔力量しか無いのでダメだ。仕方ない、投石の技術でも磨いてみるか? 幸い迷宮内には手頃な石が落ちており、小石の入手にはそれほど困らない。

 オレの存在意義は、今のところ荷物持ち。本質を見失わない程度に、役に立つ道を考えようと思う。




 一ヶ月が過ぎた頃、いよいよパーティの攻略階層の自己更新の為、迷宮へ潜ることになった。

 食料は30日分以上確保してあり、念の為『アイテムボックス』の1種5枠分を穀粉25kgにしてある。もし食料が足りなくなってその緊急分を使うとしても、穀物だけを摂取し続けるのは栄養バランスが悪いので、現実的では無い。今後考えるべき課題である。

 迷宮へはいつものように、20ヶ所ある入口の一つから。ウェントの街に20にも分散しているからこそ、一つの出入り口は然程さほど混まないで済んでいる。5階までは1日で踏破、10階までは2日、15階までは3日。ここまでで6日となる。

 以前の深層アタックの際は、各自出来る限りの荷物を持っていた為、消費して荷が減るまで行軍速度が遅かったらしい。今回はかなり快適だと、喜びの声をいただいている。

 16階から20階は各階層1日、合計11日が過ぎた。21階以降は、通行する道(行程の7割程度)の魔物の排除に1日、突破に1日と言った感じだ。階段付近は安全地帯だが、魔物が絶対に近づかない訳ではなく、極めて頻度が低いだけとなる。魔物に追われた冒険者が逃げ込んで来たなどの場合、普通に戦って追い返したり倒す必要があった。まあ、そんなことでも無ければ、年に1回程度しか階段付近に魔物が迷い込んで来ることは無いようだ。どんな神様が管理している『神の迷宮』か知らないが、その点は感謝だ。

 そんな訳で、休息は階段の踊り場で取るのがセオリーとなっており、低階層は冒険者で賑わっているが、20階も過ぎると自分のパーティ以外の人影は見当たらなくなる。




 23階に足を踏み入れて暫く経った時、それは起こった。

 前衛のヤナさんとボルさんは先頭を担当し、索敵を行っていた。中衛役のカイナスさんと荷物持ちのオレは、背後を意識しつつの最後尾。ジルミアさんとルノーアちゃんがそれに挟まれているのが、探索のフォーメーションだ。

 何の変哲もない通路を歩いているだけだった。ジルミアさんの踏んだところが、ガコンッと音を立てて凹んだのが見えた。

 アッと思う間もなく、ジルミアさんとルノーアちゃん、カイナスさんとオレの4人を巻き込む範囲の床が開き、奈落への入口を晒す。

 ルノーアちゃんは床が開き切る前にジャンプし、ボルさんに向かってダイビング。

 ジルミアさんは、ヤナさんが伸ばした腕に辛うじて掴まっていた。

 カイナスさんは咄嗟に飛び退こうとするも安全な場所まで距離が足らなかった。更に開いた部分の床を槍で攻撃するも、火花を散らして削っただけで、刺さらなかった。普通の石畳なら、少しくらいは食い込むのに。

 一方オレは、まともに反応すら出来ず、ただ着地の衝撃に備えていた。

 故に、二人の犠牲者を飲み込んで、落とし穴は満足したかのように閉じたのだった。




 衝撃は直ぐに来た。両足で着地し膝を突く。痺れるほどの負荷に、前転をして何とか衝撃を逃がせた……のか? 五点投地だか何だか正式名称知らない着地の仕方、半分も真似出来てないだろうけど、思ったより上手く行った気がする。

 上を見ると、落とし穴が閉まるところだった。光の筋が10メートルほど上空にか細く見え、消えて行く。それを呆然としながら見守るしか出来なかった。

 視界が闇に閉ざされる。慌てて、背負っていたバッグの中から手探りで灯りの魔道具を取り出し、点けた。

 周囲数メートルがぼんやりと照らされる。最小の魔石1個で1時間持つから、手持ちの魔石でも数日は大丈夫か。見える範囲では魔物の姿はない。

 そして少し離れたところに、カイナスさんの姿があった。―――右足が不自然な方向に曲がった状態で。




「カイナスさん! 大丈夫ですか!?」

「……あ、ああ。ミツルか。とりあえず生きているが……ぅ! 足が……え……?」


 折れた自分の足に、頭が追い付かないのだろう。

 傍へ駆け寄ったオレは、その足に触りながら言った。


「目を閉じていてください」

「わ、分かった」


 ズボンをナイフで切り込みを入れて、折れた骨の辺りを確認する。少なくとも開放骨折ではないようだ。

 足を少し引き伸ばし、本来の正常な足の形体に近くなるよう動かした。


「ぐぁああああ! 何するんだ!?」

「応急処置です! このまま骨が繋がったら大変でしょう?」


 薄目で、カイナスさんが現状を確認する。


「どうやら、そう、らしい、な。……済まない」


 棒状のものを探すが、そもそも余計な道具なんて持って来ていない。ふと自分の腰を見ると、ほとんど使われていない長剣が、鞘に収まった状態で自己主張していた。

 少し長いが、長剣を鞘ごと添え木代わりに、タオルの布で固定してみた。


「槍を杖代わりにして、何とか動けるか?」

「しばらく安静にしないと! それに無暗に動き回ったら救助が……」


 そこで言葉に詰まる。救助? こんな迷宮の奥で?


「救助は期待出来ない。ここも安全じゃない。何とか階段を見つけて、避難しないと」


 階段を見つける? 地図も無い未体験の階層を? ダメだ、絶望ばかりが降り積もり、心が潰れそうになる。


「どうすれば……」

「まずは肩を貸してくれないか? 魔物と遭遇する前に階段を見つけられれば、生き延びる可能性がある」


 それは、一体いつまで? 今、生き延びたとして、迷宮を脱出することはほぼ不可能だ。そんなのは―――ただの延命だ。


「混乱してるな。私もだ。だがこれだけは言える。『生きろ! 生きることを諦めるな!!』」


 カイナスさんの叱咤に、思考が逃避から現実へと戻って来る。


「……すみませんでした。少しボーっとしてました」


 ぎこちなく苦笑しながら荷物を纏め、カイナスさんに肩を貸して歩き出した。




 この階層の敵は、ジャイアント・トードみたいだ。今目の前に巨大な蛙がいる。

 槍を構え、威嚇するように振り回す。体格はお互い大差ない。カイナスさんは少し後ろに半立ちの状態だ。

 魔物は1体だけのようで、警戒するようにこちらの様子を窺っている。


「時間を出来るだけ稼げッ。魔法で仕留める」

「了解」


 普通に考えて、16階で通用しないオレが、24階の魔物を相手に出来る訳がない。だが、相手の魔物はそれを知らない。


「『硬き大地を穂先とし、敵を穿つ槍と成せ。StoneJavelin【石槍】』!」


 槍と言うには穂先が太く、柄は短いと言うより存在し無い。だが、材質が石で重さがあり、鋭さもそれなりにある。十分な攻撃力を持ったカイナスさんの渾身の魔法が、蛙の半身を抉った。

 しかし蛙の舌は最初からカイナスさんを狙っていたようで、魔法発動と同時に彼の首と肩へと当たってしまう。

 まだ蛙は息があったが、まともに動くことは出来ない状態だ。オレの槍の滅多刺しで、何とか倒し切ることが出来た。

 蛙の魔石を回収してカイナスさんの所へ戻ると、様子がオカシイ。呼吸が浅く、目が虚ろ。極め付けは―――蛙の舌が当たった首と肩の部分が、紫色に変色していたことだ。

 奴はただのジャイアント・トードじゃない。ポイズン・ジャイアント・トードだったのだ。


「大丈夫ですか、カイナスさん!」

「…………」


 虚ろな目で僅かにこちらへ視線を向けたが、それだけだ。返答する気力もないらしい。


「移動します!」


 そう断って、周りを見回す。地面に、カイナスさんの槍が落ちていた。

 肩を貸しながら両手に槍を持つのは、少々キツイ。片方を取るなら―――カイナスさんの槍の方が上物だ。

 オレは自分の槍をその場に落とし、カイナスさんの槍に持ち替えて、移動を開始した。




 30分もしない内に、階段が見えて来た。ただし、下への階段だ。24階から25階への階段。

 近くを探しても上への階段なんてあるはずがなく、一匹の蛙以降、魔物と遭遇しなかった幸運に感謝しながら、階段の踊り場へと避難した。

 分かっていたが埃が厚く積もっており、10年単位で使われていなかっただろうと見て取れた。

 埃を足と手で退かし、二人分の毛布を重ねて敷いて、カイナスさんをそっと寝かす。

 オレも限界だった為、近くへうずくまる様に座り、意識を手放した。






 呻き声に目を覚ます。


「み……ず……」


 カイナスさんの声だ。水袋の口を開け、匂いを確認する。……多分大丈夫だろう。傷んでいなさそうなことを確認し、カイナスさんの口元に水袋の吸い口をあてがう。迷宮自体の極僅かな発光で、輪郭だけは朧気に確認出来た。水を少し押し出すと、ゴクゴクと飲む音がする。

 少し安心し、手元の灯りの魔石を手探りで交換する。改めて点灯すると、真っ青な表情のカイナスさんが浮かび上がった。


「ミ……ツ…………ル」

「カイナスさん!」


 どうしたんだ!? 蛙の毒か? 毒に侵された首と肩は……真っ黒になっていた。

 震える身体を押さえ付けるように、自分で自分を抱き締めた。


「私は……もう……ダメだ」

「そんな!」


 諦めの言葉に、オレは何故か怒りを覚えて叫んでいた。


「死なないで下さい! こんなところで、オレを! 一人に! しないで下さい……ッ!!」


 口から出てきたのは、慰めでも応援でもなく、独り善がりな懇願と怒りだった。

 だが、そんなオレに、カイナスさんは微笑んでいた。


「ミツルは……死ぬな。生きろ……最後まで……」


 それなのに、返してくるのはオレを励ますものだ。或いは、たしなめていたのかも知れない。

 ふと気付くと、カイナスさんの呼吸音が消えていた。見ると、既に事切れていた。さっきのが最後の言葉だったのだ。

 オレは、彼の瞼を閉じさせると、暗闇の中、一人泣いた。






高坂こうさかミツル 年齢:24

精神11 魔力5 魔力量2.75 『アイテムボックス』 槍2(New!)、回避2(New!)


 五点着地法は突っ込まれる前に。全然出来てないです。単に回転して衝撃を逃しただけ。受け身だコレ。



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