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嵌められて異世界  作者: 池沼鯰
第六章:平穏までの距離
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074 無垢


 サンタン教国の聖都サンタンのほど近くにある、聖地。

 そこには毎日信者数千人が、入れ代わり立ち代わりで祈りを捧げ、供物を置く。大量の食糧、稀に工芸品や花束、そして生きた家畜がその場で屠殺される。その為の広場が用意されており、そこから臨める標高5千メートルもの山は、信仰心を煽るかのような絶景。なお、消費されなかった供物は、毎日教団関係者が綺麗に処理している。

 それとは別に少し離れた場所では、3,000人もの収容人数を誇る闘技場のような建物があった。日本で例えると、ボクシングなどの格闘技の試合が行われる後楽園ホールくらいと言えば分かり易いだろうか。そこでは毎日10時に銅鑼が鳴らされ、戦いが行われていた。

 聖教会の教団関係者がセッティングした『殺し合い』が、毎日一回定時に行われる。名義上は、『神に捧げられる聖なる戦い』である。

 参加者は信者の中から選ばれた、『判定』が必要とされた人々。主に聖教会のルールを逸脱した者が対象となる。基本的に血縁者同士で戦わされ、死んだ者には『神の許し』を、生き残った者には『助祭の地位』が与えられる。他国では法を犯した犯罪者となるだろう者への対応としては、寛容な方だと言える。

 とは言え、片方が死ぬまでやらされるデスマッチであり、半ば見世物化しているのも確か。見物出来るのは、教団内でそれなりの地位に居る者だけではあるが、それ故に血生臭いこのショーを楽しむ為、地位を金であがなう者すら散見された。

 そんなサンタン教国では有り触れた出来事が行われている所へ、ミツルは銅鑼の音に誘われて近づいて行った。




 林から歩いて出ると、視界内にあるコロシアムみたいな場所から、鐘を打ち鳴らす音が聞こえた。

 時間的には10時くらいか?

 気になったので近づいたが、入り口の所で白い服を着た兵士みたいな奴に止められた。


「ここから先は、助祭以上の身分が必要となります」


 オレみたいに知らずに紛れ込むのが結構居るのか、田舎者を見るようなさげすむような視線で見て来た。

 仕方ないのでその場を去り、【肉体強化】を使って建物の外側から何度かジャンプして、一番高い塀の所へと登る。

 凹んだ場所にある中央を見ると、中学生くらいのと高校生くらいの年齢の少年二人が、ショートソードで戦っていた。その戦いに、会場内のほとんどが集中していた為か、オレのことは気付かれていないようだった。

 ちなみに、ショートソードと言ってもナイフみたいな短い物じゃない。刃渡り自体は50cm以上ある、しっかりとした凶器だ。

 簡素な服を着た二人が、互いに剣を向け合っている。




にいさん……どうしても戦わなくちゃダメなのかな?」


 『裁断する場所』と言う意味を持つ闘技場の中心で、及び腰で剣を構えながら小さい方が問う。


「ああ。俺たちがしたことは許されないことだ。本来なら簡単な裁判で即死刑だ」


 二人の兄弟は、貧しい家計を助ける為、非合法な活動―――単なる密輸―――を行っていた。

 聖都サンタンへ入る際、人も物もかなりの関税が掛けられる。だからこそ、密輸をすれば安値で品が調達出来、利益が高くなる。

 そもそも、密輸は日常的に横行していた。ある程度見逃されていて、たまにこの兄弟のように摘発され、見せしめにされる。そもそも捕縛しようとすればいつでも出来るが、『神に捧げられる聖なる戦い』の人員を確保しておく為に、適切な規模で管理されている、と言う噂話まであった。


「だけど幸いなことに、この戦いで生き残れば許される。それどころか、助祭の地位まで貰える!」


 兄の目は血走っていた。


「そんな……。兄さん! そんなのオカシイよ! 馬鹿げてる!」

「他に方法は無いッ!! ……ザリス、俺はお前を殺して、恩赦をたまわう」

「兄さん!?」


 殺人予告と共に、兄が弟へと剣を振り下ろす。たまらず、弟のザリスはぎこちなく剣を避け、足をもつれさせて地面へと転んだ。

 闘技場に、歓声が湧き上がる。日常的な非日常の殺人ショーが、目の前で繰り広げられようとしているのだ。それを目当てにしているほとんどの人間が、心を躍らせていた。


「ザリス……立て。せめて……」

「やめてくれ! 兄さん! 兄弟で殺し合いなんて、ダメだよ!」

「剣を取れッ!!」


 兄の尋常ならざる剣幕に、ビクリとして思わず目を閉じる弟。


「思えば、いつも『兄さん』『兄さん』と煩い奴だった……。今日、これで決別出来ると思えば、清々する!」

「そ、そんな!?」


 兄の意外な心情の吐露に、弟が戸惑った表情を見せた。


「さあ、構えろ。なぶり殺しは気分が悪い。せめてオレに向けて剣を構えろ! 命令だ! ザリス!」

「に、兄さん!?」


 言われるまま、立ち上がって震える両手で剣を構え、その切っ先を兄へと向ける。

 その姿を見て、兄は微かに微笑んだ。


「そうだ、それで良い」


 慣れない様子で剣を上段に構え、弟へと距離を詰めた。その足が、何も無い場所で躓き、体勢が崩れる。

 驚きに目を見開く弟。身体を少し動かすが、避けるまでには至らず、兄の体当たり染みた突撃を受け止めた。

 兄の背中から剣の切っ先が覗く。

 突きの形になった剣が、弟の首筋を半分切り裂いた。

 相打ち。

 結果を見れば、素人が転んで刃物で傷つき命を落とした風にも見える。だがそんな大したことない、試合とも言えない殺し合いでも、血が流れたことに闘技場の観客は興奮し、熱狂した雰囲気が漂っていた。




「趣味悪いな」


 オレが見た感じ、嫌々ながら戦わされている様子だった。

 しかもどうやら、血縁者同士の殺し合いみたいだ。周りの奴らがそう話しているのが耳に入って来た。

 ついでに言えば、兄が弟の持つ剣へと突っ込み、弟は兄の持つ剣へ『わざわざ』当たりに行った。そう見えた。

 それを見て喜ぶ観客たち。どれもこれも、赤い部分のある白い服を着ていて、偉そうなツラをしている。

 しかしどうして相打ちになったのだろうか。

 そう考えようとした所、解答は意外な所から得られた。

 兄弟が殺し合ったコロシアムの中心に、二人の男女が縄で縛られて連れて来られていた。

 その縄が切られて解かれ、少し偉そうな壮年の男性が、その男女へと言葉を掛け、重みのある皮袋を渡していた。




「二人は、共に神の身元へと旅立たれました。故に、これを以って罪はすすがれたと見做します。

 彼ら二人の親であるあなた方二人には、サンタン教国の正式な国民としての地位を用意しましょう。

 また、彼らの健闘を称え、聖金貨10枚(2,000万円相当)を授与します。女神の祝福があらんことを」


 他国から移り住んで来た二人の男女、先ほど命を落とした二人の父親と母親は、目の前の出来事に呆然としていた。


「ロダ……ザリス……」

「アナタ! ザリスが! ロダが!? ああっ……」


 胸を突かれた兄の方はともかく、首の重傷だった弟の方はしばらく心臓が動いていたが、出血量が多過ぎた。両親が連れて来られる前には事切れている。

 この闘技場の特異性もあって、その場で治癒魔法を使うことも禁じられていた。仮に使えたとしても、<臨界突破>したミツルくらいの腕前で無ければ、助けられなかったが。

 兄弟の遺体に、母親が縋り、泣き叫ぶ。

 父親は悲しい表情を作り、目を瞑ってしばし黙祷していたが、手の内にある金貨の重さに思わずほくそ笑むのを抑えられなかった。

 他国からの移住者が、サンタン教国内で裕福に暮らすのは難しい。色々な決まりにより、正式な国民よりもかなり不利な条件で生活せざるを得なかった。

 それが、正式な国民の地位を得られることで解消される。かねも、店舗が持てるほど潤沢に持ち得た。

 そう気付いたことで、父親は未来が明るいことを確信したのだ。


「メーロゥ……。二人は残念だった。だが、私たちは二人が残してくれたチャンスを生かさねばならない」

「ああ! アナタ……アナタ……二人が……。もうダメだわ、何もかもオシマイよ」


 今後を気にする父親と、失った者を思いひたすら悲しむ母親。

 生物学的なオス・メスに起因する精神構造の違いか、或いは単なる個性の違いか。正解は分からない。

 だが、妻が子の喪失を嘆き、夫がそれを宥める構図は、古今東西で多く見られるモノだった。




「野蛮な催しだった」


 嘆息し、コロシアムの塀から飛び降りて、供物が捧げられ続ける場所へと足を向ける。

 順番を待つ列の前方が1,000人ほどと短くなった所で、擬装用に背負っているズダ袋から、適当な果物を取り出して供物っぽく持つことにした。ズダ袋内で『アイテムボックス』を小さく展開し、瓜のようなメロンのようなそれを取り出したのだ。1週間ほど前に市場で未成熟なソレを買ったのだが、そろそろ熟して食べ頃だろう。香る匂いを楽しみながら、列が進むのを待つ。

 だが、後200人ほどと言う所で、周囲が騒がしくなった。


「女神様だ!」

「世界神様だぞ!」

「「アン・サン様だ!」」


 まさか、アン・サンが降臨しているのか!?


「……どう言うことだ?」

「おや、アンタ知らないのか? ……見た所、旅の巡礼者か。なら無理もない」


 一人納得しているオジさん。オレの疑問への答えを教えてくれ!


「まあ、そうくな。若いの。……ここは聖地だ。女神さまが御座おわすとされる場所。

 即ち、アン・サン様が御降臨されることも珍しくないのだ!

 ……実際には、7日(なのか)から10日(とおか)ほどに一度程度の頻度で、ここに来られることが多い。

 短ければ3日、長いと3ヶ月も姿を拝見出来ないこともあったそうだが……神様だし、なぁ。

 兎に角、儂等もひざまずこうか」


 年長者の助言に従って、オレも両膝を地面に着かせ祈るようなポーズをする。格好だけだ。

 なお、サンタンの聖地に来たのは、ミドリの助言に従ってのことだ。曰く、「早いうちに敵情視察するのは有意義だ」とのこと。何か深遠な考えがあるのかも知れないが、無い可能性もあるので深く追及はしていない。

 周りに迎合するように息を潜め、変化を観察する。

 少しすると、オレンジみたいなのとブドウみたいなのを持った小柄な女性らしき存在が、地上2メートルほどをフヨフヨ浮きながら移動していた。髪は燃えるように赤い、と言うか実際に燃えてるように見える。服装は、レオタードみたいな肌にピッチリした物を身に着け、腰や首に毛皮ファーのような部位がある。

 美人と言うか、気の強い若い女性と言った風体で、だらしない口元が生理的嫌悪感を呼び起こした。

 信者たちは、この神の名を呟くばかりで、特に何もしていない。

 不意に、オレの前方10メートルくらいの所から、赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。母親らしき若い女性があやすものの、赤ん坊とはままならないもの。泣き止む様子が全くなかった。

 目立つことはしたくないオレとしては、これほどの近くにこんな爆弾があるのは、気が気でなかった。

 苦虫を噛み潰したような心中だったが、いきなり心臓を握られたような悪寒に血の気が引く。

 見れば、アン・サンと思しき存在が、オレの方を見ていた。ヤバイ!

 ……否。赤ん坊の方を睨み付けていた。方向が同じだから、混同したのだろう。


「……ウルサイ。人間の幼体は、やかましくて困る」

「あ……ああ……。アン・サン様……」


 空中を漂いながら、赤ん坊を抱く女性へと近づいて来る。

 膨大な魔力を持つようになったから分かる。この存在は、強い。何か分からないが、内に秘めているエネルギーがとんでもない。その圧迫感だけで、息が出来なくなりそうだ。

 オレを100とするならば、少なくとも1,000、もしかすると1万くらいの力を持っているのか。

 周りの信者たちは、これを感じないのか平然としている。かしこまってはいるが、息が止まりそうと言う雰囲気は無い。

 オレだけなのか、これを感じるのは。

 こんな苦しい思いをするのならば、感じられない方が良かった。

 そう考えていると、アン・サンの移動が止まった。赤ん坊のすぐ傍だ。


「泣き止みなさい」

「あ……あぁ……あ……ぁあ……」


 母親らしき女性は、何も出来ずにただ赤ん坊を抱いているだけ。

 赤ん坊は、状況を理解出来る筈も無く、ただ泣き喚く。

 アン・サンは、食べ掛けのオレンジを投げ捨てて気怠そうに燃える髪を掻き揚げると、赤ん坊の額へと手をかざした。


「泣き止め」


 その言葉は冷たかった。火の精霊が元らしいが、それを一切感じさせないモノだった。

 アン・サンが向けた手の平から、小さな火の玉が飛び出し、それが赤ん坊の口の中へと入ると、赤ん坊が一気に燃え上がった。

 最後の赤ん坊の泣き声が、一際ひときわ強く辺りに響き渡ると、赤ん坊は燃え尽き、黒い炭のような物体となってしまう。

 それを抱いていた女性は、右手が手首から先が、左手が肘から先が、同じように燃えてしまっていた。


「ぎゃ、ぎゃああああああ!? 私の赤ちゃん!? 私の! 赤ちゃんッ!!?」


 自らの手の喪失に気付いていないのか、赤ん坊の心配ばかりをする女性。


「……こっちもウルサクなった」


 アン・サンがおぞましい声で呟く。

 近くに居た少し身分の高そうな人物が立ち上がると、周りの信者へと指示を出した。


「静かにさせろッ」

「はっ」


 両手の先が炭となってしまった女性に、大人が数人掛かりで抑え込み、口元を布で塞ぐ。

 何なんだ、これは。何でこんなことになっている?


「ようやく静かになった。あぁあ~、退屈。戻るわ」


 そう言い残して、アン・サンは来た道を戻る。そして供物がたくさん置かれている広場へ舞い降りて、幾つかの果物を手に取ると、山の方へと飛び去って行った。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 アン・サンの圧力が消えたので、思う存分肺腑を働かせた。苦しかった。


「な、何だったんだ」

「初めてだと、驚くなと言うのが無理か。あれがアン・サン様だ」


 オジさんが解説してくれる。


「そんなの、分かってる! けど、どうして人が……赤ん坊が殺されて、何もしないんだ!?」

「そりゃ……相手が神様だからな。儂等にはどうしようもない」


 何を言ってるんだ。


「おい! 静かにしろ!」

「大変名誉なことなんだぞ! 子どもと両腕を直接アン・サン様に捧げることが出来た!」

「そうだ! 凄いことだ! その両腕は聖痕だな! ははっ、一生自慢出来るゾ!」

「う、うぅ……」


 若い女性は、男たちに取り押さえられながら、涙を流していた。

 どこかチグハグな周りの信者たちの声に、オレは怖気おぞけを感じる。

 少しすると再び列は動き出し、オレはそれに従って果物を広場の片隅へと置き、退散した。




「……ミドリ」

「何じゃ?」


 いつもの様子のミドリに、ホッとすると同時に怒りが湧いて来た。


「分かってただろ」

「……何を?」

「アレが、あんなのが! この世界の管理の代行者だってことを……ッ!」


 腰に巻き付けている鉄で出来たミドリの仮初の肉体を、オレは出来ることなら握り潰してしまいたかった。


「……勘違いするでない。最初からワシは、アレは悪いモノだと言っておる」


 ……言われてみれば、確かにそうだ。だが、あそこまでとは思っていなかった。

 いや、オレの認識が甘かったのか?

 だとしても。あんなのを崇め、たてまつるこの世界の住人に、正気を問い質したい気分だ。

 例え異なる存在だとしても、あんな風に扱われてとする神経は、オレには理解出来ない。

 その点、ミドリはオレの、オレたちの感覚に近い。これはとても僥倖なことだ。本来、違う種の生命体は相容れないモノなのかも知れない。

 アン・サンへの黒いモヤモヤした気持ちを腹に抱えながら、オレは名も知らぬ赤ん坊の冥福を祈った。





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