070 為政者の責任
翌日。ダ・ルナ王国の王都へ【瞬間移動】し、そこから出発となる。
昨日のムーノウ子爵領の宿場町について、少し気になったので酒場で情報収集することにした。適当な飲んだくれに酒を奢って、話を聞くだけだ。
この方法は当たり外れが激しく、こっちの知りたいことをすんなり話してくれる人も居れば、余計なことばかり喋る為に欲しい情報が手に入らないなんてこともある。
今回のは、割と当たりだった。
「で? 何が聞きたいんだ?」
こう言った話の早い奴は、やや警戒が必要ではあるが、時間も無駄に喰わないし大歓迎だ。
「ムーノウ子爵領の宿場町についてだ。少し離れてはいるが、情報が入って来ないってほど遠くでもないだろ?」
「なんでぃ。あんな所の情報を聞きたがるなんて、物好きも居たもんだ」
「悪い噂を耳にしたんで、警戒しておく為に情報を得ておこうかなと」
グビッと安酒を旨そうに呷って、中年のおっちゃんが口を開く。こりゃアルコール依存症っぽいぞ。
「そうか。そいつは賢明だな。……あそこは3年ほど前に代替わりしてから、酷い有り様だ」
ほうほう。若い領主だったが、代理とかじゃなかったんだな。
「税は高い、必要な物さえ金を惜しむ、平民に乱暴を振るうと、どこを取ってもダメだな。ありゃぁ、近いうちに何かやらかす」
……考えてみれば、昨日の魔物の襲撃の件は、まだこっちに伝わってない可能性が高いか。馬でも二日は掛かる。
もうやらかしちゃったんだよね、アイツ。
「小規模な村や町の領主は、ハンターギルドに力を入れるのが普通だ。何故だか分かるか?」
ん? 獣や魔物が近くに居ると、安心して住めないからじゃね。
「まあ、半分当たりだ。特にゴブリンなんかの繁殖力の強い魔物には、通常の魔石買い取り以外に懸賞金を懸けておいて、討伐を促すのさ。
これが結構、馬鹿にならない負担でなぁ。小さな村を持つ貧乏貴族なんかは、これで破産してしまうなんてことも多い。
まあ、破産で済めばまだマシだけどな。懸賞金を払えなくなって、討伐が滞った挙句、ゴブリンが大繁殖して村や町が襲われる、なんて話はゴロゴロしてる。
それを、ムーノウ子爵は払えない訳でも無いのに懸賞金を下げてしまった。
結果、傭兵やハンターがその町から半分近く居なくなったし、その近辺の道中は危険が増しているらしい。商人の奴らが凄ぇ愚痴ってたぜ。ヒヒッ」
大分、腑に落ちた。金を惜しんだ末に魔物が大発生したってことだったんだな。
酔っ払いのおっちゃんに礼を言って、もう一杯酒を奢って金を払ってから、酒場を出た。
大空を飛び、ダ・ルナ王国を出てサーキュラス共和国の領域へと入った。
サーキュラス共和国は西大陸ウェスティンの南西にあり、斜めにやや細長い国土を持つ。
ダ・ルナ王国に近い場所は岩石地帯が多いが降雨もそこそこあるらしく、北のソーレンスニア王国から流れる川もある為、森や林などの緑が点在していた。
しかし中部地方になると乾燥した大地が目立ち始め、たまに見える川の水位も低くなっている。
そしてソーレンスニア王国にほど近い街が見えて来る頃には、岩石砂漠かと見紛うほどとなり、稀に見える植物も背の低い草が疎らにと言った具合だ。
辛うじて確認出来る川は、削られた周囲から察せられる本来の水位からすると、極めて少ない量しか水が流れていなかった。川幅自体は30メートルはありそうなのに、今確認出来る川の水は幅3メートル程度。干上がっているとしたら、異常だろう。
とは言え、小さな川が移動するなんてことは、実はそんなに珍しくは無い。これも自然の移り変わり、なのかも知れないな。
飛行の魔法を低空・低速度にしてから解除し、入り口に立って眺めた街の様子は、『枯れ果てている』と言うものだ。
その乾いた風景に危機感を覚えるとともに、少し興味を惹かれた。危ないものはつい触っちゃうんだ。
「う……ん? 旅人か。このツネギの街へようこそ」
門番なのだろう、街の門に寄り掛かって座って居る兵士が、オレに歓迎の言葉を向けて来た。あくまで座ったままだが。
「お、おう……?」
「とは言っても、満足に水も飲めない現状だ。出来るなら、この街は素通りしてソーレンスニア王国へと向かうか、後戻りした方が良い」
「水が、飲めない?」
この街の規模だ。数万人、少なくとも3万人程度は生活してそうな大きさだった。
それだけの人間が水に飢えてるってのは、尋常じゃない。
「ああ。十数年ぶりの大干ばつに見舞われてね。農作物も半分近くダメになりそうなんだが、とにかく川の水が減って来ていて、満足に水を得ることすら出来なくなっている。後一月もすればこの川すら干上がるんじゃないかって、専らの噂さ」
お道化た風に言う兵士。
水が無いとか、死ぬだろ。何やってるんだ? むしろ何で何もしてないんだ?
「じゃあな。一応、水が不足してるって伝えたぞ」
「ああ」
少し怖いもの見たさで、街の中へと入って行った。
街の中心部には、宿屋や傭兵・ハンターギルド、雑貨などを扱ってる万事屋、食品小売りに飲食店が並んでいた。街の人で活発に動いている者は少なく、また咳をする者が多かった。
普段使わないから宿屋も気になるが、とりあえずハンターギルドへと入る。
「……」
職員が誰も挨拶をして来なかった。気にしないけどな。
支部の規模にしては屯してるハンターが20人ほどと少なく、様子もどことなく草臥れた印象だ。
貼り出してある依頼票を読んでみる。ふむふむ。
街の近くの魔物や肉食獣の討伐依頼が幾つかあるが、どれもランクC以下で面白味が感じられない。
目に付くのは、『水の作成依頼』だろうか。依頼主を見ると、金を持っている層がほとんどだ。
一つ例外があったが、依頼主が街の領主で、内容は住民への水の供給。ただし、それ以外と比べると、水の量に対して支払われる金額は桁が1つか2つ少なかった。
ちなみに、その系統で一番高いモノは、1リットルあたり小銀貨1枚(2,000円相当)だった。
一旦ギルドを出て、街の人に川の場所を訊ねる。
「余所者が利用するのは禁止されてるぞ」
「様子を見たいだけだ。使う訳じゃない」
そう釈明するが、疑いの目は晴れない。
どうすりゃ良いのよ。……むむむ!
『アイテムボックス』からワインの入った小樽を召喚! コップも取り出し、目の前で200mlほどを注いで一息に飲み干して見せた。
「ふぅ。こんな風に十分に飲めるしな」
ドヤ顔で青年の様子を窺う。
喉がゴクリと動いて、自分も飲みたいアピールをして来た。
「やらんぞ」
「……!? そこを、何とか! 頼む!」
「と言うか、酒だから、飲んだら余計に体内の水分が減って、咽喉が乾くぞ」
「……構わん! 一時でも乾きが癒せるのなら、本望だ!」
良いのかよ。
とりあえず、別の大きめのコップを取り出し、500mlほど注いでみる。ワインの小樽は収納。
「川の場所は?」
「あっちだ! なあ、良いだろ? 頼むよ。一生のお願いだ!」
今日初めて会った奴に、一生のお願いをされてもな。
けどまあ、渋る意味も無いし、コップを渡してやる。
すると、そのまま無言でコップに口を付け、ワインを飲み始める青年。徐々にコップを傾け始め、ついには呷って飲み干してしまった。
いやぁ、気持ちの良い一気飲みだった。思わずアルコールの宣伝に使いたいと思うほどの、美味そうな飲みっぷり。
「くぅ~~~~~! これほどの美味い酒は、初めてだ!」
「あ、そう。それより、コップ返して」
「……はい。どうも御馳走様でした」
深々と御辞儀をして来た。うむ、礼儀正しい奴は好感が持てるよ。
『アイテムボックス』にコップを仕舞い、川のある方へと歩いて行く。……この青年も付いて来た。暇なのか?
街の中心部から少し歩いた所にある、河原。
水汲み場があるにはあったが、そこは現在の川から5メートル以上離れていた。水を汲もうとする人たちは、設置されている石畳の所から歩いて近寄り、濁った川の水を汲んで持ち帰っている。
中には、その水をそのまま持って帰るのではなく、布で濾過する簡単な装置を使い、気持ち透明度が増したそれを改めて壺なり樽なりに入れて持ち帰っているのも居た。
いやー、あれは無いわー。あんなの飲んだら、お腹壊すよ。かなり高確率で。
「あんな水を飲んでるのか?」
「ん? 何を言ってるんだ? 当たり前じゃないか。水はあれしか無いんだから。さすがにあのまま飲む奴はほとんど居ないけど、せめて沸かすか、料理に使うってのがほとんどだな」
煮沸消毒しても、あれはちょっと……ヘドロ一歩手前だよ? 大丈夫?
「お腹壊したり、死んだりしないか……?」
「お腹壊すのは、しょっちゅうだな。死ぬってのは、さすがに少ないけど……小さい頃に病気になって死ぬってのが大半だ」
泥水飲んでも大丈夫になれ、さもなくば死!?
厳し過ぎる自然淘汰。大自然の過酷さを、改めて実感した。
「金があれば、大金払って綺麗な水を手に入れて飲むって選択肢もあるけど、それは金持ちだけの特権だな」
そこまでしないとまともな水が手に入らないのか。
この世界の水事情は割と厳しいものがあると感じてたけど、ここはその平均より遙かに上の段階にある。
その事実を噛み締め、どうにかならないかと考え始めた。
結論、無理。
オレが少し頑張った所で、ちょっとした応急対処にしかならない。
そんな訳で、この街の領主の屋敷へと、先ほどの青年に案内して貰った。
「ここだけど……」
「何用か!」
「そうか、有り難う。ここまでで良い」
厳しい視線を向けて来る屋敷の門の兵士を無視し、青年に感謝の言葉を伝える。
「へへっ、ここまで来たら、兄貴に付き合うよ」
「いや、お前邪魔だから。付いて来るな」
「酷い!?」
いや、道案内してくれただけの関係に、何故便宜を図らにゃならんのだ。
睨み付けるようにして追い払うと、ようやく青年は渋々と退散してくれた。
「領主様に御用なら、許可を得て来るんだな」
「ふーん。ハンターギルドで、水を作れる魔法使いの募集がされてたんだけど……」
「何! それなら許可が得られるか伺って来よう。……ちなみに、どれほど作れるのか、確認させて貰っても?」
お。急に丁寧な対応になりやがった。現金だなぁ。
「『水よ、在れ。water【水】』」
今のオレなら、一度の魔法行使で13トンもの水を生み出せる。
勿論、無から作る魔法の水では無く、大気中に含まれる水分を集めているので、遠距離まで魔法の発動範囲に出来る魔法遠隔の技能をある程度高めておかないと、実行出来ない。
ただ、これには裏仕様があって、水魔法に必要な水分を、魔法遠隔でカバー出来る領域から調達出来ない場合、自動的に『魔法の水』になる。
つまり、1分ほどで消えてしまう、儚い水となる。
魔力が低い時にオレが使っていた【水】の魔法は、まだ育っていない魔法遠隔の技能で確保出来る水分量をも超えていたので、必然的に『魔法の水』になっていた。
とは言え、その段階でも、拙い魔法遠隔の技能でも集められる数ミリリットルから数十ミリリットル程度に、【水】の魔法で生み出す予定の水量を制限してイメージしておけば、普通の水が生み出せるのだが。
閑話休題。
とにかく、今は広く生み出した水を上空2メートルほどから、雨の様に……否、バケツを引っ繰り返したかのように降らせた。
当然、水浸しになるオレと兵士。
「……これを、貴様、いや貴方様が?」
「ああ」
首を縦に動かして肯定すると、兵士が弾かれるように屋敷の中へと走って行き、「領主様ー!」と叫びながら移動していた。
領主の屋敷の前で待っていると、先ほどの兵士が戻って来て、屋敷の中へと案内された。
そして応接室にて、下にも置かない丁寧な対応をされ、貴重なはずの水分で淹れられたハーブティーを出された。
お茶請けには果物。……まあ、水分を取るには、こう言ったのが手軽だよね。
モグモグとカットされた果物を摘まみながら、相手を待つ。
「彼が、例の偉大な水魔法使い様、か?」
領主と思しき中年男性が、部屋の扉を開けての一言。
何その名称。別にオレ、水魔法は得意じゃねーぞ。
そいつは二人の兵士を背後に待機させ、オレの前へと座って来た。
「さて、偉大なる水の大魔法使い様におかれましては、御機嫌麗しゅう……」
「やめてくれ、オレはミツルって言うんだ。様付けも要らない」
「ふむ……では、ミツル殿。大量の水を生成されたと聞きましたが?」
「敬語も要らないって。で、水については確かに魔法で作れる、と言うか大気中から取り出せるって表現の方が正しいんだが……」
「問題は、1日にどれほど作れるのかと言うことですな」
領主の頭の中では、オレが働くこと決定みたいだが、オレ自身はまだ疑問が残ってるので、素直に賛同出来ない。
「さっき使った水魔法くらいなら、まだ何度か行使出来るが、さすがにこの街の住民全員分の生活水とかは無理だ」
「そ、それは、確かに……」
「ちなみに、人口は何人くらいなのか聞いても?」
「え? ええ。……確か、6万と8千を超えた程度だったかと」
思ってたより多い。
「そんなに居るのか。利用出来る水資源に対して、街の人口は少し多過ぎやしないか?」
人は、生きているだけでも結構な水の量を使う。まして、文化的・衛生的な生活なら消費量は跳ね上がる。
だからこそ、例えばこの街の人口が半分くらいなら、ここまで酷い事にはなってないんじゃないかと思う。
「それについては、20年ほど前は3万人程度で、今よりも余裕のある状態だったと」
「へー。じゃあ20年間の間に、人口が増え過ぎて、こんな状況になってるんだな」
「それは! 大干ばつと時期が重なった為に! 決して我々のせいではなく!」
必死に弁明して来るが、どうしても白々しさが滲んでいる。
「大干ばつが発生したから、と言うのは確かだろう。けど、大干ばつがずっと発生しないなんて思い込んで、この状況を作り出したのは、アンタじゃないのか?」
「てっ、天候を私の責任にされても困る! 予想なんて無理だ! 神の領域だ!」
うーん。出来ることをやらない統治者ってのは、残念だ。
「少なくとも、人口が増えるのをある程度自粛したり抑制したりは出来たはずだ。大干ばつの際にどの程度の人口まで生きられるのか知り、対策などを立てているのなら、まだ分かるんだがな」
「くっ。ええい、平民風情が! 知った風な口をッ!」
平民とか関係無-よ。
「なら、水は作らなくて良いな?」
「それは! ……ぐぬぬ! お願い、します」
応接室の低めのテーブルに、額を触れさせるほど深く頭を下げて来た。
民を思う気持ちはあるみたいだ。だけど、それが十分に発揮されているかと言うと、微妙だねぇ。
少し考えてから、オレは答えを出した。
「一つ、条件がある。それさえ飲めば、水の代金は要らない」
街の外れで、大きな石の容器を作って待っていた。
容器と言うか、デカいプールみたいな感じだ。水を無駄なく使えるよう、底面は僅かに角度を付けて、水が少なくなったら一箇所に集まるようにしておく。
街中から、代表者と言うかちょっとした組頭みたいな人たちを集めて貰った。7万人弱の人口に対し、500人ほど。
【拡声】の魔法を使い、声が全員に届くようにする。
「集まった住民の代表の皆、少しばかり静聴してくれ。
オレは、この石のプールを満たすほどの水の魔法が使える。
だが、オレは旅の途中だ。この街に長居することは出来ない。だから、せめて水を配布する相手を選びたい。
条件はただ一つ! この街を出て他の場所で生活することだ。
これを約束する者にのみ、水を分けよう。存分に飲むなりして乾きを癒し、旅の途中で飲む為の水を溜めておくことを勧める。
一人当たり1,000リットルが目安だ。なお、人口も鑑みて、先着4万人限定とする。繰り返す! 先着4万人だ! 以上!」
オレが演説を終えると、傍で見守っていた領主が頭を抱え込んでいた。
仕方ないじゃん。アンタが対処出来ないんだから、オレが尻を叩いてとりあえずの解決を目指してるんだよ。
200メートル四方の深さ1メートルちょっとの石のプールに、水をどんどんと生み出して行く。
半径128メートルの大気から水分を搾り取ってしまったら、水が得られなくなるので、そうなったら風の魔法で空気を移動させ、入れ替えて新たな空気を呼び込む。
あー、スゲー面倒臭い。
今の気温とカラカラの湿度だと、二度も【水】の魔法を全力で使えば、三度目は空気中の水蒸気量が足りなくなってしまう。
風魔法を使って換気、換気。そしてまた【水】ダバー。
あ。ヤバイ。
プールの容積の1/4程度しか生み出してないのに、魔力量が尽き掛けてる。
結局4日間、オレは石のプールに水を生み出し続けた。
オレが居ない夜の間に、水泥棒なんかもあったみたいだけど、誤差みたいなもんだ。
水の管理と分配は領主に任せて、オレは4日目にツネギの街を去った。
要求は伝えたし、きちんと公平に約束を守ることを誓わせたが、ぶっちゃけ後のことは野となれ山となれ。その先まで面倒見ることなんて出来やしない。
領主からは最終的に、お礼の言葉が貰えたけど、仕方なくと言った雰囲気だった。
オレが居た4日間で、5,000近くの人間が街から出ることを決断したようだし、立ち上がりは良いんじゃないかな。
その後、ツネギの街を後にしたオレは、ソーレンスニア王国の海沿いの街スニアへと飛んで向かった。
補足しておくと、先の4日間の間に、ポントール王国のドワーフ100人を新たに旅立たせるのと、第ニ陣がウェントの街にやって来たのをアインの街へ迎え入れたのだが、最初のような混乱は無く、恙無く完了したことを付け加えておく。
ほとんどの作業は部下に投げてしまっていて、オレは横で眺めたり、頷いたり、料理を食べたりしてだらけてるだけだったしな。
高坂ミツル 年齢:25
精神11 魔力1,429 (最大)魔力量224,624
拠点での就寝時回復魔力量約156,000
所持現金:8億2,930万円相当+Gold 10,846kg
+(28億円+80億円)相当のファフレーン小金貨(予定)




