061 こってり
王への謁見に一緒に行かないかと、ビュヘット男爵が食事中に言い出して来た。
オレはそれを無視して、ジャガ芋とベーコンのチーズ掛けを堪能する。もぐもぐもぐ。
「……えーっと? 聞こえましたよね?」
「ん?」
一体何が、と言う体で首を傾げる。
「いやいやいや。私が明日王へ謁見する際、ミツル殿に御同行して貰えると嬉しいなぁと」
「そうか」
聞き間違えじゃなかったみたいだ、無念。あと、料理が尽きてしまった。量は結構あったので、少し遅い昼食だとしても腹は満足してる。
「しかし、どこの馬の骨とも知れない人物を、イキナリ王様に会わせるなんて、そんなこと」
「いえいえ。ランクAともなれば問題ありませんって」
「……そうか?」
「そうです」
とぼけてみたが、通用しない様子。
「そうまでして、会わせたいと?」
「顔を合わせて損するものでも無いですし。それに我が王は寛容ですから、多少どころかかなりの失礼があっても、水に流して下さいますよ」
普通は相手が王様ともなれば、是非とも顔繋ぎをしておきたいと言うのが大半だろう。商人なんかは、かなりの大金を払っても謁見したいに違いない。
「他に理由は……」
「まあ、恩人ですからね。色々世話を焼きたいと言うのが本音です」
何だろ。意外とオバちゃんみたいな性格してんなー。
「御負担でしたり、他に用があるのでしたら、無理にとは言いませんが」
「うーむ。……急ぐ用事も無いし、時間がそんなに掛からないのなら、同伴させて貰うよ」
オレのその答えを聞くと、ビュヘット男爵はニパッと笑顔になり、楽しそうに笑った。
「いやー、良かった良かった。断られそうな雰囲気があったので、失礼なことを頼んでしまったのかと戦々恐々としていましたよ」
悪い人間じゃないみたいだし、袖すり合うも他生の縁と言うから、ここは流れに任せてみるのも一興だ。
互いに食事も終わったので、その後はチーズを少し分けて貰った。硬いのやら柔らかいのやら、8種類くらいあった。少しと言っていたが、結構な重量になる。このチーズがあれば、草薙さんのピッツァが更に進化を遂げること、間違いなしだ。
宿の裏手の木々の根元に例の魔石を埋め、【瞬間移動】でいつものように屋敷へと戻る。
草薙さんに御土産を確認して貰った際に、ウナギも渡した。日本での蒲焼きの匂いが想起され、胸がいっぱいになる。でもこの思い出は、この世界産のウナギの蒲焼きで上書きしてしまいたい所だ。郷愁の念は邪魔になりそうだからな。
翌朝、色々と時間を潰しておいて【瞬間移動】を行った。
スエズエ共和国のウェントの屋敷から、ミルキカイワ王国の王都サカニの高級宿へと。時差が3時間ほどあるので、屋敷で昼近くまで待ち、朝の宿へと跳ぶことになる。ここら辺、面倒臭いんだよねぇ。そのうち夜型人間とかになってしまいそうだ。
宿の人に取次ぎを頼むと、少し待たされてから部屋へと案内された。
「おお、来てくれましたか。けれど、少し早いですかね。どうせ急いで行っても、向こうで待たされるだけなので、お茶でもして時間を潰しましょう」
「だったら、昨日譲ってくれたチーズで幾つか料理を作って貰ったんで、どうですか?」
「ほお?」
乗り気なようなので、『アイテムボックス』から草薙さんに今朝作って貰った料理を出して行く。それぞれ【遅延】の魔法をいつも通りに掛けてあり、封印を解けば出来立て状態だ。封印の解き方は、密封状態を解除するだけである。
出した料理は、様々な具を乗せた多種多様なピッツァ、バターとミートソースが絶妙なラザニエ、ホワイトソースとチーズがたっぷりのマカロニ・グラタン、香ばしい厚切りベーコンが主張するカルボナーラ、ナスと挽肉のハーモニーがそそるミラノ風ドリア、小麦とチーズ等を混ぜて揚げた薫り高いシャットである。どれも美味そう。
「………………」
ビュヘット男爵は、それらの料理を見て絶句している。
それぞれ余計に作って貰ってあるので、『アイテムボックス』にはまだ半分以上保管してあったり。
「温かいうちに食べよう。……はむ」
給仕係の人が、部屋に備え付けのフォークや取り皿などを用意してくれる。だがピッツァは素手だ。
オレが満足そうに食べているのを見て、男爵も恐る恐る手を伸ばし、ピッツァを口に運ぶ。
味を確認するかのように一口、二口。三口から先は、口の中に詰め込むかのように押し込んでいた。
「ふがっ、ふがっはっ!」
「食べながら話すな」
「……んぐ。なんて、美味しいんだ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大声で、料理を賞賛する。
「確かにピッツァは料理の一つの頂点と言いたくなるほど、完成された味だよな」
「ピッツァと言うのか! これは! ソースと具とチーズと生地のハーモニーが素晴らしいな!」
「お、おおぅ……」
「他にも、見慣れない料理が多い!」
まるで大量の宝石を目の前にした女性のような目の輝かせ方だ。
そこから先は料理会談になった。
カルボナーラを食べてはベーコンとチーズの風味を絶賛し、ドリアとラザニアを食べ比べて違いに唸り、熱々のグラタンを蕩けるように平らげ、蕎麦の香りが混じるシャットで気分転換をし、淹れて貰ったジンジャー・ティーで一息つく。
「ふぅ」
「朝を食べてそんなに経ってないだろうに、結構食べたな」
「あんな美味しいもの! 幾らでも胃の方を空けるに決まってますよ!」
いや、それは勘弁して欲しい。どうせ吐いてでも食べる系だろう?
「いや、しかし。ミツル殿は極めて優秀な……と言うのも憚れますか。世界一と言って良い料理人を、雇われているのですなぁ!」
「あー、まあ、そうなるかな。草薙さん、結構雑多な感じで世界中の料理をある程度作れるみたいだし」
ある意味、日本らしいとも言える。色々な美味しい料理を取り入れて作っちゃおうとか、良く考えるととんでもないよな。
「クサナギ殿と仰るのですか! 今度是非! お会いしたいですなぁ!」
「ははは、それはちょっと無理かなぁ」
距離的に遠くに居るし。
「ほぉ……。分かります、分かりますぞ! これほどの料理の腕前。引き抜きを警戒しておられるのでしょう。でしたら、『非常に美味しかった。生涯で一番と言える至福の時だった』と伝えて貰えますか?」
「まあ、それくらいなら」
「お願いしますゾ! ……おっと、そろそろ良い時間ですな」
随分と熱くなっていたが、王様への謁見の時刻が迫って来たようだ。
少し慌ただしく身形を整え、馬車へと相乗りする。
城へ着くまでの30分ほど、先ほどの料理の詳細を訊ねられたが、オレには簡単なことしか教えられなかった。
城に入ってからは待合室で待機させられ、時間がすぐに来たので呼ばれた。
長い廊下を歩いていると、向かい側から複数人が近寄って来るのが分かる。
「おや、これは。ビュヘット男爵では無いか」
「これはこれは、ブンヘルト子爵様。王に呼ばれたのですか?」
少し神経質そうな、貴族の男性だ。お伴に護衛を5人付けている。
「いや。嘆願したいことがあったので、ワザワザ、な」
「そう、でしたか。あまり無茶な要求をされて、王を困らせたりはしないよう、お願いしますよ」
「何、我が領地は地位に相応しくないので、加増か配置換えを願ったまで」
「そうですか……」
「聞けば、貴殿は先日、野盗に襲われたとか。跡継ぎの無いまま鬼籍に入っては、後の領民が困りますぞ?」
そう言って、子爵の旦那は去って行った。
「随分と耳が早いな」
「それだけだと、良いのですが……」
ん? 気になる言い方だな。まるで……いや、よそう。オレの勝手な想像で、悪戯に場を乱したくない。
「トビィ・ビュヘット男爵様と、そのお伴の方、おな~り~」
謁見の間の前では、逐一名前を呼ばれるようだ。オレの名前は呼ばれなかったから、眼中に無いのかも知れない。
「さっきの、ブンなんちゃら子爵ってのは、親しいのか?」
「クジィーク・ブンヘルト子爵ですね。領地が隣接してるのもあって、付き合いはそこそこあります。うちの政策が上手く行っていて、領内が活気づいていることに嫉妬しているんですよ」
へー、そいつは要注意人物だな。
「ちなみに、今から会おうとしてる王様って……」
「私が、この国の王、マシマニ・キカイワである。……トビィ、久しぶりだな」
うわっと! 玉座までまだ1/3くらいあるのに、この王様自分から近づいて来てるよ。
「マシィ……。いい加減、そのフットワークの軽さ、直しなよ……」
「ふん! 級友と気楽に話しも出来ないなら、王の立場など不要だ!」
「とまあ、こんな人なんです。我が王は」
「色々残念と」
「しかり」
「おい。目の前に王が居るんじゃぞ?」
その立場に甘んじることを自分から投げ捨てている人が、何を言うか。
ちなみに身体はそこそこ鍛えられているようで、背も標準より少し高い。顔は、髭を剃れば優男風なのかもって所だ。
「それにしても、珍しいな。いつもの伴では無いではないか」
「ああ、昨日厄介事があったんでね。大事を取ってシャルナスには休んで貰ってるんだ」
ありゃ、護衛の御伴の人が来てないのは、そんな理由だったのか。昨日は奮闘してたしな、一時だとしても一人で30人近くと競り合ってたんだ。精神的疲労が溜まっていてもおかしくない。
ちなみに、雇っていた三人の傭兵の遺体は、昨日のうちに傭兵ギルドの人が回収しに来たそうだ。
「ふむ……。どうやら、少し話をした方が良さそうだな」
そそくさと玉座へ戻って座り直す王様。
オレたちは膝をつかされるようなことは無く、近くに寄って話をするよう求められた。とことんラフだな。
結局、親友との世間話みたいな形になった。
「その時! 上空から現れたのが、稀代の大魔法使いにしてランクAハンターのミツル殿!
彼はシャルナスに声を掛け、助けが要るかを確認した後、徐にこう言ったのです。
『死を恐れるならば、武器を捨て、平伏せ! さもなくば、我が腕に宿りし地獄の業炎が、貴様らの罪を喰らうだろう』と……!」
言ってない。そんなこと言ってないよ?
近いことは言ったけど、あれ降伏勧告だから。
「ほほぅ……! それで?」
「数に勝る盗賊団は、当然ながらその言葉に従いませんでした。
中には笑う者すらおり、怒り出した盗賊団の一人は、ミツル殿に対し何本もの投げナイフを放ったのです!
しかし彼は冷静にそれを防ぎました。……どうしたと思います? 何と! 刃の部分を指で挟んで受け止め、そのまま投げ返したのです!」
投げ返してないぞー。あと、一本だけだから。脚色、酷過ぎない?
「反撃でやられた盗賊団は色めき立ち、ミツル殿を襲おうとしました。しかしその時、既に呪文は唱えられていたのですッ!
そう! 地獄の業炎、ヘル・ファイアー・ストーム・インフェルノ!
この世の物とは思えないほどの高温の炎に、30人を超える盗賊団全員が焼かれました。それは悲鳴すらも焦がし、黄泉へと誘う業火。……私も実際目にしましたが、骨すらも跡形も残らないほどでした。想像を絶する威力だったのでしょう」
何か、オレの知らない新しい魔法が生まれてるんだけど。
あと、『夜闇よりも暗き黒の団』は、30人にちょっと足りなかったと思う。数え間違いで無ければ。
「それを見た私は、我が王に是非引き合わせようと、王都へ一緒に行って貰えないか頼んだのです」
「……そうだったのか。いや、素晴らしい活躍をしたのだな! ミツル殿は」
「えっと。半分以上嘘が混じってるんで、その辺は……」
「いやいや、謙遜されなくとも宜しいでしょう!」
「なんと。類稀な実力を持ちながら、謙虚な心をも持つとは! 天晴である!」
勝手に盛り上がらないで欲しい。もうやだこの主従。
「えーっと、話も終わったようなら、オレもう退室して良いかな?」
「話?」
「おおっ、そう言えば! 話があったのを忘れておった!」
え、ちょ。まだ始まってすら居なかった!?
「モルヘン! 近くへ」
そう王様に呼ばれた人物が、謁見の間の横の方から近づいて来た。
年の頃は20歳前後か。やや気弱そうな貴族っぽい若者が、王と男爵、オレの居る場へと姿を現す。




