058 甕を背負った少女
どちらかと言うと高尚な会議をした気になった翌日。
オレはレッペレット連邦のロッケントの近くへと【瞬間移動】し、東側のヒッパス地方を目指して、【風防】【重力操作】【念動力】の3つを駆使する飛行を行った。
余談だが、飛行の最中の姿勢は結構悩ましいものである。
気合が入っている時は、「片手を胸に、片手を前方に」の超人的な格好や、「両手を前方に」したり「直立の姿勢」などの某七つの球を集めるスタイルを取っている。
しかし、常時これでは疲れる。
で、気を抜くと……両手両足をダランと下に垂らした、傍から見ると間抜けなものになってしまう。
これが一番楽なんだけどね。バランスボールへ俯せになって腹を乗せ、力を抜いた状態に近い。
他には、仰向けになって手足を地面へと向けるスタイルも試したが、前方確認が必要なので首がちょっと痛む体勢になってしまう点が不採用理由だった。あと何か悪魔祓いっぽいスパイダーなウォークを想起させるのも宜しくない。
そんな訳で、リラックスなタイプで空を移動していた。
時速460kmで1時間ほどすると、眼下の植生が変わって来ていた。何だろ? 緑が濃くなったような感じである。
ふと視線を上げると、ザルチャ地方ではそれほど無かった高い山が連なっており、小高い山脈を為していた。
うーん、つまりここで空気が山にぶつかって、雨を降らせている可能性が高いな。その影響で植物が良く育ち、森がワサワサ繁ってるのだろう。
しばらく細い道を頼りに、東へと進む。途中、幾つか小さな村はあったが、更に小一時間ほどした頃に、ようやく大きめの街が見えて来た。
谷が二つ合わさり、大きめの湖を形成し、下流へと更に流れて行く。そんな狭い場所に、森林を切り開くようにして街が息づいていた。ロッケントの街と大差ない人口と思われるが、ずっとギッシリ詰まっていて、密度が高そうだ。
低空に移動し、飛行の魔法を解く。
街道を辿って街の入口へと到着、門番に街の名前を確認した。
「リャパ、で合ってるか?」
「ん? そうだ、ここはリャパの街だ」
用心棒のザルクから聞いた限り、ヒッパス地方で随一の街らしい。唯一と言うべきか。
活気はあるが、壁の高さを見る限り裕福では無さそうだ。余裕があれば、街の外壁を今の5メートル足らずにしておくはずがない。ベラスティア皇国の首都スティアが良い例だろう。あれはちょっと無駄なくらい高かったが、魔物によっては7,8メートル近くの壁を乗り越えられるのも居るらしいし、10メートル程度までは高める意味がある。
門でのチェックをパスし、街の中へと入る。そのまま大通りを歩いて行くが、目的の物はここではない。
とりあえず現地の人と接触しないとな、と思いつつ露店を巡る。その一つに果物を取り扱っている所があり、サクランボらしきものを見つけた。
「これ、何?」
「カムカム」
「え?」
「カムカム。酸っぱい、けど美味しい。一つ食べてみる?」
オバさんが、一粒差し出して来た。恐る恐る口に入れてみる。
言われた通り、スッパイ。けど我慢出来ないほどじゃない。ジャムとかにしても良いかも知れない。
「半分くれ」
「半分? ケチくさいね。男ならザル1個分、全部買いなよ! 安くしとくよ!」
「違う。この店にあるカムカムのうち、半分くれ」
「……え?」
値段を尋ねると、ザル一盛り約500gで大銅貨一枚(200円相当)だそうな。
更に詳しく聞くと、店頭に出ているザルは20個ほどで、売れたら大きな籠から補充するらしい。大籠は2つあり、1つで30kg前後。15kgほどが既に売れ、10kgが店頭、35kgが籠の中。店に今ある分は合計して45kg。
「半分よりちょっと多め、25kg……ザル50個分くれ」
暗算し、小銀貨5枚(1万円)をオバさんに渡す。
「あれぇ、お兄さん、気前が良いねぇ! ちょっと惚れちゃったかも。サービスしておくよ~」
そう言って、大籠を二つとも差し出して来た。
「運ぶの大変だろうから、暫く籠は貸してあげる。閉店までに返してくれれば良いよー」
え? 25kgのつもりが35kgにしてくれたようだ。デカイおまけだなぁ。
「大丈夫、大丈夫。オレ、『アイテムボックス』持ち」
そう断って、『アイテムボックス』から適当な入れ物を取り出した。様々なサイズが入れ子の様になっている、便利な家具だ。50kgほどが入る奴を取り出し、カムカムをザラザラと入れて行く。
全部収まった所で蓋をし、22日ちょっとまでは1分経過と変わらない【遅延】の魔法を掛けて、『アイテムボックス』へ仕舞った。
「……へー、凄いねぇ」
「安くしてくれてアリガトな」
「毎度~」
オレの『アイテムボックス』に目を丸くしていたが、礼を言うと気安く返してくれた。
草薙さんに渡して、美味しいデザートになるのを期待しよう。
「あ、そうだ」
いけね、忘れてたわ。
「オバ……お姉さん。銀山ってどこにあるのか知ってる?」
「あらやだ、もうお姉さんって歳じゃないんだけどね! お兄さんもしかして、年上でもイケる口?」
オバさんと言おうとしたら怒気を感じたので訂正したのだが、どっちにしても面倒臭いタイプだったか。
「いや、既に恋人がいるんでね」
嘘です。
「あら、そう。残念。……えぇと、銀山? ジルベール領にあるって話だけどね、行ったこと無いから詳しくは分からないわねぇ」
「そう、か。ちょっと興味があるだけなんで、場所だけ聞ければ十分なんだけど……」
「場所? 場所はここから歩きで2,3日掛かるけど……」
「ん?」
「ザル1個分、追加で買って行かないかい?」
ウィンクしてくるオバさんに根負けし、追加で買うことにより、ジルベール領の方角を教えて貰った。このリャパから東南東になるらしい。
ザル一つ分のカムカムを麻袋に入れて貰い、一つずつ摘まんで口に放り込みながら、東側の門を目指す。舌戦に負けた敗北の味は、少し甘酸っぱかった。
空を行くこと10分ほど。徒歩で2,3日程度の距離と聞いていたが、さすがに空路は速い。下を見ると、ジルベールと思しき村が見えて来た。
ヒッパス地方にはリャパを治める上位貴族が一人居て、これがヒッパス地方の親玉となる。
宿場町や鉱山資源などの重要な地域を治める中位貴族が20人ほど居て、ジルベールがこれに含まれる。
そして小さな村を治めるのが下位貴族で、100人近く居るらしい。
これが、小国にも満たない一地方の力関係だ。
と言った内情を、先ほどのオバさんからの話で知ることが出来ていた。
村の中心には、やや大きな建物がある。もう一つ大きめの建物もあったが、そっちは後回しにしよう。
高度を下げて飛行魔法を解除、村の入口でギルドカードを提示。あっさり通行許可を得られたので、街の中心へと歩いて行き、建物の入り口まで近づく。どうやら酒場のようだと察することが出来た。
「ちわーっす」
「……らっしゃい」
薄暗く狭い店内に、オジさんが一人。客は、カウンターに一人だけ。
「ここは宿も兼業してる。泊まって行くか? 一泊小銀貨4枚。食事などは別だ」
見ると、奥へと続く通路が、そのまま客室に繋がっているみたいだった。
「いや、泊まる予定は無い」
「……そうかい」
心底残念そうに、酒場のマスター兼宿屋のオーナーらしき人は、肩の力を落とした。小さい村じゃ、貴重な外貨の入手機会だろうしな。
「何か、飲み物でも貰おうかな」
「何にする? アルコールが弱くて安いのと、強くてそこそこのがある」
「うーん、そうだなぁ……」
日中から酔うのは、時と場所を選びたい。気分次第で飲むってことだけどな!
どちらの酒にするか悩んでいると、オレが先ほど通って来た扉が再度開き、人が入って来た。
「オジさん! 今日の分、持って来たわよ!」
「……」
オジさんが渋い顔をしてる。気分が宜しくないって感じだ。
「はい、搾りたての牛のミルク!」
15歳前後の少女が、背負って来ていた甕をカウンターに乗せた。
「……」
「ん!」
無言のマスターに、ソバカスが目立つ少女は手を差し出して要求する。
マスターは首を横に振る。
「今日の分の代金! 頂戴!」
溜め息を吐いて、マスターが少女の手の平に、大銅貨1枚(200円)を乗せた。
「ちょっと! 足りないわよ!」
「不満があるなら、そのミルクを持って帰んな」
「……どう言うこと?」
「売れないんだよ。稀にしか来ない旅人に、客にならない村人。いくら安めに提供していても、需要が無きゃそもそも売れやしない。うちで消費するのも限度がある。毎日捨てるハメになって、正直負担なんだ」
「そん……な……」
少女が俯いて、しゃっくりをし始めた。
「そんなのって……ないよぉ……。一生懸命、世話して……絞ってるのに……」
床板に、水滴がポタポタと垂れていた。
「……お父さんと、相談して来る……」
そう呟き、渡された大銅貨をカウンターの上に突っ返して、甕を背負おうとした。
「ちょっと待ってくれ。オレはミルクが飲みたい気分なんだ」
「なんだって? 酒じゃなく、牛のミルクが飲みたいのか? ハッハッハ。今聞いた通り、注文が少な過ぎてね、扱いを止める所なんだ」
「なら嬢ちゃん、そのミルク、売ってくれないか?」
泣いてた顔を上げ、ぎこちなく笑みを浮かべていた。
「本当? 旅の人……」
「ああ。幾らだ?」
「これ丸ごとで、大銅貨3枚……」
大体5リットルくらいか? 現代日本でも妥当と言える値段(600円)だ。と言っても、あれは色々努力の結果だけれども。
懐から大銅貨3枚を取り出し、少女に握らせる。
「あっ……。ありがとう!」
満面の笑みに変わった。うん、女の子は笑顔じゃないとな。
『アイテムボックス』から食器セットを取り出し、コップを選び出して余計な物は仕舞う。
そのコップに甕からミルクを注ぎ入れ、味わいながら飲んだ。
「え? 今、コップ、どこから……」
「おいおい、『アイテムボックス』の天恵持ちかよ」
「ヒューッ! 初めて見たぜ!」
カウンター席に座って居た客も、思わず声を出していた。
ミルクの味については、そこそこ美味かった。とは言え、基準はウェントの屋敷で出て来るミルクだ。品質管理を多分しっかりしていて、日本の一般的な品よりかなり上の味。強いて例えれば、牧場で出される搾りたてのそれに匹敵するだろうか。
品質が味に直結する訳では無いが、なかなか味に妥協しない草薙さんが出してくる代物である。それと比べても悪くないならば、この世界からすればかなりマシな方だろうと思われた。
「美味いよ、嬢ちゃん」
「……ありがと。旅の人、お髭が出来てる……」
クスクスと、小さな鈴が転がるような笑い声と共に指摘して来た。うん? ああ、ミルクを飲んだから、口の周りが白くなってるのか。
ハンカチを取り出し、拭って苦笑する。
「……はっ。そんなにたくさん、一人で飲めやしねーだろ」
「まあな」
『アイテムボックス』から蓋付きの壺を取り出し、中に何も入っていないことを確認してから、先ほど買い取ったミルクをその中へと入れた。
蓋をし、【遅延】の魔法を掛けて『アイテムボックス』へと戻す。
そうして空になった甕を、少女へと渡した。
「ほらよ」
「……うん」
「けっ、どうせ後で捨てるか、腐らせて捨てるハメになるかのどっちかだろ」
酒場のマスターが五月蠅い。
まあ、普通の『アイテムボックス』持ちならそうなりかねないんだけど、オレは時間魔法も使えるからな。大丈夫だ、問題無い。
「そうだ。この村に銀山があるって聞いたんだが、どこにあるか聞いても?」
「……領主配下の人たちと、鉱山奴隷以外は、中までは入れんぞ」
「……鉱山に行きたいの? 近くまで案内くらいは出来るよ」
部外者だしな。見られる所までで良いんだが……少女が案内出来ると言って来たから、それに乗ってみるか。
「場所を教えてくれるだけで良い。外側からで良いから、見学したいだけなんだ」
「見学? お偉いさんでもない、一介の旅人風情が、一体何をだ? スパイか何か……いや、そんな特殊な技術でも無いって話だったが……」
「お偉いさんではない、ってのは、確かにそうだな。けど、ランクAのハンターではある」
ギルドカードを提示しながら、マスターの疑惑を解こうとする。
「……ふんっ。随分とお気楽だな」
「まあ、な。ちょっとした好奇心って奴だよ」
そもそも、銀山で何をスパイするかってことだが、銀山での技術なんてのは、高が知れている。戒調べでは、灰吹き法に準じた技術は、既にこの世界では周知となっているらしい。消去法で、鋳造した後の貨幣を狙うくらいしか無い。
だがそれも、ランクAの身分を持つ奴がやることにしては、セコ過ぎて旨味が少ない。正確には、得られる利益に対して、世間的信用を失うことで被る不利益の方が大きくなる。それがランクAだ。
盗賊なんかとつるむとしても、精々がランクCまで。ランクBだって、結構な信用がある。
マスターの反応からして、犯罪者の疑いから、変人の奇行へとランクアップしたようだ。
「じゃあ、案内するね?」
「ああ、頼む」
ミルク売りの少女に率いられて、酒場を後にした。
タプン、タプン。
少女が歩く度、揺れる。
「……お嬢ちゃん、何歳なんだ?」
「うん? あたしは14歳だけど」
数え年で14歳か。それでこのボリューム。戦闘能力にしてD……いやEに迫るか。
「年齢にしては立派だねぇ」
お胸が。
「そお? 普通だと思うけどなぁ」
オレの背と見比べてるのから察するに、女性らしくやや低い身長のことを指しているようだ。
「お、牧場っぽい所が見えて来たな」
左手側に、牧畜用の柵が拵えられており、牧草が生い茂ってる。その中に牛や馬が放され、長閑な風景を醸し出していた。
「うん! あれがあたしん家! じゃ、ミルクの入れ物、置いてきちゃうね?」
「いや、距離があるなら、ここまでで良いよ。場所を指差しで教えてくれれば」
「そお? ……あの小さな丘を抜けて、川の近くに鍛冶のオジイさんが居るの! 歩いて30分くらいかな。そこまでがこの村ってことみたい。魔物除けの柵も、そこまでしか無いの。それで、川の向こう側を、あの山を登るように行くと、途中に坑道があるの。傍に広場や小屋があって、責任者のポロスさんもそこに居ると思う」
「そっか。坑道までは、歩いてどれくらい?」
「んーと、3時間くらい! ポロスさん以外にも騎士の人が交代して泊まってて……あっ、食事や洗濯のお手伝いをしに行ってる村の人も居るよ!」
「そっか。ありがと」
「ううん。……えへへ」
礼を言うと、照れていた。ちょっと幼い感じが、保護欲をそそる。父性であって、決してやましい気持ちではない。
軽く「じゃあな」と別れを告げると、オレは飛行の為の三点セットの魔法を使い、浮遊した。そのまま説明を受けた場所へと向かう。
「え? ええっ!? 空、飛べるの!? 凄ーい!!」
後ろの方から、絶叫のような驚きの声が聞こえて来た。




