056 死合
ロッケントの領主との交渉に成功し、事態が円満に収まって街を出ることが出来た。
一つ問題があるとすれば、カゥナの(親の)宿を出た頃から付き纏っている、監視の目だろうか。
街の門を出てから1kmほど歩き、少し開けた所で大声を出した。
「おい! いるのは分かっている! 出て来い!」
これで何も無かったら間抜けだが、すぐに反応があり、低木の影から一人の男が姿を現す。
「何者だ?」
「……うちの坊主が世話になったみたいだからな。その挨拶みたいなもんだ」
背中に大剣を背負っているが、それを抜く様子は見せない。
「坊主?」
「ロッケントの現領主だよ。随分と好き勝手やってくれたみたいだな?」
あれを坊主呼ばわりか。見れば30半ばほどの年齢に見える。無精ヒゲのせいで5歳くらいは上乗せして見てるかも知らん。
「一応、報復しないことも条件に含まれていたはずなんだがな」
「その辺は安心してくれ。さっき辞表を出して来て、その後お前さんをつけさせて貰った。俺の独断だから、条件には抵触していない」
そう言う問題じゃ無いんだけどなぁ。
「独断なら、尚更どう言うつもりか聞きたいな」
「なぁに、大したことじゃねえ。あの坊主の父親には少し借りがあってな。今回は現場に居合わせなかったからどうしようもなかったが、恩を返すならここだと思っただけさ」
「恩云々なら、あの領主が強引な誘拐をするのを止めるのが、先だったんじゃねーのか?」
道端の石を蹴りながら、男が答える。
「それはまあ、そうだが。最初はあそこまでじゃなかったんだ。1年ほど前、以前の領主が病で急逝しちまってな。坊主はまだ、20歳と言った所。子どもも居ないし、早急に世継ぎを作らにゃならんとなった訳で……。本人が好き者なのもあって、色んな女に手を出すようになっちまったんだ」
「そこは諌めろよ。口説いた上で同意を得られたのなら、オレも文句は言わねーよ」
相手が渋い顔をする。
「御尤も。だが権力者としては、たかが個人に舐められたままってのは、よろしくない。どうかお前さんのその首、くれないか?」
背の大剣の柄に手を掛け、強烈な殺気を放って来た。ヤバイな、領主の屋敷にいた奴等より、一段か二段、上の相手だ。所謂達人と言う奴だろう。
「オレにメリットが無いんだが?」
「悪いが、これは強制だ。一地方とは言え、権力者に手を出したんだ。こうなることも分かってたんじゃないか?」
どちらかと言うと分かってた。
「けど、オレは切り札の【瞬間移動】を使えば、馬車で1ヶ月の距離も一瞬で移動出来る。捕まらないぞ?」
「……そいつは困るな。逃げずに戦ってくれ、なんて頼んでも無理だよなぁ」
大剣使いが、空を仰ぎながら困った声を出す。
「いや、戦っても良いぞ」
「何?」
「ただし、条件がある」
「…………」
「オレに負けたら、お前、オレの部下になれ」
<臨界突破>と【肉体強化】を使えば、まず負けないだろう。しかし、向こうの言いなりになって戦うのも業腹だ。
なら、オレにとって旨味のある条件を出せば良い。やる気が少しは出る。
「くははははっ! 戦う条件として、俺の身柄が欲しいか!」
「オレは逃げようと思えばすぐにトンズラ出来る。悪い話じゃないと思うがね。そうそう、この条件を飲んでくれるなら、攻撃魔法は使わないでやるよ」
途端に目の色が変わる。
「ほぅ。結構な魔法使いだと聞いていたが、接近戦にも自信があるのか?」
『アイテムボックス』から十文字槍を取り出し、構える。<臨界突破>と【肉体強化】を10分の時間設定で使用。倍率は100倍程度で十分だろう。
「【感電】の魔法も、攻撃魔法扱いにしてやるぞ」
「……【感電】って奴が、警備の者を軒並み無力化した魔法か」
「その通り」
犬歯を覗かせるニヤリとした笑みを浮かべ、男が大剣を抜いた。
いや、留め具を外して横に滑らせ、取り出したと言うのが正しい。
剣身の部分が1メートル50cm近くある、普通に考えたら振り回すのも難しい、ネタでしかない剣だ。だが、その男は50kg以上はありそうなそれを持ち、扱いに慣れた様子を見せている。
良く見れば、男の身体を魔力が巡っているのが分かった。【肉体強化】のような発現した魔法とは違い、ただ魔力を纏っているだけだ。副次的だが効果はあり、肉体の限界までの筋力を、己の意思で出せると言うもの。
【肉体強化】は上限を上げる魔法であり、魔力を身体に纏うのは、実力を十全に発揮する為のもの、と言う違いがある。
しかしこの場合はかなり有効だ。あのマッチョな肉体の筋力を最大限に発揮すれば、あれほどの大剣でも使うことが出来るのだから。
「交渉成立と見て良さそうだな」
「ああ。じゃあ、行くぜぇ!」
早速、大剣を横に構えながら、オレの方へと突っ込んで来る。かなりのスピードだ。
だが、接敵直前で速度を落とし、大剣を振るって来た。
剣が地面を抉り、土塊や小石が飛んで来る。石礫の威力は低いが、当たるまでもないので避ける。生まれた土煙で視界が狭くなっており、それに乗じて男が大振りの一撃を繰り出して来た。
速さは殺されてるので十分避けることが出来―――大剣の軌道を強引に曲げて、オレの右足を狙ってきやがった。
仕方ないので槍の柄の方で受け、斜めにして威力を殺す。ギャリギャリと嫌な音を立て、圏外へと逃した。
その隙に槍の穂先で男を攻撃するも、ギリギリで避けられてしまう。
ついでのように蹴りを放って来たが、こちらも足技で受け、後退して距離を取った。
「やるじゃねぇか」
「そりゃどーも」
相手は闘い慣れてる為、良い勝負になっている。
「これが達人か。小さな一地方に納まって良いレベルじゃないと思うけどな」
「ま、これでも中級の<加護>持ちだしな。誘いは結構あったさ。けど、性に合わなくてな。その点、前領主殿は俺を適当に扱ってくれた。気を使わなくて済んだから、大層居心地が良かったよ」
「そうか。お前を扱う際の注意点として、気に留めておくよ」
「ハッ! 気が早ーな! もう俺を倒したあとの算段かよ!」
何かを投げる動作。針のようなものだと看破し、オレは素早く【結界】の魔法を発動した。
畳針のようなものがオレの手前で失速し、地面へと落ちる。
それと同時に、踏み込んで来ていた奴が大剣を振るい、オレの首を狙おうとしていた。
そのままでも【結界】に阻まれていただろうが、大きく距離を取って大仰に避ける。
「今のを無傷か。自信が無くなるぜ」
「割と良くあるからな」
「そうなのか?」
「ついでに言えば、一つ目の飛び道具の影に二つ目の投擲物を隠す、二段構えってのもポピュラーだよな」
「……へぇ。お前さん、まるで暗殺者みたいな知識持ってるんだな。初めて知ったぜ」
漫画の知識だと言ったら、キレそうだ。
「さて、楽しい時間の続きと行こうか!」
舌なめずりしながら、男が嬉々として言い放つ。
だがオレは、十文字槍を『アイテムボックス』にしまった。
「……何のつもりだ?」
「お前の大剣を受けるのに、この槍じゃ傷んじまいそうだからな。使わないことにした」
ビキビキビキと、血管がブチ切れたような音がする。
「良い度胸だ。俺程度は無手で相手するって? 上等だ! 死んで後悔させてやるッ!!」
ありゃりゃ、御怒りだ。別に挑発する意図は無かったんだけどな。
「そう言うつもりじゃ……」
「問答無用!」
大剣を刺突で使って来た。素早いが、武器に合った攻撃とは言い難い。
連続した突き技に呼応して、男の筋繊維の千切れる音が聞こえたような気がした。いや、実際しているのだろう。聴覚も鋭くなっているからこそ、そんな音まで拾ってしまうのだ。
「死ね! 死ね! 死ねぇ!!」
「よっ、はっ、とっ!」
曲芸の様に舞いながら、大剣を避け続ける。大技の最後の隙にやや距離を取って、<臨界突破>の延長と【肉体強化】の切り替えを行う時間を作った。
「オラオラオラァ! 逃げるだけじゃ勝てねーぞ!」
その通り。考えが一致したな。
大振りの大剣を潜り、接近する。そのまま肘打ちで腹を穿つ。
皮鎧の上から強烈な一撃を喰らった男は、衝撃に大剣を手放し、中空に打ち上げられた。
「ゲハァ!?」
血反吐を撒き散らしながら、巨体が宙を舞う。
その着地点を見極め、先回りして受け止める体制を整えた。まだ抵抗するようなら、関節技を決めて動きを封じるつもりだ。
落ちて来るのを見守っていると、どうやら脱力している様子。気絶の可能性があるな。
仕方ないので落下する男を受け止め、2,3度バックステップで衝撃を和らげてから、地面に滑り込ませた。
様子を窺うと、白目を剥いて意識を失っているみたいだ。
【肉体強化】の倍率は800倍だったからな。子どもがトラックに撥ねられるのよりも酷いと思う。かなり容赦無く打ち込んだから、胴が繋がってるのが不思議なくらいだ。
念の為、手足をロープで縛ってから、【治癒】の魔法を施す。
「あっ、これダメだ……」
破損した皮鎧を剥いで、上着を捲ったのだが、ちょっと御子様には見せられない状態になってしまってる。腸がはみ出てるわ。
度数の高い酒を『アイテムボックス』から取り出し、傷口を洗い流しながらソレを体内へと押し戻す。
「良し! ……『失った部位よ、甦れ。regeneration【再生】』」
五回ほど、【再生】の魔法を繰り返す。傷口がまだ開いていたので、【治癒】の魔法も十回ほど掛けた。
「うっ……なんじゃこりゃあああああ!?」
血塗れの己の姿に、声を張り上げて驚く大剣使い。意識が戻ったようだ。
「ちょっと体内の物が、表に出て来ちゃってたからね。応急処置してみた」
「お、おぉぅ……」
「それで、オレの勝ちで良いかな?」
自らの腹部を見て、両手両足が縛られているのを確認し、そいつは首を縦に振った。
「ああ。ここまでやられちゃあ、さすがに認めざるを得ないさ。しかし、治癒魔法も使えるとは、規格外な奴め」
「褒め言葉と受け取っておこう。オレの名前はミツル・高坂。今後ともよろしくな」
抵抗の意志が無いと見做し、ナイフで手足のロープを切って戒めを解いた。
「ミツル、か。俺はザルク・ペニョラ。よろしく頼むぜ、大将」
そう言ってニヤリと笑ったザルクの口の中は、先ほど吐き出した血のせいで真っ赤だった。
死合いを行った場所に、空間座標把握用の魔石を埋め、ザルクを馬車に押し込めて空の旅を3時間。ウェントの屋敷へと辿り着いた。
ロッケントとウェントは直線距離で約5,000kmにもなるのに、のんびりと旅をさせるのも非効率だからな。どっかの兄妹、もとい夫婦は、この手法が発覚する前だから仕方ない。
「地面に足が着くことが、こんなに有り難いことだとは思わなかった」
ザルクはブルッと震えながら、そう零す。
「ザルクに何をして貰うかは、これから幹部たちと話し合って決めることになる」
「へいへい」
頭部を掻きながら、気にしてない様子で屋敷を眺めている。
「見てないで入るぞ」
バシンと肩を叩いて、自分の屋敷へと先導するように入って行った。
「お帰りなさいま……せっ!?」
「ただいま」
「よっ」
居間に入ると、戒がザルクに驚いて、声を上擦らせていた。
「誰ですか!」
「新しい部下だ。ロッケントって街の領主と揉めて、そのいざこざで勝負を挑んで来たから、返り討ちにして配下にした」
「そんな、滅茶苦茶な!」
「よろしくな! ザルクってんだ。腕っぷししか自信がねー粗忽者だが、色々頼むぜ!」
溜め息を吐く戒。
「屋敷の警備をやらせても良いし、『神の迷宮』に行かせて魔石を調達させるも良し。調整は頼んだ」
「おっ、そう言えばこの街、『神の迷宮』があるのか! 楽しみだ」
「……丸投げって言うんですよ、それ」
「良いじゃないか。強い加護を持つだけじゃなく、実際に腕を磨くのも余念がない達人だぞ。何かしら使い道はあるだろう」
「はぁ。まあ、良いですけどね」
「そんなことより、ちょっとしたお土産があるぞぉ」
そう言って、『アイテムボックス』からチャナの枝を取り出す。
「何です?」
「これは、こうやって皮を剥いて、咥えるんだ。噛むと少しだが甘い」
「へー」
「草薙さんもどうです?」
「ふむふむ、興味深い。食べるのでは無いのですね?」
その後、チャナの枝の渋さに、戒と草薙さんの二人は顔を顰めることになった。
口直しにプリンを皆で食べたが、おこぼれに与ったザルクが子どもみたいに喜んでいたのが印象深かった。終始「ウメーウメー」と言いっ放しだ。
こうして、やや問題点はあるが、心強い仲間が出来た日となった。
所持現金:8億8964万円相当+Gold 11,478kg+32億円相当のファフレーン小金貨(予定)




