049 スリーピースI
タイニィとナンディの二人が、スエズエ共和国に向けて旅立った。
タイニィの戦闘力は低くも高くも無い、ランクCのハンター。頭脳的には平均よりちょっと劣っていると言わざるを得ない。大銀貨10枚の借金をし、月一割の複利なのに、3年後でも30枚くらい返せば良いと思っていたくらいだ。単利でももっと高くなるぞ。
ナンディは、頭の地力は悪くないっぽいが、教育をまともに受けてないからか、今は宜しくない感じだ。向こうに到着したら、学校へ通わせて見守ろう。ただ、タイニィへの態度を見る限り腹黒いところがありそう。
二人が去った後、町のハンターギルドへ寄って、職員の人に話を聞いてみた。
「借金が嵩んで奴隷に、ですか? 確かに多いですね。年に1,2件はあります。……いつから、ですか? うーん、10年くらい前には、数年に一人と言った頻度だったと思いますよ。でも5年くらい前から、今みたいにちょくちょく発生してる感じです。ええ、まあ、比較的新人のハンターが多いのは確かです。
新人への貸し出しですか? ギルドに余裕が無いので、ちょっと無理ですね。お金じゃなくて、装備でも良いから?
無いです。そもそも死亡率が高い新人に、肩入れするなんて無謀過ぎですよ。
……ヘギコと言う商人について? 一介の旅の商人の情報なんて、無いです。え? 出身地? 確か……ローザンク王国だと聞いた覚えが。
……いえ、ヘギコさんはここ数年、この近辺を担当してますね。その前? さあ、見当も付きません。
ん? ヘギコさんが居付く前の商人ですか? クライアさんやモスケットさんなんかが居ましたが、入れ替わるようにこの町を離れてしまいましたね。
借金奴隷? 確かにクライアさんとモスケットさんのお二人とも金貸しを副業としていて、返せなかった人が借金奴隷として連れて行かれてしまったこともありましたが、それ自体は違法でも何でも無いですよ?
……二人とも出身はローザンク王国のはずですが……何か?」
大体聞きたいことは知れたので、礼を言ってハンターギルドを出た。
情報を整理すると、5年から10年前を境に、ローザンク王国出身の商人が暗躍しているようだ。金貸しを営み、結果として借金奴隷を入手しているのだろう。
ウェントの魔道具技師モルティナも、複利の借金が原因で困窮していたが、借金が原因と言うより、問題が発生する借金が複利に多いだけ、と言う気がする。教育水準が低い為、金利についての理解も浅いか皆無だからこそ生じる問題と推察される。
教育内容にそれへの注意をさり気なく混ぜるのも良さそうだ。……戒なら既に取り入れている気がする。
ともかく、予定通りローザンク王国へ向かうことにした。
ローザンク王国は、今居るミドネア王国の西側に位置する国だ。
海に面する部分が多く、人口も周辺国より頭一つ飛び抜けているほど。
中心となる首都スリーピースは、国のやや北側にあるが、オレの飛行魔法で飛んで行けばそんなに時間も掛からない。ミドネア王国を出て2時間弱ほどで、それと思しき街へと到着した。
門が見えて来た辺りで、地表付近の飛行に切り替え速度を下げ、門の近くに達したら飛行魔法を解除する。
そのまま何事も無く門番の検閲を受け、首都へ入ることが出来た。
周りには、ハンターか傭兵、商人などが多い。ハンターや傭兵は首輪をしている者が多く、どうやら奴隷の待遇らしい。
門から大通りを進み、街の中心部で大衆用の酒場を探す。やや洒落た酒場ならばすぐ見つかったが、目的にはそぐわない。
裏通りを散策して、饐えた臭いが漂う、安っぽい酒場をようやく発見した。
無言で扉を潜ると、視線が刺さって来る。だが気にしない。そのままカウンター席の一つに座ると、過半数の視線が外れた。
「注文は?」
マスターっぽい老年の男性が聞いて来る。
「度数は低めで、そこそこ良い奴を一杯。それとツマミを一つ」
「小銀貨1枚と銅板2枚だ」
先払いが普通なので、小銀貨1枚と大銅貨2枚、合計2,400円相当をカウンターに置いた。
マスターは無言で奥の部屋へ赴き、すぐにワインを八分ほど満たしたコップを持って戻って来た。簡単な調理場で出来合いの豆の煮物を皿に取ると、オレの前に置いて金を攫って行った。
ワインに口を付けると、この文明レベルとしては芳醇な香りを保った、まずまずの味がした。煮豆は、喰えなくはない程度か。
「まぁまぁだ」
「注文通りだろ?」
マスターの口元が得意気に歪んだので、オレも苦笑を返しておく。
少しの間、食べて飲むことに専念した。こう言った所は、本当は夜に活動した方が良いのだろうが、オレの活動時間と合わないのが残念だ。まだ昼だが、情報屋が寝ているとは限らないから試してみよう。
「マスター、で良いのか? 情報の売買を生業にしている奴を、一つ紹介してくれないか」
「うむ。……この時間も活動してるとなると……。ああ、アイツなら大丈夫か。しかし問題は……ちょっと高く付くが、大丈夫か?」
「金貨数枚程度は出せる」
マスターの表情が消える。
「大金を持ってることを言いふらすのは、感心せんな」
「大丈夫だ。オレはこう見えてランクAだしな」
ギルドカードを軽く見せて、嘘では無いことを証明した。
「それに、今更10人や20人を追加で殺したところで、大差無い」
オレの笑顔に、マスターが怯んだように感じた。表面上は変化が無さそうに装っているが、首筋に汗が伝っている。外はそこそこ暑いが、この建物の中はややヒンヤリしているくらいなのに、だ。
「情報屋は?」
「表通りにある、『バルンクスの足踏み』って酒場に居る『フェズ』って奴が、情報屋を兼業してる」
礼を言って、小銀貨一枚をカウンターに置く。豆を半分残し、一口分残しておいたワインを呷って酒場を出た。
『バルンクスの足踏み』は、やや高級そうな酒場だった。
「お勧めを一杯頼む」
「……酒は夕刻からだ。陽のある内は、食事処としてやっている」
そうなのか。
「じゃあ、お勧めの一品を」
「了解。フェズ! 肉野菜炒めのチーズ掛けだ」
「承り」
フェズ? さっき聞いた情報屋の名前じゃないか。兼業って話だったが、酒場の従業員と掛け持ちかよ。
しばらく待っていると炒め物が出来、従業員の一人がカウンター越しに皿を置いて来た。
「いただきます」
手を合わせてから、炒め物をフォークで掬って口へと運んだ。香りが良く歯応えの良い野菜と、香ばしい肉、それと蕩けたチーズが絡み合って美味だった。
「美味いな」
「まあな。この店の得意料理だし」
照れた様子で頭の後ろを掻いている。
「一つ頼みたいことがある。この酒場のフェズに会いたいんだが」
「……フェズはオレだ」
男にしては少し高い声だ。
「裏通りにある酒場のマスターから、情報屋をやっていると聞いてね。少し良いかな?」
「……ちょっと待っていてくれ」
様子を窺っていると、どうやらこの店の店長らしき人に断りを入れているようだ。
待っていると、奥の部屋からフェズが出て来て、オレの隣の席に座った。上着だけ変えたようで、キッチリした制服から少しラフな物になっている。
「お待たせ」
「いや、大して待っていない。料理もあるしな」
7割ほど食べた皿を指して、おどけるように笑う。
「それで、どう―――」
フェズがオレに尋ねようとしたところで、店の扉が開いて騒がしい客が入って来た。
「今日もさすがでしたね! マルハールさん!」
「露店の連中の顔と言ったら、ありませんでしたよ!」
「いよ! さすが第一警備隊の隊長!」
「太っ腹!」
最後の言葉に、先頭の男が過剰反応した。
「腹のことは言うな!」
「す、すいません! 気前が良いって言いたかっただけなんです!」
ガツンと、隊長らしきビール腹の男が取り巻きの頭を殴った。だがまあ、さすがに手加減されているようで、痛そうにしているが大したことは無さそうだ。
15人もの人数を引き連れている奴が、オレの手前で歩みを止めた。
「よぉ、フェズ。今日も可愛いぞ」
どうやらオレに用がある訳では無く、フェズに用事があるようだ。あと、髪が短くて男装をしているから分かり辛かったが、フェズは女性のようだ。
良く見れば整った顔をしており、胸は―――かなり平たいが、腰は丸みを帯びていて、女性らしくはあった。
「何の用?」
「昼飯を食いに来たんだ。客なんだから、対応してくれよ?」
「奢ってくれる隊長、マジイケメン!」
「付いて行きます!」
「しかもここの飯、結構美味いんだよなぁ」
「値段も結構するけどな!」
「それを物ともしないマルハールさん、さすが!」
昼飯を奢ってくれる上司だから慕われてるのだろうか。
「悪いけど、オレは今、酒場の仕事は一休み中だ」
オレ口調を変えないフェズが、マルハール氏に非情な現実を告げる。
「え? 何……本当か!?」
「な? 店長」
「確かに、さっき休みを許可したが……この人数の食事だ、手伝ってくれると助かるんだが」
もう一人ウェイターが居るようだが、彼は料理が出来ないらしい。
調理担当の人がもう一人居て、店長が助っ人っぽい。
「こっちも仕事なんだ。それに多くて大変ではあるけど、無茶って注文の数でもないだろう?」
フェズの指摘に、店長とキッチン担当の人が哀愁を漂わせながら、野菜や肉を刻み始めた。
「少々お待たせすることになりますが、宜しいですか?」
酒場の店長が、マルハール氏へ済まなそうに確認を取っていた。
「それは構わんが……フェズに酌でもして貰わないと、なあ?」
「ひゃあ!」
男口調のフェズが、可愛らしい悲鳴を上げた。
「……馬ッ鹿野郎!」
マルハール氏の手を見ると、どうやらフェズの御尻を撫でたようだ。
怒りに震えるフェズが、顔を赤くして手を横に振るった。
パンと、軽い音ながら店中に響くビンタがマルハール氏に炸裂した。
「貴様……私に暴力を振るうってのは、どう言うことか分かってるんだろうなぁ?」
突然雰囲気を変えたマルハール氏が、フェズを冷たい目で見た。
怯えたフェズが、依然座って居るオレの所へ後退って近寄り、マルハール氏から隠れるように身を縮めた。
「おい、フェズ。そいつは、その男は何だ? 私と言う者がありながら、別の男に色目使ってるのか!? あ゛あ゛?」
「ちがっ! この人は……ただの客だ」
「客ぅ? まさか、ビッチの真似事までしてたのかぁ?」
「違うって! 別の仕事! 話をして……それで対価にお金を貰うって」
待て。情報屋と言う仕事はあまり公に出来ないんだろうけど、その言い方は誤解を招く危険がある。
「話をして良い気分になって貰って、金を……。おい、てめぇら」
「はい、隊長」
「その男、バラせ」
「了解」
直後、オレに近い5人がロングソードを抜刀し、5人が出入り口に陣取り、5人が店内に睨みを利かせる配置に付いた。
「そう言う訳で、運が無かったな」
腰巾着の一人が、オレに同情の言葉を掛けて来た。
「そうだな。オレを殺そうとするなんて、運が無い奴等だ」
「あ? 何言ってやがる」
そのままロングソードで突きを放って来る。他の二人はそのフォローに回っていて、もう二人はマルハール氏の近くで構えていた。
何だかもう、すっごく面倒になって来たので、無詠唱で【感電】の魔法を一味全員にプレゼントしてあげた。
「ぎゃあ!」「ぐわ!」「いでぇ!」
途端に、床へ蹲る15人の男たち。突きを放って来た奴は、慣性のままにオレに突っ込んで来たので、剣を避けながら優しく床へ誘導。
『アイテムボックス』から縄を取り出し、手早く彼らの手足を縛って行く。
「え、何? これ、どうなったの? その黒いの、何?」
「オレが無詠唱で【感電】の魔法を16人全員に放った。痛みで暫く動けないから、今のうちに縛っておく。オレ、『アイテムボックス』の天恵持ち」
特に首謀者のマルハール氏は念入りに縛っておき、椅子へと座り直して野菜炒めの残りを頬張る。
「少し冷めてしまったな」
だが美味い。そう呟きつつ完食したオレのことを、フェズは呆れた様子で見ていた。
所持現金:5億1060万円相当+Gold 4,801kg+36億円相当のファフレーン小金貨(予定)




