045 カレー祭り
イエイラの街にドワーフを招致する件については、戒やその部下たちに任せることになった。
いつの間に部下なんて出来てたんだ……会社の事務を募集して、良さそうな人を見繕ったって?
どうやら草薙さんに15人、戒に18人、現在そう言った部下が配置されているらしい。お給金はオレが預けている金から出していると。
「一人で出来る仕事の量は、限られてますしね」
「そこら辺はもう、任せるよ」
戒が頼もしい。
「もし部下が私たちを裏切るような真似をしたら、十分なペナルティを科すつもりですので、御安心を。家族や恋人などはある程度把握していますので」
あんまり安心出来ねぇや。そして怖い。部下の家族に、何しちゃうつもりなんだ……?
「想像されるようなことはしませんよ、多分。情報は、持っておけば抑止力になりますから」
多分、ね。
ベラスティア皇国のフーケンバケットにある、地球人村もとい、地球人を訓練している保護地区へと向かう。
今日は、三日ほど前から企画していた、カレーパーティの日だ。
オレの『アイテムボックス』には、300人分以上のカレーライスが時間魔法の【遅延】を掛けられ、保存されていた。パーティ開催が決まってから、草薙さんとその助手の子がせっせと作ってくれた物だ。
助手の子と言うのは18歳くらいの女性で、元々香辛料を扱っていた店の娘さんらしい。草薙さんが定期的に大量に香辛料を買って行くので気になり、屋敷まで付いて来たとのこと。そこで作っていたカレー粉に食欲を刺激された彼女は、味見をして一言。
「何でもしますから使って下さい」
若い女の子が軽々しく言っちゃいけない言葉だと思う。
彼女は結構な食いしん坊らしく、草薙さんが大変そうかつ嬉しそうにしていた。
あと、地味に御米を炊くのが重労働で、300人分を用意するのは苦労した。フーケンバケットにいる地球人は確認しているのは78人だけど、奴隷商から買い戻したりして増えてるかも知れないし、カレーライスは基本的にお代わりするからって気遣いだ。関係者にも少し振舞うのと、モギュの街で働いてる5人にも持って行くつもりなので、多めに見積もっている。
地球人保護地区では、日本人54人と外国人30人弱が、待ち構えていた。
「今日はカレーって聞きましたよ!」
オレと同時期に拉致られて来た狩野君が、目を輝かせつつ訊ねて来た。
「ああ。『アイテムボックス』に入ってる」
「マジで!? ヤッター!」
「久しぶりの日本食。食事が捗るな」
「ははっ。確かに国民食と言えなくも無いけど、日本食なのかは微妙では」
ラーメンとか焼きそばと同じく、微妙な判定ラインだな。
食堂の中へ入ると、中高生たち及び日本以外の地球人も、大体が座っていた。
「ほ、本当にカレーライスなんですか?」
お下げの女の子がオレに聞いて来る。何だろう、委員長タイプ?
「言葉は不要だ。今から出す」
毎日80人前後の食事を用意する場所だけに、料理するところもそこそこの広さがあった。芝浦朱美さんは食堂の専属となっていて、日々調理を担当している。
『アイテムボックス』から100人分の炊いた米―――ただしインディカ米だが―――を取り出し、20合ずつ盥に入ったソレを机の上に置いて行く。続いてカレー本体の入った鍋も、ドンドン置いて行った。
途端に広がるカレーの強烈な匂い。様子を見に来たイルセス殿下とヴィオネッタも、興味を惹かれた様子で身を乗り出す様にして匂いを嗅いでいた。
「さあ、食器を出せ! 飯をよそえ! ルーを掛けて配膳しろ! 協力しない奴は食べる権利が無いと思え。フライングして食べ始めた輩は、お代わりなしだ。分かったら動け! カレーライスは逃げないが、冷めたら旨さが半減する。そんな残念な思いをしたい奴は、ここには居るまい? オレの、オレたちの、魂の食だ!」
ちょっと悪乗りしてるが、半年以上日本食から離れて生活していた日本人に、否やと言う奴は居なかった。あと、外国人も空気を読んでくれたのか、それに倣ってくれた。
極めてスムーズに配膳されるカレーライス。
本物の軍隊に勝るとも劣らぬ、一糸乱れぬ行儀の良さで、配膳は完了した。イルセス殿下とヴィオネッタにも御裾分けしてある。
少し深めの皿に、米1合弱とカレールーが入れられ、スプーンと水の入ったコップが各自の前に用意されている。
「あー、本日は御日柄も良く……」
オレのスピーチに、長くなって生殺しの目に会いそうな予感がしたのか、全員から殺気が向けられた。
「細かいことは無しだ、思う存分喰らってくれ! ただし、お代わりは二度までだ。繰り返す! お代わりは二度まで! 絶対遵守だ! では―――いただきます」
「「「いただきます!!!」」」
ガッとスプーンを掴み、スッと御飯に挿し込み、ルーと一緒に口の中へ放り込む。うむ、美味い、美味過ぎる!
肉や野菜が煮崩れてルーに溶け込んでいるが、更に追加で肉と野菜が入っており、原形を留めた具となっている。芸が細かい。
やはり草薙さんの作る食事は、高級料理にも匹敵する。
「やべぇ、本当にカレーだ」
「ちょっと辛いけど、でも美味しい!」
「何だか脱ぎたくなって来た」
「これは……一体何なのだ? 凄まじい種類の香辛料が使われているのだけは分かる。宮廷料理にも……いや、こちらの方が圧倒的に上では無いか?」
「嗚呼、やっぱり日本の食事は美味しいわね。かなりの再現度……これ、本当にこっちの世界で作ったの?」
半分ほど食べた所で、もう出しておいたお代わり分が無くなっていることに気付く。ここの訓練を受けている奴等は、10kmのランニングが準備運動と言えるほど身体を動かしまくってるからな。一流アスリートの食事量には及ばないが、普通の人の2倍は喰う。
仕方ないので自身の食事を中断し、『アイテムボックス』から残りの分を出してあげた。オレはちょこちょこ食えるから、そんなに飢えてない。
イルセス殿下とヴィオネッタも掻き込む様に平らげ、お代わりを所望しに行った。だが非情にも、セルフサービスだ。
「む。自分でよそわなければならないのか」
「ここは私が……」
「それくらい自分でやったらどうだ? 働かざる者、喰うべかざるだ」
イルセス殿下に気安く声掛けてる猛者が居るけど、大丈夫なのか?
見守っていると、納得したのかイルセス殿下は自分で米をよそい、ルーを潤沢に掛けていた。広がるカレーの香りに、満面の笑みを浮かべている。
斯くして、第一回地球人保護地区カレーパーティは、大盛況に終わった。
一人当たり3合近い米の量だったのに、男性諸君は少し物足りなさそうにしていた。食い意地張り過ぎだろう。
続いて向かったモギュの街では、五十嵐さん他4名に20人分のカレーライスを渡す。こちらもまた大好評で、多めのはずが喰い尽くしていた。主に男性陣が、腹を丸くしてまで詰め込んでいたようだ。
オレは見ていただけだが、食後に紫苑寺さんと小湊ちゃんにはデザートを差し入れし、一緒に堪能する。草薙さんが作ってくれた、ジェラート風アイスクリームだ。
「ズ、ズルいぞ! 私にもそいつを寄越せ!」
五十嵐さんが図々しく要求して来る。無視だ、無視。
「醤油や昆布、味噌なども融通して貰っている。これ以上要求するのは厚かましい」
鬼瓦さんが年長者らしく、制止してくれた。
「でも、少しだけでも食べたいと言う欲求が無い訳では無い。……我慢するけど」
七尾君がいじらしく自制してくれていた。うむうむ、そう言うのポイント高いよ。
「じゃ、謙虚な二人にはプレゼント」
そう言って、アイスクリームをそれぞれに渡してあげる。
唖然とした表情の五十嵐さんが、笑える。
「私には?」
声が震えてる。ウケるんですけどー。
「皆から分けて貰ったら良いんじゃないかな?」
五十嵐さんが、周りの4人を順に見る。
女の子二人は、既に食べ終わっている。男二人は、隠す様に背を向け、拒絶の意を示した。
「まだ『アイテムボックス』にはあるけど、頑なに尊大な態度を取る輩に、恵んでやる甘味は、無いッ!」
五十嵐さんの握った拳が、プルプルと震えていた。
それを抑え込んで、五十嵐さんはオレに頭を下げて来た。
「済まない。私にもアイスクリームをくれないだろうか」
「はいよ」
しょうがないなぁ。さっと取り出し、彼の前へ差し出す。
「お、おおっ!」
感動してる。仲間外れはツラいもんな。
カレーパーティの翌日、7月25日。ポントール王国のソワスナから更に南西へと、飛行で向かって行った。
この辺りは大分緯度が上がって来たこともあり、夏は暑く、冬は涼しい気候になるようだ。沖縄くらい?
更に半島みたいなところまで行くと、四季の移り変わりがあるらしく、植生も大分変わって来ていた。
ちなみに、オレが今居る大陸は南半球に位置するが、人間の活動域のほとんどが南半球の為、暦の基準は南半球となっている。つまり、12月~2月が寒く、7月~9月が暑い。地球の南半球は逆だから、ややこしい。
まあ、今の日付だと夏だから、この大陸で四季があるところでは暑いよ、ってことだ。低緯度では年中暑い、高緯度では現在暑い。つまり、とにかく暑い。
四つの国を通り過ぎ、半島の先端部分に位置するメナト王国へと辿り着く。
今までは一年中暑い所がほとんどだったので、麦や米、ブドウやリンゴと言った作物は、少量しか見掛けなかった。だが、ここでは温帯地方向けの作物がしっかり作られているみたいだ。
今までの暑い所ではどんな物を主食にしていたのかと言うと、黍やモロコシに似た作物を粉にして、パン状に焼いて食べたり、トウモロコシなんかも割合が多かった。あとは豆か。
小麦や大麦、米なんかも全くない訳では無いんだけど、市場で見る割合だと10%~15%って所だ。醤油にも小麦を使うらしく、手に入り辛くて困っていると、草薙さんがぼやいていた。
そんなことを思い出しながら、メナト王国の王都メナサスの市場を眺めていた。もう昼を過ぎているので盛況では無いが、ある程度は残って居る。お、あれはメロンと桃か。幾つか買って行こう。
大銀貨(1枚2万円相当)を数枚出し、ありったけ買い占めて『アイテムボックス』へと収納する。む? あっちには小麦があるみたいだ。買わねば!
露店のおばちゃんが『アイテムボックス』に驚いてギョッとしてたけど、気にしない。
しばらく買い物を堪能し、満足した所で本来の目的を思い出す。
適当に出店で串モノを買い、尋ねる。2軒目で知ってる人が居た。どうやら子爵の家柄だったみたいだ。
場所を聞くと、王都メナサスから200kmほど離れている領地のようだ。
市場から少し離れた所に空間座標特定用のオレ魔石を埋め、早速目的地へと向かった。
モント子爵領。木や石で出来た壁で囲ってあり、そこそこ安全ではあるようだ。人口は2,000から5,000未満ってところか。
『アイテムボックス』から形見の槍を取り出し、周辺で一番立派な家へと近づいて行く。
扉を叩き、傍に備え付けてあった鈴の紐を引っ張って音を鳴らした。
「はぁい。どなた?」
「奥様、行けません! そのような雑事は使用人の私たちにお任せ下さい!」
ドタバタと、二人ほど小走りに近づいて来る気配がし、扉が開かれる。
「あら? ……どなた?」
「奥様! 全く、見知らぬ客人の場合、乱暴者だったりしたらどうされるおつもりですか!」
30歳くらいのぼんやりした女性に、20歳くらいのメイドの格好をした女性が抱き付いていた。
キマシタワーとか言う奴か? コレ。
咳払いをすると、二人は姿勢を正して取り繕い始めた。
「あっ、えっと。……カイナス・モントさんにお世話になっていた者で」
「カイナス……? 嗚呼、義弟の!」
どうやら、間違っていなかったらしい。
「それで、彼はどこに?」
時間が経ったとは言え、やはりこの手の報告は堪える。
槍を両手で捧げ、頭を軽く下げた。
「『神の迷宮』で戦死されました。その報告に来た次第です」
「……えっ?」
当主のライクス・モントさんは、今は領内の視察に出掛けているそうだ。
オレは応接室に通され、御茶を出されていた。焼き菓子セットを取り出し、メイドさんへと渡しておく。
すぐに茶請けとして焼き菓子が出て来た。
「待たせたか。済まない」
部屋へ入って来たのは、カイナスさんに良く似た、ちょっと優男風の、だけど少し芯のしっかりした感じがする男性だった。
屋敷で雑用などを任されていた男性が、呼びに行ったらしい。
「初めまして。ミツル・高坂です」
「モント家当主のライクスだ。所詮子爵だし、堅苦しい礼儀は不要だ。それで……」
彼が、チラリと壁に立てかけられた槍を見た。
「大分デザインが変わっているが、家から持ち出した槍だな」
「ええ。彼の、カイナス・モントさんの遺品です。少し修理したので、違っている所はあると思いますが」
近づいて来て、対面のソファーに座るライクスさん。
「出来れば話を聞きたいのだが、構わないか?」
最初からそのつもりで訪ねたんだ。首肯しつつハーブティーで喉を湿らせ、オレが知る彼の話を始めた。
所持現金:3億9781万円相当+Gold 4,801kg+36億円相当のファフレーン小金貨(予定)




