042 関税
大海蛇を一匹仕留めた日から二日後。クォルノグ共和国の都市ホークェンへ再び来ていた。
特に用事は無く、ハンターギルドへ寄ってみて、面白そうな依頼が無ければ、そのまま次の都市キュルカへ向かうつもりだ。
「増えすぎたギガント・エイプの間引きに、沼沢地のアリゲーター狩りか」
野生の狼や、魔物の一種であるゴブリンなど敵対的亜人の討伐は、常時依頼が掛かっている。これらは窓口で受けなくとも、討伐部位を報告すれば問題ない。情報開示として依頼票が貼ってあるが、誰も触れたりはしない。
尤も、初心者がそれを知らずに依頼票を受付へ持って行ってしまう事故は、たまに発生するらしい。
「ミツル・コウサカさんですね?」
ギルドの職員の制服を着た女性が、声を掛けて来た。
「ああ、そうだが」
「すみませんが、少し御時間をいただいても宜しいでしょうか?」
「ダメだ」
「でしたら奥の部屋へ……えっ、ダメ?」
そこそこ美形だが、やや冷たい感じがするのでオレは御断りだ。
無視して依頼票を眺めて行く。
「あ、あの……何故ダメなのでしょうか?」
「……」
「ええと、そうですね。でしたらここでも構いませんので、話を聞いて貰えますか? 実は最近……」
返事もしてないのに語り出した。しかも同僚への愚痴とか、凄くどうでも良い。
しばらくすると、ギルドの入口が騒がしくなって来た。兵士10人ほどが入って来て、こちらを見ている。兵士の傍には若い女性が居て、こっちを指差していた。
「あの男です」
「そうか、分かった。……さて、貴様が通報のあった、ミツル・コウサカだな?」
「違います」
スッ呆ける。
「何ぃ!? 話が違うぞ!」
兵士たちの批判が、その横の女性へと飛ぶ。
「う、嘘吐きです! あの男はデタラメを言ってます!」
「この人、さっき私がミツル・コウサカなのか訊ねた時、肯定してましたよ!」
チッ、バレちゃあしょうがない。ギルド職員の裏切りに遭ってしまった。
「何だと! ふてぇ野郎だ。おい、囲め」
バラバラと、兵士10人がややバラけてオレを包囲する。周りの人間は、離れて避難していた。
「結局、何の罪状でこうなってるんだ?」
「はっ、知れたこと。都市の入り口での検問の際、1%の関税を払わなかったことだ!」
あー、この都市にもあったのか。ちょっとした手荷物を持っていれば、大銀貨1枚(2万円相当)で入れたから、それで済んでたと思ってた。
「払ったはずだけど?」
「恍けても無駄だぜ。お前が『アイテムボックス』の天恵持ちだって話は聞いている」
へー、そうなんだ。
「オレの『アイテムボックス』は空っぽで、何も入ってないよ?」
「白々しい嘘を! 良いから連行しろ! 最悪殺しても構わん!」
おいおい、そんな物騒なことを口走るなんて、危ない奴め。
「殺す気があるってことは、殺される覚悟があるってことだよな」
オレが殺気を出したことで、兵士たちに緊張が走る。
「多勢に無勢の癖に、良い度胸だ。やれ!」
一番偉そうな奴の号令に兵士たちは従って、オレへ槍を向け―――【感電】の魔法で10人とも、一瞬のうちに床へ蹲った。
『アイテムボックス』からロープを取り出し、痛みに呻いている彼らの手足を縛り、床へ転がしておく。そんな一方的な展開に、周りの人達は戸惑っていた。
片刃の短剣を、兵士長の首筋に這わせる。
「殺されそうになったし、殺した方が良いのかね? どう思う?」
「いや、辞めておいた方が良い」
オレの質問に、群衆から出て来たランクBのクキナ・カルサイシスが答えてくれる。
短剣を鞘に納め、兵士長の上へと乗っかった。呻き声は聞こえないことにする。
「理由は?」
「殺された者の家族が、お前を恨んじまうだろうからなぁ」
「別に構わんけどな」
「キリがないぞ? 一体何人殺すつもりだ?」
「んー、確か300万人以上は殺した方が、結果的に良くなるとかだったか。全体の半分は超えない方が良いとも言ってたな」
「……何の話だ?」
やべ、ミドリや戒と話し合っていた世界征服計画の概要の一部が、漏れ出てしまっていた。
「ま、300万人は殺すつもりがあると思ってくれれば正しい」
オレのあっけらかんとした言い方に、クキナは困惑して沈黙した。
ギルドの職員の女性も、兵士を連れて来たらしい女性も、全員オレを恐れるように遠巻きにしている。
「とりあえず最初は殺さないでおくけど、次からはキッチリ絶命させて行くから、その辺覚悟のある奴だけ掛かって来るようにって、伝言しておいてくれるか?」
兵士長の下顎をペシペシと叩いてみる。某太った先生みたいに、触り甲斐のあるタプタプした感触では無いのが残念だ。
「返事は?」
「……伝えておく」
ちょっと偉そうだったので、予定を変更してオレの魔法の特訓に付き合って貰う事にした。
太ももに短剣を刺す。【治癒】の魔法で治す。以下エンドレス。最初は自分の身体でやってたんだけど、痛覚耐性を<臨界突破>してもちょっとは痛い。他人の身体で用をなすなら、それで十分だ。
10分ほど練習すると、兵士長の頬がこけてゲッソリして来たので、終了とする。周りのオレを見る目が、更に厳しくなっている気がした。
ギルドの建物を出ると、さっきの兵士とは違う兵士たちが、オレと入れ替わりにギルドへ入って行った。どうやら、誰かが通報して追加の援軍が来たらしい。それを見送って、都市の外壁の方へ歩いて行く。外壁がハッキリと見えて来たら、視界内テレポートで壁の上へ【瞬間移動】し、更に都市の外側へと再度【瞬間移動】した。
【風防】、【重力操作】、【念動力】を発動し、空を飛ぶ。
嗚呼、空はこんなに自由なのに。人の心は地を這う様で。なんて詩人っぽく気取った考えをしながら、都市キュルカへと向かった。
一つ、気になったことがある。
クォルノグ共和国の各都市では、出入りの際に1%もの関税が掛けられているが、本当に徴収するのだろうかと言う点だ。
さすがに貨幣については関税が掛けられていないみたいだが、純金を持ち込もうとした場合、無慈悲に取り立てるのだろうか。
「と言う訳で、『アイテムボックス』に入っているのはこれで全部だ」
都市キュルカの入り口での検問で、金の延べ棒10kgを30本出してみた。他に水やワインやエールの入った樽も、幾つか取り出しておく。
「で? 幾ら払えば通して貰えるんだ?」
顔の青くなった兵士に聞いてみる。
「はっ。只今、兵士長殿が上役のところへ行っています。今しばらくお待ち下さい」
金塊を10個出した時点で、現場の責任者らしき人物がどこかへ走って行ったのは確認している。
「規則通りに1%だと、3kgもの金を差し出さなきゃいけないんだよな? それって幾らになるか、分かるか?」
日本円換算だと、1,200万円から1,500万円になる。
「た、大金ですね」
「だよね。それを、この都市へ出入りする度に取られるってのは、ちょっと納得行かないと思うんだけど、その辺どうかな?」
「規則ですので!」
うーむ。まあ、分かるよ? 輸出入を制限し、密輸を防ぎたいってのは。でもその規則自体が、密輸を増長させてる気がするんだよね。
「誰だ? 金塊を大量に持ち込んだ阿呆は」
お、偉い人が来たっぽい。
「うぇーい。ランクBのミツル・高坂でーす」
パリッとした服装にカイゼル髭の男性が、こっちへ向かって来ていた。
「規則通り、1%の関税を払って貰う。例外は無い」
「ふむふむ。ちなみに、何度かキュルカを出入りする場合……」
「その都度、税金は払って貰う」
「へー。じゃあ、検問の所で金塊を預かって貰うってことは?」
「そんなことは出来ん。寄付ならいつでも受け付けているが」
「あ、じゃあ、これで失礼」
そう言って、『アイテムボックス』から出した品々を全て収納してから、他の街へ続く道を歩き始める。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! これだけの為に呼んだのか!?」
「搾取を行うなら、それから逃れるだけだ」
金塊を預かってくれたり、貨幣に準じて免税するか、同一の荷物は一定期間に一度関税を払えば良いとする、などの対策があれば、普通に都市へ入っても良いと思ってたけど。
何も無しに規則通り払えの一点張りなので、正攻法で都市に入るのは諦めた。
「兵士長! こんな雑事で私を煩わせるな!」
「スミマセン! 『アイテムボックス』の天恵持ちは初めてで、それに金塊の量に動揺してしまい、つい!」
「言い訳はするな! ええい、忌々しい」
そんな彼らのやり取りが聞こえて来たが、気にすることなく壁の上へと【瞬間移動】する。壁の上で巡回していた兵士がこっちを見る前に、都市の中の適当な場所へと、間髪入れずに【瞬間移動】。
「潜入、成功」
良い子の皆は、真似しちゃダメだぞ☆(体操の御兄さん風)
結局キュルカの街中では、イカ墨パスタっぽいのを発見したことくらいしか、特筆することは無かった。食べたらそこそこ美味しかったけど、これ何で美味しいんだろうな? 草薙さんが良く言う、アミノ酸って奴か?
面白い出来事が何もなかったので、次のポントール王国の街を目指し、早々にクォルノグ共和国を後にした。
ポントール王国は、内陸部に王都がある珍しい国だ。とは言ってもオレの移動経路は基本的に海岸だから、わざわざポントールの王都まで行く気はない。海沿いの街を経由して、次の国へと目指すことになる。
一応【瞬間移動】で来られるように、港のあるソワスナの街にオレ的魔石を埋没させ、目印とした。
<少し先の御話>
クォルノグ共和国のホークェンでは、シー・サーペントのせいで漁獲量が大幅に落ち込んでいた。
「うむむ。どうして誰も、討伐依頼を受けないんだ」
漁師ギルドの顔役である無能オジサンが、部屋で一人、本気で悩んでいた。
彼にとっては不思議だが、至極当然のことだった。討伐依頼ではあるが、前金も無く、全頭退治が確認されないと報酬は払われない。一匹二匹倒しただけでは、お金にならないのだ。オマケに、難易度の割に金額が安い。ランクBのパーティでもなければ、確実に全頭退治なんて出来るものでは無い。
ランクBの4人以上が1週間から2週間拘束される。その時点で、達成金を合わせて小金貨20枚程度が最低額となる。更に、前金で釣って他の街から有力なハンターや傭兵を呼び寄せるのが、この手の難易度の高い依頼の常であった。前金がゼロでは、様子を見てダメならキャンセル、が頻発してしまう。
その辺の事情が分からず、必要経費をガンガン削りまくる「まるでダメなオッサン」は、喫煙パイプにタバコの葉を詰め、火を付けて燻らせた。
「何か良いアイデアでも無いかねぇ」
目を瞑って腐ってそうな脳細胞を働かせ、思考に耽る。
二週間ほど前にふらりとやって来て、シー・サーペントの一匹を退治して行った若造のことが思い出されていた。
漁師ギルドのツェノーは思う。
(不快な人物で、虚言を弄してこちらの言い分を全く聞かない。最近の若者らしい、忌々しい奴だった。あんな犯罪者まがいの奴が、良くランクBになれたモノだ。きっと不正で成り上がったに違いない)
自分勝手な妄想を逞しくする。彼はその後も豊富な語彙を用い、想像の中でミツルをこき下ろした。
「……そうだ。その手があったじゃないか!」
何やら思い付いたらしいツェノーは、早速アイデアを現実化するべく、行動を始めた。
「それで、何で俺が足止め喰らうんだ?」
ランクBのハンターであるクキナ・カルサイシスは、魔物の討伐の為にホークェンから出ようとし、兵士に制止された。
「本日から、武具にも関税が適用されます」
言っている兵士本人も、納得していないようだった。
「馬鹿言っちゃイケナイ。良い装備はハンターの生命線だ。それに対して税金を、しかも出入りの度に課すだって?」
「ええ、その通りです。何でも、良い税収になるからとか」
漁師ギルドのツェノーが、持てる力の全てを使って根回しやら何やらを行い、関税の微改正を行わせてしまった。
「ふざけっ、ふっざけんなよッ! この俺の剣が幾らしたと思ってる!? 小金貨25枚だぞ! その1%を、毎日のように払えって言うのか!」
「出入りで2%です」
兵士の冷静なツッコミに、クキナは静かにキレた。
「……ああ、そうかい」
「御理解、いただけましたか」
ホッとした様子の兵士たち。クキナの目は、氷のように冷え冷えとしていた。
その日、ホークェンをホームとしていたランクBのクキナは、他の都市へと移住する決心をした。他のハンターたちも、「ホークェンではやって行けない」と次々に街を離れて行く。一週間後には、ホークェンのハンターギルドは閑散とした有り様になっていた。
「それで、結局税収はガタ落ち、か。法案を通す前に、誰もこうなるとは考えんかったのか?」
既に引退していた前都長のルボット翁が、呆れたように言う。
老い先短い余生を静かに過ごしていた所、唐突に相談したいと言われ、現状を聞かされた。
「発端は、漁師ギルドのマスターじゃったな?」
「ええ。ですが彼は何と言うか言い訳が上手く……」
「消せ」
「え?」
「言い訳ばかり達者でも、実害が酷い無能の働き者は、この世に居るべきではない。遠い所に旅立って貰うのが、ホークェンに住む皆の幸せに繋がる」
「しかし、それでは……!」
「綺麗事だけでは、世の中は回らん。聞いた限り、その厄介者は、例え閑職を与えて封じても、無理矢理戻って来てしまうタイプじゃろ」
「その通りです。その為、手を焼いていて……」
「時に非情になるのも、為政者にとって必要なことじゃ。手を汚すのが嫌なら、引退せよ」
そこまで言われて、ようやく現役の都長は腹を括った。
「分かりました。手配の後、関税の法案を元に戻せば……」
「去ってしまった者を呼び戻すのは、大変じゃぞ? 大仕事だ。精々頑張るが良い。フォッフォッフォ」
その仕事量を思い、現役な彼は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「忙しくとも、娘には定期的に会いに来てやるのじゃぞ? アレで寂しがる」
前都長の心遣いに、少し救われた現役の都長であった。
高坂ミツル 年齢:25
精神11 魔力1,058 (最大)魔力量123,130
治癒魔法4(1Up!)
所持現金:7億1321万円相当+Gold 3,962kg+36億円相当のファフレーン小金貨(予定)




