041 大海蛇
学校の建設については、1ヶ月ほどは時間が掛かるので、その間に教師などを探すこととなった。
給食を担当する料理人についてはイエイラの街から募集して、5人ほど採用。工事が終わるまでの期間を利用し、ウェントの街で草薙さんと料理長のケイスが鍛えている。
「とまあ、スエズエ共和国で学校を作ることになったから、教師を数人雇いたいんだけど」
ファフレーン王国の王都レーンに来て、メアリーと会っている。
「読み書きと簡単な計算を教えることが出来れば良い。幼い子どもが対象に入ってるから、教育能力よりも人柄を重視したいかな」
何やら、メアリーさんは震えてらっしゃる。風邪かな?
「お前は……お前と言う奴は……私の人物像で金貨を作るなんて、聞いてなかったぞー!」
ええ? ああ、例の提供した金塊で金貨を少しずつ作り始めていて、先日サンプルを渡されていたっけ。多分メアリーも受け取ったんだな。
「良かったじゃないか。有名になれて」
「良くない! と言うか名も知られてない三女が、こんな大役に抜擢されるなんて、悪夢だ! お前の仕業だろう? なあ、お前だろ!?」
いや、オレも聞いてなかったんだが。宰相じゃね?
「何! あのつるっ禿げデブ、容疑を否認しておきながら主犯だとぉ!?」
「いや、正確なところは知らんけど。ピスケス王とかにも聞いてみた方が良いかもな」
「父上が、私なんかを気にされるなんて有り得ない!」
えー? 自己評価が低いなぁ。今までかなり雑な扱いだったから仕方ないんだろうけど。
「でもまあ、男親なんてのは、娘のことが可愛いってのは相場だと思うけどな」
「いやいや、家に限ってそんなことは、考えられない! 絶対に有り得ない!」
「良く考えてみろ。ピスケス王は、お前と直接話した時に、疎んでいるような発言をしたこと、あるのか? メアリーのことを悪く言っているのは、誰かから伝え聞いた話に限った物じゃないか?」
「……分からない。だけど言われてみると、面と向かって酷いことを言われた覚えは無いような」
「確証は無いが、正室や側室の情報操作で、そう認識させられている可能性はあるぞ」
「……え? お義母様方が? それは……何故……?」
言わせんなよ、恥ずかしい。いや本当、恥だから。ただの嫉妬とか嫌がらせとか、人間の暗黒面だよね。
「それは、お前自身が考えて答えを出した方が良い。ともかくもう少し、父親と話をするくらいはしてみたらどうだ?」
後日、メアリーが父親のピスケス王と宰相に会って話をした際、割と適当に金貨の件は決まっていたことを知ったらしい。その場でビンタとアッパーカットを決めたと、楽しそうにオレへ報告してくれた。
教師については傭兵ギルドで情報を募集して、直接スカウトに行って二人確保した。イエイラの街まで馬車で2~3週間掛かるので、その移動の経費も併せてかなりの手付金を支払っておいてある。
その点、やっぱり【瞬間移動】は便利だ。毎日のように使っていると、周りに申し訳なく感じる。距離の制限はあるが、今のオレくらいに習熟していると、この惑星内で【瞬間移動】出来ない距離は無いと言って良い。もう一段階練度が上がれば、月にだって行けそうな雰囲気がある。空間魔法に習熟すると、そう言った感覚が掴み易くなるみたいだ。
教師たちをオレが魔法で運べば良いんじゃないかとはちょっと思ったが、既存の交通手段で行けるならそれを使って貰うことに決めた。緊急でも無し、時間は十分にある。懐に余裕もあるしな。
ファフレーン王国の南南東から南南西に位置する国、クォルノグ共和国。
長大な海岸線を持ち、漁業や海運がそこそこ発展している。
オレは廃鉱からの金の抽出に励みながらも、世界を見て回る目的の為、足を伸ばすことにした。
まずは地理的にファフレーン王国から近い、都市ヴィアナ。クォルノグ共和国は3つの大きな都市を持つが、そのうちの一つだ。
国境は、上空を飛んでいたのでスルーしている。通行税? 払って欲しけりゃ捕まえてみやがれ! ……コホン。良い子は真似しちゃダメだぞ。
いつものように、都市の手前で高度を落とし、入口の数百メートル手前で飛行を解除。飛行の実態は3つの魔法だが、【風防】は解除しなくともデメリットはほとんどなく、【重力操作】と【念動力】をセットで解除すれば良い。
「お疲れさーん」
ギルドカードを提示しながら、入口の兵士に挨拶をする。
「ちょっと待て」
「ん?」
何やら御用らしい。なんざましょ?
「お前、怪しいな。荷物も持ってないし」
あ、やべ。普通の旅人に擬態するの、忘れてた。
「あーっと、オレは『アイテムボックス』持ちで、手ぶらで大丈夫なんだよねー」
ひらひらと手の平を靡かせる。
「……そうか。では、その『アイテムボックス』の中の物を全て出して貰おうか」
「えぇー。嫌だな、面倒臭い」
どれだけ中身入ってるのか、オレ自身も把握し切れていない。
「規則だ。手荷物程度なら問題無いが、荷車以上の荷物の場合、出入りの際にその価値の1%の税金を払って貰う」
「……マジで?」
「ああ。例外として、この街に住んでいる商人の場合は、大幅に軽減されるがな」
なんつー暴利。例えば3トンの金塊を持ち込んだだけで、金30kgを払えと?
「つーか、それなら入らんわ」
クルリと踵を返して、都市ヴィアナの壁から離れようとする。
「おい、待て! 防衛上の決まりで、荷物の検査だけは強制的にさせて貰うぞ!」
「知るか、そんなこと!」
「逃げるな! ザッカント、応援を呼べ!」
槍を手に追い縋って来ようとしたので、素早く【重力操作】と【念動力】の魔法を唱え、飛翔した。
地面から足が離れ、5メートル以上の高さに上がると、兵士たちがこちらを呆然と眺めて来る。
「降りて来やがれー!」
「断る!」
オレに声を掛けて来た、隊長格らしき人物に拒否の言葉を投げ、目標を次の都市へと変えて飛んだ。
いやー、さっきは失敗した失敗した。
それを踏まえて適当な荷物で偽装し、次の都市のホークェンでは問題無く門を通り抜けることが出来た。『アイテムボックス』の天恵持ちなんて、自己申告しないとまず分からないし、一つの国に一人居るかどうかなのに調べるのは徒労率が半端じゃないから、まずやらないだろう。ん? この慢心はフラグが立ちそうだが……まあ、オレはどっかの物語の主人公でも無いし、そんな都合の良い、と言うか都合の悪いことが早々起こることはあるまい。日常的に女の子との破廉恥なトラブルが起こるようなことも無いしな。
門での検査は、有名になってしまうと誤魔化しようもないが、そもそもあの規則は理不尽だよなぁ。せめて商人限定とかにしてくれ。70回出入りしたら手持ちの財産が半減するんだぞ。
ともかく、空間魔法の目印となるオレの魔力入り魔石を、いつものように適当な地面に埋めて用事を終える。そろそろ昼時なので、飯を食いに行くかなーと考えながら、ハンターギルドの討伐依頼票を眺めていた。
「へえ、大海蛇の討伐か」
港が近いので、海洋生物の魔物が対象となっている依頼もあった。
「そいつは辞めておいた方が良いぜ」
体格の良い30歳くらいの男が、オレに話し掛けて来た。
「そうなのか?」
「ああ。一応ランクB向けとはなってるが、相手は海の中。自由に移動出来るし、逃げるのも簡単だ。それなのにこっちは、海岸からかもしくは船の上から、どうにかしなくちゃなんねぇ。分が悪いってもんじゃぁねえ。依頼料も安いし、時期に塩漬けになるだろうさ」
塩漬けってのは、長期未達成依頼のことを指す。誰も達成出来ない高難易度か、もしくは難易度の割に依頼料が極めて安い場合に発生する。
「小金貨10枚か、確かに労力に見合わなさそうだな。助言有り難う」
「応! 気にするな。若者への的確なアドバイスも、先輩ハンターとしての義務ってもんよ」
ん? 何か話が噛み合わないな。懐からギルドカードを出して、見せてみる。
「うん? お前さんのギルドカードか。……ランクB!? マジか、その若さで」
「これでも25歳なんだがな」
「何ィ! 詐欺だ! 俺の純情を弄びやがって!」
いや、勝手に勘違いしたんだろ。それにオレは、日本なら普通に年相応に見られるタイプなんだぞ。
「誤解が解けたんだ、良いじゃないか。オレはミツル・高坂。よろしくな」
「……俺はランクBのクキナ・カルサイシス。いずれランクAになる男だ、覚えておけ!」
「へいへい」
軽く返事をしたが、気を悪くした様子は無い。気安いし、割と良い奴っぽいな。
「ところで、シー・サーペントってのは頻繁に現れるのか?」
「こうやって依頼に出される程度には被害が出てるしな。この都市の港にもちょくちょく姿を見せてるらしいぜ」
「じゃあ、昼飯喰ったら見に行くか」
と言う訳で、ギルドを出て繁華街へと適当に向かう。
「お、ここの店がお勧めだ」
先ほどのクキナって奴が付いて来てしまったが。
「今日初めて来るところだから正直助かるが、良いのか?」
「構わねえ。それに、お前さんからは金の匂いがするしな」
うーん。隔日くらいで金の抽出作業やってるから、金の匂いはしそうだけどな。まあいいや。
案内された店は、ショートパスタのソース掛けと、チーズグラタンが美味だった。
腹ごしらえの後、小さいが岬になっている所へクキナが案内してくれた。
「今日は居そうだな」
「どれどれ」
彼の真似をして、海面へ乗り出すようにして眺める。海の深さは10メートル以上ありそうだな。海中の視界が有効なのは、5メートル程度だ。
ふと、海の濃さが移動した気がした。
「今のだ」
なるほど。シー・サーペントが移動した際の、魚影みたいなので判別してるんだな。
小さな船が幾つもある海岸までは、ここから100メートルほどか。半分も行けば浅瀬になっていてシー・サーペントには不利になるだろうけど、そこまではまず移動しないんだろうな。
「厄介だな」
「ああ」
オレの言葉に、クキナが同意してくれる。
「でもまあ、折角だしやっちゃうか。『水の流れよ、我が意に従え。WaterStreamControl【水流操作】』」
使う機会が少ない水魔法だが、<臨界突破>して無理矢理に大魔法を行使する。魔力量なんざ沢山あるしな。
ギュオンと、数百トン、数千トンの水が、オレの意思のままに動く状態になった。
その動かせる水を、シー・サーペントの周囲へと配置する。操作している水の周囲の情報が、朧気ながら分かるので出来る芸当だ。
悠々と泳いでいるソイツを、水流ごと海岸の方へと誘導。途中で戸惑ったように暴れる気配があったが、水流を完全に支配して檻の様にしている為、無駄な足掻きである。
そのまま海岸の海面へ、周囲の海水ごと高速で移動させ―――ザッパァン!と飛沫を上げながら、大量の海水とともにシー・サーペントが浜辺へと打ち上げられた。
体長は5メートルちょっとか。長くはあるが、太さは50cmほどで大したことは無い。
「『彼我の距離は一瞬にしてゼロへ。teleport【瞬間移動】』!」
視界内テレポートと言う奴で、シー・サーペントのすぐ傍へと【瞬間移動】した。
『アイテムボックス』からパルチザンを出し、ビチビチと暴れているシー・サーペントの首元へ斬り付ける。
あ、やべ。急いでいて槍の練度を<臨界突破>するの忘れてた。そのせいで、半分程度までしか食い込めず、魔物の暴れ方が酷くなった。
仕方ないので槍の<臨界突破>を行い、二度目の槍捌きで頭部を切り落とし、事なきを得た。下半身と言うか胴体の方は、しばらくビクビクと動いていたが、段々と弱まって行く。
胴体の心臓付近から魔石を取り出し、回収しておく。『神の迷宮』だと25階前後の大きさかねぇ。
「おい! お前、凄いな!」
岬の方から走ってやってきたクキナが、オレに賞賛を送ってくれる。周りの漁師みたいな住民たちも近寄って来て、シー・サーペントを眺めていた。
「やれそうだから、やってみた」
「すげーな、これが水の大魔法使いって奴か!」
水魔法は得意でも無いんだけどな。力押しだ。
「ほう、これは凄いですね」
そう言って近づいて来る人物が居た。少し歳のいった恰幅の良いオジサンだが、何の用だろう?
「この調子で、依頼をこなしてくれると有り難いですね」
「依頼? 受けたか? クキナ」
「いや、俺も受けてないぞ」
オレとクキナの言葉に、固まるオジサン。
「な、何を言ってるんです! 貴方たち、ハンターギルドのメンバーでしょう!?」
「一応そうだが。依頼は受けてない」
「同じく」
「なら、何故シー・サーペントを倒したのですかッ!」
「そりゃ疑問だなぁ」
「倒せそうだったから倒してみた。やったぜ」
槍を上に挙げ、アッピールしてみた。集まって来ていた住民たちが、歓声を上げてくれた。うむ、苦しゅうない。
「そ、そうでしたか。では引き続き、残りのシー・サーペントたちをお願いしますね」
「えっ?」
「えっ」
オレの、『何言ってんのコイツ』の返しに、オジサンが『当然でしょ』の意を向けて来た。
「依頼受けてないし、やる必要ないでしょ」
「いや、いやいやいや! 困りますって! 皆、まともに漁に出られず、困ってるんですよ!? それを黙って見逃すつもりですか?」
「うむ」
見逃すに決まってるだろ。ボランティアじゃねーんだから。やって欲しけりゃ金を出せって。
「貴方は悪魔ですか! こんなに誠心誠意頼んでいると言うのに、どうして受けてくれないんですか!」
「受けて欲しいなら、もっと依頼料を上げたら良いんじゃないか?」
「我々もカツカツなんです! だからこれ以上は上げられません。どうか、どうかお願いします!」
「いや、無理。……ところで、シー・サーペントって喰えるの?」
比較的近くに居た漁師らしき人に聞いてみた。白身で淡白だが、味付けをすればイケるらしい。
「じゃあ、これを持って帰って料理して貰うか」
「ちょっと、待ったぁあああ!」
オジサンがめげずに、カットイン演出でも入りそうな勢いで割り込んで来る。いい加減ウザイな。腹蹴り飛ばして内臓破裂させるぞ。
「この国では、漁師以外が獲った海産物は、全て一度漁師ギルドに売って貰う決まりになっています!」
何が言いたいんだ。
「つまり?」
「このシー・サーペントは我々が買い取らせていただきます! うーん、小銀貨1枚ってところですかねぇ」
そいつはオレへ、嘲笑を浮かべていた。
「……そうか。ならコイツは」
限界まで【肉体強化】をしてシー・サーペントの胴体を掴み、思いっ切り沖の方へと投げた。50メートルほどの飛距離が出る。数トンの肉塊だから、人間業には到底見えまい。土砂を満載したトラックくらいだもんな。
大体同じ所へ行くように、シー・サーペントの頭部も投げる。そして【水流操作】の魔法を使って、岬の辺りまで運んで置いた。
オレの行動を呆然と見ていたオジサンが、正気に戻って怒鳴って来る。
「な、何をしてるんですか!」
「オレは売るつもりは無い。だからお前に所有権は無い。漁師ギルドとやらに売らないと、食べたりも出来ないんだろ?」
クキナに目線で訊ねると、頷きを返してくれる。
「海の物を海へと返した。ただそれだけだ」
「ああ、勿体無い」
「勿体無いと思うなら、安く買い叩こうとするな。一体誰だ、こんな無能を雇ってるのは」
ワザと大きな声でそう言ったら、無能オジサンの顔が真っ赤に茹で上がった。
「お前! 私を侮辱して、ただで居られると思うなよ!」
「へえ、どうなるんだ?」
「傭兵ギルドやハンターギルドに手を回して、お前が依頼を受けられないようにしてやる!」
「そんなこと、出来るのか?」
「クックック。無知なお前は知らないだろうが、色々な手があるんだよ。後悔しても遅いぞ! ジリジリと干上がっていけ!」
「で、依頼を受けられないと、オレに何か不都合でもあるのか?」
心底不思議そうに、問い質す。
「何を言って……。依頼を受けられないと、金が稼げないだろうが」
「十分に金銭は持ってるし、稼ぐ方法はそれだけじゃないしな」
「つ、強がりを! それで音を上げないようなら、犯罪者として兵士に通報して、牢屋行きにしてやる!」
「ふぅん。ちなみに、どれくらい兵士がいるんだ?」
「そんなもん、常駐だけでも2万はいるぞ! どうだ! とてもじゃないが太刀打ち出来まい! 泣いて謝るなら考えてやらんことも無いぞ」
自分の力じゃないのに威張るのは、見苦しいな。
「たったの2万か。ロークト王国のモギュの街の防衛戦では、10万の軍勢相手に一方的な虐殺だったからな。1/5程度じゃ、どうしようもないんじゃないか?」
片目を瞑りながら、口の端を上げてやる。
「……バ、バカな! まさかあの、当事者だとでも言うのか!? あんな話は出鱈目だ! 捏造に決まっている!!」
一応、例の戦争の話は伝わっているようだな。
「そう思うんなら、確かめてみれば良いさ。殺されるまで間違いに気付かないと言うのも、愚か者らしい顛末だしな」
オジサンはオレの言葉を信じずに、怒気を撒き散らしながら去って行った。
「どうする気だ?」
「何かやってきたら仕返しするってだけだ。今日のところはもう帰る」
クキナの問いに適当に返答し、パルチザンを『アイテムボックス』にしまってから、屋敷へと帰還する。
シー・サーペントの身が喰えなかったのが、心残りとなった。
所持現金:7億1331万円相当+Gold 3,763kg+36億円相当のファフレーン小金貨(予定)




