004 奴隷市場
ガタゴトと馬車に揺られて、オレたちは運ばれて行く。売られて行く子牛のように。
絵で表現するとなると、目にハイライトが無いこと請け合いだ。
あれから十日ほどが過ぎた。
着ていた服と財布などの持ち物は没収され、粗末な服を与えられた。まあ、奴隷を売るのにスーツを着させておくのも場違いだから、納得は出来る。しかし携帯端末がないのは手持無沙汰と言うか、落ち着かない。これも依存症の一つなのか。現代病だなぁと考えながら、口ではこちらの世界の言葉を必死に繰り返していた。
何故かと言うと、ヴィオネッタとその仲間たちの使っていた翻訳魔法、否、『指輪式翻訳魔道具』は、当然ながら一般的では無かった。つまり、奴隷商の人にオレたちの言葉は通じなかったのだ。仲介の際、ヴィオネッタが色々と注意事項を教えてくれたし、奴隷商もある程度慣れているようだったが、言葉の壁は大きかった。命に関わるので最優先で覚えようとしているが、まだ50単語くらいしか覚えられてない。飯・水・休憩・「静かにしろ」は真っ先に覚えた。
奴隷商が雇っている5人の護衛は、暇な為か言葉を覚える手助けをしてくれていた。木の皮や板に、燃え差しの枝の炭で文字を書いて、言葉を教えてくれる。そこへ、自分なりに発音と意味を日本語で付記して、何とか記憶しようと四苦八苦していた。5 W 1 Hに近いモノはヴィオネッタが教えてくれたので、人に訊ねて語彙を増やすのに支障が無い点だけは、助かっている。
ちなみに翻訳の魔道具は、本来家畜や野生動物と意思疎通を図る為に使用する物らしい。人間や亜人・魔族の言語は、大昔に創造神様が共通のモノに統一したので、現在では方言くらいの訛りが存在する程度。日常生活に大きな問題は無いとのことだ。
凄いね! ある意味、神話の「バベルの塔」以前の状態を体感していることになる。
ところで、奴隷の中でもヒエラルキーは存在する。
一番待遇が良いのは、『アイテムボックス』(小)持ちの草薙さん。奴隷商の人に頼まれて、皇国産の上質なエールをたっぷりと収納している。料理も上手い。野宿せざるを得ない場合、彼に任せることで食事の味がワンランクは確実に上がっていた。
加護はどうやら、それまでの経験や習得技能に応じて得られる疑いがある。オレに加護が無いのは……割と飽きっぽくてどれも中途半端になってしまうことが多かったからかな?
なお、オレの食事は黒パンにスープと言う、辛うじて餓死しないであろう質と量。だが草薙さんへの食事は量も多めで、チーズや肉も普通に添えられていた。少し分けてくれた心意気に、そっと涙する。
駒沢さんもオレと大差ない待遇だった。二人して語り合ったりもしたが、「お互い、生き残ろう」との締め言葉で大抵終わる。駒沢さんの錬金ってどんな需要があるんだろう? そもそも買われるのかどうか……。
小金貨1,500~3,000枚。5~20枚。1~10枚。
奴隷商のポルトさんが予想する、奴隷の販売金額だ。順に、草薙さん、駒沢さん、オレとなる。
小金貨はチラリと見ることが出来たが、小さくはなかった。日本の10万円する記念金貨の倍くらいあった。つまり、草薙さんの御値段は3億円~6億円。駒沢さん100万円~400万円。オレ、20万円~200万円。オレが安過ぎて不安です。
まあ、1kg程度のアイテムボックスで何するのよって話だけど。アイテムボックス内の時間が止まる訳でもないし。実際にカップに入れた熱湯を収納して確かめてみたけど、時間の流れは現実世界と同じようだ。当たり前か。時止めなんて、物語でもラスボスとか主人公クラスにしか発動出来ないのが御約束だ。
出発してから二週間経った頃、オレたちはスエズエ共和国の首都ウェントに辿り着いた。最初の国ベラスティア皇国を出て大陸を東へ、隣国のロークト王国を海岸沿いに抜けて、更に不毛地帯の岩石砂漠を超えて、疎らな草原が広がっている先に、その街はあった。
ウェントの街は30万人前後の人が暮らしているらしく、活気があった。理由は、この世界にたった一つだけの『神の迷宮』があること。その為に傭兵家業と言うか冒険者と自称するならず者たちが、大勢居るそうだ。
北と南に広がる大洋を繋ぐ大運河もあるが、大昔は栄えていたものの、現在は海運・水運自体が下火らしい。じゃあ何でそんな運河を造ったのかと聞いたら、古代のことは分からんと開き直られた。え、ロストテクノロジーなん?
『神の迷宮』とやらも詳しく聞きたかったが、片言ではなかなか会話が弾まず、聞き出すことは出来なかった。この街で暮らすことになったら、チャンスは幾らかあるだろうと思い直し、売られる心の準備をすることにした。
明けて翌日、10月1日。毎月一日が奴隷のオークション開催日らしい。
地球ではまだ春だったはずだが、異世界で季節や日にちが同じなんて御都合主義は無かったのだ。この異世界は太陰暦採用で、一月30日の十二ヶ月、閏月が数年に一度有りとのこと。
とにかく、今日は大きな広場が貸し切られ、昼の少し前から競りが行われる。ポルトさんに連れられて、男三人は天幕の裏側へと向かった。
奴隷商のポルトさんは基本良い人だけど、これまで何度か殴られたことがある。曰く、これから主人になる人が暴力的だった場合、痛みに耐性が全く無いと怒りを買ってすぐに殺されてしまう可能性もあるからだ、とのこと。有り難いことだ。涙も枯れて、心がひび割れてしまうのが自覚出来てしまう。……うん、自分でこう言ってるうちは大丈夫だな。
ポルトさんはわざわざ追加でお金を出して、競りの順番を最後に回して貰っていた。場が温まった状態で、商品の値が吊り上がるのを期待しているのだろう。
一人目、駒沢さん。それまでに20人ほどが競りに掛けられ、既に気怠い雰囲気が漂っていた。そこにやや珍しい加護持ちの奴隷が投入。しかし錬金と言う扱いに困る分野の為、戸惑い気味なようだ。
「小金貨5枚から始めます! さあ、どうですか!?」
「「……」」
「錬金の加護持ち! 薬師や学者様なら御有用ではありませんか?」
「……5枚」
「はい、5枚出ました! 次、ありませんか!?」
「「……………………」」
「えー、これ以上は無いようなので、5枚に決定です。有り難うございます!」
言葉はまだ半分くらいしか聞き取れなかったけど、最低値で競り落とされたのは理解した。駒沢さん、ドンマイ。
続いて、オレ。
「次は、なんと珍しい『アイテムボックス』の天恵持ち! 無印ですが、これは希少ですよ! 小金貨10枚から始めます!」
!? ちょっと待て。オレの最低値は1枚じゃなかったのか?
司会の横にいる奴隷商のポルトさんは、こちらの視線に気付くと良い笑顔でサムズアップを決めて来た。異世界でも共通の意味を持つのは新しい発見だ。
「「…………」」
「居ませんか~? 10枚ですよ、お買い得!」
だが、競る側の商人たちは目を逸らすばかり。数人いる金持ちらしい人は、それを見て躊躇。
「……10枚」
「はい、10枚出ました! 次、ありませんか!?」
「「……」」
「はい、無いみたいですね! 10枚に決定しました! 有り難うございます!!」
司会の人がやや早口で締める。ちょっと身形の良い、堅気ではなさそうな雰囲気の青年が入札したようだ。傍にいる若い女性に怒られている様子。
うん、これアレだね。業者で示し合わせてオレの情報を回してあって、それを知らない一般の参加者が落札した、と言うのが濃厚そうだ。
良い度胸してるわ、ポルトのおっさん。
最後、草薙健太郎さん31歳。
「今回最後の出品は、料理の加護持ち! それだけではありませぇえええんんんん!!! なんと、なんとなんとなんとなんとォォォオオオーーー!! 『アイテムボックス』(小)の天恵もあるじゃありませんかッ!! アイテムボックスについては既に実用性を実証済みぃ! ベラスティア皇国産の上質なエールがたんまりと卸されてるので、気になる人は後で『コラル商店』に行ってみましょう! 小生もこれが終わったら買いに行く予定です!」
「うるせぇ! とっとと競り始めろォ!」
「はい! はい、すみません! 仕事頑張ります! では早速。今回は高値の為、大金貨でとさせていただきます。開始値は、150枚!!」
「180!」
「200!」
「190」
「220!」
「190遅いぞ無効だ!」
「はい、220出ました! 次無いで……」
「240!」
「……300」
「はい! 300出ました、好調です! 凄い値上が……」
「320!」
「330!」
「335」
「細けぇぞ! 不文律守れクソがッ!」
「350」
「360!」
「360出ました! 次無いですか?」
「「……」」
「出ないですか? 締め切りますよ? 締め切っちゃいますよォ?」
「「……」」
「370」
「はい! 370出ました! 次無いですか? ……無いですね? ハイ、大金貨370枚に決定です!! 有り難うございます! これにて本日の競りは全て終了しました! またの御来場をお待ちしております!」
滅茶苦茶盛り上がってました。ポルトのおっさんの予想最高値を2割以上上回ってます。
大金貨1枚って、小金貨10枚分なんですよね。つまり、オレや駒沢さんの価値は草薙さんの……いや、これ以上は虚しくなる。やめよう。
競りが終わって、オレたちは競り勝った人たちに引き渡される時間がやって来た。頭の中では、閉店間際に流れるスコットランド民謡原曲のアレが流れている。
草薙さん、駒沢さんとはここでお別れだ。多分、今生の別れになるんじゃないかな。やべ、視界が滲んできた。
「高坂さん、お元気で」
「駒沢さんも。命大事に。草薙さんもお元気で。あの高値だし、大切にされるとは思いますが」
「どう使い倒されるか分かりませんが、精一杯頑張るつもりです。高坂君も駒沢君も息災を祈ってます」
「それでは」
「それでは」
駒沢さんの新たな主人は、少し気難しそうな壮年男性だった。首輪に手を当て、主従登録を済ませると、ヴィオネッタからの申し送り事項が記された羊皮紙を受け取り、流し読みする。表情が更に険しくなったが、「まあ、良い」と呟いていた。
草薙さんの主人は、スエズエ共和国の一・二を争うボルボー商会のトップだった。老齢に差し掛かった人物だが、鋭い眼光は只者ではないことを感じさせる。
で、オレ。二十歳前後の好青年と、ちょっときつめの印象の女性が一緒だった。簡単に主従登録を済ませる。この首輪自体は日本円換算で5千円もしない程度の安めの魔道具らしい。締め付けるだけだしな。
「ヤナ・キルナックだ。よろしく」
「……ジルミア・ヘンシルク」
「高坂ミツルと言います。高坂が家名です。言葉まだ不自由ですが、よろしくお願いします」
練習した自己紹介を何とか終えた。
「家名が先? 変わってるのね。面倒だわ、ミツル・コウサカで。と言うか奴隷が家名なんて気にする必要ないわね。ミツルで十分よ」
「言葉が不自由……? なんでそんな……」
「紙、読んで下さい」
「紙? ああ、支払いの際に渡された羊皮紙。どれどれ……?」
しばし、書かれている内容を読んでいるようだ。一度で理解出来なかったのか、最後まで目を通してからまた最初から読み直していた。
「異世界……。禁止事項……。駄目だジル、簡潔にまとめて教えてくれ」
「もう、馬鹿なの!? ちょっと寄越しなさい! どれどれ……」
女性の方は、一度読むと理解したようだ。眉を寄せて皺が出来てる。まだ若いのに。
「……あなた」
「ヒィッ!?」
強い語調の為、責め立てられてる気がしてしまった。
「異世界の人間って本当なの?」
「ええ、本当です。だから、言葉、不自由」
「異世界のことはほとんど話せない誓約が付与されてるってのも事実?」
「事実、です。違い、ありません」
ジルミアさんは溜息を吐くと、ヤナさんの頭を引っ掴んで引き寄せた。何やらごにょごにょと話しをしていたみたいだが、ジルミアさんの胸にヤナさんの顔が埋まる形になっているのは気にしないんだろうか。いや、ペチャパ……慎ましやかな胸部装甲ではあるが。
しばしの相談が終わったようで、ヤナさんが話し掛けて来た。
「込み入った事情はあるみたいだけど、ボクはあまり気にしないかな。とりあえず、『アイテムボックス』を見せて貰おうか」
「はい、畏まりました。ただ……」
「ただ?」
「ん?」
そこから先は、実演して見せる。
「この通り、一種類、一つだけ。僅かな重さ、までしか、ダメ、です」
視線の先は、オレの左手の上に生み出された小さく黒い空間。入れるのはそこらに落ちていた小石。一つ入れるも、二つ目はダメ。一つ目を取り出し、代わりにもう片方の小石を入れ、続けて別の小石を入れようとして弾かれるのを見せる。
「な!? なんだコレ!?」
「1個!? 1個だけなの!? 何よソレ。詐欺じゃない!」
うん、やっぱりこうなるよね。
オレの主人は、やはり『アイテムボックス』の天恵持ちと言う文言に踊らされた、憐れな被害者だったようだ。
大金貨:180万~250万円
聖金貨と呼ばれる、主神を崇める宗教国家サンタン教国(東・西)が鋳造する代物。信用度が高いので、原価の割に高い価値を持つ
小金貨:12万円~20万円
これ以下は各国がそれぞれに発行する。金の含有量が価値に直結し易い。小聖金貨もあり、こちらも信頼度が図抜けてる
大銀貨:1万円~2万円 棒や板みたいな形態もあるよ!
小銀貨:千円~2千円 ほぼ円形のみ
大銅貨:100円~200円 板状のタイプが結構多い。銅の合金で出来ている
小銅貨:10円~25円 最低通貨。日本の1円玉みたいな細かい通貨は、発行元に余裕が無いと無理デスヨ
現代地球では銀の価値がかなり下がってしまっているので、実際に鋳潰して地球の価値に換算した場合、銀貨の原価はかなり低くなります。
主に科学技術の発達のせい。地球でも4千~5千年以上前だと金と銀の価値が現在とは逆転するほど違っていた説が有力。
自然金はそこそこあるけど(砂金とかでも)、銀は加工しないと(溶かせる技術が無いと)なかなか手に入らない。
でも技術が発達すると金よりも沢山手に入るから、相対的に銀の価値は減って行きます。