035 地球への回廊
モズズ・ジ・ニアス、ベラスティア皇国の宮廷魔術師一位。
だがその実態は、出不精で生活力皆無の、研究狂いだった。
「モズズ様、良く聞いて下さい。実はですね……例の計画が凍結されました」
『異世界交流 国内経済活発化計画』のことだな。
「何ィ! それでは、儂が存分に魔法を使えないではないか!」
「そうなります。そして、今までモズズ様が使っていた【異世界間通路】に欠陥があると、世界神よりも更に偉い方からの遣いの方が指摘されました」
「……うむ? アレに不具合が?」
「ええ」
「その通りじゃ」
ヴィオネッタとモズズ氏のやり取りに、ミドリが介入する。
「ワシはとてもとても偉い方の遣いで、今はミドリと呼ばれておる。お主が使っている【異世界間通路】、重篤な欠陥があるのでな。それを知らせて、修正が完了するまで使わせない為に、ここに来ておる」
ギュルンと、オレの腕に巻き付いて、尻尾をビチビチ跳ねさせながら語るミドリ。
「しかし、完全に動作しているし、今まで20回以上使っていても、何ら不都合は生じていないが?」
「それは見た目だけじゃ。目に見えない場のエネルギーが、回廊を通ってこちら側の世界に流れ込んでおり……」
それからの説明は、長くて退屈になったので覚えていない。
研究馬鹿のモズズ氏と議論を行えるほど、ミドリは博識なんだなぁと改めて認識しただけだった。
その後、【異世界間通路】のどこが欠陥なのかを具体的に探る為、オレが協力することになった。
精神魔法を使って、モズズ氏の魔法発動の際のイメージを読み取り、それを光魔法で投影する。
「やはりイメージが不完全じゃな。回廊を通る際、『膜のようなもので覆って、必要最低限の物質や空間の移動に留める』ようイメージするのが、不可欠じゃ。同じような効果があれば問題はないが、今の説明で分かれば行けるじゃろ」
「それは、こんな風な?」
オレが、自分の中で出来たイメージを、光魔法で早速投影する。何気に便利だ、光魔法。
枠で区切ったところに魔力の膜を作り、その場所を抜ける際は膜が付き纏って周りの空間から人物を隔離、離れた異世界(イメージ)への出口を潜ると膜は弾けて消えて、移動が完了すると言うモノだ。シャボン玉的と言えよう。
「うむ、大体そんな感じじゃ」
「……なるほどのぉ。いやいや、今まで知らんかったが、世界の見えざるエネルギーなどとは、考えたことも無かったわい」
随分と御機嫌なモズズ氏。新しい知識を得られると、満足するタイプか。
フーケンバケットの郊外の屋敷の裏庭で、魔法のテストをしてみることになった。
本来なら異世界と繋ぐが、同じ世界での空間を繋げる【空間接合】で以って、このイメージ通りに発動出来るか確認する。
「『ここはそこに、あそこはここに。SpaceJoint【空間接合】』」
まずはオレが、【空間接合】の魔法を2度使って空間を繋げた。片方は通常のイメージで、もう片方が先ほどの『膜』を付与するイメージでの魔法となる。
4ヶ所現れた黒い円の一つに入る。対応するもう一つの黒い円から、何事も無くオレが排出された。
続いて別の黒い円へと入る。円に触れた際に少しばかり抵抗があり、自分の周りに変な空間が出来たのを感じる。そして最後の黒い円から出て来た時に、パッとその膜が消えたのが分かった。
「……こんな感じで良いのか?」
「上出来、上出来」
「ふむ、なるほどな。次は儂が同じイメージで同じ魔法を使って、同じような結果になれば良い訳だ」
今度はモズズ氏が魔法を使う番だ。使う際のイメージが変わるだけで、実際の効果も変わって来るってのは、魔法って凄い修正力だよなぁ。
「『彼と此れ、繋ぎ合わせて一つ所に。SpaceJoint【空間接合】』」
何だか雅な感じのする魔法の文言だったが、無事に発動したようだ。
オレが恐る恐る入ってみると、すぐにもう片方の黒い円から出て行けた。やはり少し引っ掛かりがあり、出て来た際に自分の周りで何かが解放されたのが感じられる。
「これは……成功かな?」
「そうじゃの」
「ふぅ。新しいタイプでは、これほどの魔力量を消耗するとは……数メートル先でさえ、一度の行使がやっとだ。コウサカ殿の魔力量には呆れ返るばかりだな」
どうやら、モズズ氏の魔力量はそんなに豊富では無いようだ。
「これでも、魔力量はかなりある方なのだがな」
訂正。オレが逸般人なだけだった。一般人を逸脱しちゃってるゥ!
最近また、魔力量が一晩じゃ回復し切らなくなって来たんだよな。モルティナさんに、もっと高性能な集魔素の魔道具を作って貰わねば。無理かな? 無理かも。
「でも、これで魔力量が切れるんじゃ、【異世界間通路】はとてもじゃないが使えないんじゃ?」
「そこは、魔道具の補助と、潤沢な魔石があってこそ、だな」
ふむ。つまり、普段は魔力量が足りなくて使えないような魔法を、魔石などの補助を用いて使っていると。
オレみたいに普通に使えちゃうならともかく、そんな事情があるなら魔石類をしっかり管理すれば、無断で【異世界間通路】を使われるようなことは早々なさそうだな。
一応、皇帝の命令で禁止させるんだが、この手の研究バカは、命を懸けて命令無視することがあるから油断出来ない。
少し休憩を取った後、モズズ氏には最後の【異世界間通路】を使って貰うことになった。魔石はオレが提供。
場所は、オレたちが最初に居た石造りの砦。過去に【召喚】魔法を使っていた場所でもあるそうだ。
その為の補助の魔道具が存在し、現在も改良して【異世界間通路】の魔法の補助に利用しているらしい。石を組んでアーチ状にした門を、金属で後から補強してある。
土台に複雑な紋様が刻まれ、沢山の魔石が嵌め込まれている。触ってみると魔石は内蔵魔力量がほとんど空になっていたので、オレが保持している物で大きさが似ているのを取り出し、交換して行く。『神の迷宮』の20階前後で取れる魔石の大きさだ。
準備が整い、ヴィオネッタの部下のナルカンと言う人に、オレの魔力を込めた魔石を持たせた。地球に埋めて来てもらう為だ。
濃度が薄いのを複数、濃いのを一つ用意してあり、濃い魔石を頂点とした三角錐の位置で地面に埋めて貰い、座標を把握する。モズズ氏から聞いた、座標を把握する為の技術だ。相対的な位置による形状を利用すると言うのは、思い付かなかった。積極的に取り入れるべし。
ヴィオネッタやオレ、ミドリの立ち合いの下、モズズ氏に【異世界間通路】を使って貰う。
「『夢幻の彼方よ、今しばし繋がり回廊と成せ。AnotherGate【異世界間通路】』」
土台と一体となったアーチ状の門に触れ、モズズ氏が呪文を唱える。組み込まれた魔力回路が起動し、複数の魔石が輝く。
重々しい音と共に、門の内側が黒いナニカで満たされた。
「起動、したな。これまでと差異はないか?」
ミドリがモズズ氏に質問、いや詰問する。
「表面上は何も。膜の性質を新たに付与した為、その分境界線が若干違って見えるが、正しく動作している可能性が高い」
専門家によるチェックが軽く行われ、騎士のナルカンさんが門へと近づく。地球でも問題なさそうなラフな服装で、大きめのスコップを持っている。地面を掘って魔石を埋める為だ。
慣れた様子で、【異世界間通路】の魔法の効果時間内に、その身を門へと潜らせた。
「……あんなスコップ、この世界にあるのか?」
「向こうの世界で買った物と聞いてるわ」
オレの独り言に、ヴィオネッタが答えてくれた。
ナルカンさんが戻るまで、若干暇な時間が出来たので、ヴィオネッタに軽く話を聞いてみる。
どうやら彼女たちの最初の転移先は、アリストラティと言う所だったらしい。どこ? ギリシャ? ふーん。
「この魔道具となっている門自体に、回廊の座標指定が無い場合、そこへ繋がるような安全機構が組み込まれているようじゃ」
ミドリ、いつの間にそんな分析を。
しかし、何だってそんな仕組みがあるんだろう。
「『神の迷宮』で取得した情報にもあるが、元々この惑星に住む住人は、動植物含めて地球から持ち込まれたものだからの。人間の強制移民の時期は、大体1万年ちょっと前らしい」
今はもういない、この世界の創造神さん……何してるんだ。
「強制移民って」
「まあ、拉致じゃろうな」
碌なことしてないよ! やってること、ヴィオネッタたちと大差ないじゃん! いや、規模が大きそうだから、もっと悪質かも!?
子は親に似るって言うしね。すげー納得だわコンチクショウ!
「連れて来られる前に住んでいた場所への、帰巣本能と言うべき何かが、この魔道具の門の一部に組み込まれている様子じゃ」
なんつーか、怨念とか籠ってないだろうな?
「……それは初めて聞いた」
ヴィオネッタの声が震えている。
「元は同じ人間? そんな……そんなこと、知らなかった!」
「別々の進化を遂げたのなら、ここまで似ている訳があるまいて。異世界で文明を持つ存在が、互いに子を為せるほど仕組みが近しい確率なんて、ゼロに等しい」
うーん、まあ、そうなのか?
良くあるタコやイカみたいな異星人相手だと、色々無理かなって思うけど。
「それはそうと、そろそろ時間ではないか? ミツル」
「あ、そうだな」
右手を前に突き出して、ちょっと中二病っぽいポーズを取る。
そして、オレの魔力を多めに込めた魔石……この世界ではない、地球にあるそれを感じ取ろうとした。
瞑想するかのように目を瞑って集中し、10分近く経って辛うじてそれを見つけた。
細い糸の先にあるような、頼りない光の筋。それを手繰るようにして、魔石の座標を把握した。
「『夢幻の彼方よ、今しばし繋がり回廊と成せ。AnotherGate【異世界間通路】』!」
左手も前方に構えて、両手に力を籠め、魔法の文言を唱える。
アーチ状の門にではなく、オレのすぐ傍、2メートルほどの場所にゲートを開く。
同時に、体内から魔法力がごっそり消費されるのが分かる。【瞬間移動】10回分以上、30回分未満と言ったところだろうか。
「……戻りました」
騎士のナルカンさんがその黒い円のゲートから出て来て、帰還報告をしてくれた。
「お疲れ様」
とにかく、これでオレも地球への【異世界間通路】を使うことが出来るようになった。場所は、高尾山の中らしい。
まあ、オレ自身は帰ること無いけどな。そう言う契約をミドリとしてしまったし。
モズズ氏の居た屋敷のメイドさんに、焼き菓子の詰め合わせを3セットほどあげたら、大喜びされた。
自室へと戻ったモズズ氏を見届け、オレはウェントの屋敷へ帰ることにする。
「じゃあ、頼んだぞヴィオネッタ。拉致被害者たちを纏めて、帰還の希望とかを簡単で良いから聞いておいてくれ」
「はい」
「まだ精神魔法の練度が足りなくて記憶が消せない以上、地球へ帰還させることは出来ないけどな。出来るようになってから慌てて聞くよりか良いだろう」
もし地球へ帰るのであれば、異世界でのことは綺麗さっぱり忘れて貰う。それが条件だ。
記憶の完全消去はかなりの難易度らしく、ちょっと齧っただけでは<臨界突破>しても出来ないみたいだった。
「あの、私なら、記憶の簡単な改竄なら出来ますが……」
ヴィオネッタの精神魔法の練度は高い。モズズ氏の空間魔法ほどではないが、若くして達人の域だ。
「いや、それだと極稀に記憶が戻ることがあるみたいだしな。記憶の封鎖みたいなものだろ? あと、疑似記憶の埋め込みか?」
「え……ええ、そうですね」
「完全に消し去ってしまわないと、安心出来ない。今のところ、技術ではなく魔法でしか異世界間の移動が出来ない以上、まともな交流が出来ないんだ。無駄な記憶で煩わせることは、望まない」
ってミドリが言ってた。オレはその言葉を繰り返す、鸚鵡みたいなもんだ。
ちなみに文明が発展すれば、技術で異世界への移動は一応可能らしい。魔法はその敷居を大きく下げてしまうチートみたいなものだから、魔法が一般的では無い世界では、ある程度文明が発展し切るまで異世界との交流は推奨出来ない、と言う事情があるみたいだ。
詰まるところ、面倒臭い。
まあ良いや。じっくりやって行こう。
ヴィオネッタやイルセス殿下に後を任せることにし、【瞬間移動】でオレはフーケンバケットから去った。
モズズ・ジ・ニアス 年齢:74
精神14 魔力16+4 魔力量56+40=96
<空間魔法>(中)
空間魔法9、土魔法3、水魔法3、火魔法3、風魔法3、光魔法3、闇魔法3、念動魔法3
結界魔法3、魔力増強4、魔力量増加4、魔法拡大3、魔法並列2、魔法遠隔3
無詠唱4、詠唱短縮4など




