003 加護と天恵
加護とは、主神の恩寵の御意思の発現であり、人が授かった聖なる力である。
存在が初めて確認されたのは聖暦5年とされ、以来400年近く、世界神アン・サン様の御加護は絶えることなく我々に齎されている。
亜人や魔族にはこのような加護は無い事から、「人間のみが主神に愛されし種族だ」と声高に主張する一派もある。
加護の強さは三段階あり、それぞれ百人に一人、一万人に一人、百万人に一人程度と推測される。最も篤い加護を得られた場合、その加護の分野では歴史に名を残すことが確実、とまで言われている。
また、加護とは異なるが、古くから「天恵」と呼ばれる特殊な力があり、これは弱い加護の発現頻度よりも希少と考えられている。
【使命】の魔法をオレたちに掛けたコリオル司祭が部屋から去り、中年と若人の男性二人が入って来た。中年の方は、少し前にヴィオネッタとヒソヒソ話して出て行った人物で、若人は木桶に半分程度の水と雑巾、大きな麻袋を持って来ていた。
どうやら片付けをするようで、名も知らないオバサンの遺体を麻袋に入れ、肩に担いで行く。
そんな作業を横目に、ヴィオネッタが側近の一人へ指示を出す。部屋の隅に置いてあった1メートルほどの台座を、男の一人が持ち上げて部屋の中心へと運んだ。ヴィオネッタがポケットの中から袋を取り出し、そこから更に、10cmほどの水晶球みたいな透明な玉を取り出した。
上質そうな袋を四つ折りにし、台座へ敷物代わりに置いてから透明な玉を置く。
「オーブに手を翳して『開示』と念じなさい。言語は問わない。例えば英語で『open』でも問題なく動作するわ」
初めに行ったのは、体育会系っぽい男性だった。記録を取るらしく、名前を告げるように言われて五十嵐武司と言う名前が判明した。御年25歳。イラネ。男の年齢情報なんざ、要らネーッ!
五十嵐さんが「開示」と呟くと、オーブの上30cmくらいに、垂直に半透明な3Dディスプレイみたいなのが出て来て、<日本刀>(中)と『アイテムボックス』(大)が表示される。
ヴィオネッタとその仲間たちが揃って目の色を変えた。
「ちょっと、中級加護よ! レアよ、レア。しかも天恵も! 伝説の『アイテムボックス』(大)よ!」
「いやはやこれは……。確かジャパニーズ・サムライの武器でしたか?」
「異世界の武器の加護ですか。これは戦闘に期待出来ますね」
お、おう。このはしゃぎ様は何なんだろう? あれか、ガチャ等でSSRが出た時のテンションに近い気がする。次の人が加護と天恵を調べるまで、少しばかり時間が掛かったのは御愛嬌……。
で、判明した加護を簡単に羅列すると、
<日本刀>(中) 『アイテムボックス』(大)
<料理>(小) 『アイテムボックス』(小)
<火魔法>(小)
<弓術>(小)
<錬金>(小)
<兵法>(小)
<盾>(小)
<計算>(小)
<司書>(小)
<言語>(小)
こんな感じだ。オレの加護は―――無かった。正確には『アイテムボックス』が表示されたのだが、天恵の為、加護では無いそうだ。
あと、オレの『アイテムボックス』は無印。何ソレ強いの?と聞いたら、「逆。微妙。劣化版」と返された。死にたい。
『アイテムボックス』の使い方は、アイテムボックスと念じれば良いらしく、簡単に出来た。何で英語?と思ったが、別に『道具箱』と念じても出来たから、言語は融通が利くようだ。ひゃっほい!
『アイテムボックス』(大)の天恵持ちの五十嵐さんと、小の天恵持ちの草薙さん、そして無印のオレ、高坂ミツルがそれぞれ念じると、利き手とは逆の左手の、上方10cmほどに黒い空間が出現した。
五十嵐さんは直径50cm、草薙さんは直径20cm、オレ、1cm。え、何これ差別!?
ヴィオネッタ曰く。
「『アイテムボックス』は亜空間に物を入れられるわ。空間魔法でも近いことが出来るけど、出し入れに魔力量を消費するから、あまり気軽に使えないらしいのよね。種類は大小と無印の3種。大だと50種×50枠分、1枠あたり50kg、小だと20種×20枠分、1枠あたり20kg。無印は魔力依存みたいで、平均的な魔力の持ち主だと10種×10枠、1枠10kgと判明してる。一つの枠の基準を超える場合、重さに応じて複数の枠を占有するわ」
おいおい、大だと最大125トン、小でも8トン、無印は1トン運べるじゃないか。チートだチート。
「『アイテムボックス』持ちが3人居たが、これは普通なのか?」
「……いえ、この世界では『アイテムボックス』の天恵は極めて希少よ。保持者が居ない国なんてザラ。地球人だと比較的多い傾向が見られるけど、今までの経験からすると百分の一前後。日本人はちょっと異常かもね。今度アメリカとかEUにも手を伸ばす予定だったけど、先に日本の中学・高校生でサンプルを取ることにしましょう」
それって更なる拉致じゃねーか。目の前で新たな犯罪の計画が練られていたが、今のオレたちは卑しい奴隷。ぐぬぬと歯軋りするしかない。
ちなみに、アイテムボックスの黒い空間に手を突っ込むと、ここではないどこかに繋がっているのが何故か分かった。自分の身体の延長線上のように扱え、嫌悪感や忌避感は感じなかった。謎空間なのにな。
ふと思い付き、ポケットから小銭入れを取り出して、10円硬貨を1枚黒い空間に触れさせる。すると、ニュルリと吸い込まれるように入って行った。次に100円硬貨を入れようとしたが、今度は入らない。グイグイと黒い空間の前で、ゴムみたいな感触で弾かれてしまう。
続いて黒い空間から10円硬貨を取り戻し、今度は1円玉を2枚入れようとするが、弾かれた。1枚だけだと素直に入れたり出したり出来た。
最後に硬貨を全て財布に戻し、そのまま一纏めに黒い空間に触れさせると、問題なく入った。さすがに1kgも無いからか。一つの括りなら入っちゃうことに、ちょっとばかり理不尽さと言うか不思議さを感じた。
「ぷっ。普通の人の十分の一程度しか魔力が無いみたいね」
試行錯誤していたのをヴィオネッタに見られていたらしく、実験結果を知られて嘲笑を受けた。クソが! アイアムアングリー!!
凄いむかつくが、しかし不興を買うとあっさり殺されかねない。精一杯の抗議として、憮然とした表情を見せるに留めた。
加護と天恵が判明し一段落したが、ヴィオネッタはこの場で、この後の処遇をザックリと決めるらしい。独り言を交えながら、取り巻きの一人の銀髪男性へと考えを伝え、書き留めさせていた。
「料理とアイテムボックスの二つを持つのは、オークションで売れば凄い高値になりそうね」
「はっ」
「そうね、彼は奴隷商にオークションで売るよう指示しましょう。8:2で利益を分配が妥当かしらね。武器の加護と『アイテムボックス』の二つを持つのは……ええと?」
「イガラシ、と言うそうです」
「そう、イガラシ、ね。長い付き合いになりそうだから覚えておきましょう。彼は勿論我が国がキープよ」
使いでがある加護の持ち主は、そのままこの国で働かせるそうだが、そうでない者は奴隷商を介して売り払って資金にするらしい。具体的に言うと、オレ、料理持ちの草薙さん、錬金持ちの駒沢さんの3人だ。
「言語の加護持ちは微妙なのよね。男なら売り払うところだけど、若い女性で顔も悪くない……娼館行きね!」
「えっ!?」
紅一点の芝浦朱美さんは、強制的に娼館決定のようだ。奴隷だし、中世並みで人権が尊重されない世界じゃ仕方ないね。美人と言うよりかは可愛いと言う言葉が似合っている彼女は、きっと人気が出るだろう。当人にとっては有り難くなさそうだ。
「それって、何とかして貰う事は出来ないか?」
おっと、ここで期待のホープ、五十嵐さんがヴィオネッタに提言して来た。
「彼女が余りにも不憫だ。今日初めて会ったとは言え、若い女性に売春を強制させることになるのを見過ごすのは、気分が頗る悪い」
「ふーん? 彼女は……そうね、小金貨50枚から100枚ってところかしら。イガラシ、貴方がこれを支払えると言うの?」
「……すぐには無理だろう。だが待って貰えないだろうか? 話を聞く限り、私の加護は強いもので、戦闘に適した技能だ。貴国にかなりの貢献が出来るらしいと推察するのだが」
「それで、こちらのメリットは?」
「私のやる気が違ってくる。彼女の貞操と安全を保障してくれれば、その為に貴国の敵を―――殺すことも厭わない」
五十嵐さんの目に、剣呑な光が宿る。オレも結構、いやかなり目が怖いと言われるが、殺意が乗った視線は一味違う。
「フフッ、自己満足ね。恋人でもない女性を救って、ヒーロー気取り? 尤も、貴方はどちらかと言うと、人殺しを楽しむ性質だと思うけど」
魔女が薄く笑う。五十嵐さんは苦笑いを浮かべるが、否定はしなかった。おいおい、ちょっぴり怖いぞ!
「……一年」
「ん?」
「一年の猶予を設けるわ。それまでに小金貨200枚分以上の働きを見せたら、更にその先も考えましょう」
「交渉成立ってことか?」
「クドイ。彼女には、軍の食堂で雑用でもやって貰う事にするわ」
それを聞いて、当事者の芝浦朱美さんは嬉し泣きをしながら、五十嵐さんに頭を何度も下げていた。ちなみに沈黙の魔法については、1分ほどで効果が切れていたらしい。小声での雑談でそう漏らしていたのを耳にした。
「ところで。他の売られる予定の有象無象も助けるかしら?」
顎を刳って、魔女はオレたち販売予定の奴隷を指した。
僅かな戸惑いと悩みの思考を経て、五十嵐さんは答えを導き出した。
「男なら、自力で頑張れ」
親指を上に立てたハンドサインを、こちらに向かって突き出す。まあ、そうなるな。
若い女性だからこそ助けたいと言うのは男として普通だし、見知らぬ男どもの為に無駄に命を張る意義は、早々見出せるものではない。そんなことするのは命知らずの馬鹿か、ただの勇者だ。
斯くして、草薙さん、駒沢さん、オレの三人の男は奴隷として売られる運命になったのだった。
高坂ミツル 年齢:24
精神11 魔力1 魔力量0.11 『アイテムボックス』 計算3、水泳2など
芝浦朱美 年齢:23
精神10 魔力8 魔力量6.4 <言語>(小) 鍵盤楽器3、演劇2など
技能のLvについて
1Lv:手解きを受けた程度。習得に掛かる時間は、10分~10時間
2Lv:少し慣れて来た程度。車の免許取得目安。1時間~100時間
3Lv:日常的に慣れている。10日~3年
4Lv:かなり上手い。1ヶ月~10年
5Lv:その道で通用する。半年~30年
6Lv:プロの中でも中位以上のクラス。3年~
7Lv:その業界でもトップレベル
8Lv:10年に一人の逸材
9Lv:世紀の大天才
10Lv:信仰対象になり得る
種類は千差万別(例:耳かき、口笛、縄跳び、靴磨きなど)
「運動」や「重量挙げ」のように大雑把な括りや極めて限定的な技能もある。限定的な方が、Lvが低くても効果が高い
表記はあくまで目安。また、実際に数値が見える訳ではない
加護:加護の対象技能は生まれた時にランダムで決まるので、有用な技能の加護を得られること自体が少ない。その点、地球人は世界を跨いだ際の状態を考慮して付与されるので、加護自体が付き易い上、有能な技能が加護対象になり易い
天恵:感情共感、俊敏、頑強、魔力過多、方位感覚、時間感覚などがある。アイテムボックスはレア扱い