020 牛鹿
王都レーンの傭兵ギルド、兼・狩猟ギルドで出会ったメアリーと言う名のなかなかの美人。
スカートじゃないのは残念だが、前衛っぽいのでそれは無理と言うものか。
「わ、わわわ私はッ! べべべ別に姫様なんかではないぞぇ?」
アレェ? 何で動揺するんですか。ちょっと『姫様』呼びしただけなんだが……。
「おい、兄ちゃん。メアリーの嬢ちゃんを揶揄うのは勘弁してやってくれ」
「そうだぞ! 嬢ちゃんは一応王族だが、身分を隠して働いてるんだからなッ」
「おいおい、それは公然の秘密なんだから言っちゃダメだろうが!」
「あ! いっけね。御免な、メアリーの嬢ちゃん」
プルプルとメアリーさんが震えてらっしゃるぞ!
「そうやって口が軽いから、皆私のこと知っちゃってるんじゃないですかー! もうヤダー!」
顔を真っ赤にして蹲ってしまわれたぞ。誰か御慰めせよ! ……居ないのか、そんな慈悲のある奴は。
彼女の肩を叩く。少しこちらに顔を向けてくれた。
「ちょっと遅いが、昼飯でもどうだ? そこで話を聞くくらいはして良いぞ」
「……ありがと」
ファフレーンの王族は、意外とフランクかも知れない。
誘ったのはオレだが、今日来たばかりの街に、知ってる店何ぞある訳も無く。メアリーさんに頼んでお勧めの場所を教えて貰った。
「『赤壁亭』だ。ここの食事は腹持ちが良くてな、割と利用するんだ」
適当にお勧めを頼んだところ、出て来たのはニョッキみたいなのに色々なソースを掛けたものだった。うまうま。しかし―――
「庶民的過ぎて、王族には見えないな」
オレがつい本音を零すと、メアリーは苦笑して教えてくれた。
「認知はされているが、妾の……と言うか御手付きになったメイドの子どもでな。母さんは優しかったけど、特に後ろ盾も無く、半ば放置されている状態なんだ。正室に後継者の兄様方はいらっしゃるし、側室にも御姉様方がいらっしゃる。私はしがない三女と言う訳さ」
「ふーん」
どうでも良い。
「そんなことより、仕事の話だろ。ほら、魔物がどうとか」
「そんなこと……私の出生の話がそんなこと……。ですよね、私なんて……」
面倒臭ぇなぁ。あっ、店員さん。このミートソースのをもう一皿お願い。デザートにフルーツの盛り合わせも。
「実はだな、ここから徒歩で2,3日離れた村々で、バイコーンと言う魔物が群れで確認されたのだ。放置しておくには危険だけれど、まだ実害が大して出てなくて依頼料も安いのだが……。頼む! 大きな被害が出る前に、倒して欲しい!」
「うーん、どうしようかな。あ、ちなみに、地図はあるか?」
「簡単な物なら」
そう言って、子どもの落書きレベルの地図を出して来た。位置関係は分かるし、距離もそんなに間違ってはないだろうから問題はない。近代以前は詳細な地図とか、軍事機密だったしな。
オレの手持ちの地図に、必要な情報を書き写しておく。ミドリ監修の正確さに拘った一品だ。
「ここと、ここ、あとこっちの村の近くで目撃情報があったらしい。それが一週間前だから、最悪もう、被害が出てるかも……」
少し暗い顔をするメアリー。
「バイコーンって魔物はどんな姿で、どれくらいの強さなんだ?」
「バイコーンは、二本の大きい角を持った黒い鹿に似た魔物だ。普通の鹿よりも二回りほど大きく、体高だけで3メートル弱にもなる。雑食で気性も荒く、特に女子供の肉を好むらしい。入って来た情報では、家畜が何匹か被害にあったとか。強さは、単独ならランクCと同程度とされる。今回のは10頭前後以上と予想される群れなので、ランクBからB+の基準になりそうなんだ」
「ふむふむ。そうだな、それと……オレに別途頼むくらいだから、追加報酬くらいはあるんだろ?」
「あっ……」
何だ、その『今初めて気付きました』な表情は。あれか、考えるより先に行動しちゃったのか。
「報酬は、その……私の稼ぎの中から幾らか」
「討伐依頼の料金は安いんだろ? それとも蓄えでもあるのか?」
「た、蓄えなんてある訳が……! その、質実剛健と言うか、自分の分は自分で稼げが家風なもので」
まあ、一地方の勢力ってだけだからな、ファフレーン王国も。実質的な金銭なら、豪商とかの方が持ってる可能性すらある。そして妾の子。清貧と言うべきか、貧乏と切って捨てるか。
周りが食事や歓談で賑わう中、オレたちのテーブルは沈黙が降りていた。
「……身体で払う」
「は?」
「私の身体を使って払うと言っているのだ!」
何を言っているんだ、彼女は。
「肉体労働で対価を支払う。……の、望みとあれば、ちょっとくらいエッチなことも……。あっ! 処女だけはダメだぞ!? 王女として、それだけは軽々しく失う訳には行かない……ッ」
エッチなことには大変興味がありますが、色々と面倒なことになりそうだから自粛しておこう。ちなみに……
「処女ってことは、前の方だよな? 後ろの方は構わないのか?」
「う、後ろ!? 前? 一体、何を言っているのだ!?」
あ、うん。性的な知識の量は、かなり少ないと見るべきだね。耳元で囁くように、後ろの詳細を懇切丁寧にじっくりネットリ解説する。
「え? え? 不浄の穴を……? そんなことに!? 嘘でしょ? え、慣れれば前よりも気持ち良く……?」
赤面してもじもじするのが初心で可愛らしいのだが、罪悪感も覚える。
「まあ、そんな方法もあるんだが……」
「……か、構わん! 前の貞操を守って貰えるなら、お尻の方は捧げても……ッ!」
自分で話振っておいて何だけど、開けっ広げに言うことじゃないよね。周りの目が気になる。
「オレとしては、メアリーの……」
「わ、分かってる! 必ず約束は果たそう。だが! 少し待って欲しい。心の準備と言うか、覚悟がだな……」
「キス程度で手を打とうかと思うんだが。おーい、聞いてるかー」
時間が経って冷静さを取り戻した彼女は、勘違いさせたことに拗ねてしまい、機嫌を取り戻すのに随分と苦労した。
食事と御話を終えたオレたちは、ハンターギルド、兼・傭兵ギルドへと戻って来た。
「ほ、本当に、わ、私の……その、キスだけで良いのか?」
「お姫様のキスなら、金貨10枚くらいの価値はあるんじゃないか? メアリーは可愛いしな」
「そ、そうか! か、可愛いか……!」
「むしろ、オレみたいなのにキスするのは嫌なんじゃないか? もし死んでも嫌とかなら、この話は無しってことで、この依頼も受けないけど」
そう言って、貼り付けてあったバイコーン討伐の依頼票を持ち、ペラペラと靡かせる。
達成時に小金貨2枚って……ランクB以上推奨の討伐としては滅茶苦茶安いんじゃないか?
「も、問題ない! ミツルにキスするくらいなら、幾らでも良いぞ!」
周りの傭兵やハンターたちが、キスと聞いて色めき立った。この殺気の方が問題だ。
ともかく、御姫様の同意を得たので、窓口に依頼票とギルドカードを持って行き、討伐の申請を受理して貰った。
「それじゃ、明日の朝8時頃、街の西門前で」
「ああ。……ミツルはどこへ泊まるのか、聞いても構わないか?」
「ん? 泊まるのは、ここらでは無いんだけど……場所を借りて、テントを立てるつもりだ」
「テント!? ……その、だな。私が今住んでいる家は、広くはないが、一人くらいなら泊められるのだが、どうだ? あ、乳母の生家で、彼女も母も数年前に他界していて、私が引き継いで一人で暮らしているだけなんだ!」
仮にも王女を、そんな所に一人で住まわせるなんて、放り出し過ぎじゃないですかね、ファフレーン王家。
「だ、だから、金が無いなら、う、うちに泊まって行ったらどうかな? なんて……」
「金があるのは、少し前に魔石売ったのを見て知ってるだろ」
「……はっ! そう言えば! なら、なぜテントを!?」
「事情があってね。誰にも話さず秘密にすると言うなら、教えても良いぞ」
「秘密? うーん……」
「ちなみに、喋ったら死ぬ呪いを掛ける」
嘘八百。呪詛の技能は習得したけど、<臨界突破>を利用してもちょっとした痛みを発生させるだけだ。
その点、死にかねない痛みを発生させられるあの司祭の存在って、何なんだろう。絶対まともじゃない。
「死ぬ呪い!? そ、それはちょっと……」
「とにかく、庭でもあるなら、テントを張る場所を貸してくれれば助かる。正直、信頼出来る人を探すのも手間だしな」
「ま、まあ、狭いけど小さめのテントなら張れる、かな?」
案内してくれた家は、スラム街にほど近い場所だった。庭も広くなく、と言うか狭くてテントを張ったら余地がないほどだ。
「じゃ、また明日に。ここからなら7時半に出れば、約束の時間に間に合うか?」
「ああ、うん。そうね、それくらいで……」
「なら、ついでだし、明日の集合はこの家の前でってことで。庭、貸してくれて有り難うな!」
礼を言って、テントの中に入る。
テントを出した際に『アイテムボックス』を見せたので、その衝撃もあってメアリーはしばらく呆けていたようだが、少し経つと家に入って行ったようだ。
オレは【瞬間移動】の魔法を使い、ウェントの屋敷へと戻った。
「随分遅い御帰還でしたね」
予定外の行動だった為、戒が話を振って来る。
「ああ。王都レーンで討伐依頼を受けることになった。バイコーンって魔物だ」
今日あったことを軽く話し、討伐が完了するまで予定とは違ったスケジュールになることを伝える。
「明日の朝は早めに出る。昼食用の携帯食も2,3人分用意するよう、料理長のケイスに依頼してくれ」
「はっ、畏まりました」
料理長と言っても、料理担当は一人だけどな。下拵えは別として。
「もしメアリーと言う女性と親しくなりたいのでしたら、向こうで食事なども取られた方が良いのでは?」
「ああ、ないない。王族だしな、ノータッチだ。報酬のキスは、まあ、ノリだ」
手をヒラヒラとさせ、その気が無いことを伝えると、戒が苦笑する。
「その女性が、ミツルのことを意識してしまうだろうと思うと、少し不憫ですね」
こっちもそれなりに意識してるが、攻略対象外認定して締め出してる。念の為、あとで花街に行っておこう。
翌朝、憮然とした表情のメアリーと合流し、街の西門へと向かう。
「どうした。御機嫌斜めだな」
「テントを張るだけ張って、どこへ行ったのだ? 少し心配していたのだぞ」
頬を膨らませて抗議して来る。
「言っただろ? 秘密だって。知りたければ改めて言ってくれ。呪いを掛けてから話してやるから」
「死ぬ呪いか? 余程高度な呪詛で無いと、そのようなことは出来ないと聞いたが」
「そろそろ門だな」
「……そう言えば、馬は借りて行かないのか? 村へは、馬車を使っても丸一日掛かるぞ」
具体的に言うと100kmほどかな。オレの足だと、1時間半ほどと想定している。
「どうするのだ? 馬も借りず、馬車も無く……歩いて行くのか? ま、まあ二人旅と言うのも悪くないか」
ひょいっと。メアリーを文字通り御姫様抱っこにして持ち上げる。
「ふぇっ!? な、何をする気だ!」
「あまり喋らない方が良い。舌を噛むぞ」
脚を重点的に、身体を魔法で強化する。走る速度は、時速で70kmほどだ。
「なっ!? なっ! なーーーっ!! ……うぐっ」
「ほれ見たことか」
「んー、んんーー!」
初めの数分は驚きで緊張していたようだけど、そのあとは諦めたかのように力が抜けていた。
「馬より早いとか、驚きを飛び越して呆れ果てた」
「そうか?」
無事に村の一つに辿り着いた後は、バイコーン討伐を受けたと報告がてら、村長に挨拶する。
この村は、近くにやや大きめの水場があるんだよな。バイコーンの目撃情報もその付近らしいし。
今日中に発見出来たらラッキーだろうが、期待はしないでおくか。まずは水場へ寄ってみる。気温はいつも通り30℃越え。暑いので水場で涼めるのはホッとする。メアリーは慣れているらしく、平然としてた。
昼時が近くなったので、弁当みたいなのを食べて過ごす。
彼女と相談して、午後は周りを少し索敵することになり、水場から草原へと向かった。その途中に、出ましたバイコーン。鹿の肉を貪る黒い巨大牛。体格がどう見ても牛。
「これ、牛じゃね!?」
「角が毎年生え変わるそうなので、鹿の分類らしい」
何その情報、要らないよ!?
あ、こっちを発見して、殺気を放ち始めた。
アイテムボックスから槍を取り出し、使いそうな技能を<臨界突破>、そして身体を10分間、100倍に強化する。気分は○王拳。
「身体持ってくれよ、100倍モード!」
「え、危険な魔法を使ってるの!? 無理しないでミツル!」
嘘です。単に言いたいだけだった。
彼我の距離は約50メートル。こちらに向かって突進して来るが、遅いのでオレから近づいて槍を一閃。首ちょんぱの出来上がり。
「まずは一頭!」
「凄い!」
仲間が倒れたのを見て、バイコーンたちは更に熱り立つ。視認出来るのは全部で9頭。
逃げられても困るので、遠いのから順に首を刎ねて行った。結果的に、螺旋を描くような移動跡になった。
5分弱でバイコーン10頭が肉塊になったのを見て、メアリーは棒立ちしている。
「……えっ?」
雑食なのが気になるが、バイコーンの肉は喰えそうなので、血抜きをしておこう。最初が肝心。
ロープで縛って、傷口を下にして近くの木へ吊るす。腹を裂いて内臓を取り出すが、喰えそうな物は水で洗って樽に入れた。
首も勿体無いな。地面に触れたところは水で洗って、土魔法で作った石板の上に乗せ、血が流れ出るのをしばらく待つ。アイテムボックスに収納し終わった段階で、メアリーが正気に戻った。
「ミツル、強過ぎないか? ランクBの腕前じゃないでしょ……」
「そりゃそうだ。『神の迷宮』で50階まで到達してるしな。それにしても、形見の槍を強引な使い方したからか、傷んじまったな」
「50階!?」
「魔法を使えば良かったが、そうするとミンチより酷い状態になるからなぁ……。肉が勿体無かったから仕方ないか」
村へ戻って、内臓の半分と小振りなバイコーンの身体3頭分を渡す。バイコーンが現れた他の村に、一頭分ずつ持って行くようにも、お願いした。内臓が食べられるのは、鮮度的にも場所が近い村の特権だ。
感謝の言葉を受け取り、お祭り状態になりそうな村をあとにする。
やや離れた所でメアリーを抱え上げ、目を瞑って貰った。
「も、もしかして、今ここで!? そ、そんな……まだ心の準備が……」
「『我が心ここに在らず。ならば我が身もここに在らず。teleport【瞬間移動】』」
メアリーの家に張ったテント内へと【瞬間移動】した。テントから出、彼女を降ろす。
「……ん? え、ここって……」
「じゃ、ギルドへ討伐完了の報告をしに行こう」
ギルドでの報告は、すんなりと終わった。バイコーンの身体はもう1頭分オレが貰うことにし、頭の部分は10頭ともギルドが引き取ることになった。6頭分の身体は、肉として処理されるそうだ。
バイコーンがしばらく現れない調査結果を以って、討伐完了報酬と、肉の販売額を併せたモノを、後日支払うらしい。
「さて。メアリーはその目で、オレがバイコーンを討伐したのを見たよな?」
「う、うん」
「依頼完了で構わないな?」
「……うん」
「じゃあ、キスしてくれ。まずは額に10秒。次に頬に10秒。最後に唇に10秒」
「…………」
「どうした? してくれないのか?」
「確かに約束した。約束したけど! こんな、皆が見てる前でなんて、無理よーーーっ!!!」
場所はギルドの建物の中。
ベテランたちが面白そうに、若手が羨ましそうに、こっちへ注目している。
「そうか。……やっぱりオレに何てキスするのは嫌だったか……」
「え!? 違っ、違うのよ! キスするのは全然構わないんだけど、ムードとかあるでしょ!?」
「いや、無理しなくて良いんだ。どうせオレなんて……」
「分かった! 分かったからッ! キスするから! してあげるから!!」
クククッ、計画通り。
「はい! 注目ッ!! それじゃあ皆さん、これからメアリーが、バイコーンの討伐依頼を見事こなしたオレに、キスをしてくれます!」
ヒューヒューと口笛や指笛などが鳴り響き、野次る声で煩くなる。飛んで来る殺気が、ある意味心地良い。
躊躇いがちに、メアリーがオレの額にキスをする。
続いて頬に。
最後に唇、の段階で顔を真っ赤にして蹲ってしまった。ちょっと弄り過ぎたか。
「無理、無理無理無理~~~っ!」
「残念! ディープでネチョネチョな大人のキスは、御預け! く~っ、仕方ないけど、本日はここまで! 『轟け、音。roar【爆音】』」
手を叩くと同時に、大きな音を出す風魔法を使い、一瞬皆の気を逸らす。その間に物影に隠れ、【瞬間移動】でウェントの屋敷へと戻った。
肉は冷やすべきだと、料理長ケイスからアドバイスされた。仕方ないので氷魔法をその場で練習。脂的な意味ではない霜の降りたバイコーンの身体は、後日肉料理に使って貰うことにする。
その夜、大量のバイコーンの内臓で料理を作って貰い、屋敷の皆で舌鼓を打った。
高坂ミツル 年齢:25
精神11 魔力786 MP67,957
氷魔法1(New!)
所持現金:2億2153万円相当




