105 リヌス領II
長くなってしまったので、二話に分けた結果です
2019/3/25 11:50若干改稿
オレが食事を楽しんでいる所に入って来たのは、若い魔族の男女だった。
いやまあ、この北の大陸に魔族以外がそう居る訳がないんだけどな。
「いつもの頼むぜ!」
「あ、私も同じのを」
「……ああ」
店長のオッサンは、やや不愛想に返事をし、オレのと同じメニューを彼らにも出す。
若者たちは一口、二口とシチューを口に運び、フルーツ入りのパンを齧る。
「うんまい! やっぱオッサンの料理は最高だな! さすが、首都ヌベの有名店で修行して、出戻りしただけのことはある」
「ちょっと。出戻りって良い言葉じゃ無いんだから……」
「お、ワリー、ワリー」
そんな風に、和気藹々と食事をしていた。
「今日もオッサンの特別料理を喰ったのは、オレが一番初めだな! 美味いけど、ちょっと値段が高いんだよなぁ」
オーナーが首を振っている。若者の言葉を否定しているらしい。
「ん? 違うって?」
オッサンがオレを指差す。オイコラ待てぃ! 人を指差しちゃダメって、小さい頃お母さんに習わなかったか!?
「何! 俺より先に喰ってた奴がいただと!?」
互いにカウンター席で食事していた為、距離はそれほど離れていない。3席分だ。
そんなオレに、若者が興味津々と言った感じで近づいて来た。
「目の付け所が良いな! ここの料理の味はリヌス領で一番と言っても過言じゃない。アンタ、名前は?」
「……ミツルだ」
「へー……って、魔族じゃない!? まさかアンタ、噂の魔王か!?」
傍に寄って来たことで、オレが普通じゃないと気付いたのだろう。注意深い人物なら、入店した時点で気付くレベルだが。
噂と言うのは、新聞や情報誌で出回っているオレにまつわるエトセトラだ。こんな店にも、数ページの薄めの新聞がカウンター脇に設置されている。
「二代目魔王を名乗っていたりはしているな」
「……そうか。ここで会ったが百年目! 魔族の勇者と名高い俺様が、魔王、貴様を成敗してくれるッ!!」
「え、勇者? 一体いつの間に?」
連れの女性の方が、勇者の魔王討伐宣言に戸惑っていた。まさか勇者って、今決めたんじゃないだろうな?
「貴様の命運もここまで! 今日ここで倒れるのだァ!」
そう叫びつつ、若者は腰に差していたロングソードを抜き放ち、こちらへ向かって構えて来た。
なお、ここは店内である。あと食事中だ。
「若人よ」
「勇者アルティ・リヌスだ!」
「……勇者アルティとやらよ。それを抜いたと言うことは……」
少し間を置き、力を込めて続きの言葉を言い放つ。
「己が殺される覚悟も出来ていると、見做して良いんだな?」
「うっ……。お、応! 武器を抜いた以上、命の取り合いは覚悟の上だぜ! 貴様も、俺の剣の錆になる覚悟は出来たか!?」
「……錆になったら、それは手入れ不十分の整備不良だと思うんだがな」
「問答無用! ここで倒れろ! いざ、俺の必殺剣、刺突夢幻斬撃を喰らえッ!」
嗚呼、なんてこった。至福の食事の時間を邪魔されるとは。
オレは怒りで、視界が真っ赤に染まったように感じた。
「時よ止まれ!(『我が身の時間よ、しばし加速せよ。accelerate【加速】』)」
心の中で【加速】の魔法を詠唱し、100倍ほどの時間加速を展開する。声に出した内容は、100%格好付けだ。
魔法の効果が発動し、若者の攻撃がオレへと至る少し前に、周囲の時の流れがゆっくりとなったように感じた。
焦らず余裕を持って席から退き、そのまま攻撃によって身体が伸び、隙が出来ている若者の懐へと無造作に入る。
【肉体強化】100倍を発動。
鳩尾へ肘打ちを喰らわせ、上へと打ち上げた。
スローモーションのように衝撃が伝わり、徐々に若者の身体が宙へと浮き上がって行く。
改めて見てみると、不思議な光景だ。まるでビデオをスローモーション再生しているかのような、非現実的な感覚になる。
2メートル近く浮いた所で、追い打ちで顎に掌底を喰らわせる。ちょっぴりジャンプしながらだ。
周りの人物たちからは、超スピードでやっているように見えるんだろうなと考えると、少し愉快に思えて来た。
そのまま掌底を喰らった頭は天井の板をブチ抜き、板挟みになって首で天井からぶら下がっている状態になる。
そこまで見届けたところで、【加速】の魔法の効果時間が切れ、周囲に喧騒が戻って来た。
「え? え?」
「な……に……?」
「今このニーチャン、凄い速さで動いてなかったか?」
「わーお」
カランカランと、若者の握っていた剣が床に落ちて音を立てる。
何気なくそれを拾って眺めると、なかなか良い造りの名品だった。天井にぶら下がってる若者の腰から、そいつの鞘を取り外し、剣を納める。
「おい、コイツの連れ」
「……えっ、私?」
「そうだ」
若者のペアの女性の方に、声を掛ける。
「この剣を返して欲しかったら、誠心誠意オレに謝罪しろと、コイツに伝えておけ」
そう言って、左手の上に30cmほどの黒い球体を発生させ、『アイテムボックス』へと名剣らしき物を収納した。
「わわっ! 分っかりましたぁ! 絶対に伝えます! 死んでも伝えます!」
「うむ」
ちょっと気分が回復して、鷹揚に頷く。
そしてそのまま元の席に座り、食事を再開した。
「……え? この流れって、普通店から出て行くんじゃないの?」
若い魔族の女性の疑問に、オレは答えてやる気は無かった。
食事を十二分に堪能した後、国の監査軍団へと合流し、軽く打ち合わせをする。
本格的に動くのは明日の朝、朝食が終わった頃と言うことになった。
いつものように座標の目安となるオレ魔石を近場の広場へと埋め、アインの街の屋敷へと戻って睡眠を取る。
翌朝、屋敷でいつもの草薙さんのブレックファーストをいただいてから【瞬間移動】で転移して来ると、少し騒がしかった。
「何かあったのか?」
「あ、魔王様。実は先ほど、功に焦った奴等が病院内に入ろうとしまして。それを咎めて来た向こう側と、諍いに発展してしまったんですよ」
記念病院を包囲していた兵士の一人に事情を尋ねたところ、こんな答えが返って来た。
うむぅ。どうしたもんか。
「このまま成り行きで突入しちゃう?」
「えっ? いや、ちょっと、魔王殿! 短慮はダメですって! 私が言うのも何ですが!」
オレの過激な発言に、声の届くところに居たらしい軍団の最高責任者が反応して、駆け寄って来る。
「でも、どうせ敷地内に入らなきゃ、進展しないだろ?」
「それはそうですけど……やり過ぎないで下さいよ?」
「善処する」
ちょっとは覚悟しておこう、ね?
両開きの大きな扉が開け放たれている病院の前では、暴走したこちら側の3人の兵士と、向こうの傭兵っぽいの10人ほどが睨み合っていた。
「おい! お前ら! ここの病院で何か良からぬことをやっていることは判明してるんだ! 大人しく調査させろ!」
「「そーだ、そーだ!」」
やや短慮な味方側が、煽りよる。
「証拠は無いのか! 用意出来なければ、正当性はない!」
「帰れ!」
「ここは病院だ。患者や見舞いの一般人も居るんだぞ」
向こう側は、至極常識的な対応をして来ている。
「証拠は……これから探すんだ! だから邪魔するな!」
「馬鹿を言え。証拠が無いのに私有地への侵入など、国の法律でも地方の法律でも認められていない。即刻立ち去られよ!」
残念ながら、病院側の方が正しく見えてしまうから困る。
相手の戦力を見定めようと視線を泳がせると、一人だけ雰囲気の違う奴がいた。明らかに強者のオーラを纏っている。多分。
「あれは?」
オレを追い掛けて来た軍団の最高責任者に、問い掛けてみる。
「ああ、あれが例の『ドラゴンスレイヤー』ですよ。なんでも、3人と言う少人数で風竜を倒した内の一人らしく、凄まじい槍の腕前だと聞きます」
黒っぽい外套に、黒いグローブ。ブーツも黒く、口元が隠れるようにシャツの襟を立てていた。
間違いない。コイツは……中二病患者だな!
そんな風にオレがレッテル貼りに興じていた所、横から大音量で割り込んで来る者がいた。
「ああああああああ! 昨日の! 魔王!」
見ると、食堂で伸してあげた若者だった。
腰には違う剣が吊り下がっているが、取り上げた一品よりかはかなりグレードの下がる代物に見えた。
そいつはオレを指差して近寄って来ると、そのままヘッドスライディングのように土下座しながら滑り込んで来た。
「昨日はスンマセンでしたーーーッ! この通り、反省しております! ですから、どうか! どうか、家宝の剣を返してはくれませんでしょうか……?」
うむ。なかなか元気があって宜しい!
ではなくて。ここまで開き直って謝れるとは、逆に好感が持てるな。
「そうか。オレのことは、もう命を狙ったりはしないのか?」
「しません! 出来ません! あんな実力差を見せ付けられたのに、どの面下げて挑めるって言うんですか。
俺、その場の雰囲気で勇者だなんだって言って……凄く恥ずかしいです」
うん、それは分かってた。勇者なんて基本的に物語の中にしか存在しないしね。やはり中二病疑惑が深まる。
「ふむ。反省しているようだし、剣は返そう」
『アイテムボックス』から没収した剣を取り出し、自称勇者のアルティへと返却して上げた。
「あ、ありがとうございますぅ! この御慈悲は、一生忘れませんッ!!」
嗚咽まで漏らして……若いからか感情の高ぶりが制御出来て無いんだな。
彼女らしい、昨日のペアの女性に慰められていた。「良かったね、アー君」なんて言われてる。
「それはともかく……そろそろこの病院の内部に踏み込みたいところだな」
オレの何気ない言葉に、周囲の空気が一気に緊張感を孕んだ物となる。
先ほどのやり取りで、オレが魔族の国に来訪している噂の魔王だと、周知されたのだろう。
「それは些か、乱暴ではないかな? 証拠も挙がっていないと聞く」
病院の奥の方からやって来たのは、白衣を身に纏った壮年の男性だ。
「長官殿」
「院長さん」
「院長先生」
「親父ぃ……」
などと周囲の反応を見ると……って、親父? 呟いた人物を見ると、勇者アルティ君だった。
「証拠はこれから見つけるってことで、とりあえず中を見せて貰っても構わないか?」
オレが横柄に、要求を突きつける。魔王はへりくだらないのだ。
「ダメです。患者もいるし、我々医者にも通常業務がある。国の調査許可が下りていないのに邪魔をされる謂れはない」
「まあ、そうだろうな」
肩を竦めて、相手の言い分が正しいことを認める。認めざるを得ない。
「だけど、経歴を偽装して潜入、調査を行おうとした者の死因について、納得の行く説明内容では無かった。そうじゃないか?」
味方をしている軍団の最高責任者へと、オレが振り向いて話を振る。
「……ええ。ええ、その通りです。彼は経歴を偽装してまで潜入した。しかし、それは殺されるほどの悪いことだとは到底思えません。
彼は、良い奴だった。幾ら何でも、こんな所で死んで良い奴じゃなかった……ッ!!」
絞り出すような声に、病院側の何人かが唾を飲む。
「不幸な事故だった。彼は……」
「嘘を吐くな! アイツは、捕まって黙って死ぬより、交渉で助かる道を模索する、そんな奴だった!
なあ、アンタ。院長さんよ……アイツは司法取引を提示したんじゃないか? なるべく刑が軽くなるように取り計らうと……」
「何を言っているのか分かりかねる」
「院長……いや、長官さんよ。アンタの目、濁ってるって自覚はあるか?
本当に何もしてないのか? 何で隠すんだ? 今のアンタのような目をしてる奴等を知ってるが、どいつも大罪を犯してるゲスばかりだった……ッ!
罪を認めろよ! 謝罪しろよ! なんで悪いことして、平然としていられるんだッ! 私はアンタみたいなのと同じ魔族だとは、到底思えない……思いたくない!」
拳を握り締めたまま、彼は立ち尽くしていた。
「親父……。なあ、本当に何もしてないなら、ちょっとくらい調査させても良いんじゃないか?」
横からアルティ君が、そっと意見して来た。
「それは出来ん」
「なんで、だよ。最近の親父、ちょっとオカシイよ。母さんが亡くなったのは悲しいことだったけどさ。
あれ以降、医療の仕事にのめり込む様になって……心配してたんだ」
「問題無い。何人かの患者は、救うことが出来た。努力の賜物だ。
それを邪魔されるのは、正直迷惑だ。だから断る。何も問題あるまい?」
ギリッと、若人の口元から歯軋りの音がした。
「問題だらけだよ! 何でそんなに頑ななんだよ!? 良いじゃないか、調べさせて何も出なければ、容疑は晴れるんだ。
疚しいことなんてしてないんだろ? メルの母親だって、治してくれたじゃないか! 親父は正しい! だから!」
「クドイ! 黙れ、アルティ。親の決定に口を挟むな!」
「親父ィ……」
ちょっとばかり、親子喧嘩の様子を呈して来た感じがする。
だけどこのまま放置すると、面倒な話の流れになりそうだ。良い話っぽくなる気はするんだが、長くてややこしそうだから、オレはBキャンセルを選ぶぜ!
「ていっ(『痺れろ。ElectricShock【感電】』)」
心の中で詠唱をし、【感電】の魔法を敵と思しき奴等全員に掛けた。
「「あばばばばば!」」
ぐぎゃーとかうぎゃーとかギャン!とかの悲鳴が聞こえたが、いつものことなので無視。
「感動的っぽいやり取り御苦労。だがオレは短気でね。申し訳ないが、事態を強制的に進ませて貰う」
当然だが、手強そうな『ドラゴンスレイヤー』を含む傭兵たちにも痺れて転がって貰った。幾ら強くても、生物として生体電気を用いている以上、強い電流を喰らうことによる活動阻害は免れない。悲しいけど物理法則には逆らえない。魔法でも使わないとね。
包囲陣を敷いている監査軍団の中から何人かを呼び寄せ、手足を縛らせて完全に無力化させる。
「アンタ……鬼だよ」
褒め言葉かな? 敵の前で、悠長に家族ドラマをやってる方が悪い。
それ以降も病院の奥の方から警備兵や傭兵がパラパラと出て来たが、その都度無力化、もしくは交渉で穏便に事を進めて行った。主力は無効化したから、もうこっちのワンサイドゲームだしね。『ドラゴンスレイヤー』が捕まったと聞くと、過半数はやる気を失ってくれた。
「資料なんかを調べましたが、どうにも決定的な証拠にはならなさそうです」
一通り軽く調べた軍団の最高責任者が、オレに状況報告をしてくる。
「証拠隠滅は、既に万端だったと……?」
「そうなりそうです。……クソッ!」
腹いせに壁を蹴って痛がる。おお、自業自得。見てる分にはコントみたいで面白い。
「となると、自力で証拠を見つけなきゃいけないな」
「そんな無茶な……」
「まあ見てなって。『失われしあの日の記憶よ、今一度甦れ。LostMemoryReturn【古ノ記憶】』」
血痕の目立つ手術室で、オレは切り札の魔法を使う。
彼の、殺されたと言う親友の死亡推定日時に目星を付け、時間を辿って現場の情報を閲覧しようと言う腹づもりだ。
三度目の魔法の行使で、当たりを引く。
その場面は、青少年の健全な育成には不適切な内容が含まれていた。具体的に言うと、肉体を刻んで致死に至るまでを実験していたのだ。
施術者は、勿論この地域の長官であるボツ・リヌス。この病院の院長だ。
狂気を孕んだ目付きで淡々と実験を行い、事切れた死体は速やかに処分されていた。
「これ、は……」
「便利なもんだろ? 過去の映像が見られる魔法だ」
「ははっ……。そいつは反則ですよ、魔王殿。私たちの仕事の何割かが、無駄骨折りだったかのようだ。
だけど、これは証拠として十分です。国王様に見て貰えれば、上位特権で処断出来るでしょう」
院長の名誉の為に補足しておくと、拷問じみた人体実験を行っていたのは、極一部に対してだった。それも、犯罪歴のある重罪人に限っていた。
普通の病人に対しては、同意を得た上で致死性では無い研究の実験に付き合って貰う程度。この辺は残っていた資料にちゃんと記載されていた。
証拠が消されていたのは、本人の同意が無い、違法スレスレの保護者・責任者から身柄を買い取った実験体に対する内容だったことが判明。それでも黒に近いグレーだし、潜入捜査官に対する仕打ちは完全にアウトだ。
三日後、ウナ国王を迎えて、容疑者のボツ長官および息子のアルティ君を同伴した上で、【古ノ記憶】の魔法を何度か使った。
それにより、ボツ院長は長官の任を罷免され、犯罪者として牢に入れられることになった。
アルティ君も、父親のしたことを目の当たりにし、意気消沈している。
意外だったのは、アインの街でIFEの上層部の皆に状況を説明したところ、年配の鈴木吾郎さんが興味を示し、ボツ院長に手紙を渡して欲しいと頼まれたことだ。
その手紙を読んだボツ院長は、地球の進んだ医学に興味を示し、特に注射針や抗体の概念を知りたいと涙ながらに訴えて来た。だが、畑違いのオレに言われても困る。
ウナ国王に医師として復帰したい旨を伝えるらしいが、高度な超法規的やり取りがあったとしても、それが叶うかは五分五分だろう。
まあ、詳しい話を聞いた限り、行き過ぎた行為はあったものの、先進的な医療の考えをする人物ではあったらしく、医療に携わる者として活躍する分には世界的なプラスになるのではないか、と見ている。簡単に許されることでは無いが、牢屋の中で何もせず過ごすより、医師としての本分で贖罪を行った方が、世の中の為になるのは確かだ。そこら辺は現ウナ国王の采配次第だろう。
その後、鈴木吾郎さんに手紙を書いた事情を詳しく聞いてみると、実は若い頃に医者を目指していたが金銭的な理由で断念した過去があったとのこと。なんか、その頃の熱い思いを文章で書き綴り、ボツ院長にぶつけたらしい。
「秘密ですけど、有名な某医療漫画が好きだったんですよ」
と、酒の席で白状してくれたことをここに暴露する。




