103 生の二枚貝に絶対安全は無い
大剣使いのザルクを加えた『暁に吹く風』のパーティと、「素晴らしき尾鰭」店で一緒になり、日が暮れるまで宴会となった。
互いに近況を伝え合い、酒を飲み、美味い料理を喰らう。煮たり焼いたりした魚料理が多い中、異色を放っていたのは二枚貝の踊り食いだった。
獲れたての新鮮な二枚貝に、ナイフを差し込んで貝柱を切断、開いたソレへ柑橘類の汁や酸味・辛味の調味料など好きな物で味付けし、そのまま食べる。要は生牡蠣である。
地球のと若干違う点として挙げられるのは、たまに巨大なのが混じってることだろうか。普通はせいぜい手の平サイズの二枚貝だが、バスケットボールに近い大きさの物があるのだ。
尤も、全長を図ると25cm前後になると言うだけで、体積はそこまで大きくは無い。だが度胸試しで冒険者が良く食べるらしく、オレもヤナとボル、ザルクの三人で競うようにして食べた。一つでかなりお腹に溜まる大きさだ。
普通のサイズと違って1日に数個しか入荷しないので、大食い競争染みた行為にはならなかったのは幸いか。味は大味で不味くは無いが、各部位が大き過ぎて美味しく食べるには難がある食材だった。後、運が悪いとお腹を壊すとか言ってた。食べる前に教えろ。
「ミツルの旦那は、最近『神の迷宮』には潜ってないみたいだな?」
ザルクがオレの首に腕を絡ませて聞いて来る。息苦しい……と言うか地味に締め付けて来てんじゃねーよ! 呼吸が出来ないだろうがッ!
「こなくそっ! 仮にも上役に対する態度じゃねーな! げほっ」
【肉体強化】を無詠唱で使ってザルクの腕を抉じ開け、気道を確保する。
「迷宮に潜っていなのか? ミツルの『アイテムボックス』は、迷宮でこそ活躍すると思うんだが」
ヤナの意見に、無口なボルが首肯して同意する。
「用事が何も無ければ、迷宮探索も良いんだけどな。やらなきゃイケナイことが多くて、どうしようも無いのさ」
「フーン。やるコト、ねえ? あのミツルが、随分と偉そうじゃない」
「実際偉いのでしょう? 噂では、新興商会のトップだとか」
ジルミアとルノーアの女子二人の言葉に、オレは肯定を返す。
独自の魔道具を作っていた当初、商品は裏ルートで捌いていたので表に出ていなかったが、正式にIFEの商会を立ち上げて販路を確立した後は、街や国の運営費として徴収される税金の類いも、商人ギルドを通してきちんと支払っている。
地球の科学文明を礎としている為、それをちょっと流用するだけで儲けの種とすることは容易だ。特許などの意識が皆無のこの世界でも、商業ギルド関連は多少その手の認識があり、それを活用して牽制しながら徐々に売り上げを伸ばしている。
なお、アインの街の方はまだ作って間もないこともあり、ノーマークっぽい。
普通、新しく村や町を作ったとして、10年や20年単位で大きくなって行くもの。こんな三ヶ月程度で数千人が住まうような街を、ゼロから作るなんてのは常識外だろう。ウェントの街の住民たちは、「少し離れた所に新しい『村』を作ってるらしいよ」「へー」ってな認識らしい。人間が新しく住める場所を開拓するのは、人も武力も金も大量に要る。むしろ維持すら出来なくなって、人間の生息領域が徐々に狭まっているのが現状だったりする。
ちなみに、アインの街の住民は過半数が食料生産の為の農業に従事しているが、食料生産の基盤がある程度固まったら、オレたちIFEの計画の為に教育重視へと変えて行く予定だ。
そう言えば、移住者・移民は家族持ちもそこそこ居るので、小学生・中学生ぐらいの子どもたちが500人くらい居るんだっけか。イエイラの街の学校経営も始めたばっかりなのに、アインの街にも必要になってしまっている。ゼロから人が増えれば、そんな問題も出て来るよなぁ。まあ、戒にお任せだ。丸投げって楽。イエイラの街を拠点としてる大工たちも、仕事が増えて嬉しい悲鳴をあげてくれるだろうさ。
「少し前は下層に行って、デカイ魔石を取って来ていたとか聞くけどな?」
ザルクが炒った豆を鼻に詰めておちゃらけながら、話掛けて来る。フンッと鼻からの息で飛び出させ、その豆を手で受け止めていた。
おい、その汚い豆をオレの口に持って来ようとするな! 慌てて奴の豆を持った指先を手で打ち払い、狙い通りザルクのにやけた口の中へと、ばっちぃ豆がホールインワンした。ざまぁ! 鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしてやがる。
「既に『神の迷宮』は踏破したしな。優先順位は低い。魔石が欲しい場合は、ヤナたちが取って来てくれるんだろ?」
「踏破……だと……」
呆気に取られるヤナ。他の面々は、ある程度想定内と言った表情をしていた。
「最下層には一体何があるんだ?」
「特に何も。行き止まり?」
「魔物はどんなのが?」
「一番下は火竜だな。炎のブレスを吐く獰猛なドラゴンだ」
「……倒したのか? 倒せたのか?」
「攻撃力は高いけど、防御力はそれほどでも無い。先制で十分な威力の魔法を撃ち込めれば、楽勝楽勝」
火竜のブレスの間合いの外から、かなりの攻撃力を持つ魔法を放てないと、逆に危険ではある。
「……正直、ミツルが本気で迷宮探索をすれば、ボクたちよりも効率良く魔石を得られるんじゃないか?」
幾つか問答のやり取りをした後に、ヤナが疑問を溢す。
「それはまあ、そうかも知れない。だけど、オレはそれをやる時間が無い。だから代わりに、『暁に吹く風』や色んな冒険者の皆が、魔石を取って来てくれると凄い助かる」
出来る人間が、一人で何でもしようとしても限界がある。多少不得手な人材に仕事を任せるなんてことは、世の中当たり前にあることだ。そこら辺、有能な人間でもなかなか気付けなかったり、心情的に納得出来なくて拗れたりするのが不幸を生み出したりしている。
部下が上手く出来ないからって上の立場の人間が必要以上に出張ってしまい、結果的に人を育てるってことが出来ない人種は割と見掛ける。一度や二度なら大したことじゃないけど、毎度余計なことをするのは巨視的には宜しくないのだ。
本質的にはそれとはズレてはいるが、効率を求める場合、一番上手く出来る人を引っ張り出すより、やるべき人にやらせた方が良いのが真理だったりする。
それに他の冒険者も居るのだから、人数を頼みに人海戦術をすれば、オレ一人で魔石を集めるよりか総合的に多くなる、ハズ。……多分、きっと。チートがあるから、強く断言出来ないのが怖いな。
そんなことを考えながら、魚の干物を直火で炙り、ちまちまと齧る。
オレがそうやって育てた肴の一部を、大剣使いのザルクが横から掻っ攫う。奴はアルコール度数の高い蒸留酒を舐めながら、その戦利品を口に咥えてニヤケやがった。ここの蒸留酒は穀物を煮沸した甘い汁を原料にしていて、サトウキビが原材料のラム酒にやや近い風味を持つ。
「ミツルの旦那も身体は一つしか無ぇ。やれることは限られる。それを補佐出来るってなら、良いことじゃねーか」
「……それもそうだな」
「協力し合って生きて行く。自然なことだ」
「ありがとう、助かる。これからも、無理のない範囲でオレたちの手助けをして貰えると嬉しい」
オレの心からの言葉に、彼ら彼女らは銘々に頷き、了承してくれた。
今度はこちらが話を聞くことにすると、最近は25階層前後で狩りをしており、オレが贈った亜空間荷袋を有効活用している様子。この国の冒険者の中では名実ともにトップの稼ぎを叩き出しているとか。
うーん。先行投資としてもっと多くの亜空間荷袋を貸し出し、効率を上げるのも一つの手か? 定格だと1つ30kgの容量だっけ。
値崩れを懸念して市場への放出個数を制限しているが、貸し出しなら問題あるまい。
でも一応、この件は戒に相談してから決めることにする。報連相しないと怒るし。
その後は日が沈むまで飲み食いし、腕相撲トーナメントなんかを開催したりしながら時間を過ごした。お店の人、煩くしてゴメン。迷惑料としてチップはかなり弾んだから許して。
腕相撲の勝敗? オレが魔法を使ってしまったので、お察しの結果。素の筋力じゃ勝てねーんだよ、バカヤロー!
さすがに女性のジルミア・ルノーアには魔法ナシで勝てたが、それ以外はアカンかった。荷物持ったりで鍛えられてるからなぁ。それを簡単に覆すのがオレの魔法。
ズルい? 上等! チートは開き直りが肝心だァ!
数日ほど、あっちをフラフラ、こっちをフラフラし、出した結論が―――
「そろそろ次の大陸へ行こう」
だった。北の大陸ではあまり活動していないのもあり、そのまま北の大陸で活動を続けるか、先へ進むか、悩んでいた。
しかし良く考えてみれば、北の大陸で大したことが出来ないのは、平和な治世が行われているからでは無いか、と考えた。なら、無暗に手を出して引っ掻き回すのも逆効果だ。
やることが無いなら、さっさと別のことに注力すれば良い。
「北の大陸はもう良いんですか? あんまり隅々まで足を伸ばしてはいないようですが」
「そこんところ、どうなんだ? ミドリ」
「……んあ?」
お腰に付けた御大臣様に、お伺いを立てる。契約上、オレの上司だもんな。
「まあ、構わんのではないか。主要な六ヶ国には回ったようだしの。大陸中央部は、地理の特質上乾燥してる地域が多く、人口も極めて少ないのじゃろ?」
魔族の国しかない北の大陸は、オレに隠し立てしてくるような情報もほとんどなく、聞けば大抵のことは教えて貰えた。
北の大陸にある魔族の六つの国は、海岸地域を中心として栄えているが、それは理由があってのこと。要は北の大陸は大きな陸地である為、山脈などに区切られ、雲による水分供給がされ難い中央は降水量が少ないのだ。
雨が少なければそれだけ植物も生えない。それを食料とする動物もほとんど生息出来ず、人間と言うか魔族たちにとっても、まともに生活出来る環境ではない。砂漠よりは幾らかマシな荒地が、延々と続いている。そんな所に無理して住もうとする者は、基本的にいない。
数人や小規模な村程度なら、深い井戸を掘って水を調達することで、何とか生きることは出来る。だが、到底豊かな生活とは行かない。
そんな乾いた大地の中央領域を除けば、オレは六ヶ国全てを回っているし、最低限の物見遊山は行ったと言える。
ミドリの命題は、世界を見て回れと言うことであり、基準は曖昧だ。だから、ミドリがオッケーと言えばオッケー。
「ミドリの許可が得られたのなら、次の大陸、東の大陸へ行くとしようか」
「東の大陸って、要はスエズエ共和国の東側がそうですよね。ここから東へ向かうんですか?」
戒の言う通り、オレたちのアインの街があるスエズエ共和国は、東の大陸と西の大陸に挟まれた場所にある。
故に、どちらへも行けるのだが……。
「いや。今回は北の大陸から海を渡って、東の大陸、イースティンへと行くつもりだ」
【瞬間移動】で度々この街に帰って来てるオレが言うのもなんだが、一応世界中を旅していると言う体を取っている以上、旅行の道程を滅茶苦茶にするのは好ましく思わない。
現在最前線となっている北の大陸を拠点に、そこから足を伸ばすべきだろう、と考えてしまうのだ。自由奔放な旅の中で、数少ない拘りの部分と言えよう。
「別に構いませんけどね。私たちは忙しいですし」
戒や皆は、やることがたくさんあってオレにかまけている暇は無い様子だ。
米を筆頭に、農作物の品種改良、農地の開拓、畜産の整備、工業技術の躍進、そして化学薬品等の生成・蓄積など、やることが山積みだ。
薬品については、保管庫から異臭がするので周辺住民が不安がっていると報告を聞いた気がする。
特に農作物の収量へダイレクトな影響力を及ぼす、肥料として優秀なアンモニア化合物については、戒が重視して早期から合成しているからな。説明を受けて有用なのは理解したが、臭いがキツイのは問題だ。
空気中の窒素から、様々な反応を経てアンモニアを作り出す手法は、食料の大増産の切っ掛けの一つとされ、「水と石炭と空気からパンを作る」方法などと言われる。要は、植物の成長にはタンパク質が必要。それを作るにはアンモニア化合物あるいは硝酸塩などが要る。だがこれは植物が自分でどうにか出来る成分では無いので、微生物などの働きで細々と作られるのを利用するしかない。だが人間は、「水と燃料と空気中の窒素」から比較的安価にアンモニアを合成してしまうことでこれを代用出来てしまう、と言う物だ。アンモニア化合物は火薬や爆薬にも使えて便利だしな。平時の肥料、戦時の火薬って言葉もある。
農作物が育つのにボトルネックとなる成分の一つを、大量に安価に生み出せてしまう。そう捉えて置けば大体間違いが無いって戒が言ってた。
「最近、戒がオレに冷たい気がする」
「心外な。そんなことはありませんよ? ただ……仕事を丸投げされているんで、忙しいだけです」
その件については、誠に以て遺憾でありながら、致し方ないが故の暫定的処置と言いますか……スマン、許してくれ。
戒自身、ある程度忙しそうにしながらもやる気に溢れており、オーバーワークでは無さそう。楽しく仕事をしているのなら、良いかなって。ちょっと甘え過ぎている点があるのは自覚しているので、旅が終わったら気に掛けることにしよう。今は契約者様の意向が最優先だ。
こうして、反対意見などは特に無く、取り敢えずオレの方針は次の新天地を求める方向で決まったのだった。
ついでに『暁に吹く風』への亜空間荷袋についても、一気に5個ずつくらい貸し出しちゃおうと言うことになった。一人5個だ。迷宮探索が捗ると良いな。
翌1月23日。しばらく北の大陸からは足が遠ざかると言うことで、一度各国の国王に挨拶をすることにした。
そんなに仰々しいものではなく、住居や仕事場にノーアポで押し掛けて、数分程度話して終わりという軽いものだ。
東ヒロント国は初めに接触した国と言うことで、関係も深い。その場の雰囲気でネジャス王と熱い抱擁を交わし、4月1日の結婚式には必ず出席することを改めて確約させられた。
西フラクテス国とは、犯罪者マテドクの件があり、少し複雑な空気だ。けどまあ、そんなの関係ないとばかりに、『諸外国との初期交渉において気を付けるべき事項』をまとめた資料を、国王ナフスへと手渡しておいた。中条君が中心となって考えてくれたらしく、過去の具体例を挙げつつ解説する、ある種教科書みたいな代物になっていた。薄っぺらいけど。ざっと見た感じ、最低限これさえ押さえておけば大きな問題にはならないだろう、と言える出来だった。
ミドンガ国、ヨホーロルテス国、イヨッテン国は特に問題も無く終わる。
ただ一つ、イレギュラーが発生したのはムガ国だった。
ムガ国のウナ国王との面会は、すぐには叶わなかった。急な仕事があって忙しそうにしていたのが大きい。
オレがなかなか会えず仕方なく中庭をブラブラしていると、大きな声が聞こえて来た。
「だから、兵を集めて対処しろと言っている!」
この声、国王か。
国王の執務室は中庭とそれほど離れていないようで、怒鳴り声が良く響いて聞こえて来ていた。
「ですから、目ぼしい兵は既に定期巡回に出払っており、すぐには……」
「緊急事態だろう! 何とかして掻き集めるのがお前たちの仕事だと言っている……ッ!」
空気の入れ替えの為か、少し開いている大きなガラスの窓を全開に開放し、オレは身を躍らせて部屋の中へと侵入する。
「な!? 何者だ!」
「何奴!」
「曲者だ! 出会え、出会え!!」
近衛兵の何人かがオレを見咎め、ウナ国王との間に入るように位置取りをして来た。
「よ! 久しぶり、か? 国王さん」
「貴様は……いえ、貴方様は魔王様ですね。……良い、下がれ」
後半は近衛兵たちに向けた言葉だった。
「しかし……」
「下がれ、と命令したぞ。これ以上命令に背くならば、罪に問わねばならぬ」
「はっ」
ウナ国王の強い言葉に、不承不承ながら身を引く近衛兵。仕事大変だね。お疲れ!
職務に忠実なのは良いけど、勅命と板挟みになるとツライよな。表情で分かる。
「それで、一体何が起こってるんだ?」
「ふむ。……確か魔王様は【瞬間移動】の魔法を十全に使いこなしていたはず。お力添えいただけると助かります」
「状況次第だな。明らかにお前たちに非があるような場合、助力はしかねる」
「そんなことはありませんッ!」
補佐官と言うか副官の一人らしき人物が、オレに向かって力説して来る。
「それを判断するのはオレだ。良いから話せ。事と次第によっては、気まぐれに手を貸すかも知れん」
壮年くらいの年齢のウナ国王は、その見事な顎の白髭を撫でつつ、首を頷かせる。
「魔王様に隠し事など、不敬であるな。大した秘密でも無し、お話させていただこう」
立ち話も何だとのことで、申し訳程度に設えてある来客用のソファーへと腰を沈めた。
ウナ国王は、部屋の棚の中にある酒瓶を取り出し、手酌で小さなコップに注ぐと一息でそれを飲み干す。
人心地が付いたのか、深い溜め息を吐くと、事情を語り始めた。
「実は……」




