101 船底塗料
年末年始は街作りに追われ忙しかったが、それが一段落した今、オレは魔族の国へとやって来ていた。
場所は北の大陸、東ヒロント国の船舶関連ドックがある所で、首都にほど近く、大きな港に隣接する形で存在している。
来訪の理由は、船底用の塗料の調達のため。外洋を航海出来る全長50メートル以上の船舶を、幾つも保有し運用している以上、そう言った関連品も充実しているとの戒たちの推察からだ。
「たのもー」
ここの国王のネジャスに用意して貰った、手帳サイズの金属板を提示しながら、船舶ドックの施設の入口を通り過ぎようとする。オレの身分を保証してくれる旨を記述してある。
「何者だ!」
だが歩哨に立っていた女性の魔族に咎められ、すんなりと入ることは出来なかった。
「何者って、ここに書いてある通りだが?」
「……ふむ」
こちらを警戒しつつ、抜剣して剣先を向けながらオレが手に持つ金属板をヒョイと奪い取り、傍らにいたもう一人の女性兵士へと渡した。その間、オレへの注意は逸らさない。
「本当か?」
「えっと……うん、本当みたい。ネジャス王があらゆる面で保証人となるって書いてある。後、東ヒロントの国民はこの者への助力を惜しまないよう、記述があるね」
「何ィ!? ちょっと見せてみろ!」
オレの言葉を信じてはいなかったようで、剣を向けていた軍人女性は慌てて、保証書代わりの金属板を確認していた。
「……本当だ。偽造、ではない……か?」
「何だ、ネジャス王が用意してくれたこれ、有効じゃないのか? 役に立たない物、渡しやがって」
オレに便宜を図ってくれるって言ってくれたが、関係各所に通達してないんじゃ意味ないじゃねーか。
「いえ、大丈夫だと思いますよ? ……ほら、この人、人間さんだよ? 肌青くないし。例の魔物の侵攻の原因を突き止め、国王様に個人戦で勝ったって人」
やたら警戒しているのとは別の、同僚らしきおっとりした子が、オレの心配を否定してくれた。ついでに御喋りも始まったが。
「問題無いなら、施設を見せてくれ」
「はい、畏まりました」
「……分かった」
入口の警戒は他の待機人員に説明して頼み、この二人がドックを案内してくれることになった。
巨大船舶は、軍事と密接に関係している。水運・海運自体が大きな輸送の要であり、経済の重要な部分を担っているのも大きい。ただし、この世界の人間支配地域は除くが。(2/3ほどだから例外と言える領域では無いんだが、技術的に遅れ過ぎている)
大きな船舶は、改造すれば軍事に転用することも容易だ。故に、大きな船の建造や修理、点検を行える設備において、軍の関係者の影響がチラつくことは珍しくない。オレが訪れたこのドックも、国軍と大手商会が提携して運営している施設だった訳だ。
「……と言うように、ポンプや揚水施設を利用して中の海水を排水し、数日間乾燥させている。
この後は、点検、船底の掃除を行い、防錆塗料を塗布、乾燥、防汚塗料の塗布、乾燥となっている。何か質問は?」
ぶっきらぼうに、ややぞんざいな口調で説明してくれる。
ファーストコンタクトからして印象が良くないが、人物の好悪とは別に最低限の仕事はしてくれるタイプらしい。嫌なら、同僚らしいもう一人に任せれば良いのにと思うのだが。
「実は、船底塗料が欲しくてな。余剰があれば売って欲しい。
そうで無くとも、船底塗料を扱っている業者を紹介してくれれば助かる」
ようやく本題に入れた。実際に船底塗料を使っているのかどうかも分からなかったから手探りだったが、説明を受けた結果あるらしいと判明したので、手に入れたい。
「塗料、か? さすがにちょっと分からないので、詳しい人物に……ああ、そこの。丁度良かった、実はかくかくしかじかでな」
施設内を歩いていた、ツナギを着ていた魔族の男性へ、おもむろに声を掛けて話を始めていた。
「ふむふむ、なるほど。ちなみに、どれほどの大きさの船に塗るつもりで?」
「ああ、50メートル級の船舶を新造しようと思ってな」
「50メートル! 個人で、ですか?」
「個人と言うか、会社―――商会だな。ほら、この魔族の国々と付き合うにしても、海を行き来できる船が無いと話にならないだろ?」
「だからって、いきなり作るとか、普通じゃないですけどね。いやぁ、思い切りが良い。しかしこう言ってはなんですが、我々魔族の技術に並べるほど、人間たちの船舶建造は発達しているんですか?」
「ああ、まあ。その辺は心配してくれなくて良い」
現場を取り仕切っているうちの一人らしく、その男とは撃てば響くような会話が出来た。
造船技術については、東や西の大陸で一般的な25メートル以下の物ならスエズエ共和国の近隣でも手に入るのだが、オレたちが作ろうとしているのは根本的に違うからな。
北の大陸の魔族の国で作られている、『風を発生させる魔道具で航行する船舶』とも設計思想が違うから、下手に混ぜると混乱する恐れがある。
まずは地球産の大雑把な知識と、アインの街で出来ることを融合させ、足りないところを随時工夫する方向で行くことになっている。蒸気機関の簡単な物なら何とかなってるが、蒸気タービンのような複雑な部品が多い機器となると冶金技術的にまだ無理があるので、オレが【固体操作】の魔法でチョチョイと手伝っていたりした。現代地球でもちょっと作るの難しいんじゃね?的な造形の部品でも、魔法を使えば何とかなってしまうのだ。魔法しゅごい。
いずれオレが居なくても製作出来るようにする方針なので、オレが頼まれるのは加工の為に必要となる道具の一部ってのが多い。地球でも、ある程度発展した器具を用いて、次の段階に必要な部品を作って、それを更に利用して……みたいな進化を遂げている。ぶっちゃけ、ファンタジー世界の超絶鍛冶師なんかより、地球のハイテクノロジーでの生産の方が凄かったりする。代替出来ない個人技術はあるんだけど、2:8くらいの割合で蓄積されまくった魔改造技術の方に軍配が上がる。
「となると、個人保有の10メートル級や近海船舶向けの中用量販売じゃ間に合いませんねェ。大型用の樽丸ごとケースじゃないですか。
うーん、今うちに備蓄あったっけかな? 失礼、ちょっと確認して来て良いですか? 数分で戻りますんで。
…………あー、ダメですねー。大容量のは、来月以降の納入になってます。売れる手持ちは無いですわー」
あ、うん。50メートル級の船舶の底面を塗る場合、塗料もそれなりに必要だよね。
「急ぎで無ければ、注文しておきますけど。え? 業者を紹介して欲しい?
そりゃ構いませんけど……一応確認しておきますが、木造じゃなくて鉄製の船で良いんですよね?」
「ああ」
木造で巨大船舶ってのは、無くは無いが珍しい部類だなぁ。多分、大航海時代の一時的な物だと思う。
「でしたら、ここから歩いて15分ほどの所にありますよ。地図描きましょうか?」
船底塗料を扱っているのが近くにあるらしいので、場所を口頭で説明して貰って行くことにした。
そこは小さな個人商店で、ただの建物だった。
と言うか倉庫っぽい。
「こんちゃー」
壁を軽く叩いて音を立て、来客だと精一杯のアピールをする。
不用心なことに扉は全開放してあり、幾つかの壺や大樽が置かれていた。
「……お客さん? こりゃ失礼。どんなのをお探しで?」
やや小太りの中年男性が、奥から出て来て尋ねて来た。勿論、魔族だ。
「ああ。商会で外洋も行ける50メートル級の船舶を作ることになってな。船底塗料を探しているんだ」
「ほうほう、成程! となると、うちで扱っている防錆塗料と防汚塗料の二つがお勧めですな!」
戒と狩野君も、そんなことを言っていたな。メモも渡された。
買い出しの際に軽く説明された内容によると、船底塗料は船の性能を左右する重要な部分だそうだ。
大型船舶の場合は、二種類から三種類の塗料を利用するのが普通で、物によっては数パーセントもの燃費差が生まれる。数パーセントと聞けばそれほどでも無いように聞こえてしまうが、エネルギー効率と言うのは身を削るようにして1%の向上を目指すもので、数パーセントと言うのはとんでもない……らしい。
防錆の方は船体の素材に影響されるところが大きく、鋼鉄製の船体には含鉛塗料がメジャーだった。近年の地球では環境に配慮して無鉛の防錆塗料が使用されている。
防汚の方となると、有機スズ系の塗料の性能が高く、一時期多用されていたが、有機スズ系は環境ホルモンとして海洋生物に甚大な影響を与える為、代替品が開発された(地球の)近年では使われなくなっている。防汚塗料は、フジツボなどの海洋生物が付着して水の抵抗が増えるのを防ぐ為、毒となる成分を使用していた歴史が長い。その毒性は凄まじいの一言で、映像などで見た人も多いだろう。海水1リットル当たり数ナノグラムで悪影響が出るとか、有機スズって凄いのか海の生物が弱いのか、正直コメントに困る。
一方、新開発のシリル樹脂系は、毒によるものでは無く、安定した表面更新性(要はツルッツルっすよ)で防汚性能を発揮するタイプだ。
それ以外にも様々な種類があるが、地球とは違うこの異世界での船底塗料はどう言った物なのか、未知数だ。
「まず防錆の方ですが、朱色の鉛丹を特殊な植物性油で練り合わせたものになります。50メートル級となると……やはり一樽は必要かなぁ」
「ほー。……他の種類は?」
「え? 嫌だなぁ、お客さん。そんなにたくさんの種類を扱ってる訳無いじゃないですか。鉄船用の防錆剤と言えば、コレ。決まりです!」
ああ、つまり複数の選択肢は無いってことだな。
ちょっと残念だが、他の種類は取り扱ってないなら仕方ない。出来れば無鉛のが良かったが、存在しない物を寄越せと言っても通らないだろう。
「次に防汚塗料ですけど、まあ、これしかないでしょ! 主成分が亜酸化銅の奴です。見て下さい、この赤さ! 効き目バッチリです!
なんたって、全ての船に使われてますからね。あ、勿論、ほとんど同じ中身ってだけで、扱う場所によって若干の違いはありますよ?
当店だって、日持ちし易い用に、かつキチンと効果が出るように、ジワジワと溶け出せるような溶剤の工夫がしてあります。独自配合ですよ。
え、知りたい? いやー、こればっかりは秘伝なんで。教えられませんねぇ、本当スミマセン」
結局、一つしか選択肢ねーじゃねーかッ!
まあ、この類いのは技術の進歩によって多様化するみたいだし、まだその前段階ってことなんだと思っておこう。
本当に他に選択肢は無いのかと聞いてみたが、倉庫の奥の方にあるタールやワックス、なんだか分からない固形植物油を見せられたりした。成程、分からん。
帰ってから戒たちに聞いてみた所、紀元前からの船底塗料として、アスファルト、タール、ワックス、ロジンなどが用いられていたとか言っていた。他にも、銅板を船底に貼り付けていたりもしたらしい。銅の板そのまま貼って効果あるのか疑問だが、海水ってのは浸食力が強く、徐々に溶けて亜酸化銅系の防汚塗料に似た効果が出るとのこと。結構やるじゃん、海水。
結局、当初の予定通り二種類の塗料を購入することに決定し、どちらも多めに二樽ずつ買い求めたが……手持ちの北の大陸用の貨幣がそんなに無かったので、足りなかった。
『アイテムボックス』に保管してある金塊を貴金属取扱所に持ち込んで買い取って貰い、支払いに充てることになった。……良い値段するんだな、専門的な塗料って。
防錆は淡い朱色の鉛丹製、防汚は茶色がかった赤色の亜酸化銅系の購入となる。昔の大きな船って、大抵海水に当たる部分が赤っぽいけど、それって亜酸化銅の色なんだなぁ。
その日の内にアインの街に戻り、買った塗料を戒たちに渡すと、あまり歓迎されてない様子だった。
「どうしたんだ? 選択肢なんて無かったからあるのを買って来ただけだぞ」
「いえ、買って来ていただいたことは助かります。お疲れ様でした。ただ……」
戒が口を濁すも、思い切って話を続けて来た。
「他の種類も欲しかったのは確かなんですよ。なにせ、亜酸化銅系だと電蝕が起こりますから」
「デンショク? モミの木でも飾り付けるのか?」
「あっ、えっと。銅より鉄の方が酸化され易い、と言うのは分かりますね? 金よりも銀が、銀よりも銅が、銅よりも鉄の方が、イオン化傾向が大きいです。これも絶対とは言えないんですが……さておき。その為、海水のように金属を浸食する物質へ両者が同時に触れていると、銅よりも先に鉄が優先的に酸化されてしまうと言う現象が起きます。
勿論、下地の塗料で隔離するなど工夫すれば防げるのですが、スクリューや船の舵みたいに海水に多く触れる部分だと、塗装が削れるのが早くて解決し難い問題なんです」
「ほーん」
分かった振り。
「ですので、出来ればシリル樹脂系……いや、石油の利用が困難なこの世界では無理か……となると一隻ぐらいなら有機スズ系でも……ってこれも結局は石油製品からの派生ではあるのか。
うーん、無鉛の錆止めだと高分子の樹脂系でしょうから、技術的に届いていない可能性が高い。
どの道、他の選択肢は無かったと言うことですね」
え? あ、うん。そうだね?
「舵とスクリューの部分は、最悪錆びる物として想定し、換装出来るように部品の替えを用意しておきましょう。
勿論、海上での停船状態で部品交換出来るようにするのがベストでしょうから、設計・製造の方たちと会議が必要ですねぇ」
心底疲れた風体で溜め息を吐く戒だが、何だか楽しそうでもあった。
ワーカーホリックって奴? 色々やってる時ってのは楽しいのは確かだけど、ブッ倒れたりしないでくれよ?
オレたちの会社はブラックじゃないはずだ。……多分。
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ミツル社長視点では確実に、私財が吸い込まれて行くブラックホール企業




