001 ちょっと僅かに怪しい説明会
オレの名前は高坂ミツル。在学中の就職活動は、少しばかり高望みし過ぎた為か実らなかった。現在アルバイトをしながら実家から就職先を選り好み……ゲフンゲフン、目下探している最中だ。
そんな時、ふと見た募集の欄に凄く良さそうなのが載っていた。いやー、神様は普段のオレの頑張りを見てくれていたんですね! 乗るしかない、このビッグな波に! だが微妙に気になるのが、『覚悟のある人』と言う一文。「貴方……覚悟のある人ですよね?」と問われているような気になる。しかし職探しなんぞ、ハングリー精神がなければ続かないのだ! つまり条件を満たしている! 覚悟、完了ッ!!
ちなみに中学時代の親友のT君は、ベンチャー企業の内定貰って就職し、メッチャ給料貰ってるって聞いた。天才はこれだから……。
ともかく、説明会の場所は新宿駅から徒歩××分のビル5階だ。新宿は使用する路線によって、表記された所要時間に数分追加される魔境。故に、若干の余裕をもって出て来たはずなのだが、ビルへ入った時には開始時間が差し迫っていたのは、反省の余地有り。
目標の階へ到着し、設置されていた案内板を横目に部屋の中へと入る。すると、先客の方々がこっちに幾つもの視線を向けて来た。ヒィッ!
少し威圧されたけれど、これまでの経験から「大したことじゃない」と自分に言い聞かせ、やり過ごす。人数は十数人だろうか。一番上は40歳前後のオジサンで、下はオレと変わらないような年齢のがほとんど。ダサい私服のオバサンと、桜色のスーツを着た若めの女性が目を惹く。
周りの雰囲気からして間に合ったのだろう。入口付近で安堵していたら、スーツ姿の男性二人女性一人の計三人が入って来て扉が閉められた。
「説明会を始めます。……そこの方、席に座って下さい」
あ、オレのことだ。慌てて空いてる席に近づいて座った。
内心、かなり動揺している。入って来た企業側の男性二人は金髪で、体格がマッチョ風味だった。そして女性の方は普通のスタイルではあるが、髪の毛の色が紫色だった。……えっ、染めてるの? でもこの中で一番偉い人っぽく、声を掛けて来たのも彼女だ。
企業側の三人は、手早くパンフレットのようなものを配ると、一番前で話しを始めた。声を出すのは、やはり女性。
「まずは本日は集まっていただき、御足労感謝します。このあと、少々お時間をいただいて移動することになるのですが、宜しいでしょうか?」
今更ながら、部屋の中に甘い香りが漂っていることに気付く。何だか、頭がボーっとするような……。
参加側の、少しワイルドっぽい男性が挙手をして喋る。
「あ~、何だ。今日これから、仕事するのか?」
「……いえ、そう言う訳ではないのですが。これから仕事をすることになる場所へ実際に足を運んでいただいて、雰囲気を掴んで貰えればと」
「チッ、こっちにも都合があんだよなぁ。それならそうと、募集出す時にちゃんと書いとけッ!」
不良みたいな男が睨み付けながら立ち上がる。しばらく紫髪の女性と見合うが変化が無く、彼は舌打ちをしながら、空いていた隣の椅子を威嚇するように蹴倒し、部屋の出口へと向かった。扉を開け、鋭い視線を向けながら出て行く。乱暴ながらも閉めて行ったのを見る限り、存外育ちは悪くないのかも知れない。
「今の方は御縁が無かった、と言うことですね。他の皆さんはどうされます?」
そう問われるものの、特に何かしようとする気は起きなかった。少しの間、部屋の中が静寂で満たされる。
「では、了承いただいたと見做し……嗚呼、少し深呼吸をして貰えると良いかと」
特に疑問も抱かず、言われるまま部屋の空気を胸いっぱいに吸い込む。
瞼が重くなり、眠気が襲って来た。ヤバイ、こんなところで寝ては就職出来ない……。そんな考えを圧し潰すような睡魔にオレは完全敗北し、意識を手放した―――
部屋には怪しい御香が焚かれていました。
※不良男は抵抗に成功した!