⑥ ビオラの花畑にて
【ビオラの花畑にて】
おねえちゃんと二人で、よくゴロンが昼寝をしていた庭の一角に、黄色とすみれ色のビオラの花をいっぱい植えた。ビオラの花畑がゴロンのお墓なんだ。
多分ゴロンは、もう二度と帰って来ない。けれど不思議なくらい、わたしたちは落ち着いていることができた。
おねえちゃんがぽつりと言った。
「今朝、ゴロンの夢をみたわ。ゴロンったらね、人間のことばでしゃべるのよ。夢の中では何でもありなんだって。これからはいつだって私たちと話すことができるんだって」
わたしの見た夢といっしょだなんて、いかにもゴロンらしいやり方だなと思った。もしかしたらゴロンは、パパやママ、おばあちゃんの夢にまでもちゃっかり登場していたかもしれない。
「ネコふんじゃった、ドジふんじゃったって歌ってたでしょ?」
おねえちゃんはこれ以上無理というくらい大きく目をみはって、わたしを見つめていたけど、
「ちょっとオンチっぽかったよね」
そう言ってひっそりと笑った。
「ねえ、美優」
「なに?」
「私がクラスでいじめられてたこと、知ってた?」
とつぜんおねえちゃんは、わたしにそうたずねた。
わたしは、目をふせたまま、そっとうなずいた。
「いじめられるのってやっぱりつらいよね。いじめられる理由がわかっていれば、何とかなりそうなんだけど、いじめる方にもはっきりした理由がないみたいなの。ただ、見てるといらつくとか、今度はあの子の番とか、ほとんどゲーム感覚なのよ。いやになっちゃう」
「どうしてママたちにだまってたの?」
「パパやママに心配かけたくなかったし、二人が学校に来たところで、いじめが終わるとは思えなかったの。いちばん大切なことは私自身がしっかりすること。私自身を見失わないこと。そのためには一日の終わりに何もかも忘れて、心をリラックスさせることしかなかったの。ふんばっていれば、いつかは必ずいじめが終わる。そう信じてた」
六年生とは思えないほど、おねえちゃんの横顔は大人びて見えた。
「美優には悪いと思ったけど、私、ずっと毎晩、こっそりゴロンを部屋に入れてたの。そうするとゴロンったらね、まくらもとにすわって子もり歌を歌ってくれるのよ。ゴロゴロのどを鳴らしてるだけなんだけど。でも私、とっても安心できた。いやなこともつらいことも全部忘れることができたの。私が今生きてるのはゴロンのおかげかもしれない」
わかる、わかるよ。おねえちゃん。
ゴロンのやさしい子もり歌、わたしにも聞かせてくれたもん。
「この前、塾から帰るのがおそくなった理由、あれってうそなの。実は、同じクラスの女の子が三人ほどいっしょの塾に通ってて、授業の後で私のところへあやまりに来てくれたの。どうして自分たちがあんなことをしてるのか、これからどうしようかって話しこんでるうち、どんどんおそくなっちゃったの。まだまだいじめが治まったわけじゃないけど、もうひとりきりじゃないから、私もがんばれると思うんだ」
よかった! わたしはほっと胸をなでおろした。
ゴロンが夢の中で『沙羅はだいじょうぶ。ぜったいだいじょうぶ』って言ってたことは本当なんだ。
おねえちゃん、応援隊はまだまだいるよ。わたしだってそのひとり。
おねえちゃんはだれも気づかないところで、ぼろぼろになりそうな自分の気持ちを必死で守ろうとしてた。
それなのにわたしは、自分だけが苦しいんだって思って、おねえちゃんにやきもちさえやいてたんだ。
「ごめんね。おねえちゃん」
「なんで? なんで美優があやまるのよ」
おねえちゃんは、首をかしげてほほえんだ。
ふと空を見上げると、タ日に染まった白い雲が、風にゆっくりとたなびいていた。
雲の形、色あいから、とらねこそっくりだ。
思わず立ち上がって、雲を指さす。
「ねえ、見て。あの雲、ゴロンに似てない?」
おねえちゃんは立ち上がると、大きくうなずく。
「あ! ほんとだ。きっとゴロンだよ。」
「おーい、ゴロン」
「ゴローン!」
雲のゴロンに向かって、わたしたちはいつまでも、いつまでも手をふり続けた。
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