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⑤ 夢の中で

【 夢の中で 】 



「美優、美優」

 体をゆすられ、はっとして飛び起きた。

 今、何時だろう。目の前には、ママとおねえちゃんがいた。

「暖房も明かりもつけっぱなしでどこにもいないから、心配したわよ」

 おねえちゃんがそう言った時、わたしはこれまでのことをすっかり思い出した。

 がばっとはね起き、二人に向かって思いきり大きな声で叫んだ。

「心配させたのはどっちよ、おねえちゃんたら九時になっても帰らないし、ママは連絡くれないし、わたし、もう、もう心配で心配で泣いてたんだから!」

 泣いてたらゴロンが来たと言いそうになるのをあわてて飲みこんで、ゴロンの姿をさがしたけれど、どこにも見あたらない。

「ごめんね。美優、心細かったでしょうね。おかげでおばあちゃんはだいじょうぶよ。年齢のわりには軽いけがで済んだみたい。病院の先生が奇跡的だって驚いてたわ」

 ママがほっとしたように言うよこから、おねえちゃんがきまりわるそうな顔であやまった。

「ごめんね、美優。塾の先生の都合で始まるのがおくれちゃって連絡できなかったのよ」

「まったく。心配かける人たちばかりね」

 ママは疲れたように、ふうっとため息をついた。

 まもなくママとおねえちゃんが、台所できつねうどんを作りはじめた。

 ふうわりただよってくるだしのかおりが、不安で固まったわたしの心をじわじわとほぐしてくれそうな気がした。


 わたしに子守歌を歌ってくれた夜以来、ゴロンはもどって来なかった。

 おねえちゃんは狂ったように、学校に行く前も、帰ってからも、ゴロン、ゴロンと近所近辺をさがしまわって、気がついたら二週間もたっていた。

 その間も、おねえちゃんに対するいじめはずっと続いてるようで心配だったけれど、このままゴロンが帰ってこない方が、おねえちゃんにはよほどショックが大きいように思えた。

 わたしとおねえちゃんの合い言葉は、

「ゴロン、帰ってる?」

 それだけだった。ゴロンがどうなったのか想像するだけでこわかったのだ。


 わたしたちができることといえば、ゴロンのポスター作りくらいだった。

『このネコさがしてます』と大きく書いた文字の横に、目が金色だとかしっぽが長いとか、いろんな特徴を添えてゴロンの写真をはり、自宅の住所と電話番号を忘れずに書き入れた。

そして、ゴロンのお散歩圏内にあったスーパー、コンビニ、薬局、花屋とすべてのお店にたのんで、そのポスターをはってもらったのだ。

 たとえば、ネコ好きな人がたまたま連れて帰っていたとか、お散歩の距離をのばしすぎて迷っていたゴロンをだれかが面倒みてくれてたとか、何でもいい。とにかく情報が、できればいい情報が届いてくれますようにと、わたしとおねえちゃんは祈る思いで待ちつづけた。


 ゴロンのことばかり考え続けていたせいかもしれない。

 ある晩わたしは夢を見た。

 ゴロンがすたすたと玄関から入ってきたと思ったら、とつぜん

「ただいま。美優、帰ったよ」

と、人間のことばでしゃべるのだ。

「ゴロン、あなた、しゃべれるの?」

 わたしが口をあんぐりしているのもおかまいなしに

「そうさ。だってこれは美優の夢の中だろ? 夢の中では何だってありさ。美優、ぼくはもう、たましいだけのネコだから、これからは、沙羅や美優と話したければ、いつだって自由に話せる。美優にいくらだって抱きしめてもらえるんだよ」

 金色の瞳をくるくるさせてゴロンは言うのだった。

 私はゴロンを抱き上げると、小さい頭に自分の顔を押しあてて聞いた。

「と、いうことはつまり、ゴロン、もしかしてあなたは死んじゃったってこと?」

「正解。ネコふんじゃった、ドジふんじゃった、ふんじゃったからしかたない」

 ゴロンったら、このメロディ、おねえちゃんのピアノのレッスン中に覚えてしまったのにちがいない。

 悲しいはずなのに、わたしは思わず笑ってしまった。

「美優、ありがとな。おれ、幸せだった。おれの家族のこと、みんな大好きだった」

 ゴロンが言った。

「ごめんね。ゴロン。わたしのせいでゴロンは半分のらネコ扱いされてた。わたしが元気な子だったら、ぜんそくなんてなかったら、ゴロンはもっともっと幸せに暮らせたはずよ」

「美優、ネコってもんはさ、半分のらネコあつかいされてるくらいが最高に幸せなんだ」

 ゴロンは、丸っこい手の平でわたしのうでをしきりにモニョモニョともんだ。ネコのもみ手は飼い主への愛情表現なんだって、お姉ちゃんが言ってたっけ。

「美優、あのさ」

「なあに、ゴロン」

「今はつらいけど、ぜんそく、きっと直るよ。きっと」

 こくんとうなずいた拍子にゴロンの頭に涙がこぼれた。

「沙羅だってだいじょうぶ。ぜったいにだいじょうぶ。おれ、見守ってるからさ」


 ゴロンが最後まで言い終わらないうちに、わたしは、はっと目がさめた。

 両方のうでにまだ、ゴロンのほのかなぬくもりと重みが残っている感じがする。

 時計を見ると六時三十分。

 カーテンの向こうがはちみつ色に変わりはじめていた。


 その日、学校から帰ったわたしたちに、ママは涙ながらに伝えてくれた。

 ゴロンによく似たとらねこが、かなり前に、隣町で車にひかれて死んでいたという電話があったと……。




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