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④ ゴロンの子もり歌

 【 ゴロンの子もり歌 】


 その日、おねえちゃんは何ごともなかったように、ただいまあと元気に帰ってきた。

 おねえちゃんはミルクココアを飲んだあと、救急箱を持って来て、ひざのすり傷を消毒しながら

「私ってドジよねえ。コーナーのところでいきおいあまってころんじゃった」

 わざとママに聞こえるようにうそをついてる。

 ママはママで

「あらあら、はりきりすぎないでよ。ほんとに」

なんて、のんびりとこたえている。

(ちがうでしょう、おねえちゃん。それって足かけられて転ばせられて、できた傷でしょう。知ってるんだから。わたし、はっきりこの目で見たんだからね)

 のどまで出かかったことばを、やっとの思いで飲み込んだ。


 わたしは納得できない。おねえちゃんはどうしてママにだまっているんだろう。

 おねえちゃんが言えないのなら、わたしが代わりにママに言おう。うん、そうするべきだ。

 おねえちゃんが塾に行ったのを見計らって、わたしはママのそばへ行った。

「あのね、ママ。今日、おねえちゃんね」

 勇気を出して、口火を切ったちょうどそのとき。最悪のタイミングで電話が鳴った。

 受話器をとるとおじさんからだった。ふだんはわたしが電話に出るといろいろ話しかけてくれるのに、今日はいつもと少し様子がちがう。ママにかわったとたん、ママの顔色がさあっと青ざめていくのがわかった。

「市立病院ね。わかったわ。すぐに行きます」

 受話器をもどし、ママは、わたしの方に向き直った。

「おばあちゃんがね、自転車に乗ってて交通事故にあったらしいの。すぐに病院に行ってくるから、美優は家で待っててね」

 こころなしか声がふるえている。

「おねえちゃんは?」

「塾からもどってくるのが八時ごろなの。おばあちゃんの様子を見て、連絡するから」

 そしてママはあわただしく出かけていった。


 ひとり残されたわたしは、くずれるように椅子にすわりこむと目を閉じた。

 どこかでかすかに救急車の音がしている。

 おばあちゃんを運ぶ救急車の赤いランプ、投げ出された自転車、集まってくる人だかり……。

 事故の現場を見たわけでもないのに、わたしの頭のスクリーンに、次々とそんな場面が映し出される。

 ふと場面が切り替わり、グラウンドで倒れているおねえちゃんの姿がうかんだ。

 その姿を冷ややかに見おろしているクラスの女の子たち…。


 ひどい、ひどいよ。何もかも。わたしの力じゃどうにもできない。

 神様、どうか助けて下さい。


 時計の針はすべるように、七時、八時と動き、わたしはママに言われたとおり、おねえちゃんと二人分のレトルトカレーをあたためはじめた。

 ゴロンのお皿には朝からのキャットフードが入ったままだ。いったいどこに行っているんだろう。


 八時をとうに過ぎても、おねえちゃんは帰って来なかった。ママからの連絡もない。パパは昨日から青森へ出張中だから、たとえママが「帰れコール」を送ったとしても、すぐには帰って来れない。ゴロンですら戻ってこないのだ。


 九時の時報が鳴った後で、わたしはたまりかねてママの携帯電話に連絡してみた。つながらない。きっと病院の中だから電源を切っているんだ。ファンヒーターがまわって、リビングは十分あたためられているはずなのに、わたしは背筋がぞくぞくしていた。


 自分の部屋にかけ上り、深く深くベッドにもぐりこんだ。

 ママ、おねえちゃんが、戻ってこないよ!

 おばあちゃんは死んでしまうの?

 ねえ、だれか帰ってきてよ!

 家じゅうがおそろしいほどに静まり返って、聞こえてくるのは、わたしの息づかいと心臓の音だけ。


 おねえちゃんは、もしかしたらもうこの家に帰って来ないのかもしれない。

 おばあちゃんはひょっとしたら、病院で死んじゃうのかもしれない。

 想像は、悪い方へ悪い方へとどんどんふくらみ、限界まできたところでばあんとはじけ、わたしはわあわあ声をあげて泣き出していた。


 どのくらいたっただろうか。

「ニャオン」

 ネコの鳴き声といっしょに、自分の体にやわらかな重みがかかるのを感じ、わたしはパッとふとんをめくってみた。

 すると、そこにはゴロンがすわっている。

 いかにもどうしたの?といいたげに。あきらかにわたしのことを心配している表情だった。

「ゴロン、ゴロン、」

 わたしは思わず腕をのばしてゴロンを抱きしめ、ほおずりした。ゴロンの鼻はひんやりして、ひげが、ちくちくくすぐったい。

 ゴロンがわたしのほっぺに伝った涙を、ぺろんとなめてくれた。ネコの舌って本当にざらんとしてるんだ。

「おかえり。ゴロン」

 小さな頭をなでてあげると、ゴロンは、四本の足を折った姿勢でわたしのまくらもとにすわりこんだ。 そして、まるでにぎらせてくれるように前足を一本出して、口だけをニャーという形に動かしてみせた。

「おれにまかせとけ」

 きっとそう言ってくれているのにちがいない。

 ゴロンの手をにぎったまま、わたしはそっと目を閉じた。

 グルグルグルグル……。

 ゴロンがのどを鳴らす音が、耳のすぐ真横で聞こえてくる。

 ゴロゴロゴロゴロ……。

 あたたかいゴロンの鼻息が、わたしのほっぺにかかる。ゴロンがいてくれるだけで、こんなにも心強い。

 一定のリズムでくりかえされるグルグルグルは、やがてゴロンからのこんなメッセージに聞こえてきた。

(だいじょうぶ。だいじょうぶだからね。安心してお休み。美優。)

 それはまるで幼いころ、わたしが眠れないときにママがゆっくりと背中をたたいて繰り返してくれた『ねんねんよ、おころりよ』のリズムに似ていた。

「ゴロンの子守歌ね」

 うっとりと聞いているうちに、わたしは本当に眠くなってしまった。



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