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① 神様は不公平

とらねこゴロンの子守歌


【 神様は不公平 】


 コンコンコン

 ああ、また始まった。ぜんそくの発作。ここしばらく調子よかったんだけどな……。

 まくらもとの時計の針は、すでに午前零時をまわっている。

 水が飲みたいけれど、寒いのに階段を下りて行くのもおっくうで、わたしはとりあえず上半身を起こすと、おなかをふくらませたり、へこませたりして、何度も呼吸を整えてみた。

 ゴホンゴホン。今日はまったく効き目なし。

 のどの奥がふさがれたように、ますます苦しくなってくる。


「美優、だいじょうぶ?」

 とつぜんノックの音がして、おねえちゃんが入ってきた。

 ラッキー! おねえちゃんまだ起きてたんだ。

「お水飲みたいの。なんだか今夜はきつくって……」

「わかった。待ってて」

 さすがは六年生のおねえちゃん。

 妹にぜんそくの発作が起きたときは、どうしたらいいのか言わなくてもちゃんとわかっている。


 せきを落ち着かせるためにまず水分。気道を広げて痰を出しやすくするためだ。それから処方されてる吸入。

 これだけで、たいていの場合は発作は治まるけれど、少しでもかぜぎみの時は、ママを呼んでこないとさすがに心細い。

 今夜はおねえちゃんのおかげで、ママを起こさずに何とかやりすごせた。


「どう? 落ち着いた?」

「うん。どうもありがとう」

「つらいよね。ぜんそくは」

 お姉ちゃんが吸入器をしまいかけたその時、

「ニヤー」

 入り口のところで、かすかな鳴き声が聞こえた。

「ゴロン?」

 びっくりして入り口の方を見ると、ゴロンがしきりに毛づくろいをしている。二階に来ることは、とっくの昔に禁止されてるはずなのに…。


「ごめんね。さっきまで私の部屋に寝かせてたの。だって今夜はかなり冷えるでしょう。ゴロンも寒そうにしてたから」

「じゃあ、朝までおねえちゃんの部屋に入れとくの?」

「そのつもり。ちゃんとそうじするから、ママたちにはだまっていてね」

 おねえちゃんはあたりまえのようにそう言うと、ゴロンを抱き上げて自分の部屋へもどっていった。


「いいな。おねえちゃんは」

 天井を見上げて、わたしはひとりごとを言った。

 おねえちゃんに甘えるゴロンの顔が目に浮かぶ。

 わたしだって、わたしだってゴロンといっしょに寝たいのに。

 時計の針が午前二時をさしていた。今夜はなかなか眠れそうになさそうだ。


 次の朝、眠ったのか眠れなかったのか、すっきりしない頭で下へおりていくと、おばあちゃんとママとおねえちゃんが食後のお茶を飲んでいた。


 おばあちゃんは、わたしの家から歩いて十分くらいの所に、ママのおにいさん一家と暮らしている。

 にわとりと争うくらい早起きのおばあちゃんは、自家製のつけものだとか畑でとれた野菜などを、しょっちゅう朝早く自転車で差し入れに来てくれる。

 今朝はおばあちゃんお得意のかぶのあちゃらづけが、タッパーに入ったまま、テーブルに置かれていた。


 ママはわたしを心配そうに見つめた。

「だいじょうぶ? 美優。沙羅に聞いたんだけど、ゆうべは気がつかなくってごめんね。あまり眠ってないんなら、今日は学校お休みしてもいいわよ。」

「へいき。ちゃんと行けるから」

 決して気分がいいとはいえなかったけど、家で病人扱いされるよりは、登校した方がずっとまし。

「今日から新春子ども大会の練習も始まるから、いそがしくなるわよ」

 ゴロンといっしょに寝たことなど知らん顔で、おねえちゃんが言った。

「美優は困ったもんだねえ。いくつになったら、ぜんそくが治ってくれるのかねえ」

 急須をかたむけ、ほとほと残りのお茶を湯飲みに注ぎながら、おばあちゃんが深い深いため息をつく。

 ほら。くるぞくるぞ。いつものせりふが。


「同じおなかから生まれた姉妹なのに、片方だけがアレルギー体質だなんてね。神様は不公平だよ。全く」

「仕方ないわ。美優の体質は母さんゆずりだもの。それにね、きちんと治療していれぱ、成長とともにぜんそくはよくなるものだってお医者様も言ってるのよ」

 わたしの前にご飯とおみそ汁を並べながら、ママがすかさずフォローした。

「そりゃあね、あたしだってね、よくジンマシンに悩まされるけど、美優のぜんそくと比べりゃずっと軽いもんさ。かわいそうにねえ。美優も早く沙羅みたいに、健康な女の子になってほしいねえ……」


 このせりふ、幼いころから何度聞かされて来ただろう。おばあちゃんがなぐさめてくれるたびに、わたしはとてもみじめになる。まるで、

「わたしは弱い弱い女の子です」

というプラカードを持たせられてるような、うっとうしい気分だ。


 おねえちゃんはぜんそくなんてもっていない。

 おねえちゃんの肌は、わたしのようにかさかさしてなくて、すべすべしている。

 おねえちゃんは、鼻がグジュグジュしたり、目が赤くなることなんてまったくない。

 そして何よりおねえちゃんは、好きな時にゴロンを抱けて、おまけにいっしょのふとんでねられる。


 やっぱりおばあちゃんの言うとおりだ。

 神様って不公平!

 何だかむしょうに腹がたってきた。ほとんど手をつけていない朝ごはんを、流し台にもどしながら、わざとみんなに聞こえるような声でつぶやいてみた。


「おねえちゃんのおふとん、ネコの毛がいっぱいかもよ」

 紅茶のカップを持ったおねえちゃんの顔がさっとこわばる。

「どういうことなの? 沙羅」

 ママの口調が険しくなるのがわかった。

(しかられて当然じゃん)

 わたしはプイと立ち上がると、乱暴にキッチンのドアを閉めた。


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