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そうは言えども、定められた事象を中途で変更、或いは中止させることはなかなかに困難である。それがまさに目前に迫ったことであるなら、それはもう不可能というものだ。

それが儀式という、人の手によるものであるなら、それこそ隕石が落っこちてくるとか、大災害が起きるとか、そんな未曾有の大事がない限りは早々ない。うん、わかっている。わかっているのだ。


「浮かない顔だな?」

「婚約破棄の儀に向かう乙女が、浮かれた顔をするわけがないでしょう……」


彼女は現在、あてがわれた王の居城の貴賓室、その一番広い部屋にいた。新しく誂えられたドレスと宝飾品と控えめながらもパーフェクトなメイクで完全武装して、である。

そして、皇族に連なる者に恥じぬ気品を、盛装でさらに豪奢なものにしたラヴィエルも、共にそこにあった。

紫のドレス、銀糸が如き髪。真珠の耳飾り。

それを纏う彼女は美しい。夜の女神のような、静謐な美貌である。

非の打ち所がない美しさを纏い、彼女は、心の底から嫌そうな溜息をついた。

……無論エクレイアとて、彼女が今しがた言ったように、女性である。少女である。そう、乙女である。

万人が、とは言わないが、少なくとも彼女が知る中で女性という生き物は、彼女も含めて、美しく着飾ればそれなりにわくわくするものだ。だって、美しいものを見れば心ときめく。それを自らが纏うのだ。浮き足立つのも致し方ない。幾らそのドレスに、作り手のブラックジョークじみた皮肉が込められていたとしても、美しいものは美しいのだ。つまりそれは理屈じゃない。

そして、婚約破棄の儀が嫌なのかと問われればそれもまた否。あのどうしようもない、というか、つい最近本当にどうしようもなくなった王子との浅からぬ縁を後腐れなくすっぱりさっぱり断ち切れるのだからむしろウェルカム、大歓迎です。エクレイア的には。

ただ。…ただ! その心踊る事実全てを叩き潰してさらにお釣りが来るほどの心配事もといエクレイアにとっての大惨事がそこにあるのだ。


「あのご令嬢か」

「他に何がございまして……?」


この部屋に通される際に、普段よく世話をしてくれていたメイドが、大層言いづらそうに進言してくれた。あのご令嬢が、ここに来ていると。

…いや、来ると思っていた。思っていた、のだが。


(一縷の望みをかけていたのよこちらは……)


来ない。あのご令嬢は来ない。来ないったら来ない。来ないでください。

そうずっと祈っていたのだ。何せあのご令嬢にかけられた迷惑はそれはそれはもう数えきれない。大きなものから小さなものまで各種有り余るほど取り揃えてある。

いや、憂鬱なのはそれだけじゃない。

メリア嬢に会うのは本当に嫌だ。だがそれは今の憂鬱の三割…、いや、四割? いえいえ五割…ううん、六割……うん、八割。八割を占めているが、残りの二割は別にある。


(………まるで魚市場の競りのように、憂鬱の比率が跳ね上がるわね。事実なのだけど……)


魚市場と違うのは是非とも熨斗つけて返したいところか。お金払ってでも買い取って欲しい、あんな厄介ごとの塊。それにしても魚市場なんて、こんな時に前世のボキャブラリが活かされるなんて、こんなに悲しいことはあろうか。

もっとも、今からまさに厄介者をその厄介者に押し付けようとしているのだから、彼女も譲歩すべきなのか…。


(……いえ、この際もうメリア嬢のことは置いておくとして。問題は宣誓の言葉よ。まだ浮かばないのは流石に……)


宣誓の言葉。

神前での婚約を解消するにあたって、神に正当な理由を示さなければならない。それは、婚約破棄の儀のメインイベントと言ってもいい。

なにがこんなに憂鬱かって、それが全く浮かばないのだ。

正当な理由。うん、やりたいことはよくわかる。誓ったことを取り消すためには、それに見合った誓いを。

…だけれども。


(……心変わり、しかも誘惑に籠絡された男に振られるっていうシチュエーションで、一体神に何を誓えと言うのかしら)


前世でそんな男がいたら、甲斐性なしの一言を添えた飛びっきりの三行半を置き逃げするのだが、生憎相手は王族。さて…。


(………そもそも向こうは、何を誓うつもりなのかしら)


……エクレイアの真の悲劇はもしかしたら、彼女が深く考え込んでいた間の百面相を、余すことなくラヴィエルに観察されていたことかもしれない。

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