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1・血塗られた筈の魔王国が可愛く見えるとかおかしい

「ねえどうかしらエルザ? ドレスの裾はきちんとなっている? 髪は乱れていないかしら?」

「大丈夫でございます、ヒルデさま。本当にお美しいですわ。先方が用意されたお品々は全て趣味のよいデザインで、まるで姫さまに最初から誂えてあるようでしたもの。その翡翠の飾り物も、姫さまの緑の瞳にぴったりですわ」


 けれど、腹心の侍女の褒め言葉を聞いたブリュンヒルデは、嫌そうに顔を顰めた。


「まさか、遠隔魔道で私のサイズを測ったりなんて事は……」

「か、考え過ぎですわ! 姫さまの絵姿はあちらさまに送ってありましたもの。ああ、本当に晴れがましいお姿……」


 そう言って、しかし侍女はそっと溜息をつく。

 祖国から離れて、他国の王妃となる為に嫁いで来た姫。じゃじゃ馬姫と呼ばれた第二王女が、大陸の盟主たるバルシュミーデの正妃となるのだ。晴れがましい筈の、夫君となる王との初顔合わせの日なのに……豪奢で美しいドレス姿に身づくろいをする二人の間の空気は重い。

 当の本人の姫は、気丈に振る舞ってはいるが、幼い頃から傍に居るエルザには、姫の苛立ちが伝わる。運命に勝てない苛立ち。

 彼女が完璧に美しく装おうとしているのは、夫となる者を喜ばせたいからではない。隙を見せたくない、という意地だ。

 初顔合わせに臨む彼女の心にあるのは、戦意だった。

 

(御夫君が普通の御方であられたならば、どんなに良かったか……)


 普通の御方……では、ない。人間では、ない。柴闇の魔王という通り名のヴォルフガング王は、禍々しい角と蜥蜴の尾を持った魔族だとは、大陸では周知されている。

 遥か千年の昔、古の時代には、その怒りでもって大陸の人間は滅ぼされかけたという、魔王の末裔。不吉の象徴と呼ばれる者。

 それが、ブリュンヒルデの夫。


―――

 

 アロイス王国の第二王女を王妃に迎えたい……そんな申し入れがあった時、宮廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 長年にわたって、バルシュミーデは他国への干渉を行ってこなかったからだ。おかげで、山脈の向こう側の魔王国の動静は誰もその目で確かめる事のないまま、魔族が跋扈し、人間は奴隷とされ、魔王は後宮に百人の美女を閉じ込め、生き血を啜る……などと、おどろおどろしい噂が絶えなかったのである。


 そんな所へ王女を……。魔王の気に入らなければ、命はないかも知れない。夜な夜などんな酷い目に遭わされるか分かったものではない。そして異形の子を産まされる……。

 王は、じゃじゃ馬でも慈しんで育てた姫の行く末を思い悩んだが、ブリュンヒルデはきっぱりと、『わたくし、参ります』と告げた。話を断ればどんな災いが国に降りかかるか判らない。自分一人の命で危険が回避されるなら……国には決して手を出さないよう約束させるよう尽力するから、と……。

 かくして、涙の別れを済ませ、ブリュンヒルデは長旅をし、伴に、守護騎士のアレクシスと侍女のエルザのみを残らせて、この異郷の王宮で、魔王への謁見の支度をしているところなのである。

 

 人間の死骸が側溝を埋めていると話に聞いた城下町は、馬車の中から一見した所、ごく普通の平和そうな街で、アロイス王国と大差なかった。


「見てエルザ、普通に人間が商店で買い物をしているわ」

「そうですねえ」

「……幻術か何かかしら。私を油断させようと?」

「うーん……これが本物の風景じゃなく作り物だとしたら、とても私たちがどうこう出来るとは思えませんが……。油断させる必要なんてあるのでしょうか?」


 そして足を踏み入れた王宮。


「うわぁ……やっぱり魔族ですね」


 案内役についてゆくブリュンヒルデにすれ違う度、優雅に挨拶してくる貴族たち。確かにどう見ても普通の人間とは違った。でも、物腰は柔らかく、態度は丁寧で、魔王の婚約者に敬意を示してくれているのが伝わる……??


「な、なんだか想像してた魔族と違いますね……」

「可愛い見かけに騙されるな、エルザ。我々を揶揄ってあんな姿を見せているのに違いない。気を引き締めろ」


 戸惑っている侍女にそう声をかけたのは、守護騎士のアレクシス。王女が、命に代えても国を護ろうという気概を持っているのと同様、彼は命に代えても姫を護ろうという気概を持っている。勿論、侍女のエルザもその覚悟で付いて来ている。幼い頃から共にあった大事な姫君。


「そ、そうよ……あんなの、騙しだわ……きっと正体は、双頭の蛇とか蜥蜴……。は、はあ、ふう」

「? 姫? 御気分でもお悪いのですか?」


 ブリュンヒルデは、気遣う騎士の声掛けに、唇を引き結んだが、頬を上気させていた。しかし、すぐにきりりとした声で、


「何でもないわ」


 と返す。


(ちょっと……何これ反則でしょう! やっぱり私の嗜好を魔道で探って、幻覚を見せて笑いものにするつもりなのね)


 動悸が収まらない。

 さっき挨拶されたのは、兎の宰相に猫の侍女長。身体は人間で、きちんとした身なりをしていたけれど、顔が小動物だった。


(か、可愛かったぁぁ!! ああ、触りたかったな……。はっ、私は何を考えているの! あんなの、見せかけに決まってるのに!)


 そして、また戦意を取り戻す。

 ……ブリュンヒルデは、小動物をもふるのが大好物なのであった。


―――


 身支度を終え、鏡に映った姿は、完璧な美しい淑女だった。エルザはブリュンヒルデを芸術的に飾り立てるのが何よりの趣味だったが、何しろじゃじゃ馬姫、今までは中々思うようにじっとしてはくれなかった。

 でも、これからは、魔王の婚約者として、武装だと思って美しくしていてくれるだろう。それが、この、陰で『地獄への嫁入り』と呼ばれた輿入れに進んで同行した侍女の唯一の生き甲斐でもあった。


「あんまりにも魔王が醜悪で私が倒れそうになったら、傍で支えて頂戴ね」


 会見の間に入る時、姫君は侍女に囁きかけた。もふもふは大好きだが、爬虫類系は苦手なのだ。しかし最初から弱みを見せる訳にはいかない。侍女は、


「わかりました!」


 と答えるが、気丈な姫君が耐えられないものに自分が耐えられるのか、自信は乏しい。けれど、姫の為に、悲しい顔は出来ない。


「私が付いています。魔王が無体をすれば、命を賭しても抗議しますゆえ」


 とアレクシス。


 醜悪な角と牙、蜥蜴の尾を持つと噂されるブリュンヒルデの婚約者に挨拶をする為、三人は悲壮な覚悟を持って、小鳥の侍従により扉が開けられるのを待った。

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