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人魚の涙

「どうでした・・・?」

湾岸西の捜査課に帰って来た高橋・黒石両刑事に、お茶を出しながら清水刑事は聞いた。

「いろいろ当たって見ましたが、誰も神崎真理を見たという人はいませんでした。」

二人の刑事はお手上げだったと云ような顔になった。

「そこで、お願いなんですけど・・・もう一度、捜索隊を出してもらえませんか?」

「はっ・・・??!」

高橋警部補の言葉に、若い清水刑事は意味が分からなかった。

「神崎真理の捜索です。」

高橋の目は真剣だ。

「・・無理だとは思いますが、一応、内海警視かちょうに聞いてみます。」

清水刑事はいまさら何を、と云う様な顔で席を立った。二人がお茶をすすって待っていると、暫くして清水刑事が戻って来て、済まなさそうに言った。

「もう、日にちも経っているので、捜索隊は無理みたいです。」

「そこを何とか・・・!」 黒石も頭を下げた。

「残念ながら課長が決めた事ですから・・・。」

清水刑事は一礼して二人の側を離れて行った。

その後ろ姿を茫然と見つめながら、高橋は力無く呟いた。

黒石クロもう帰ろう・・・・・。」

そう言って携帯を取り出して、高橋は岡倉南署の番号を押した。

”折角ここまで来て、何の収穫もなしに帰るのか・・・。”

黒石は情けなかった。

「クロ・・今、本部は大変な事になっているらしい。」

携帯電話を切った高橋が、興奮した口調で叫んだ。

「何かあったのですか?」

「三人目の失踪者”曽我部智子”が今夜見つかるかもしれない。」

「えっ!どう云う事ですか!?」

黒石は気色ばんで聞いた。

高橋は先程入間川から、電話で聞いた話を聞かせてやるのであった。

若い黒石は高橋の説明に元気を取り戻して・・・、

湾岸西署ここの協力が期待できないなら、僕たちだけで、もう少し頑張ってみましょう。!」

先ほどまで落ち込んでいた人物と思えないほど、元気の良い声であった。

「そうだな、もう湾岸西署ここには用はないな。俺たちだけでもう少し頑張って見るか。」

高橋は黒石の豹変に苦笑いを浮かべ、席を立って岡田警部に丁重に挨拶をして、二人は湾岸西署捜査課を後にした。



「やはり、曽我部智子は一連の失踪事件には、関係無かったらしい・・・。」

湾岸西署を出た後、二人は見返り海岸一帯で、神崎真理の聞き込み捜査を辛抱強く続けたのだが、誰も神崎真理らしい人物を、見かけた者はいなかった。

午後九時過ぎ、疲れきって見返り海岸近くのビジネスホテルに、二人は宿をとった。湯船に浸かって、遅い夕食を摂りながらひと段落していると、入間川警部いるまがわから曽我部智子について電話があったのである。

「不倫のもつれですか?」黒石はれたばかりのコーヒーに口をけながら聞いた。

高橋はコップに半分残っていたビールを飲み干し、黒石の顔を見つめた。

「・・そうだ。そして、その男と駆け落ちするために、一連の蒸発事件を利用したんだ・・・。」

そう言って、高橋は立ち上がった。

「・・・・・明日もう一度範囲を広げて聞き込みをして、進展がないのなら帰って来いと云うことだ・・。」

「タカさん、どちらへ?!」黒石もあわてて後に続こうとした。

「・・トイレだ・・・!」



「クロ見てみろ、この美しい海を、多分この海の何処かに神崎真理が眠っているんだ。」

見返り海岸の砂浜を高橋警部補と黒石刑事が歩いている。

四月とは思えないほど、強い日差しが射していた。

今日は朝早くから、聞き込みを開始したのだけれど、昨日同様に神崎真理を見たという人物は現れなかった。

「ほんとに、神崎真理だったのでしょうか?!いや、投身自殺そのものがあったのでしょうか・・?」

黒石には、千恵子のほかに誰も神崎真理を見て居ないのが気にいらないらしい。そんな黒石に苦笑いを浮かべながら、高橋は新藤千恵子を思い出していた。

”千恵子と神崎真理は面識がない。まして、千恵子には嘘をつく理由がない。元恋人を殺害し首を切断して、千恵子は自殺するために見返り海岸にやって来た。また、神崎真理も何らかの理由で、自殺する為に人知れず見返り海岸に来たと考えられる・・・では何故、神崎真理は千恵子に名前を名乗ったのか?まさか、誰かに追われていたのでは・・・?!”

「タカさん、何かひらめいたんですか?!」

「・・初夏みたいな暑さだな。」

 「えっ・・・!?」

高橋の眼は数百メートル先の岩場で遊ぶ家族連れを見ていた。

「初夏みたいですね。」 黒石も、笑いながらオウム返しに呟いた。



山藤卓巳(37)は会社から三日間の休暇をもらい、家族4人で見返り海岸へ旅行に来ていた。

「あまり沖に行ったら波にさらわれるぞ!。」

山藤は腕白盛りの二人の息子に声をかけた。Tシャツに半ズボン姿で遊んでいるのだが、もうズボンもTシャツもビショ、ビショである。

「もう・・、ホテルに帰るわよ。」

母親の幸子はそんな父子を見ながら砂浜から叫んだ。

「・・ねぇパパ?人魚が岩に挟まって泣いてるよ。」 八歳になる長男が首を傾げながら、可笑しな事を言った。

「人魚が泣いている?・・お魚が岩に挟まっているのか!?。」笑いながら山藤は相手にしなかった。

「ほんとだ、岩と岩の間に挟まって、こっちを見て泣いてる・・・!」

七歳の二男も岩の上から海中を見ながら興奮した声で叫んだ。

「パパも来て見て・・・。」

「仕方ないなぁ・・・」 山藤は膝上まで浸かりながら、二人の子供が待つ岩に上った。

「うっ・・うわ・・うわぁ・・・・・・・。」山藤は観た。岩と岩に挟まれている女性の水死体を、死後数日が経っているのであろう・・ガスが発生しそれが眼から漏れて、泣いているように見えるのであった。

「早く来い・・・。」

山藤は二人の子供を抱えると、あわてて海に飛び降り砂浜へと急いだ。

「あなた。どうしたの・・・?!」

幸子は夫の叫び声が、尋常の人の声ではなかったので、思わず大声で聞いた。

数百メートル向こうの砂浜から、二人の男がこちらに向かって駆けて来ているのが、幸子には、何か恐ろしい事が起きる前兆のように思えてならなかった・・・。


神崎真理の死体は、会社員の家族によって浅瀬の岩場で発見された。

湾岸西署での検視の結果、歯の治療痕から神崎真理に間違いないと断定され、捜査本部のある岡倉南署に移され、司法解剖にまわされたのである。

「・・・死因は溺死ですね。見返り海岸の崖の上からの、飛び降り自殺に間違いないでしょう。飛び降りた時に頭骸骨骨折と顔面を陥没骨折していますね。」

神崎真理を司法解剖した医師は待ち構えていた捜査員に言った。

続けて医師は話し始めた。

「亡くなったのは飛び込んだ日に間違いはないでしょう。それと、若いのに身体は覚醒剤くすりで、肝機能が死滅状態で・・・永くは生きられなかったと思われます。」

捜査員たちは顔を見合わせた。

「それと・・・こう云う物が、消化されずに胃の中から発見されました。」

医師は小さなビニール袋を捜査員の前に出した。

ビニール袋の中には、約二センチ四方の薄い鉄にG.A.Hその下にm.kと釘みたいな物で彫ったのだろう、スペルはそう読めるのであった。

解剖医せんせいそれは何だと思われますか?」高橋は医師に向かって質問した。

「・・それを調べるのは君たちでしょう・・ただ私の意見としては、自らの命を犠牲にしたダイイング・メッセージだと思いますね。」

そう言って医師は高橋の顔を凝視した。

「それにしても、湾岸西署の捜索隊は何だったのでしょう?手抜きも云いとこだ!!」

黒石は一人興奮していた。

立花は笑いながら、「そう言うな、人間のする事だから見落としもある・・・それに、神崎真理は飛び込んで死んでからも、何者からか逃げたかったのかもしれない・・。」

「ハッア・・??」

真っすぐな性格の黒石は不思議な顔をして立花を見た。

「まぁ、それもこれからの捜査次第で解明だ・・!」

立花はそう言って、黒石の背中を力一杯叩いた。

入間川警部ほんぶちょう・・。そろそろ、記者会見の時間です。」

高橋警部補が声をかけた。

「うむ・・。」

入間川は椅子から立ち上がり、高橋と共に捜査本部をでて会見室へと向かった。記者会見には湾岸西署から内海警視と岡田警部。岡倉南こちらからは、南郷署長と入間川警部、高橋警部補が出席する。

「クロ、神崎真理の親族への対応頼むぞ・・!」

一度部屋を出た高橋が、顔だけ覗かせて黒石刑事に念を押した。

黒石は親族を待たせてある休憩室へと急いだ。

「貴様ぁ、もう一度言ってみろ・・・!」

「暴力はやめろよ。」

何やら言い争う声がしている。

「どうしました?!」黒石が休憩室のドアを開けた。

「健二さんもうやめて・・・。」

神崎真理の母親が、おろおろした顔で二人の男を見ている。

母親と一緒に来た男が、真っ赤な顔をして男の襟首をつかんでいた。

「やめなさい。」黒石は二人の男を引き離した。

「何処の記者だ、あんたは?」男の左腕に付いている記者クラブの腕章を見ながら、黒石は聞いた。

「フリーの御子神って云うもんです。」

御子神と名乗った男は、ネクタイを緩めながら黒石に名乗った。

「会見はもう始まっているぞ、早く行け・・・。」

黒石の言葉に、御子神は不敵な笑みを浮かべながら休憩室を出て行った。

「大丈夫ですか?」黒石は二人に聞いた。

「無礼な奴だ。何者なんです?」

「ハイエナみたいな、ルポライターですよ・・。」

「俺と義姉ねえさんが、できているんだろう・・・だなんて・・。」

健二は、苦い物でも吐き出すように呟いた。

「健二さん、もういいのよ・・・。」

今年45歳になる和子は、7年前に主人を癌で亡くして、女手独りで真理を育てて来た。

真理が失踪してからは、主人の弟の健二が、何かと和子の身を案じてくれていた。

「・・・真理さんの死因は溺死です。新藤千恵子もくげきしゃの証言などから、自殺に間違いありません。」

黒石は二人を見ながら淡々と話し始めた。

「それから、G.A.H。m.kこれ、何の意味だか分かりますか?」

「G.A.H。m.k・・・?!言っている意味が・・。」和子と健二は顔を見合わせた。

「真理さんの胃の中から出て来た、小さな鉄板に書かれていたのです。」

二人はしばらく考えていたが、和子が「あっ」と小さな声を漏らした。

「何か、知っているのですか?!」黒石の目が光った。

和子は黒石には答えず、健二に同意を求めた。

「健二さん、確か隣町の宗教団体のトレードマークがG.A.Hじゃなかったかしら・・・!?」

「・・そうだ、確かにG.A.Hだ!!」健二も思わず叫んだ。

「詳しく教えて下さい。」黒石が身を乗り出しメモ帳を取り出した。

「私たちの住んでいる隣町の山裾を切り開いた山村を、居住区にした宗教団体があるのです。噂によると、信者は500人位で・・・町の人達とは親交を持たずに、自分たちだけの世界を持って居るそうです。」

和子は黒石に説明をした。

「そうなんです刑事さん。その宗教団体のマークがG.A.H...あっ、教祖の名前が確か、笠松万周かさまつまんしゅうm、kです。」

健二が興奮した口調で続けた。

「なんですって・・・!。」メモを取っていた黒石もメモ帳から顔をあげた。

「これで、一連の失踪事件にその宗教団体が関与している事が強まりました。真理さんの自殺にはまだ矛盾点などがありますが、真理さんの死は決して無駄死にではなかったと思います・・・。」

黒石はそう言って、二人の手を力強く握りしめるのであった。

それから和子と健二は、黒石の案内で地下にある仮安置所で変わり果てた真理と対面した。和子は遺体にすがって泣いた・・・いつまでも、いつまでも泣いていた。

健二がそっと、後ろから和子の体を優しく抱きしめていた・・・・・。


次の日は雨であった。


荼毘だびに付された真理の遺骨を、警察病院で受け取った和子は、健二と共に駅のホームで帰りの電車を待っていた。

「この子が死んだ日もこんな雨だったんですね・・・。」

和子は独り言のように呟いた。

「・・ハァ・・ハァ・・・間に合った。」

息を切らしながら、黒石刑事が二人に走り寄って来た。

「まだ、何か・・・?!」と健二。

雨の中を傘もささずに走って来たみたいに、黒石は濡れていた。

「こ・・これを・・・。」

まだ息を切らしながら、黒石は一通の封筒を差し出した。

「真理さんの発見者であるお子さんが、お母さんに読んでもらいたいと書いたそうです。先程、署の方へ父親が持ってこられまして・・・。」

「わざわざ、この為に・・!?」和子は封筒を受け取りながら、黒石に笑みを返した。

「先程、街はずれにある空き地で二人の女性が車中で死んでいるのが発見されたのです。まだ未確認なのですが、岡倉女子短大の佐伯校長と最後に失踪した西野寮長らしいのです。同僚の刑事と現場に向かっている途中にちょっと立ち寄ったのです・・・間に合ってよかった。」

そう言うと、黒石は二人に敬礼をして「この失踪事件も、もう解決ですよ・・では、同僚が覆面車くるまで待ってますので。」

黒石が見えなくなるのと同時に特急がホームに滑り込んで来た。



「本降りになりましたね・・・。」健二が窓から外を眺めている和子に呟いた。

「・・・・・・・・・・・。」

向かい合って座っている二人だが、重苦しい空気が二人を支配していた。

気丈に振舞っていた和子だが、真理の遺体と対面してからは、娘を亡くした母親の弱さが身体からだ全体から感じられていた。

義姉ねえさん・・・大丈夫?。」

「・・大丈夫ょ!・・そうだ、真理を見つけてくれた子供の手紙を読まなきゃ・・。」

和子はず〜と抱いていた遺骨を横に置き、手紙を読み始めた。

・・・一筋・・二筋と、和子の頬を涙が濡らしている・・。

読み終えた手紙を心配顔の健二に渡して、和子は真理の遺骨を力いっぱい抱きしめるのであった。


”人魚のおかあさんへ、人魚のお姉さん泣いていたよ。怒ってばかりでは人魚のお姉さんが可哀想だよ。僕も悪戯ばかりしては、お母さんにたたかれて泣いているけど、やっぱりお母さんが大好きです。人魚のお姉さんも、きっとお母さんの事が大好きだと思います。だからあまり怒らないでね・・・。”


                              やまふじ けんた




人魚の涙 (完)

             



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