第84話 ヴィオレッタお嬢様が実はゼーゼマン商隊イチのBBQ奉行だった件
大変お待たせいたしました。
「うわあ……」
「すごぉい」
「きっと、これから貴族様がおいでになるんだよ」
「うんうん、きっとそうだよ、あんなごちそう見たことないもの」
「そうだよね、あれって貴族様のたべものだよねぇ」
「ああ、テーブルの上のご馳走、ちょっとでいいから余らないかなぁ」
グリューヴルム王国辺境の街ヴェルモンの景色が緩やかに朱を帯びてゆく。
街の郊外の小高い丘の上にあるゼーゼマン商会のお屋敷の裏庭では、すっかりガーデンパーティーの用意が整いつつあった。
「みんな! あたいたちの初仕事は、きっと給仕だよ」
「そ、そうだねダリル」
「貴族様に失礼がないようにできるかしら」
「リゼ、あたいたちのしっぱいはごしゅじんさまの恥になるんだからな!」
「うん! がんばる!」
僕たちがゴブリンの穴から助け出した少女たちが顔を見合わせ頷きあう。
この会場のセッティングもかなりの部分で彼女たちの労力によっているのだが、彼女たちはこの会場で行われる宴の主役が自分たちであることに全く気がついていない。
ってか、僕は君たちを使用人にした覚えないし、ましてや奴隷にした覚えもないからね。
それにしても、これは本格的過ぎのような気がする。
この人数で食事をするにはこのお屋敷の食堂が狭すぎるので、僕は裏庭でのバーベキューを提案したんだけど、いつの間にやらガーデンパーティーの様相を呈していた。
「ははは、ここまでやっちゃいますか」
僕は半ば呆れてひとりごちる。
「嫌なこと忘れるには旨いもん食って飲んで、バカ騒ぎするのが一番さ」
脚立を担いだルーデルが僕の肩を叩く。
なぜ脚立?
「ん? これか? リューダとウィルマと一緒にガーランドを張ってたんだ」
裏庭上空を十字に横断しているロープに数珠繋ぎになった提灯みたいなものをルーデルが指差す。
「どうせやるなら徹底的にやるのが効果的だと思うのだけれど」
「で、ございますとも。徹底的に面白おかしくおいしくでございます!」
そういえば、キャラバンの宴のとき、僕もこの照明兼飾り付けのロープを張る手伝いをしたことがあったっけ。
「ハジメさんは食べ物を徹底的にしてくださいましたからね」
「いやぁ、バーベキューだけってのも寂しいと思って……」
エフィさんが裏庭の真ん中に設置した長テーブルを示す。
そこには、みんなに手伝ってもらって用意した料理が所狭しと並んでいる。
バーベキューは醤油と酒のおかげで自信が持てる味付けになったものの、それだけじゃ寂しいと思って、昨日の残り物やらなにやらをマジックバッグから全力出撃させ、さらに手伝ってもらっていろいろと作ったらこれだけになったって感じだ。
料理の豪華さはともかくとして、物量だけは寂しくないものとなったはずだ。
ちなみにメニューは以下の通りだ。
【飲み物】
エール
ミード(蜂蜜酒)
赤ワイン
白ワイン
日本酒
オレンジ果汁
りんご果汁
【お料理】
刻んだ塩漬けキャベツ
茹でたジャガイモ
東の森のキノコと山菜マリネ
ニンニクと唐辛子のスパゲティ
パン
スペアリブ
オークすね肉のシチュー
オークロース肉のバーベキュー
【デザート】
アイスクリン
「はあぁ……、おいしそう……」
エルフの女の子が呟く。
それが呼び水となったんだろうな、お腹の虫の大合唱が始まった。
「ご、ごめんなさい。ごしゅじんさま! すぐにだまらせますから」
狼人のダリルが腹を抱えてひれ伏す。
「ごめんなさい! ごしゅじんさま」
他の子たちもつづいて一斉に土下座する。
「ハジメ!」「ハジメさん!」「ハジメぇ……」「ハジメったら」「台下!」
刺さってる! 刺さってるから! みんなの視線!
僕は大慌てで膝をついて、女の子たちに語りかける。
「み、みんな、頭を上げて! そんなことしないで! あのね、みんな、お腹の虫はだまらせなくていいからね」
「え? でも……」
涙目で僕を見上げる兎人のリゼの頭を撫でる。
「いいんだ。みんなのお腹の虫は、これから大満足するに違いないからね」
「「「え?」」」
呆ける女の子たちを立たせて、僕はパンパンと二度手を叩く。
「さあ、ここからは、みんながお客さんだ!」
僕は女の子たちに宣言する。
彼女たちはきょとんとしてフリーズしている。
「え? でも、あたしたち、おしごとしないと……」
狼人の女の子ダリルが口ごもる。
「みんなおいで! お肉が焼けたわ!」
その容姿に似つかわしくない大きな声をヴィオレッタお嬢様が辺りに響かせ、こんがりと焼けた串焼きをかざす。
実は、ヴィオレ様はゼーゼマン商隊イチの鍋奉行ならぬバーベキュー奉行だった。
「あ、あの……ごしゅじんさま……」
女の子たちは不安げな表情で僕を見上げる。
よく見ると、口の端から涎をたらしている子もいる。
僕はかがんで彼女たちの一人ひとりの目を見て語りかける。
「これはね、きみたちに楽しんでもらおうと思って用意したものなんだ。あそこでお姉さんが焼いている串焼きも、みんなに手伝ってもらって作ったテーブルの上の料理も全部食べていいんだよ」
徐々に少女たちの目尻が下がり口角が上がってゆく。
「テーブルの上のカップにお皿や匙を使ってね」
「「「「はいっ!」」」」
少女たちは一斉にご馳走(あくまで彼女たち曰くだ)が並ぶテーブルへと、あるいはヴィオレお嬢様が待ち構えるバーベキューコンロへと駆け出した。
「わあああああっ!」
夕暮れが迫るヴェルモンの街郊外の小高い丘に少女たちの歓声が響き渡った。
17/03/10 第84話『ヴィオレッタお嬢様が実はゼーゼマン商隊イチのBBQ奉行だった件』の公開を開始しました。
最近、近くのスーパーで大きなマッシュルームを売っていることがあって、それでアヒージョ(オリーブオイル煮)を作って食べるんですけど、実は私の目当てはアヒージョを食べた後、器に残ったオイルの方でして……。これにパンを浸して食べるのが最近の私的流行であります。




