第72話 ステルス行軍。僕らはゴブリンの巣穴に忍び寄る。
「えーっと、これから、念話で通信することが多くなると思いますので、馬車と個人に呼び出し符丁つけたいと思うんですけど」
「うん、なるほどいいね、効率的に念話通信ができそうなんだね」
僕の提案にオドノ社長が早速乗ってくれる。
「では、僕らが乗っている馬車をアルファ、社長が乗っている馬車をベータ、シムナさんが乗っている馬車をガンマと呼称します」
そして、僕らの馬車に乗っている皆はルーデルがアルファ01、リュドミラがアルファ02、ヴィオレ様がアルファ03、サラ様がアルファ04、エフィさんがアルファ05、そして僕がアルファ06と呼称することに。
更にオドノ社長をベータ01、ゲリさんをベータ02、シムナさんをガンマ01、フレキさんをガンマ02と呼称することにしたのだった。
「オーケーオーケーなんだね! では、ベータ01、馬車に乗り込むとしようかね!」
社長が呵呵と笑い、シムナさんが微笑んで肩をすくめる。
「じゃあ、みなさん、かかりましょう!」
「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」
皆が馬車に乗り込む。
「あーあー、テストテスト。こちら、アルファ、ベータどうぞ……」
エフィさんが自発的に通信のテストを始め、オドノ社長の馬車を呼び出している。
僕らのパーティーの通信士はこれで決まった。
エフィさんの念話ブースターはボディコンワンピースの立て襟につけてあるため喉仏を抑えて通信を送っている様子はまるで喉マイクで通信する大昔のドイツ戦車兵みたいだ。
もちろん念話は周波数なんてないから、近くにいる念話を使える人間は聞き放題話し放題だ。だけれどもそれぞれが好き勝手に念話をし始めたら、こういった集団行動の時には、収拾が付かなくなり、集団行動が崩壊しかねない。
だから、通信には統制が必要になってくる。
「では、進発します! エフィさん、社長とシムナさんについて来るよう連絡願います!」
僕は、まだ、こうした魔法応用の技がうまく使えないので、得意な人に丸投げすることにした。
「ははっかしこまりました! ベータ、ガンマ、こちらアルファ。進発する。繰り返す、進発する。我に続け。我に続け」
ゴブリンの拠点洞窟は、当たり前だが、人目を避けるように森の中を縦貫横断している街道から離れた森の奥にある。
だから僕らはできるだけ街道を馬車で進んで拠点に接近、馬車を街道に待機させて獣道を徒歩で森に入り、拠点洞窟に向かうという算段だ。
十分幅があれば街道から獣道に馬車を乗り入れることも可能なのでそこのところも考えて、幌は取り外してある。
可能な限り馬車を森の奥に入れて救出した人たちを馬車に収容したいからね。
ヴィオレッタ様の回復魔法で怪我や体力は回復できても、心に負った傷はそうそう癒えるもんじゃないだろう。
心が折れてたら、ろくすっぽ歩けやしないに違いない。
そんな無力な人たちを長い距離歩かせるのは、ゴブリンの哨戒部隊と遭遇してしまった場合、とんでもないリスクだ。
「ハジメ、いいよなぁ!」
ルーデルが僕に許可を求めてきたのは、きっと「お嬢様方に馬のグラーニの能力と馬車の性能を知られてもいいよな」という意味だ。
それは無論だ。むしろ知ってもらいたいくらいだ。なぜならこの馬車はお嬢様方のものなのだから。
「ああ、ルー。もちろんだとも!」
ルーデルが犬歯をむき出してにやりと笑う。
「グラーニ! はぁっ!」
「え?」
「わあッ!」
「ほおっ!」
フワリと浮遊感を感じて、お嬢様方が驚きの声を上げる。
同時に馬車が走る音が消えうせる。
後続の馬車はグラーニの両親が引く馬車だ。グラーニと同じことができる。
御者席のリュドミラが隠蔽魔法を詠唱する、後続していたオドノ商会の馬車も含めて不可視のにするわけだ。
これで僕らの救出部隊の馬車三台は傍からも互いからも音も聞こえなければ、姿も見えない。
昨日の僕らの襲撃でゴブリンも警戒レベルを上げてきているだろう。偵察哨戒の小隊を出したりして網を張っているに違いない。
ついさっき、エフィさんとリュドミラが偵察に出ている間に僕らを襲ってきたやつらがそうだ。
だから、ゴブリンの警戒網に引っかからないようにステルスで移動だ。
「リューダの隠蔽魔法ってすごいんだね」
「うふふふ、もっと、もおっとすごいのを見せてあげてもいいのだけれど」
リュドミラは僕を振り返り、口角を吊り上げる。
「あ、でも、社長さんたちの馬車は僕らを見失わないかな」
こちらからあちらが見えなくなったということは、あちらからもこちらが見えなくなったということだ。
僕が何気なく放った不安にリュドミラが答える。
「大丈夫なのだわハジメ。オドノ商会の馬車の御者ゲリとフレキは、とてもとても鼻が利くの。あの子達がわたしたちを見失うことは太陽が西か昇ってもありえないのだわ」
「ああ、この世が始まってから、あいつらの鼻から逃れられたやつはいねえってのがもっぱらの評判なんだぜぇ」
「この世が始まって以来なんて、凄腕の追跡者なんですね。ゲリさんとフレキさんは」
「まるで神話にでてくる魔犬みたい」
「冒険者の中でも追跡者やハンターのことをよく犬や狼にたとえますけど、かなりの高レベル追跡スキルの持ち主なのでございましょうなぁ」
ああ、そうなのだろう。きっとそうなんだろう。うん安心だ。
「ハジメ!」
少しして、ルーデルが僕に声をかけてきた。
どうやら第一目標のメジャーの拠点洞窟の近くの街道沿いに到着したようだった。
「ヴィオレ、周辺警戒をお願いします」
「範囲は?」
「周辺四分の一リーギュ(約1キロメートル)くらいで願います」
「了解です!」
ヴィオレお嬢様が目を閉じ呪文を詠唱する。
「ハジメさん! 現在、周辺四分の一リーギュにゴブリン及び敵対モンスターの反応はありません。警戒を続けます」
「ありがとう、ヴィオレ。ルー、馬車でどこまで行ける?」
「一台なら、まん前までいけるぜ」
「リューダ、ゲリさんとフレキさんって、冒険者のレベルだとどれくらいなのか知ってる?」
「あの子達だったらフェンリルとだって戦えるわ」
「ふぇ……っ!」
「まあっ!」
「それってS級以上でございますよ!」
うん、そう言うことなら問題ない。小隊規模のゴブリンの群でもかなり余裕で殲滅できるね。
「よし、じゃあ、僕らは拠点洞窟の出入り口近くまで行こう。エフィさん、シムナさんとオドノ社長に馬車をここで待機させてこっちに来てほしいと連絡してください」
「ははっ! 了解しました。アルファよりベータ01、ガンマ01へ、ベータ01、ガンマ01はアルファに移乗、ベータ、ガンマは現場で待機。繰り返す……」
乗員にオドノ社長とシムナさんを加え、僕らの馬車は獣道に入り、森の奥へ奥へと進む。
『到着だ!』
ルーデルの声が耳元で聞こえる。やはり念話は便利だ。敵に声で気づかれる心配がないからね。
まあ、近くに念話を使える人がいるときは会話がだだ漏れだから内緒話には向いてない。
内緒話なら昨日ルーデルやリュドミラが僕に使った『ウィスパー』っていう音声を飛ばす魔法の方が向いている。
「じゃあ、みんな打ち合わせどおりで!」
僕は極々小さな声で言う。
『『『『『おおっ!』』』』』
みんなの返事が念話で帰ってきた。
僕も早く念話を使えるようにならないとな。
17/02/09 第72話 ステルス行軍。僕らはゴブリンの巣穴に忍び寄る。
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