第57話 甘いものは別腹ってそういうことだったのか!
お待たせしました
「「「「「おかわり!」」」」」
しまった! これは、想定していなかった。
僕に向かって一斉に差し出された皿に、僕は周章していた。
だって、ドネルケバブだってあるんだよ!
まったくもって、まさに舌を巻くようなという表現がぴったりの速度で、みんなはパスタを食べるときのフォークの使い方をマスターしていった。
一口目よりも二口目、二口目よりも三口目と、倍々に巻きつけるパスタの量の調節、そして、巻きつけるスピードが上がっていったのだった。
ルーデルとリュドミラにいたっては。皿の後半は匙を使わずにフォークで巻いていたくらいだ。
「ぷはあぁっ! これ、エールがよけいにすすむ麺料理だぜ、ったくよう! ハジメぇエライもん作ってくれたなあ!」
ワイルドに太く巻いた麺を一口食べてはエールをごっきゅごっきゅと飲み、ルーデルが犬歯を見せて笑う。
「麺に和えてある卵とクリームのソースに混ぜてある、少し酸っぱくて濃い乳の味がするものが、ワインを引き立ててくれていると思うのだけれど」
上品にフォークに巻いたカルボを優雅に口に運びながら、この料理のツボともいえる部分をリュドミラが言い当て妖艶に微笑んだ。
「リューダ、それは、チーズっていうのよ。バター屋で三年も売れ残っていたのをみんなで値切って買ってきたのよ。あと、ハジメが、鍛冶屋でそれを粉にする道具を作ってもらったの」
「チーズはこうして味付けにも使えるんだけど、それだけで食べてもおいしいんだ。後で切ってあげる。ワインのつまみにするといい。もちろん、エールのつまみにもなるからね」
食後酒のアテができてルーデルとリュドミラはにんまりとした。
「いやあ、このような料理、王宮晩餐会でも出てきませんでございますよ」
「ええっ? ウィルマ、王宮の晩餐会に出たことあるの?」
サラ様が目を見開いてエフィさんを見返す。
「ははは、ルーティエ教団のお偉いさんにくっついてって、おこぼれに預かっただけですよ」
「じゃあ、ウィルマ、私たちって、国王様や王族の方々より贅沢なものを食べているってことかしら?」
困ったような顔でヴィオレッタ様がエフィさんに尋ねる。
「贅沢かどうかといったらそれは、否でございます。材料はこんな辺境の市場で手に入るものばかりでございますから。しかし、王宮の料理よりもおいしいことは確かでございます」
エフィさんは切れ長の目をいっそう細くして微笑みヴィオレッタ様に答える。
昨日もエフィさんは王宮の料理と僕が作ったのを比べて褒めてくれたけど、エフィさんが言ってることが本当だとしたら、宮廷料理って、どんなものが出てくるのか気になってくる。
まあ、二十一世紀日本で食べることができる料理と、元いた世界の中世後半ぐらいの文明程度の世界の料理を比較するのはナンセンスだけどね。
大体、元いた世界の日本での一般のご家庭の料理だって、江戸時代と比較したら大名や、将軍ぐらいしか食べられなかったもののオンパレードだ。
「あと、フォークで食べるのって、なんか、自分が野蛮人じゃないって思える気がします」
「「「「それだあッ!」」」」
ヴィオレ様の言葉にその場の全員が大きく頷いた。
そして、あっという間に、決して少なくはない(一皿大体1.5人前は盛り付けてあったはずだ)分量を胃に落とし込んで、僕に向かって空になった皿を突き出したのだった。
パスタは? あと、三キロくらいは余裕である。
クリームは? 十二分だ。
ベーコン大丈夫。
卵? あと、四ダース四十八個たっぷりとある。
チーズ? 無論だ。
「あははっ。こんなに気に入ってもらえるなんて思ってなかったから、余分に作ってはいなかったよ。ちょっと待っててね。作ってくるから」
僕は皿を回収して厨房へ。
「あ、ハジメさん、待って! 私、手伝います!」
「わたしも!」
「あ、非才もお手伝いいたします!」
ヴィオレッタ様、サラさま両嬢様とエフィさんたちが追いかけてくる。
「うしッ、じゃあ、はじめましょう!」
そうして、僕は再び『スパゲティカルボナーラ』を作り始める。
パスタの分量を一回目よりも若干増やして……というか、一回目は1.5人前を一皿としていたので次は一皿あたり二人前を盛り付けることにする。
ソースも前より1.5倍くらい多く作る。
それでもウチのお嬢様方はきっとぺろりとたいらげてしまうに違いない。
「はいっ! お待ちどうさま!」
「「「「「「いただきまーす!」」」」」」
「「「「「うまぁっ!」」」」」
「むはっ! ん、んぐ、んぐ、んっ!」
「っ……っ、…ん………っ! ………ん………んっ!」
「はふっ! んっ、んむっん、ん、んんんんっ!」
「あふっ、ふ! ふあっ、ん、ん、んぁ、んっ!
「ほあッ! んほおぉっ! ほ、ほ、おほおおおおおっ!」
……本当にぺろりとたいらげやがった。このひとたち、なんて胃袋してんだ?
「「「「「おかわり!」」」」」
再び僕に向かって皿が突き出された。
ケバブを食べるための薄焼きパンで、きれいにソースを拭ってるから洗ったみたいにピカピカだ。
「は、はははは……」
パスタは? あと、二キロ弱くらいは余裕である。
クリームは? 十分だ。
ベーコンも、まだ、あと一回分ぐらいならなんとか。
卵? あと、三十一個。
チーズ? まだまだ十分ある。
「作ってきます!」
「お手伝いします」
「わたしも」
「非才も」
再び僕たちは厨房に走る。
パスタは残り約1.8キロを全部茹でる。ソースは2倍多く作る。
「お待ち! さあどうだ!」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
「「「「「おーいしいいいいいいっ!」」」」」
もうすっかりみんなフォークの使い方はマスターしていて、ものすごいスピードでカルボナーラを頬張り咀嚼し飲み込んでいく。
僕は、ただただ、呆然とみんなが皿を空けていくのを眺めている。
「むはっ! ん、んぐ、んぐ、んっ!」
「っ……っ、…ん………っ! ………ん………んっ!」
「はふっ! んっ、んむっん、ん、んんんんっ!」
「あふっ、んふ! ふあっ、ん、ん、んぁ、んっ!」
「ほあッ! んほおぉっ! ほ、ほ、おほおおおおおっ!」
初めの一皿は通常でいうところの大盛の分量だった。二皿目は通常だったら特盛りと呼ばれる二人前分、そして、今みんなが食べているのは僕が元いた世界では、メガとかギガとかいわれるレベルの盛りだ。
それが、見る間になくなってゆく。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはああああっ!」
「ふうぅ!」
「んはあぁっ!」
「はふぅ……」
「ほうっ!」
全員がほぼ同時にフォークを皿の上に置いた。
「はああ……くったっ! もう入らねえ」
「ふふふ、わたしも少し食べ過ぎたかしら。お腹がおも…いのだけれど」
「ぷふう……わたし、こんなにいっぱい食べたの初めて……これ、食べ過ぎっていうのかなぁ」
「私もです。もう……ハジメさん! 私、太っちゃったらハジメさんのせいですよ」
「ほおう……非才もいささかすごしました…くはぁっ!」
みんな膨れたお腹を抱えてイスに寄りかかっている。
胃袋が四○元ポケット化していたわけじゃなかったようだ。
「ははっ! よかった、みんな、今日の料理は気に入ってもらえたようだね」
「気に入ったなんてもんじゃないわハジメ! わたし、今まで食べた麺料理の中できょうのスパゲッティかるぼなーら? これ、一番好きになったわ」
サラ様が空になった皿を指差す。
「はあ、でも、あんまりおいしくって、食べ過ぎちゃう」
ため息がちにヴィオレッタ様が眉を顰める。
「なに心配してんだよヴィオレ、働きゃあいいんだ。働きゃあ!」
「そうね、食べたら働けばいいのよ。そして、いっぱい働いたらいっぱい食べればいいのだわ」
「ふうう、で、ですが、今はなんとか、この膨れきったお腹をどうにかしたいものです」
エフィさんが苦しげに、お腹をさする。
ほんとうによかった、みんなお腹いっぱい食べたら苦しくなる人間だったようだ。
「はあぁ……。甘いものが食べたいなあ」
サラ様がつぶやいた。
「そうね。何か甘いものがあればお腹がすっきりするような気がするわ。杏を干したものがあったと思うけど……」
ヴィオレッタ様も甘いものを欲しがっている。だが、ここで、お菓子に発想がいかずにドライフルーツに考えがいくところが、砂糖がまだまだ贅沢品であるということなのだろう。
そういえば、食後に食べる甘いもの、すなわちデザートには満腹になった胃から、腸に食物を押し出す働きがあるって聞いたことがある。
甘いものは別腹って、そういうことだったんだって感心したことを思い出した。
「では、非才、食品庫を見てまいりましょう」
エフィさんが立ち上がる。
「ああ、エフィさん、それ、僕が取ってきましょう。でも……」
そう言って間をもたせた僕に、サラ様がハッとする。
「あ、あ、ハジメ! まだ、あるのね! あいすくりん、まだあるのね!」
食堂の気温が確実に何度か上がった。
ギラリと熱を帯びた視線が僕を射抜く。
「はい! 全員が一回食べられるくらいの分が残っていますよ」
「「「「「ぅわああああああいっ!」」」」」
たったいままで満腹以上に詰め込みすぎて膨れきった腹を抱え、うんうんと唸っていたみんなが破顔する。
とっぷりと日が暮れ、静まり返った辺境の町ヴェルモンの住宅街の一角にあるゼーゼマン邸に、食欲魔人と化した女の子たちの歓声が響きわたった。
17/01/15 第57話『甘いものは別腹ってそういうことだったのか!』の公開を開始しました。
毎度ご愛読ありがとうございます。
寒い日が続いております。こんなときは鍋があたたまっていいですね。
体調崩されませんようお気をつけくださいませ。




