第45話 獣人無双それはまるでフープロかミキサーの様相を呈している件
お待たせいたしました。今回、グロ表現が多々ございますのでご注意くださいませ。
先頭を行くリュドミラが肩の高さで拳を作る。止まれの合図だ。
僕らは、ゴブリンキャプテンの拠点洞窟の最奥部に差し掛かっていた。
ここまで来るのに、枝分かれした横穴の全てを探索して、ゴブリンキャプテン支配下のゴブリンルテナンが率いる四十体規模の群れを三つ潰していた。
計算上は、これで、クエストクリアだった。
洞窟に入る前に、リュドミラが砂盤に再現した精密な見取り図のおかげで、僕らは全く迷うことなく侵攻、接敵、交戦、撃滅をこなせていた。
そのルテナンの群れを潰した方法は実にシンプルだった。リュドミラとルーデルが無双しただけだった。
「ちょっと、お掃除をしてくるわ」
と、いう言葉を残してリュドミラが消える。
それは、リュドミラがその姿を視認できなくなるほどの速度で移動したからだった。
「ふう……」
リュドミラが再び姿を現し、ひゅん! と、風切音たてて双剣を振り血糊を払い落としたのと同時に、その場の半数以上のゴブリンの首がぼとぼとと馬の尻から落ちる馬糞のように、地面に落ちる。
「ハジメ、盾でここふさいで一匹も通すなよ! 一匹でも通したら作戦は失敗だからな!」
そう叫んでルーデルが大剣を振りかざし突っ込んで行く。ゴブリンたちは、その知性の低さからか、自分たちよりも圧倒的な戦力を欠片も恐れずにルーデルに群がる。
「おらよッ!」
ルーデルが大剣を扇風機のようにぶん回す。
ゴブリンの手が脚が首が、あるいは半身が臓物を撒き散らしながら乱れ飛ぶ。まるで、フードプロセッサーかミキサーの超硬チタン製の刃がそこで高速回転しているようだった。
ほんの数分で、四十余体りのゴブリンの群は他のゴブリンたちよりもふたまわりほど大きな固体を除いて全てが撫で斬りにされていた。
げぎゃぎゃッ!
下っ端ゴブリンよりは知性があるゴブリンルテナンは、うろたえ、命乞いするように跪いていた。
だが、その背後には山と積まれた様々な動物の骨に混じって、あきらかに人間の頭蓋骨があった。
「来いよ、ハジメ。こいつらが何者なのか教えてやる」
いや、こっからでもよくわかる。こいつらが絶対的に人間の敵だってことくらい。僕は顔を背ける。近くに行くって事は、やつらが喰った人間の遺体の傍に行くって事だ。
「ハジメ、来なさい!」
リュドミラの声が耳元で聞こえる。
僕の足が、僕の意思を無視して、前進を開始する。
数瞬後、僕は跪いたゴブリンルテナントを見下ろせるところまで近寄っていた。
「うぷッ! うげえええええッ!」
食べては吐き戻しを何度も繰り返した末に、ようやく胃に収まってくれたローストビーフサンドのかけらとエールを、僕は胃液とともに吐き戻し、盛大にゴブリンルテナントにぶっかけた。
僕は、見てしまったのだった。ゴブリンルテナントの後ろにある骨の山の中の、食べられかけの女の子を。
目玉がくり貫かれたその顔が、サラお嬢様の顔に重なる。
俺は手に持っていた盾を放り出し、腰の雑嚢の上につけてある鉈みたいな短剣を引き抜いて、俺の吐瀉物に塗れたルテナントの脳天に叩き付けた。
ぎゃッ!
短く絶叫しルテナントの頭が陥没する。うまい具合に刃の部分が命中しなかったようだ。
短剣を振りかぶり、もう一度叩きつける。
ぎゃぶッ!
今度はうまく刃の部分が命中したようだったが、刀身の四分の一程度がめり込んだだけで、致命傷に至らなかったようだ。
この石頭め!
溢れ出した涙で視界がぼやけた。
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クッソおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺は何度も何度も鉈のような短剣をゴブリンルテナントの頭に叩きつけたのだった。
「もういい、もういいんだハジメ」
ルーデルの声に我に返ると、ゴブリンルテナント肩から上が無くなっていて、辺りにさまざまなものが飛び散っていた。
鉈みたいな短剣が乾いた音を立てて地面に落ちる。
「うえッ!」
えずいても、もうなにも出るものがない。
「ハジメ……やさしい子……」
リュドミラが僕を抱きしめる。
「ああ……」
ルーデルの豊かな胸が背中に押し付けられる。
この構図は、僕がこっちに転生してきて目覚めたときと同じだ。
二人の高い体温は、僕を、まるで温泉にでも浸かっているような気分にさせてくれた。おかげで、ささくれ立った気持ちが徐々に治まってくる。
「ありがとう、リューダ、ルー。もう大丈夫」
二人から離れて僕は左腰に差したナイフを抜く。
肩から上が無くなった死体を蹴飛ばし、その腹にナイフを突き立て肩に向かって裂いてゆく。魔石を採取するためだ。
心臓の傍にある魔石を取った後、ひっくり返して腰の辺りにナイフを刺し切り下げる。今度は討伐証明部位を採取するためだ。
露出した尾骨をボキリと折り取って、僕は盾と鉈みたいな短剣を拾い、鞘に納める。
僕が、ゴブリンルテナントの解体をしている間に、リュドミラとルーデルは下っ端ゴブリンの証明部位の採取を終えていた。
「ありがとう、リューダ、ルー」
僕は、リュドミラとルーデルに心から感謝していた。
これまで、僕はゴブリンに、かつて白人に侵略され苦難の歴史を歩んできた、有色人種を重ねていた。それは、アメリカンネイティブだったり黒人だったり、インドや東南アジアの人々だったり、そして、前大戦での日本人だったり……。
だが、それは、明確に間違いだということが理解できた。
ヴィオレッタお嬢様が言った通り、僕らは違う。今、こいつらを殲滅しなければ、そこに山と積まれている骨の中の人間の骨が増えるのだということが理解できた。
「こいつらが僕らにとって絶対的な敵だって理解できたよ。もう迷わない」
「それならよかったのだけれど」
リュドミラが僕の肩を抱く。
「そうか、うん、うん!」
ルーデルが僕の頭をわしゃわしゃした。
「いこう、リューダ、ルー! さらわれて来た人たちが無事なうちに助け出そう」
盾を携え、僕は歩き出す。
「あらあら、ハジメに先頭を歩かれたら、ゴブリンたちに気づかれてしまうわ」
風のようにリュドミラが僕を追い越し、先頭に立つ。
「お前のケツはあたいが護ってやる」
ルーデルがパシンと拳を叩く。
「ありがとう、ふたりとも」
僕はあらためて二人に感謝を伝えた。
そおっと、そおっと、腰を落として僕はリュドミラに近寄った。
リュドミラは自分の両目を人差し指と中指で指差し、掌で前方を示した。
(掌が指し示す方を見ろ)と、いう手信号だ。
リュドミラが指し示した先は、体育館ほどの広さのホールになっていた。
ざっと見回して、四~五十体のゴブリンが、耳障りなしゃがれ声で何かを囃し立てるように鳴き喚いている。
その一番奥まったところに、下っ端ゴブリンよりもふたまわり以上大きな、立ち上がって概ね二メートルくらいの大きさと思われるゴブリンが座っていた。
そして、その大きなゴブリンの前に、四人の女の子が体を寄せ合っていた。
リュドミラの報告通り、エルフの女の子と、人間の女の子三人だった…………。
って、本当に女の子だった。特に人間の方はヴィオレッタお嬢様よりも年下に見える女の子たちだった。
キャラバンで旅の途中に通った農村によくいたような女の子たちが二人と、どこかの商人の娘さんだろうか、他の二人よりも身なりがいい女の子だった。
「ヤツがゴブリンキャプテンだ」
僕の後ろ数メートルにいるルーデルの声が耳元で聞こえる。
さっき、最初の枝分かれでルテナンの群れを潰したときも十メートルくらい離れていたリュドミラの声が耳元で聞こえた。
「これな、風魔法の初歩の初歩でマスターするウィスパーって魔法だ、こんど、教えてやる」
僕は頷く。
「よかった、間に合ったようね」
今度はリュドミラの声が耳元で聞こえる。
「ヤツの股座見てみろよ」
ゴブリンキャプテンの股間を見る。
カッと脳みそが沸騰したように頭が熱くなった。
「知ってるか? ゴブリンってな、他種族から生まれてくるとき腹食い破って出て来んだぜ」
「てめえらぶっころおおおおおおおおおすッ!」
俺は雑嚢の上に着けた鞘から短剣を引き抜いて、ゴブリンキャプテンに向かって駆け出した。
16/12/15 第45話 『獣人無双それはまるでフープロかミキサーの様相を呈している件』の公開を開始しました。
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