第42話 昼食休憩。お弁当が手抜きなのは時短優先ってことで
その後、僕らは散発的に遭遇戦を繰り返しながら森の中を移動して、昼食前には四十体規模の拠点を更にいくつか潰し、予定(ルーデルとリュドミラがたてた予定だが)よりもかなり早いペースで総討伐数を三百台間近にまで到達させていた。
ルーデルが目星をつけていたいくつかの洞窟の他に、幸運にも結構な数の拠点を行きずり的に発見して殲滅した結果だった。
この殲滅作戦の肝はサラお嬢様の火炎魔法で、サラお嬢様の疲労度が最重要課題だったが、サラお嬢様が疲れを訴えることは無く、また、こっそりと状態を鑑定しても疲労を示すことは無かった。
「うふふふ、非才が調合する回復薬はかの秘薬エリクサーに匹敵すると、お褒めいただいております。まだまだ、たーっくさんご用意しておりますから、存分に最大火力を発揮してくださいませ、サラ」
エフィさんがサラの肩を抱いて微笑む。
「ありがとうウィルマ。わたしが用意してきた回復薬はこんなに効き目がよくないから助かるわ。一個銀貨五枚もするのに」
サラお嬢様が破顔する。じゃあ、エフィさんの薬っていくらするんだろうってのは、下種だよな。
……にしても、パねーな、エフィさんの薬は……。副作用がなきゃいいんだけどな。
「大丈夫でございます。非才の薬は副作用など一切ございません。そんなものがあったら、回復薬とはとてもとても申せませんのでございますから」
「確かに……、そうですね」
僕の心を読んだように微笑むエフィさんに、僕は頷くしかなかった。
さて、その拠点のほとんどは洞窟ではなく、人間でいうところの集落的なものだった。
発見した集落を僕らはこっそりと包囲して、サラお嬢様の『土砂降りの炎』で爆撃、大多数のゴブリンをやっつけた後、ほんの少数の生き残ったやつらが、ちりぢりに逃げて来るのを各個撃破するといった手順で実に効率的に殲滅作戦を遂行していった。
この、集落急襲焼き払い作戦も、ジャイアン合衆国が東南アジアの半島のジャングルでさんざっぱらやった戦法だった。
拠点を襲撃する度に、僕は、斬られ刺され、殴られ、さんざんに痛い目にあった。固有スキル『絶対健康』が無かったら、とっくのとうに閻魔様の前に引き出されていたろう。こっちの世界に閻魔様がいればだけれど……。あ……、ミリュヘ様のところか。
予定よりもかなり余裕ができたらしく、僕たちは馬車に戻って、ゆっくりと昼食と休息を取ることができた。
馬車に戻れたおかげで、僕はようやくにして服を身につけることができた。
ゴブリンとの戦いで服が破れたり、返り血で汚れたりすることが予想できたので、予備を二揃い持ってきていたのだった。
もっとも、下着を含めて僕が持っている服はこれが全部だから、これが、ただの布の切れっ端になったら、マジですっぽんぽんで街に帰らなきゃならなくなる。
「リューダ、ありがとう助かったよ。これ、洗って返そうと思うんだけど手入れの方法とか分からないから……」
リュドミラにマントを返そうと、きちんと畳んでリュドミラの前に差し出す。
「あげるわ、それ。丁度、今、それより上等なものをおろしたところだから」
レオタードみたいな服の上に、リュドミラは真新しいマントをはおった。
「ほわああああッ! リューダ! それってレッドドラゴンの皮が素材ですか? よくみたら、そのお召し物もそうじゃないですか!」
エフィさんが食いついた。
「ええ、そうよ、ウィルマ。昔、ルーと老衰で死んだレッドドラゴンを看取ったときに、彼からからその躯をもらったの」
「なるほど、ルーの剣はかなりの業物だと思ってましたけど……」
「はははッ! やっぱわかるかい! こいつはドラゴンの牙とアダマンタイトでエルダードワーフが鍛えた剣なのさ!」
なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱり相当の業物らしい。
きっとあの軽そうな胸当てや籠手にブーツも、レッドドラゴン素材なんだろうな。
そして、リュドミラの双剣も、きっとドラゴン素材に違いない。チャンスがあったら、そっと鑑定してみよう。
昼食にと僕が用意していたのは、朝と同じローストビーフサンドだった。
言い訳させてもらえば、そんなに時間がなかったからだ。朝ごはんとお弁当を一緒に調理するのは時短の基本だ。
あと、飲み物はオレンジ果汁とエールにワインだ。こっちの世界では、飲料水の方が高くつくからね。
それに、エールはアルコールが入っていることを除けば、完璧なアイソトニック飲料だって聞いたことあるし。
「うっめえええええ!」
「はあっ、また食べたっかったのだわ、これ」
「おいしゅうございまふ! 台下!」
「ハジメ! わたしがこれをまた食べたいって思ってたのよくわかったわね!」
「はああぁ、私、お昼の後ちゃんと戦えるかしら。なんか、腰がたたなくなりそう」
口々に、パーティーメンバーの肉食女子たちは、お弁当に賛辞を叩きつけまくってくれる。
いや、嬉しいんだけれど、あからさまに手抜きだから、逆に恥ずかしいな。
それにしても、僕以外の我がパーティーのメンバーたちは、あれだけ、殺戮を繰り返していたにもかかわらず食欲が旺盛だった。
かく言う僕は、何度も臓物を腹腔から飛び出させたせいか、口をつけはしたものの、胃が食べ物を受け付けず、飲み込む片端から戻してしまった。
そんな僕を見て、お嬢様たちは、してやったりと笑っていた。
ああ、最初の戦闘のときの仕返しか。ウチのパーティの女子たちは意外と執念深い。
「はあぁ……」
僕はエールで口の中をすすいで、大きなため息をついたのだった。
「じゃあ、もう一息がんばろうぜ!」
「「「「おおおおおおっ!」」」」
あいかわらず、僕のパーティーの女子は意気軒昂だ。
そんなわけで、午後の早い時間には、僕らのクエスト達成率は八割以上に達していた。
このころには、さすがの僕もそうそう攻撃を食らわなくなり、受けたり、かわしたりしながら呪文を唱えるサラの護衛ができるようになっていた。
したがって、服もひどい破損は免れていた。
実戦の一日は訓練の三ヶ月に相当するって、劇画で読んだことがあったけれど、自分で実感することになるとは思ってなかった。
「っしゃあッ! あと一息だ! 最後にとっておきのでかいヤツでシメて街に帰ろうぜ!」
ルーデルの言葉に、エフィさんが応える。
「とっておきのでかいのって、クエスト達成まであと、百体近くあるのですけど、それくらいの大きさって……?」
ルーデルは、酒席の中年管理職みたいに宣言する。
「キャプテンいってみよう!」
「きゃぷて……、ルー、他にルテナンを二つでよくないですか?」
エフィさんがあからさまにうろたえる。
「ルテナンふたつとキャプテンひとつはどう違うの?」
サラお嬢様がのんきに尋ねる。
「大違いよ!」
ヴィオレッタお嬢様が少しだけ声をひっくり返して叫ぶ。
「ですねぇ、ルテナンが率いているのは大体四十体前後の群です。キャプテンというのはさらにそれを三つから四つ率いている指揮個体なのでございます」
ってことは、最大でルテナン込みで百六十匹の群ってこと? 僕は戦慄する。
「む……」
「ハジメ、わたし、言ったのだけれど。あなたが成そうとしていることは、無理、無茶を積み重ねなきゃ、叶わないって」
リュドミラが僕の肩を掴み、僕の目の中をまっすぐに見据える。
「わかった。ルー、ゴブリンキャプテンの拠点は、目星ついてる?」
「ハジメさん!」
抗議の声を上げるヴィオレッタお嬢様を手で制して僕はルーデルの瞳に映った僕を見据える。
「ふふん、ったりめーだ! ここからすぐだ」
僕は大きく息を吐いて頷いた。
「行こう!」
ってね。
毎度ご愛読ありがとうございます。
16/12/11こっそり誤字脱字修正しました。