第37話 ゴブリンは同じ『ゴ』だけに一匹見かけたら三十匹はいるらしい
お待たせいたしました。
「ゲギャギャ! ゲギャギャ!」
ヴェルモンの町から馬車で東に一時間ほどの森の入り口近くで、僕らはものすごい数のゴブリンに囲まれていた。
「どうするのこれ?」
「決まってんじゃんか!」
「殲滅ね」
あわてふためき、腰を抜かしかけている僕にルーデルとリュドミラが犬歯が目立つ歯をむいて笑いかける。
「いやぁ、そうは言いましても、これほどの数……」
エフィさんが顔を引きつらせる。
「……っく!」
「………………ッ!」
ヴィオレッタお嬢様もサラお嬢様も、紙のような顔色だ。
「い、いくら、ゴブリンが最下級モンスターだからっていって、いちどに、こんなたくさん相手できるもんか!」
ルーデルとリュドミラに僕は抗議する。
「やらなきゃ、殺られるだけさ」
「そうね、やるしかないのよハジメ。あなたが成そうとしていいることは、こういう無茶を重ねて積み上げていくことなのよ」
あらためて、僕は自分の短慮を後悔していた。
僕らは大量発生したゴブリンのど真ん中にいたのだった。
鬨の声勇ましくゼーゼマン邸を出発した僕らは、街の城門近くの繁華街にある冒険者ギルドにやってきた。
ある程度予想はしていたけれど、まるで通勤ラッシュの電車のような混雑ぶりだった。まあ、僕はそんな電車に乗ったことないけど。
「んじゃあ、行ってくんぜ!」
お屋敷を出発したときの威勢はどこへやら、あっけに取られて、たじろいでいた僕を尻目にルーデルが腕をブンブンと回しながら突っ込んでいった。
「ッしゃあ! まあまあいいやつゲットしてきたぜぇ!」
黒山の冒険者だかりから出てきたルーデルの手には、クエストが記載された紙の束が握られていた。
「あのう……本気ですか?」
冒険者ギルドの受付嬢カトリーヌさん。昨日僕らが大迷惑をかけた被害者だ。
「ダメなのかい?」
犬歯が目立つ歯を見せてルーデルが笑う。
「い、いえ、マスターシムナから、ルーデルさんとリュドミラさんは元トリプルSだから、ある程度のことは大目に見てねと言われてますから……」
両手を胸の前で振り、滅相もございませんというカトリーヌさんはすっかり怯えている。
そりゃあ、そうだよな。僕らが冒険者登録にやって来たせいで、十回人生やったってしなくてもいい体験しちゃったもんなあ。
って、元とりぷるSだって? ちょ、ちょ、ま……。
ええと、今、僕らは最下級のF級だから……。僕は自分の首からぶら下がっている兵隊の認識票みたいな冒険者登録証を見つめる。
銅でできたプレートには、僕の名前、それから冒険者ランクがしっかりと『F』と刻まれている。
トリプルSなんてランクがあるって……。
F→E→D→C→B→A→ダブルA→トリプルA→S→ダブルS→トリプルSってこと?
「「「「ええええええええええッ!」」」」
僕らはアゴを外さんばかりに驚いた。
「そ、そんなランクの冒険者、伝説でしか聞いたことございませんよ」
「そんな英雄譚級の冒険者が博打で借金こしらえて、お父様の護衛奴隷してたなんて」
「すごい、すごい! ルー、リューダすごい! わたしたちランクFで初心者なのに、無敵パーティだわ」
無邪気にはしゃいでいるサラお嬢様を除いて、僕らは開いた口を閉じることをすっかり忘れていた。
「まあ、そういうことだから、気をしっかり持ってね」
僕らを励ましてくれる声に、口をだらしなく開けたまま振り返る、そこにはダークエルフのギルドマスター、シムナさんが苦笑いを浮かべて小首をかしげていた。
「カトリーヌ、ルーはどんなクエスト持ってきたの?」
「あ、はい、マスター! こちらです」
窓口カウンターにひじをかけたマスターシムナに、カトリーヌさんがクエストが記載された用紙の束を見せる。
「ふうん、なるほどね……、ゼーゼマンさんのお嬢さん方と、ハジメくんのランク上げを兼ねたのね……、まあ、妥当なとこかしら…でも……」
マスターシムナが頷く。冒険者の酸いも甘いも噛み分けた冒険者ギルドのマスターがダメ出ししないってことは、ルーデルは初心者向けのクエストを何件か持ってきたってことなんだろうな。
語尾の「でも」が気になるところだけど。
「あらあら、ルー、少し欲張りすぎじゃないかしら?」
「うん、クエストのレベルは問題ないけど、量が……ねえ」
なるほど、ランクアップには冒険者ランクと同じランクのクエストを何回かこなさなきゃならないから、その回数分の同ランクのクエストを持ってきたってことか……。他の冒険者の迷惑顧みずに……。
それを一度に受けて、何日かかけて全部こなしていっぺんに報酬と経験値? を受け取るって算段なんだろうな。
ギルドに来る回数が少なくて済むから。実にルーデルらしい大雑把な受注方法だな。
「じゃあ、よろしくたのむぜえ!」
ルーデルがカトリーヌさんの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「は、はい! では、仮登録Fランク冒険者ハジメさんのパーティーに、ゴブリン討伐五十体のクエストを十件依頼いたします。発注主はヴェルモンの領主様となっております」
カトリーヌさんがテキパキと、クエストの受注処理をしてゆく。
「では、パーティリーダーハジメさん、こちらのログクリスタル(記録水晶)に手をお願いします」
あ、これ、僕がきのう砂にしてしまったアレだ。
おそるおそる手を載せる。
「クエスト受注についての注意事項をお知らせいたします」
うん、それって、規則で毎度毎度言わなきゃいけないテンプレってやつだよね。
「本件は本日中の達成が条件となります。報酬は一件金貨二十枚です。ゴブリンからの略奪品は別途ギルドで買取いたします。また、クエスト報酬の他に加害モンスター駆除報酬が発生いたします。こちらは現在のレートですと一体あたり銀貨四枚です。討伐数の確認のため、鼻か耳などをお持ちください。同一個体から複数お持ちになっても、一体としかカウントされません。そういったことが何件も重なりますと降格や除名などの懲罰の対象になりますのでご注意ください」
ふむふむ、一件金貨二十枚か結構いい額の報酬だね。しかも、一体ごとに更に銀貨四枚なんて、五十体倒したら、それだけでクエスト報酬と駆除報酬合わせて金貨四十枚の計算だ。本日中ってのが、ちょっときついかな? ゴブリンを探して戦ってそれを五十匹……。一日でどうにかできるだろうか。なんといっても、ウチのパーティーには、平手打ちでゴブリンを倒せるお嬢様がいるからな。
まして、元、トリプルSの冒険者が二人もいるわけだから、ゴブリン五十体ならなんとかできそうな気がする。
それを十日かけて十回やって、金貨二百枚、そして、おそらくそれでランクアップするはずだから、以降はそこから上のランクのクエストの受注ができる。
はっきりいって、僕が一番のお荷物だろうけど、がんばろう。
手を載せた水晶玉がぼうっと光る。昨日みたいに黒くなって砕けて砂になることはなかった。
「なお、クエストの失敗のペナルティは、ハジメさんはFランクですので冒険者登録の取り消しと、一年間の再登録禁止が課されます。では、ご健闘をお祈りしております」
ふむ、なるほど、最下級でなければ一ランク降格ってペナルティか。
これでクエスト受注完了になるんだ。
「しゃッ! いくぞハジメ! 急げ! ギルドの営業時間は、今の時期だと日の入りから一刻までだ! サクサクやんねえと間に合わねえぞ!」
ルーデルが駆け出す。それを追うように、みんながギルドを飛び出して行く。
あわてて僕も走り出す。
「がんばって!」
マスターシムナが背中を押してくれた。
他人に励まされることが嬉しくて、鳩尾がキュンとする。
「ぅしッ! やるぞ!」
もう、みんなは馬車に乗り込んでいる。
「ハジメ、急いで!」
リュドミラが手を差し伸べてくれる。
「はあっ!」
ルーデルのかけ声が辺りに響く。
「うわッ! 待って!」
リュドミラの手を取るのと同時に、馬車が勢いよく走り出した。
馬車の中を見回すと、ヴィオレッタお嬢様もエフィさんも気合が入った顔をしている。
いつもはのんきで明るいサラお嬢様でさえ、口をへの字に結んで目つきを鋭くしていた。
そうだよね、うん、初めてのクエストだもの、気合入るよね。
「ルー! どこで狩る?」
リュドミラが御者台のルーデルに叫ぶ。
「東の森の洞窟にゴブリンキャプテンが出たって噂がある。とりあえずそこに行こう!」
!? え? ごぶりんきゃぷてん? 受けたクエストってただのゴブリンを五十体だよね?
そんな強そうなモンスターのクエストじゃなかったはずだよね?
「なるほど、それなら、最低二百はいますね」
エフィさんが頷く。
ちょ、ちょっと待って? 二百? 受けたクエストの半分近くじゃないか? そんなにいっぺんにやらなくたって……!
「そうですね、それで取り合えず二百として、あと、三百は?」
ヴィオレッタお嬢様までそんなこと言って……。それじゃあ、今日一日で全部やろうとしてるみたいじゃないです……か…?
十件全部……やるの……か?
「あははは! 最近、東の森はゴブリンパレード(大量発生期)に入ってるみたいなんだよ! 他にも四つ五くらいはキャプテンがいそうな洞窟のめぼしはつけてあるぜ!」
「うふふふ。ゴブリンパレードね。だから、あのシブチン領主がギルドにあんなにたくさんのゴブリン討伐のクエストを出していたのね」
待て待て待て! どういうこと? ごぶりんぱれーど? キャプテンがいそうな洞窟? そう言う話なの? このクエストは?
「まあ、私、ゴブリンパレードなんて、はじめての遭遇です」
そう……か、本日中の達成って、十件全部を今日中ってことだったのか。
ルーがクエストの依頼書の束を受付に持っていったときに、カトリーヌさんが「本気ですか?」と尋ねたのはこういうことだったんだ。
ってことは、今日中にゴブリン五百匹ってこと!?
「一匹見かけたら、三十匹はいるっていうもんね!」
サラお嬢様、ゴブリンはそういうあのアレみたいな生態なんですか?
「うまくいきゃ、あいつもいるかもだぜぇ!」
口角を吊り上げて、ルーデルが僕を見る。
「キング! ゴブリンキングですか? 確かに、パレードだとしたら可能性は大でございますけど!」
なんだって? 滅茶苦茶に強そうじゃねえか、それってよ! イベントボスっぽいネーミングだぞ! この体の元の持ち主のなんちゃらって言う二つ名持ちのイケメンだったらなんとかできっかもしんねえけどな! 俺は、たった二ヶ月前にこっちに来たばっかりの軟弱者なんだよ!
金髪の美人のお姉ちゃんに「この、軟弱者!」って罵られてビンタされるくらいにな!
そんな、強そうなのとやれるわけねえだろ! バカヤロウ!
「ハジメ! がんばろうね! できる、わたしたちならきっとできる!」
「サラ……さま……」
僕は大きく息を吐く。
「そう……ですね。やるしかありません。いえ、やれます」
「ハジメさん! 私も!」
「ヴィオレさまの平手打ちの威力には、絶大に期待を寄せております」
「やだ! ハジメさんったら」
ヴィオレッタお嬢様が愛らしく頬を膨らませる。
「ハジメさん、非才も微力ながらお手伝いいたします!」
「はい、エフィさん、よろしくお願いします!」
手綱を取るルーデルの肩越しに黒々とした森が見えてきた。
もうすぐ、僕の冒険者生活がド派手に幕を開けようとしていた。
16/11/29 第37話 ゴブリンは同じ『ゴ』だけに一匹見かけたら三十匹はいるらしい の公開をはじめました。
毎度ご愛読ありがとうございます。皆様のアクセス、ランキングへの投票、ご感想、ブクマは執筆意欲にダイレクトに影響いたします。誠にありがとうございます。
16/12/06 ゴブリンキング→ゴブリンキャプテンにゴブリンエンペラー→ゴブリンジェネラルに変更しました。200体の指揮個体が王様ってのもしょぼいので大尉に降格です。




