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転生グルマン! 異世界食材を食い尽くせ  作者: 茅野平兵朗
第1章 ラーメン王に俺はなる! の巻
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第36話 朝日に響き渡る頼もしい雄たけび

お待たせいたしました

 女神様たちがそれぞれの領界に、そして、マスターシムナもお帰りになられて、静けさを取り戻したゼーゼマン家の厨房で、僕はエフィさんに手伝ってもらい、食器を洗っていた。

 お嬢様方はそれぞれの寝室に運び、寝台でお休みいただいている。

「ありがとうございましたハジメさん。おかげで、ハジメさんがお作りになったお料理を堪能できました。うふふッ、しかも、厨房特権付で! あれはいいものですね」

 食器を拭きながら、エフィさんがしみじみと言った。

「いえいえ、たまたま気がついたからですよ。たまたまです。それから、厨房特権は内緒ですよ」

 すすぎ終わった最後の食器を水切り籠に入れた僕は、人差し指を唇に当てる。

「はい! 畏まりました。台下」

 はあ、その尊称はほんっと止めてほしい。僕はそんな尊称で呼ばれるほど中身が詰まってないんだから。

「およろしい雰囲気を壊すようで申し訳ないのだけれど、いいかしら? ハジメ」

 女神様方をお見送りした後、応接室でルーデルとワインを飲んでいたはずのリュドミラが、扉がない厨房の壁をノックして、自分の存在を知らせた。

「ああ、リューダ、ワイン、無くなった? 今、持って行こうか?」

「ええ、ワインもそうなのだけれど、エフィも、いいかしら?」

 なにやら、今までにない緊張した面持ちでリュドミラが微笑む。

「わかった。干し肉と茹で豆も出そう」

 食糧庫の扉を開けながら、僕はリュドミラに答える。エフィさんもこくりと頷いた。


 室内の温度が、身震いするほどに下がっているように思えるほどの緊張感が漂う中、応接室のソファーに腰掛けた僕は、新しいワインの壺の封を切った。

 テーブルにはつまみに干し肉と茹でた豆、そして、胡桃と乾果実を置いてある。

 ワインをそれぞれの前に置いてある杯になみなみと注いでゆく。

「何から話そうかしら?」

 リュドミラがワインを一口あおる。

「ああ、その前にいいかな?」

 僕は手をかざし、何かを話そうとしているリュドミラを制した。

「リューダ、ルー、今日はありがとう。僕へのミリュヘ様の怒りを逸らしてくれて。君たちがどんな力で、女神様たちと相対することができたのかは、これから話そうとしてくれているんだろうけど、おかげで交渉ができた。ほんとうにありがとう」

 そう、ルーデルと、リュドミラのおかげで、僕はミリュヘ様の怒りをまともに浴びることなく交渉ができた。

 僕が、週に一度と祭日ごとにミリュヘ様にお菓子をお供えすることと引き換えに、お嬢様方の人生をお嬢様方の意思で送れることが約束されたのだ。

「もう、あらかた予想はついていると思うのだけれど」

 リュドミラの言葉に、エフィさんが喉を鳴らす。

「なあ、ハジメ……」

 ルーデルが泣き出しそうな瞳で僕を見つめる。

 僕は大きくため息をついた。

「ねえ、ルー、リューダ。君らが何者なのかなんてどうでもよくないか?」

「だい…か、……ハジメさん?」

 エフィさんが目を丸くして僕を見る。

 そりゃそうだ、僕の予想が正しければ、エフィさんは今後、ここでの暮らしぶりを大きく変えなきゃなくなる。

「ハジメ……」

「それは、今まで通りってことなのかしら?」

「それ以外に?」

 僕は答える。

 とたんに部屋の温度が上がったように感じる。

 淀んでいた緊張感が雲散霧消したのだった。

「ええ、ええ! それは願ってもないことなのだけれど」

「エフィさん、それで、いいですよね」

 僕はエフィさんに向き直る。

「ええ、無論でございますとも。非才は台下の思し召しどおりに……。ルーデルさんリュドミラさんがそれでいいのでしたらですけど……」

「どこに異論を挟む余地があるというのかしら?」

 リュドミラが目を潤ませて頬を上気させる。

「じゃあ、そういうことで」

 僕は、思いっきり、ボッキリとフラグをブチ折ってやった達成感に、フンスと鼻息を荒くした。

 正体を知られたら何処かへと去るなんて、鶴の恩返しからの典型的な別離フラグだからな。

「ぅばじべぇえええええッ!」

 ルーデルが顔中をあらん限りの液体でぐしゃぐしゃにして、抱きついてきた。

 豊満としか表現できないルーデルの体が、僕をもみくちゃにする。

「ハジメ!」

 ルーデルに負けず劣らずのリュドミラのグラマラスボディが、追い打つように僕に体当たりを敢行する。

「この波には乗るしかないッ!」

 意味不明なことを喚いてエフィさんがダイブしてきた。

「うわわッ! わあああッ!」

 獣人特有の高い体温で、あっという間に僕たちは汗まみれになる。

「アハハハハハ! アハハハハハ!」

「うふふふふッ! うふふふふふ!」

「はははッ! ははははははッ!」

「あわわわッ! うわああああっ!」

 仔犬が兄弟でじゃれ合うように、くんずほぐれつで床を転げまわる。

「ハジメさん、まだ起きていらっしゃるのですか?」

 応接室の扉が開く。寝ぼけ眼のヴィオレッタお嬢様が開いた扉の隙間から顔をのぞかせる。

 その瞳がみるみる丸く真円に近づいてゆく。

 ヴィオレッタお嬢様の見開かれた眼に、豊満な美女三人とぴったりと密着して、汗みずくで半脱ぎの僕が映っている。

 お嬢様の右腕が振り上げられ、もの凄い勢いで振り下ろされる。

 あれ? もの凄い勢いだって認識しているはずなのに、やけにゆっくりと僕に近づいてくるな。しかも、色という色が消えて、モノクロの世界に放り込まれたような気になる。

 これってあれか? 生命の危機に訪れるナントか現象ってヤツか?

 ヴィオレッタお嬢様の右手が、僕の頬に当たり、ほっぺたをひしゃげさせ振り抜かれる。

「げふあげえぇッ!」

 ほっぺたに手形と引っかき傷を貼り付けて、僕は応接室の壁に叩き付けられる。

 ヴィオレッタお嬢様の美しいフォロースルーが、この日の最後の光景だった。


 次に気がついたときにはすっかり夜が明けていた。

「ああ、よかったぁ。ハジメさん! ごめんなさい、ごめんなさい」

「ハジメぇッ! よかったぁ! お姉様の平手打ちは、ゴブリンくらいなら一撃だから、心配したよう!」

 最初に僕の目に入ってきたのは、泣き腫らした目で僕を抱きしめるヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様、それを見て笑っているルーデル、リュドミラにエフィさんだった。

 そんなすごいビンタくらって生きてるなんて……。頬に触れてみる。痛くもなんともない。

 ヴィオレッタお嬢様が僕にくらわせたビンタは所謂コークスクリュービンタと呼称される技で、インパクトの瞬間手首のスナップを利かせて引っ掻くという、高度な平手打ちの上位技だ。

 サラお嬢様の言う通り、中レベルのコークスクリュービンタはゴブリン程度なら一撃で粉砕できるほどの威力を誇るのだと噂で聞いたことがあったけど、自分が食らうとは考えてもいなかった。

 コークスクリュービンタを食らうと、頬に深々と引っかき傷が残るはずなのだけど、どうやら、それは回避できたようだ。さすがは女神イフェの加護『絶対健康』様様だ。

「びっくりしてぜぇ。ヴィオレのビンタの痕が、あっという間に消えていくんだからよ!」

 ルーデルが犬歯が目立つ歯を見せて笑う。

「ご心配おかけしました。大丈夫です。さて、朝食ですが、夕べの余り物でいいでしょうか? 夕食は、今日の調子しだいですけど、しっかり作りますから」

 体を起こして、僕は笑った。


 朝食は夕べの残りのローストビーフとキノコのマリネと葉物野菜を丸いパンにはさんだ、ローストビーフバーガー(バーガーパティをはさんでいるわけではないのに『バーガー』というのはどうかと思うが)とオレンジの果汁にした。簡単に作れるからね。

 ちなみに、ローストビーフには昨日屋台で使った僕特製のトマトソースを暖めてたっぷりとかけてある。

 更にちなみにだけど、ローストビーフの本場イギリスでは、余ったローストビーフをサンドイッチで食べる伝統があるそうだ。

 今日から僕は、朝早く出かけて働かなくちゃいけないから、これから朝食は、休日を除いて今朝みたいに時短料理を中心にしようと思っている。

「なんだよこれ、これで、昨日の肉をパンに挟んだだけなのかよ! いや、なんかタレがかかってるのか! うめえええッ!」

「ああッ! おいしいい! 朝からこんなにおいしいものを食べられるなんて!」

「おいしいいいいいいッ! おいしいよハジメ! お肉もおいしいけど、このタレだよね、タレがおいしさをえんしゅつしてるんだよね」

「ああああはんッ! おいしいですハジメさんっ! わたし、わたし、こんなおいしいものばっかり食べてたら、だめになっちゃいそうですぅッ!」

 余り物利用の時短料理なのに、喜んでいただけたようで何よりだ。


「さて……と」

 僕は自室で装束を調え、出かけようと玄関に出てきた。

 腰には分厚い刀身の鉈みたいな短剣を佩いている。こっちの世界に来て442番に生き返ったときから使っている、所謂手に馴染んでいる武器ってやつだ。

「ご一緒させてくださいね」

 ゼーゼマン商隊のキャラバンで見慣れた旅装束に身を包んだヴィオレッタお嬢様が、微笑を浮かべ佇んでいた。

「わたしもいっしょに行くんだから!」

 これもまた、見慣れた旅装のサラお嬢様。手には真新しい杖が握られている。

「助けてやるから恩に着な」

 犬歯が目立つ歯を見せて、ルーデルが笑っている。

「非才は、旅の僧侶が本職ですから、かなり役に立ちますよ」

 真っ赤な僧衣に身を包んだエフィさんが笑顔で杖を振っている。

「あなた一人に任せきりにしていたら、一ヵ月後にはわたしたちの屋根は星空になると思うのだけれど」

 リュドミラが耳をはためかせ、尻尾を振って微笑んでいる。

「みんな……」

 鳩尾がくすぐったくなる。とてつもなくわくわくしているときの感覚だ。

 思わず声が震える。

「じゃあ、行きましょう。みなさんよろしくお願いします」

「「「「「おおおおおおおおおおおッ!」」」」」


 朝の潤んだ日差しに、頼もしい僕の仲間の雄たけびが響き渡ったのだった。


16/11/27 第36話『朝日に響き渡る頼もしい雄たけび』の公開を開始しました。

毎度ご愛読ありがとういございます。

皆様のアクセス、ブクマ、ご感想が創作の燃料でございます。

これからもなにとぞよろしくお願いいたします。

16/11/27 誤字修正いたしました。

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