第30話 僕が女神イフェの第一使徒だった件について
お待たせいたしました。
市場で僕は足りない食材を買うことにした。
それは、いまだに南方の国々でしか栽培と加工ができずにいるサトウキビから作られる、高価な砂糖や、ローズマリー、ローリエなどのハーブ類だ、今日、僕が作ろうと思っている料理にはあったほうがいい物たちばかりだ。
「あのぅイフェ様?」
「イェフ・ゼルフォです!」
「ちなみに我はエーティル・レアシオだから、ね」
すみません。
「えー、あらためまして、イェフ様」
「うーん、様もいらないんですけど……まあ、良しとしましょう。なんですか? ハジメさん」
「はい、命について少しお願いが……」
「定められた天寿を中途刈り入れせよということ以外でしたら」
「では、そこにあるかないかを教えていただくことは?」
女神様方は、顔を見合わせ何事かを相談し始めた。
「ちょっと待ってくださいね」
耳に指を挿れて、小指をを立てる。
「あ、もしもし? 神様? イフェです」
おいおい、ここではイェフってご自分で言い張ってませんでした? しかも神様に電話してるみたいだし……。って、あなた女神様ですよね! そんなあなたが神様に電話って?
「僕らの上司だね。所謂主神っていうやつ」
エーティルさんことルーティエ様が囁く。
「はい、はい、わかりました、そのように対応いたします」
耳から指を抜いてイェフさんことイフェ様がこちらに向き直る。
「えーっと、ですね、初のケースなので、さっき申し上げたこと以外、フリーハンドいただきました」
「ええっ! なんと大盤振る舞いだなぁ! こんなの天地開闢以来、初じゃないか?」
天地開闢って……。まあ、それはおいておこう。現在の僕の目的は、おいしく食べられそうなものを、可能な限り極上な食べ方で食べるってことだからだ。
「って、ことは、あれもいるよな」
僕は辺りを見回す。
あ、あった、あった。油屋さん。
「……お姉さんこれ、いつ搾ったんですか?」
オリーブ油の壺が置いてある屋台で、店番をしていた、長年の農作業ですっかり日焼けしている壮年女性に僕は尋ねる。
「あらやだ、お兄さんじょうずだね。こんなおばちゃん捕まえて! その壺のは今朝、搾りあがったばっかりのヤツだよ。匂い嗅いでみるかい?」
僕はお礼を言って匂いをかぐ。独特のクセがある香りが鼻腔を満たす。
「味見、いい?」
白銅を貨二枚を渡し頼みこむ。
「はははっ、しょうがないね、そちらの別嬪さんに免じていいよ!」
おばちゃんは僕が差し出した小さな杯に、壺からオリーブ油を数滴垂らす。
「んーっ! よし! お姉さん、これ壺ごと買うよ」
僕は銀貨六枚をおばちゃんに渡す。質のいいオリーブ油のひと壺の値段としては妥当だ。
「あらま! 豪気だね、じゃあ、これはおまけだ!」
そういって後ろの棚から、小さな壺をとって差し出した来た。
蓋をずらして匂いを嗅ぐ。おおっ! ごま油だ!
「最近、南方航路が発見されたろ? エルルの油っていうらしいんだ。知り合いの船乗りから貰ったんだけどね、あたしにゃ灯り取りくらいにしか、使い道が分からなくてね。厄介者を押し付けるようでアレなんだけど」
「いやあ、お姉さんありがとう。お姉さんに良い一日を」
僕はおばちゃんに手をかざし、別れを告げ屋台を離れる。
手をかざすこと自体はこっちの世界、この国ではポピュラーなあいさつだ。
「うふふふ、ハジメさんさっそく祝福を与えられましたね」
『自称使徒』イェフさんがニコニコと俺に微笑みかける。
「祝福だなんて、ただ、いいものを譲ってもらったんで、あのおばちゃんが、いい一日であればいいなあって……」
うそ? まさか?
「ほほほほう! さすがだねぇ。やっぱり察しがいい」
僕は、女神イフェの招かれ人だ。しかも、女神イフェに名と姿を献じ捧じている。毎朝女神イフェに、その日一番に汲んだ水を捧げ、感謝の祈りを捧げもしている。ってことは、立派な信者第一号ってこと?
つまり……。
「ハジメさん、あなた、女神イフェの第一使徒なんですよ」
「ああ、ちなみにイルティエ・ヘンリエッタだけど、あの子はイフェの二番目の使徒だね」
『自称使徒』エーティル・レアシオさんがにっこりと笑った。ああっ! また、花が咲いている。
だから、エフィ・ドゥなのか?。
「ご名答オシャレでしょう?」
『自称使徒』イェフ・ゼルフォさんも微笑む。だから、花! 花!
な、なんてこった……。そんな、そんな、大それたこと……。
僕は愕然とした、知れず手に入れていたあまりにも強大なギフトに失禁しそうだ。
「うんうん、いい反応だ。何万回も面接したかいがあったねぇ、イェフ?」
「ええ、こんな方だからこそ。私はお招きしたのです」
呼吸が浅くなり心拍が上がる。こんな息苦しさ、死んだとき以来だ。
「返上します!」
「「却下!」」
無碍に言い放たれた。しかもダブルでだ!
「なんで僕なんですか?」
「あなただからですよ」
「うん、君だからだね」
答えになってない!
「……………………考えるのやめた」
僕は、この件に関して、思考停止を選んだ。
ただ、厳重に注意しなくてはいけないことを心に刻んだ。
「むやみに人の幸せを願う言葉を口に出すのは禁止な。僕!」
じゃないと、世界の人々のパワーバランスが大きく崩れてしまう。
そして、僕が起こす奇跡を知った王侯貴族共が蝗のように押し寄せ、最悪、僕が最も願っていることを破壊しかねない。
「うぅーん。ンマーアアアァヴェラスですっ! ハジメさん!」
「これは、五千年振りにいいヤツが招かれたなあ」
なんか知らないけど『自称使徒』のお二方は、手を取り合って小躍りしている。
「と、取り敢えず! 帰りましょう。帰って、食事の準備です」
ちょうど運よく辻馬車が通りかかった。僕は手を上げ馬車を呼ぶ。
「あいよっ! あんちゃん、どちらまで?」
尋ねる御者に僕は答えた。
「ゼーゼマン商会のお屋敷までお願いします」
御者は怪訝な顔をする。
「奇妙なこともあるもんだなあ。いやね、あんちゃん、実は、たった今、そこから帰ってきたばっかりなんだよ」
僕は苦笑する。女神様方もだ。
「御者さん、あなたは、今日は運命と時の女神グリシンに縁があるようですね」
イェフさんが微笑む。
「御者君、悪いが戻ってもらえるかな?」
エーティルさんがにっこりと口角を上げる。
「お願いします。ゼーゼマンさんのお屋敷へ」
僕は御者さんに少し多めに料金を渡しながら行き先を告げた。
数分後、僕たちはゼーゼマンさんのお屋敷に到着した。
「ルーティエ……」
「うん、イフェ!」
馬車を降りた『自称使徒』のお二方は、なぜだかお二柱に戻っていた。
門をくぐり、お二柱は裏庭に向かって走り出す。
「え? え?」
何事? 慌てて僕は二柱のあとを追う。
二柱は裏庭の小さな祠の前で、指で空間になにやら文様を描く。
「「開門!」」
女神お二柱の凛とした声が辺りに響き渡った。
雷が轟き、大きな門が祠の前に出現した。
「ハジメさんどうしたのですか?」
ヴィオレッタお嬢様がお屋敷から駆け出してくる。
「どうしたの? ハジメ!」
サラお嬢様も駆けて来た。
「うっ!」
「やっべ!」
リュドミラとルーが飛び出し、お嬢様方を護るように立ちはだかる。
「くっ!」
「ち!」
マスターシムナと、正気を取り戻したエフィさんが素早く何かの文様を空間に描いて何らかの魔法を起動させた。
その魔法がドーム状に展開して二重にお嬢様たちを保護する。それは防護結界の魔法だった。
門が不気味な音を立てて開いてゆく。
カツンカツンという。踵の高い靴の音が門の中から響いてくる。
「こらぁ! なんてもん開きやがった! せっかくおとなしく寝かせてたのに!」
ルーデルが神様たちに怒鳴った。
「そういうわけにはいかないでしょ。あの子達がここに来るってことは、あの子に会わなきゃならないってことだもの」
リュドミラが呆れたように口を歪めた。
って、ルー! リューダ! お前ら何者? 神様方をあの子扱い?
カツーン!
靴音が止まった。
『お久しゅうございます。お姉様たち……』
僕らの目の前に、天上の名工が作り上げたビクスドールのようなゴシックロリータファッションに身を包んだ幼女が現れた。
「お久しぶりミリュヘ」
「やあ、久しいねミリュヘ」
お二柱は長いこと会っていなかった仲のいい末の妹を見るような瞳で幼女を見つめる。
「ミリュヘだ……と?」
マスターシムナが膝を折る。
続いてヴィオレッタお嬢様、サラお嬢様も跪く。
『妾はミリュヘ。冥界の主宰である。久しいのヴィオレッタ・アーデルハイド、セアラ・クラーラ。ヨハンはこちらでそなたらの母と睦まじくあるぞ。しばらくこちらで禊いで後、天上に昇るであろう』
外見に似合わない腹腔を揺らす重々しい声が頭の中に響く。
冥界の主宰女神ミリュヘが現世に顕現されたのだった。
16/11/15 第30話 僕が女神イフェの第一使徒だった件について を、公開開始しました。
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