第26話 ああッ! 女神様方再降臨!
お待たせいたしました。
『やあやあ、寸瞬ぶり! あの子らは決して悪い者らでは無いのだけれどね』
大地母神ルーティエ様が、右手人差し指と中指を揃え、眉の辺りにかざして手首を振った。
たしか、ボーイスカウトの敬礼がこんな感じだったな。あ、あと、ポーランド軍の敬礼もこんな感じだったと思う。
『うふふふ、ちょっと堅苦しすぎるのですよね』
そう言って微笑む女神様方から、その体を包んでいた金色の光……オーラなんだろうな……が、すうっと消えてゆく。
と、同時に神々しさが薄れてゆく。ちょうど、明るさ調節機能付のシーリングライトの光量を落としていく感じに似ている。
『こんなものでいいかな? イフェ』
ルーティエ様が親友神に尋ねる。
『ええ、恐らくそれくらいで、高位の神官殿くらいに収まっていると思うわ。どうかしらエフィ・ドゥ』
生命に女神が、その、第二使徒を自称する尼僧に微笑みかける。
「は、我が神々におかれましては、我ら信徒へのお心遣い、まこと恐れ多きことにて此の身、ただただ、地に伏すばかりにてございます。お尋ねの儀、これ、まこと正鵠にて候わば、御心安らかに候らへ」
床に体を叩きつけるようにして平伏してエフィさんは声を震わせる。
って、この場で普通に立っているのは僕一人だけだ。ひれ伏しているエフィさん以外は跪いて手を合わせていた。
エフィさんが、何言ってるのか、僕にはさっぱりわからなかったが、意味だけはくみとれた。
要するに、「そんなもんでいいんじゃないっすか? しんぺねっすよ!」だ。
「じゃあ、行きましょうか!」
僕は再び神殿と化した、ヴェルモンの街の冒険者ギルドマスター執務室のドアを開ける。
「あ……」
そこには、廊下の床にへたり込んで、大きな水溜りを作っていたカトリーヌさんが、手に持った僕たちの冒険者登録証兼身分証明書となるペンダント……軍隊の認識票みたいなヤツ……をカチャカチャといわせ、震えていた。
そうして、僕たちは四人分の冒険者登録料、金貨一枚と銀貨四枚、そして僕の仮登録料銀貨二枚を受付窓口で払って、ギルドを後にする。
僕の胸には防錆加工した鉄でできた冒険者登録証がぶら下がっていた。
等級が上がるにつれて、銅、銀、金、白金とタグの材質も上がっていくのだそうだ。
銀色のタグの冒険者は、金色のタグのクエストを受けられることもあるらしいので、ルーデルやリュドミラじゃないが、一刻も早くそのレベルにならないと、一ヶ月であと、二千七百枚もの金貨を稼げない。
「ふう……」
これを、貰うだけだったはずが、とんでもないことになったもんだと、僕は胸にぶら下がっている楕円形の薄い鉄板を弄ぶ。
「あ、そうだ、とりあえずそこの雑貨屋で、クッションを見てみませんか?」
そう提案した僕に、異を唱える人は誰もいなかった。
ヴェルモンの街の冒険者ギルドの周辺は、冒険者目当てに商売をする店が多く、生活密着型の品揃えをした店は多くないし、その少ない店も純粋な生活用品の品揃えは芳しくない。
生活用品のアウトドアバージョンが圧倒的に多い。小型の野外用フライパンや、鋳鉄の深底鍋…現代で言うところのダッチオーブンってヤツ…に、普通の包丁の代わりに、鍔が付いた野外用の包丁とか、鉈とかばっかりだ。
だが、それでも馬車の荷台で尻を保護するクッションや、毛布くらいは売っている。
とりあえず僕は、新しく増えた馬車の乗客のために、今まであったクッションよりも少しだけグレードの高いものを二つと、今まで僕らが使っていたのと同じものをひとつ買った。
こういうクッションは、需要があるらしく、冒険者ギルド近くの雑貨屋にたくさん揃えてあった。冒険者はクエストによっては、荷馬車に乗り合うこともあるんだろうと推測できる。
『皆は乗らないのかい?』
御者台に背を向け、イフェ様と二柱並んで座されたルーティエ様が、僕らに問いかけた。
顔を真っ青にして、エフィさんが跪く。
「主上にあらせられましては、いと在り難き御言葉なれど……」
『エフィ・ドゥ、乗ってください。皆が徒歩で行くならば、私たちがご相伴に与る食事を用意する時間がそれだけ遅れます。ハジメさんがどのようなものを作ってくださるのか、私もルーティエもワクワクしているのです。聞き分けてくださいますね』
じつに物腰が柔らかで、丁寧なお願いの言葉だったけれど……。
「は、ははーーーーッ!」
エフィさんは馬車に飛び乗り、その場で平伏した。
うん、エフィさんにとっては、他のどんな存在から下されるものよりも、最優先にして背命不可の絶対命令だよなぁこりゃ。
それにしても、飛び乗ったはずなのに、髪の毛が乗ったほどにも揺れたように見えなかったぞ。
独立巡回遊撃大主教という物騒な肩書きは、やっぱり伊達じゃなかった。隠密みたいだったぞ今の
マスターシムナ、ヴィオレッタお嬢様、サラお嬢様が順に乗り込んでゆく。そして、最後に乗り込もうと、馬車の荷台についた手僕の両手を、暖かく柔らかなものが包み込む。
『『ふふッ』』
女神様方が、僕に手を差し延べてくださっていたのだった。
僕たちを乗せた馬車は、ヴェルモンの街を冒険者ギルド周辺の繁華街を抜けて、住宅街のゼーゼマン商会のお屋敷へと向かう。
途中に街の住民が生活するための家財道具を販売している商店や、生鮮食品を周辺の農村から荷車で持ってきて露天販売している市場を通る。
「現在の状況では新品の寝台や椅子、テーブルは無理だと思う、中古の家財道具を扱っている古道具屋、誰か知ってる?」
馬車に乗っているみんなに尋ねる。
「おうッ! 正規買取品からワケあり品まで何でも扱ってる店、知ってるぜ」
「ああ、そういうことならあそこね!」
「オドノ商会なら、一番妥当ね。この街で一番古くて大きな古物商よ。元が質屋なのだそうよ。いいものを高価購入安価販売するって評判だわ」
うん、願ったり適ったりの店だ。そこで、寝具と食事用のテーブル、椅子、そして、調理道具を買おう。
「全部そこで揃えられればいいな」
思わず呟く。
当初あった金貨は約二万と四百枚。古い天秤での重さを測っての計算だから多少の誤差はあっただろう。
お嬢様たちを買い戻すために使ったのが二万枚。これは、奴隷商人のところできっちりと数えたから間違いなく二万枚を支払った。
それから、夕べ、レストランで道端にぶちまけた料理の代金が金貨三十枚
薪やら何やらで銀貨数枚使って、役場で埋葬許可料銀貨五枚と墓守に二人に正規料金金貨二枚と他に一枚ずつ渡して、さっきの金貨一枚とちょっとの出費……。
現在僕の財布の中身は金貨六十四枚と銀貨以下が何枚か……。それが残った全財産だった。
今朝まで三百枚以上あったのになあ。
はあ……、まあ、仕方ないか。うん! 後悔先に立たずだ。
それでも、なんとか、お嬢様方とルーデル、リュドミラの寝具とみんなで食べられる大きさの食事用のテーブルは欲しい。
器と皿、そして、飲用のカップは、この世界の旅を生業とする人間にとって、雑嚢に持っているのが常識だから。お二柱の分だけを買えばいい。
市場外れの馬止めに、ルーデルが馬車を乗り入れ繋ぐ。
農民の大半は、人力で生鮮食品を満載した荷車を引いてくるらしいので、馬止めには片手で数えられるほどしか馬が繋がれていなかった。
「ハジメ! 姉様! ルー! リューダ!」
いの一番に馬車を降りたサラお嬢様が、呆然として前方を指差す。
「どうしたんですか? サラお嬢様」
「ハジメ……、あれ」
サラお嬢様が指差す方を見る。そっちは、ルーが言っていた『オドノ』商会がある方向だ。
「あら……まあッ!」
「ああ、そうだよな……。そうなるんだろうがよぉ」
お嬢様方、そして、ルーデルや、リュドミラも目を剥いて口をぽかんと開けていた。
「た、たしかに、そうね、そうなのだけれど……」
みんなが言う通りだった。そうだ。そういうことだ。目的地をここにしたときに、予想できたはずだったのだけれど、それはすっかりと抜け落ちていた。
僕たちの第一目的地、古物商、オドノ商会の店先に、見慣れた家財道具が山積みされていたのだった。
16/11/06 第26話公開開始です。
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