第21話 女神のてへぺろは最強だ
「よろしい、ほかならぬウェルマお姉さまの望みです、僕としてはかなえて差し上げたい。ですが……」
エフィさんから事情を聞いてティエルさんは慇懃にうなずいた。
そして、大きく息を吸い込んで。
「おでえだばぁ、うじどぎょうだんやべぢゃうんでどぅがぁ? おでえだばがいだぐなっだら、ぼぐ、ぼぐぅッ!」
意味不明なことを喚き散らしながら、再びエフィさんにしっかと抱きついて号泣し始めた。
宗教関係者って、感情の起伏がものすごく激しい人ばっかりなのかな?
「はい、大丈夫ですよ、シャーリーン。私は、大地母神教団をやめたりしないから。むしろ、やめちゃったら困るくらいなの」
「ほんと?」
「ええ、ほんとうです。シャーリ-ン。だから、泣かないで」
二~三種類の体液に塗れた顔を上げて、ティエイルさんが、エフィさんを見上げる。
その顔を慈愛に満ちた笑顔で見つめるエフィさん。
「なら、良しです!」
突如、がばっ! と、体を起こし、にっこりと笑顔を顔に付け替えてて、ティエイルさんは、フンス! と胸を張った。
「大主教代理!」
「ティエイルさま!」
ドタドタと足音も激しく、真っ白いローブ姿のいかにも僧侶な二人と、冒険者ギルドの受付嬢カトリーヌさんが、ギルマス執務室に入ってきた。
一人は、結構年を重ねた感じのお爺さんといっても通るくらいの外見の方。
もう一方は、三十路を少し過ぎたくらいの落ち着いた雰囲気の女性だった。
「ティエイル様、そんな、兵士や冒険者みたいにお駆けになられては!」
「いくら、ウェルマさまにお会いできるからといって…、そんな有様では、教衆の良き手本とはいえませんよ」
入室するなり、お小言を始めたぞ。でも、自分たちよりも頭ひとつ分は小さなティエイルさんを見下ろしてではなく、その目線まで頭を下げ同じ目線でのお説教だ。
僕は、そういう姿勢に好感が持てた。
「二人とも、信徒の前である。あと、イルティエ独立遊撃巡回大主教座下がおいでである」
ティエイルさんがエフィさんを手で指し示した。
白ローブの二人はビクリと体を強張らせ、エフィさんの前に平伏する。
「も、もうしわけございませんッ! 座下イルティエ」
「ルグ座下、すみませんつい……」
うんうんそれ分かるかも。
何も目に入らなくなるよね、子犬を追いかけてると。
「いえいえ、お手をお上げくださな。こちらこそ、突然にお呼びだていたしまして、もうしわけございません」
そう言って、エフィさんは、腰の雑嚢から、さっきカトリーヌさんに手渡したような、巻いた書状を取り出し、年嵩の僧侶さんに手渡して言った。
「本来ならば、しかるべき手順を踏んだ上で、お渡しすべきなのでしょうが、事態は急を要します。すぐにそれを、大地母神教団ヴェルモン神殿神官長代理兼ヴェルモン教区大主教代理に手渡した後、その書状に記載のごとく実施するように」
さっき墓地で聞いた凛と響く声だった。
ティエイルさんに直に手渡さなかったのは、未開封……つまり内容が改ざんされていない手紙が手渡されたというアリバイ作りなんだろうか?
それとも、そういった重要書類を手渡すのに、宛て先人とメッセンジャーの間に第三者の介在が必要とされる、儀式的な必要性なのかはわからない。
だけど、エフィさんが雑嚢から取り出した、リボンがついている封蝋でとじられた手紙は確かに老僧侶から、ティエイルさんに恭しく手渡された。
「あ、さっき言ってたエフィさんの任務って……」
「はい、台下。本書状をヴェルモン教区大主教代理に届けることでございました」
エフィさんが腰を折り、畏まった口調で答えてくれる。
もうやめてくださいその、台下っての。その尊称、ものすごく分不相応ですから。
それに、どうしたんですか? その畏まりようは。
おまけに、マスターシムナ以外のみんなが、神妙に僕に向かって頭を下げている。
なに? どういうこと?
それに、なんか、この部屋の空気微妙に重くなってないか?
「司祭長テリウス、司祭正ベルタ!」
ティエイルさんが二人の僧侶を呼んで、書状を渡す。
「謹んで、拝読いたします」
テリウスさんと呼ばれた年嵩の僧侶さんが受け取り、ベルタさんと呼ばれたアラサー僧侶さんと二人で読み始める。
そして、数瞬後、二人は、恭しく頭を垂れ、跪いた。
「「大主教就任おめでとうございます。開明者ティエイル・シャーリーン・ハスコ・ツク。我等近従一同、心より寿ぎましょう!」」
声をそろえて二人の僧侶さんが声を大にした。
「ただいまこの時より、ヴェルモンの街大地母神神殿神官長及び教区大主教には、開明者ティエイル・シャーリーン・ハスコ・ツクが座します。大地母神教団独立遊撃巡回大主教特命臨時任命神祇、正開明者イルティエ・ヘンリエッタ・ヴィルヘルミナ・ルグの名において、これを宣言いたします!」
教会の釣鐘が鳴り響くような、凛とした透き通ったエフィさんの声が、室内に響く。
「謹んで拝命いたします」
短くティエイルさんが答え、深々と頭を下げた。
そして、室内に、ぱぁん! という、音が響いた。それはエフィさんが鳴らした拍手の音だった。
さっき墓地でも思ったが、このひとの拍手で猫だましされたら、絶対引っかかる自信がある。
「すべては成りました! ようやくここまできましたね。励みなさいシャーリーン」
「はい。ウェルマお姉様」
ふっと空気が軽くなる。
「で、ね、シャーリ-ン……」
エフィさんが、切れ長の目を猫の笑顔のように細めて、真っ赤なお下げ髪の女の子に呼びかける。
たった今、ここいら一帯の大地母神教団とかいう宗教団体のおそらくはトップに登り詰めた女の子が微笑む。
「はい、お姉様。斯く成りましたうえは、なにも、問題ありません。ログクリスタルも持ってきておりますし、司祭正以上の認定要件神職も二名以上おります。ましてや、教団にその人ありといわれた、ウィルマお姉様がなさることを誰が止められましょうか」
ティエイルさんが、僕の方にゆっくりと顔を向ける。
その表情から、微妙に険が見て取れるような気がするのは、気のせいだろうと思いたい。
「では、台下、奇跡の認定を行います。ああ、丁度よい、依り代と成りうる生娘がふたりもおる。ふむ、魔力も申し分ない。ヴィオレッタ・アーデルハイド、セアラ・クラーラ、頼めるだろうか?」
僕の隣で、床に跪いたままだったお嬢様方にティエイルさんが声をかけた。
「「はい、謹んで」」
お嬢様方は即答する。
「ちょ、ちょっと、お嬢様方に何をさせるつもりですか?」
今、依り代っつったよね、このひと。
奇跡の認定をするために依り代?
なんかいやな感じしかしない。
「女神イフェを召喚して、お嬢様方のどちらかに降りていただきます」
神様を降ろすだって?
お嬢様方は普通の人間だ。そんなことできるのか? イタコの口寄せや降霊術じゃないんだぞ。
「まあ、普通の人間は一発で廃人だと思うのだけれど」
「そうだな、前に獣人の神殿で神降ろし見たことあったけど、あの後の巫女さんひでぇことになってたっけ。修練を積んだ巫女さんでさえなぁ」
リュドミラとルーデルが僕の予感の正しさを、証言してくれた。
「おい、貴様、お嬢様方になんてことさせようとしてやがんだ、くらぁ!」
つい、かっとなっちまって、俺は、頭二つ分小さな赤髪の少女を怒鳴りつけた。
「ひぃッ!」
少女は腰を抜かしてその場にへたり込む。きっとこんな風に怒鳴りつけられたことがないのだろう。
「きさま、座下になんと無礼な!」
腰ぎんちゃくの爺が俺を怒鳴りつける!
「うるせえッ! 無礼はそっちだ! 奇跡の認定かなんか知らねえが、大事なお嬢様方を廃人にされてたまるか!」
俺の右手は腰の雑嚢の上に着けてある短剣に伸びている。
それを見た、ギルドマスターシムナも俺に向かって剣呑な視線を叩きつける。
『それには及びません!』
ばちぃん! っと、ブレーカーが落ちるような音とともに、光が降って来た。
あまりにもまぶしくて目が開けていられない。
閉じた目越しにも、まばゆい光が網膜を灼く。
そして、その、光芒がゆっくりと収まってゆき……。
ようやく目を開けることができた、僕は、僕以外の皆さんの表情にびっくりして腰を抜かしそうになった。
僕を爆心として驚愕のツァーリボムが炸裂していたのだった。
「ほああああッ!」
「おおお! なんという!」
「ああああッ!」
「ぁあああぁ!」
四人の神職の皆さんが、呆然と自失している。
「な、なんて……こと?」
「うそだろ?」
「まさか、こんな?」
「え、えええ?」
「すごいわ! わたし、奇跡を見ているのね!」
お嬢様方も、目の前の出来事を俄かに信じられないでいるようだ。
僕の『両側』に、光で身を包んだ女性が立っていた。
『来ちゃった…うふッ』
そういって、金色のオーラに包まれた生命の女神様は、てへぺろして微笑んだのだった。
16/10/28 第21話 公開開始です。何とか今日も更新できました。それも、これも、皆様がご愛読してくださっているおかげさまでございます。
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