第20話 ええッ! たった三日前につくっただって?
ふう、なんとか、今日も更新できました。
「と、その前に、誰かを大地母神の神殿にお使いにやってくれませんか? 今から手紙を書きますので、それを届けて欲しいのです。ここだったら、えーと……、ああ、あの娘か。まあ、いいでしょう」
そう言って、エフィさんは腰の雑嚢から筆記用具を出して、なにやら書き始めた。
「わかった、いいだろう……。カトリーヌ。お前か、お前が忙しければ他の誰かに使いを頼みたい。F級クエストでもいい。発注は私だ。大地母神殿まで手紙を届けて欲しい」
机の下から金属製の小さなラッパの先のようなものを引き出して、それに向かってシムナさんが命令を出した。昔の軍艦とかについてた伝声管ってやつみたいだな。
すぐさまドアがノックされ、さっき僕たちの冒険者登録を受け付けてくれた若い女の子が現れた。
エフィさんは書き上がった手紙を丸め、赤い消しゴム大の小さな塊を筆記具入れから取り出して指先から出した魔法の火で炙る。
赤い消しゴムのような塊の端っこが溶けて丸めた手紙の封をした。ああ。これ封蝋ってやつだ。そして、滴った封蝋にエフィさんが指輪を押し付けた。
「ではこれを。大地母神神殿の大主教代理、開明者ティエイル・シャーリーン・ハスコ・ツクに届けてください。そして、その手紙をあなたの目の前ですぐに開封させてください。『開封しなければわかっているな』と付け加えて…ね。まあ、その封蝋を見れば門番が有無を言わずに最優先で取り次いで、近従が強制的にあの娘に読ませてくれますけどね」
カトリーヌさんに手紙を渡しながら、エフィさんが目を細めて微笑んだ。
その封蝋の紋章を見て、カトリーヌさんはざあっと顔を青ざめさせ、最敬礼して、マスターシムナの執務室を飛び出していった。
なんか、水戸黄門の印籠を見た代官のようだった。
「へえ、大地母神の主教ねぇ……。どんな返事が来るかたのしみね。じゃあ、待っている間、聞かせてくれる? エフィさん」
マスターシムナが、褐色の肌の色の中で白く目立つ歯を見せて笑う。だけど、その笑顔は、好意を持つ人に向けられるものじゃなくて、獲物に向けるハンターの笑顔みたいにおっかない物だった。
「はいはい、では、まず、あなたの記憶と、あなたの鑑定眼に映るものの齟齬の解消からいきましょうか。ぶっちゃけ、どっちも正しいのでございますのですよ」
執務室の中にいる人たちの顔は一様に、ポッカーンだった。呆気にとられた顔とはまさにこの顔のことをいうんだろうな。
「それでは、全く説明になっていないと思うのだけれど?」
いち早く立ち直ったリュドミラがツッこんだ。
「はい、ごもっともでございます。じつはですね、『生命の女神教団』は、私がたった三日前に作ったばっかりのできたてホヤホヤの教団なのでございます」
これには全員がズッコケた。新○劇張りにズッコケた。
「「「「「「はああああああ?」」」」」」
全員が全員同じ反応をした。本当にまるでコントだ。
「つくった? みっかまえだぁ?」
ルーデルが耳を立て、喚いた。
「あんた、無茶にもほどがある……ってかそれって、まだ教団になってないじゃない!」
マスターシムナが声を荒げる。
そりゃそうなるよな。
「たった三日前に作った教団って……。まだ、奇跡の認定さえしてないと思うのだけれど?」
リュドミラが腰を擦りながら、エフィさんに非難めいた視線を投げつける。
「ハジメさん?」
ヴィオレッタお嬢様が、僕の表情に気がついて、僕の名前を呼んだ。
やっぱりだった。今思い出した。イフェ様は、僕が御名を献じるまでは無名だった。姿を奉じるまでは無貌だった。
祀る神殿は無論のこと社、祠さえ無かったって仰ってた。信徒それなに? おいしい? 状態だったって……。
「はい、で、ございます。おっしゃる通り、信徒は、まだ、私、ただ一人でございます」
エフィさんはしれっと開き直った。
「三日前、私はとある任務を帯びて、街道をこの街……ヴェルモンへと旅しておりました。この街まであと二日のところまで来た時、私は俄かに湧いた不気味な黒雲に遭遇して雷に打たれ、生死の境を彷徨いました。そのときでございます。ええ、私、ハジメ様と同じ体験をしたのでございます」
なんと、エフィさんは死にかけて、あそこにいったのか。あの花畑の青空教室に!
「エフィさん、そこはどんなところでしたか?」
僕は念を押すために訊いてみる。
「そだなぁ、ハジメと同じところだったら、信用できるな」
俺の意図を、ルーデルが汲み取ってくれたようだ。
皆が、エフィさんに注目する。
「そこは……、一面に見たこともない花が咲き乱れている、美しい場所でした」
「死にかけた人は、そんなことをいうことが多いのだけれど」
リュドミラのツッコミはもっともだ。臨死体験で多い風景描写が、花畑と川だからね。
「ええ、ただ、そこには、私の人生の暗黒時代を象徴する、おぞましいものがあったのでございますよ」
「それは、災難な……で、それはなんでした?」
俺はおそるおそる訊いてみる。俺と同じものがあったとしたら、この人は、間違いなくイフェ様に会っている。
「初級神職学校の教場で、私が使っていた机と椅子、そして塗板です」
「うえぇ」
サラお嬢様が舌を出し、不快感をあらわにする。
ヴィオレッタお嬢様も、愉快な様子ではなかった。どうやら、こっちの世界では学校というところは、そこで学ぶものにトラウマを植えつける場所であるらしい。
僕も似たようなものだったけどね。
「塗板というのは、教師が教える内容を書くものですか?」
推察はできるが念のためだ。
「ええ、教場の一番前にある黒い大きな板で、白墨という白亜の粉を棒状に固めたもので教授が講義の要点を書き出すものです」
このひとは、間違いなく死神様に会っていた。
「どうなの? ハジメ、この人は……」
シムナさんが俺を睨みつける。庇いだてして嘘でもつこうものなら、頭からバリバリ食われそうだ。
「エフィさん、イフェ様は、僕のことを何か仰ってました?」
「はい、毎日きれいなお水をありがとうと」
そうか、僕の毎朝の感謝の祈りは、ちゃんと届いていたんだ。
「はあ、本物か……って、あんた、本当に死神に会ったの?」
シムナさんは目を剥いた。
そりゃそうか、イフェ様のイメージってそっちが主だからな。
「はい、お会いしました。というか、さっきからそう申しておりますが? そして、私は、イフェ様に献名奉貌された、ハジメ様をお助けするべく使命を授かり、女神イフェに謁を拝しました奇跡を拠所として、教団を開くお許しを女神イフェ直々に賜ったのでございます。そして、そのときに、エフィ・ドゥの名を拝し奉りましたのでございます」
エフィさんは宗教画に描かれている女性のように手を合わせ、斜め上四十五度のどこかをうっとりと見ている。
「ちょっと待ってください、今、エフィさん献名奉貌とおっしゃいましたか?」
さすが、シムナさん曰く、剃刀ヨハンの娘さんだ。
「はい? あ……しまっ……。あああああん! また、やっちゃったよう。肝心なとこでやっちゃったよう! うええええええええん!」
数瞬で顔色を赤から青に紫に変えて、エフィさんは滝涙で号泣し始めた。
きっと、以前から、けっこういい具合のところで、しくじっちゃう残念な人だったんだな。
ああ、あえて僕はスルーしてたんですよ、エフィさん。難しい言葉だから、ここにいる大半の人のボキャブラリーには無い用例だろうなと……。
「どうじばじょう、ばびべだばぁ」
僕はため息をついた仕方がない。
「エフィさんがおっしゃった通り、僕がこちらの世界にイフェ様に招かれたときに、祈りを捧げるときにお呼びする御名を伺ったところ、無名無貌だと仰せられました。ですから僕はお名前を献じたのです。その名は僕が元いた世界のとある民族の聖地の名です。そして、次にイフェ様がお姿も奉じるように望まれました」
「ああ、あの、……ひっく、お姿は……えぐ、まこと、ひっく、生命の女神の……ひっく、御姿でございます。美しく神々しく……ああ、あのお姿を拝しましたそのときが、ヘンリエッタ・ウィルマ・ルグ、人生の絶頂でございました」
エフィさんが、再び宗教画の構図になったその時。ギルドマスター執務室のドアがけたたましく叩かれた。
シムナさんの許可を得るが早いか、ドアが音を立てて開き、純白のローブに身を包んだいかにも僧侶な雰囲気の小柄な人が転がり込んできた。
本当に転がるといった表現がぴったりだった。サッカーボールが転がってくるような錯覚をおぼえたくらいだったから。
「僕は大地母神教団ヴェルモン教区大主教代理、ティエイル・ハスコ・ツクである。当教団の独立遊撃巡回大主教、正開明者イルティエ・ヘンリエッタ・ヴィルヘルミナ・ルグ様がこちらにおいでとか……あぁッ、ヴィルマお姉様ああああああああッ」
言うが早いか、ティエイルさんと名乗った白ローブの小柄な女性は、その場から一足飛びにエフィさんに抱きついた。
「ヴィルマお姉様、ヴィルマお姉様、ヴィルマお姉様、ヴィルマお姉様、ヴィルマお姉様ああああああああああああッ!」
みんなどん引きだ。ってか、こっちの世界の宗教関係者って、変な人しかいないの? 変な人検定とかあって、それにパスしないと僧侶になれないとか?
「なるほど、教団興したのはいいけど、前の教団の役職そのままだったってワケ。こんにちは、シャーリーン久しぶり」
マスターシムナさんが、入室するなりエフィさんに抱きついて、懐いた猫のように纏わりついている白ローブの小柄な女性に声をかけた。
「座下ティエイルに置かれましては、ご機嫌麗しゅう……交易商人が娘ヴィオレッタとサラにございます」
お嬢様方が、床に下り、エフィさんの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしているローブの女性に跪いて頭を垂れた。
ハッとして、ローブの女性は樽から飛び出した海賊人形のように姿勢を正し、ソファーの上に正座した。
「う、うむ、ヴィオレッタ・アーデルハイド、セアラ・クラーラ、一瞥以来だの。このたびは誠、愁傷であった。ヨハンには僕も世話になったから残念である。できることならなんでもするゆえ、申すがよい」
そう言ってローブのフードを取った人は、燃えるように真っ赤な長い髪の毛を一本の三つ編みに編んだ、真っ青な瞳の少女だった。
16/10/27 第20話公開開始です。
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16/11/03誤字修正しました。