第108話 菫を幸せにするのは光夫に決まってる
お待たせいたしました。
今回、微グロ表現がございます。ご注意下さいませ。
2019/03/22 誤字脱字修正、加筆修正しました。
「で、なんですけれど、ハジメさん、二人は今……?」
「ああ、そうでしたね」
手の痛みに耐えながら、こっそりと金髪碧眼氏こと、リヒター・ライトマンさんを鑑定していた僕は、お嬢様方が今現在おられる場所を教えていなかったことを思い出した。
お嬢様方をお任せすることになるかもしれない方だ、念には念を入れてそのプロフィールを調査して、評価しなければならないからね。
彼が僕よりも高位の鑑定能力を持っていない限り、その本性を偽装することは不可能だ。
そして、僕よりも高位の鑑定能力を持っているのはこの世界では二人だけらしいことをつい一昨日女神様方から告げられていた。
その二人とはルーデルとリュドミラだ。
金髪碧眼イケメンのライトマン氏の鑑定結果は『極めて善良な交易商人』だ。
しかも、妻帯経験もない独身者だったのだった。
(こういう方こそが、ヴィオレッタお嬢様やサラお嬢様の傍らに座されるにふさわしい……)
僕の今の外見、容姿は、仮初のものだ。借り物だ。
何処かの国の王子様らしいアイン・ヴィステフェルトさんという高貴な方のお体だ。
その方は、叔父さんにクーデターを起こされ、父親の王様以下、ご家族全員を惨殺されたらしい。
あまつさえ、国王一家惨殺犯の濡れ衣を着せられ、金貨三千枚の賞金をかけられた。
もちろん生死問わず(デッドオアアライブ)で、だ。
ヴィステフェルトの銀鷲などという御大層な二つ名の通りの豪華な銀髪とサファイアのような眼の逞しい体躯のお方だ。
かたや本当の僕は、こないだのヴェルモン街道での事件のときに、ミスリルシャベルで背開きにしてワタを抜いてやった聖ヴァシリー様(笑)や豚鬼も真っ青のぶくぶくと肥え太った醜悪なデブサメンだ。
身長一七三センチに対して体重一七三キロ、体脂肪率六五%の超ウルトラデラックスな肥満体だ。
顔立ちだってイジメに遭っていたくらいだから、吐き気をもよおすほどにブサイクだったのだろう。
僕は僕のブサイクな顔を小学生の時以来見ていない。
え? 髭を剃るときくらいは鏡を見るだろう? いやいや、髭を剃るときはカミソリを当てた後、指で髭剃り後を触って確認していたので、鏡は見ていなかった。
だから、ショーウィンドウに映る自分の姿を、偶にチラ見するくらいだったからね。
自分の顔をじっくりとなんて見たことなんかこの十数年無かったことなんだ。
本当に久方ぶりだったんだ、僕が心臓発作で倒れたときにショーウィンドウに映った僕の断末魔の形相を見たのが、僕の顔を自分で見たのが。
お金だって、今はアインさんが文字通り命を賭して残してくれたケニヒガブラの牙の売却代金で懐は暖かく潤っているけれど、本来的には一文無しだ。
元の世界で株式投資で稼いだお金を持ってこれれば一生働かないで済むくらいの財産は有ったんだけれど、今更だ。
それに、この世界で最も価値のある武勇だって、アインさんの立派な体躯が勿体無いくらいからっきしだ。
走っては滑って見事に転び、ドジで間抜け、食い意地が張った、何処かのお間抜け筋肉超人が立派に見えるほどのヒュドラも真っ青の腐臭漂うブサメンピザ男だ。
いや、僕のピザ加減はピザにすら失礼だ。
それだけ太るに至るまで無様に自堕落に食欲の赴くまま生きていた自分への甘やかしが醜悪だ。
だから、この世界に縁あって、銀髪蒼眼のマッチョイケメンの体に転生してこれたけれど、中身の僕はユニークスキル絶対健康のおかげで、不死身なだけの無価値な人間だ。
いや、無価値ならまだいい、肥やしにすら無い腐りきった汚物だ。夜明けの道路脇に散らばったピザだ。
こんな僕と冒険者を続け、その日暮らしに追われることが、破産したとは言え立派な人格とご商売で財を成されたゼーゼマンさんのお嬢様方にとってお幸せなこととは到底思えない。
お嬢様方には、容姿が端麗で裕福にして、地位も名声も武勇もある方とお幸せになっていただくのが最も正しいことだ。
ヨハン・ゼーゼマン氏が、今際の際に、僕におっしゃったのはリヒター・ライトマンさんのような、誰がどう見たってお嬢様方に釣り合う容姿と財を持った方に娶っていただきお幸せにしていただくまで、お仕えせよということだったのだ。
『娘たちのことを頼む』というのはそういうことだったのだ。
彼なら……リヒター・ライトマンさんにお嬢様方をお任せすれば、きっと、ゼーゼマンの旦那様の遺言は達成されるにちがいない。嬢様方を幸せにしてくださるに違いない。
お姿をお借りしているアインさんには大変申し訳無いけれど、こんな見掛け倒しの中身デブサイクには、ヴィオレッタ嬢様のお傍に立つことさえ本来的には恐れ多いことだったのだ。
(今まで、僕に望外な幸せ気分を味あわせてくださってありがとうございます。ヴィオレッタお嬢様、サラお嬢様)
僕の口角がにこりと吊り上がる。
「お嬢様方は、現在、東方辺境伯領主、オーフェン侯爵様のお屋敷に招かれ、逗留されておいでです」
僕の答えに破顔した金髪碧眼イケメンリヒター・ライトマン氏は僕を抱きしめた。
「ありがとうハジメさん! 本当にありがとう! ヴィオレとサラが、こんな近くにいたなんて! 早速、オーフェン侯爵様邸に先触れを出し、面会を申し込むことにします」
そう言って、彼は踵を返し、開け放ったままのドアに小走りに近寄りかけて、思い出したように僕に振り返る。
「申し訳無いハジメさん。僕、ちゃんと名乗ってませんでしたね。僕はライトマン、リヒター・ライトマンといいます。王国商業ギルドのグランドマスターをさせていただいています。ゼーゼマン氏には祖父の代から御恩顧をいただいていまして、ヴィオレッタやサラとは幼馴染ってやつなんですよ。いっときウチが破産しかけたときにも多大な援助をしていただき、返しても返しきれない御恩があるんです。では、また、近い内にお会いしましょう」
ウィンクを飛ばしてそう名乗り、リヒター・ライトマン氏は駆け足で去っていった。
「いやはや、せわしなかったですねぇ。リヒター氏は普段は、ものすごく落ち着いた方なんですが……。よっぽど嬉しかったんでしょうねぇ」
「ええ、お嬢様方の消息をお知りになってあんなに喜ばれるなんて、本当にお嬢様方のことを気にかけていただいていたんですねぇ……」
副マス氏のしみじみとした呟きに、僕も呟きで答えたのだった。
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冒険者ギルドを出た僕は茜色に染まった空を見上げた。
「よりによってリヒター(光)って名前なんだもんなぁ。リヒター(光)でライトマン(光男)かよ。出来すぎだ」
そう呟いた僕は、元の世界の国民的漫画のとあるエピソードを思い出していた。
メガネを掛けた怠け者の少年とその子孫から派遣されてきた耳なしの猫型ロボットが未来道具で周囲を巻き込んだ色々な騒動を巻き起こしてゆく漫画だったんだが、その数多のエピソードの中で僕が特に気に入っているのがあった。
それは、同じ作者の別作品のヒロインが登場するものだった。
遠いところに行ってしまった恋人を待ち続けるスター女優のお話だ。
「ああ、わかってるさ。菫を幸せにするのは光夫さ。そんなこと決まってることじゃないか」
冒険者ギルドから何処をどう歩いのか覚えていない。
王城から乗ってきた馬車は、とっくに返していたから侯爵様のお屋敷まで歩いて帰ることににしたのだった。
今頃は立派な青年になった幼馴染氏との感動の再会を終えられて、今後のことをご相談されておられる頃だろう。
(お邪魔にならないように何処かで時間を潰してから、こっそりとベッドに潜り込んで、明日の朝、誰もが寝ているうちに何処かに行こう……。いや、このまま、何処か木賃宿にでも泊まってお預かりしているお嬢様方の分のお金とお荷物は冒険者ギルド経由でお返しすればいいか。まずは、お嬢様方の前から消えることが先決だ)
そんな事をつぶやきながら、僕はフラフラと路地を歩いていた。
大荷物を降ろした解放感が確かにあるものの、同時になにか大きなモノを失ったような喪失感が僕を襲っていた。
「おかしいな……。なんでだ? 僕は旦那様との約束を立派に果たしたんじゃなかったのか? 達成感はあれこそ喪失感なんてあるわけないのに……な」
いつの間にか辺りは宵闇に覆われ、僕が歩いている場所はすっかりと辺りが見えなくなっている。
「ああ、わかってるって、菫を幸せにするのは光夫だ。わかってるけど……」
僕の声がその続きを紡ぐことはなかった。
四方八方から僕の体に冷たく鋭い切っ先がヌルリと入り込んで来たのだった。
「ふぐ……ッ!」
口の中に甘く熱い鉄の味が広がる。
「今だ! やれッ!」
聞いたことのない男の声が何かを指示した。
それは、まるで軍人のような号令だった。
「フンッ!」
一拍置いてサイレントな裂帛の気合とともに冷たい糸のような物が首の後ろに触れた。 かと思ったら、ものすごく冷たい……氷のような冷たさが首の中を高速で走り抜けていった。
その次の瞬間、その感覚がまるっと反転して、鎖骨の数センチ上が焼けるうな熱さに襲われる。
と、同時に目に見える世界がくるくると縦に回転し始めた。しかも、ものすごくスローモーションで、だ。
網膜が映しているその世界は、ヴェルモン街道でルーデルにぶん投げられたときにそっくりだった。
ずいぶん長い時間視界が回転していた気がするが数瞬のことだったろう。
やがて僕の耳は、僕の額が王都の裏道の石畳に激しい頭突きを食らわせた音を聞いた。
(あ、あれ? 起き上がれないぞ)
声が出ない。急速に思考が鈍ってくる。
(あ、あれれ? あれ?)
「やったか?」
「ああ、確実だ。確実に首を刎ねた」
「アイン様、申し訳ございませぬ。仔細あり御首頂戴仕る仕儀と相成りましたること幾重にもお詫び申し上げまする。いずれ、ヴァルハラにてお会いいたしましょう」
え? え? みしるしちょうだいだって? 僕、暗殺者に首刎ねられちゃったのかよ!
てか、アインさんはヴァルハラなんてとこにいないから!
ミリュヘ様のとこだから!
視界が石畳から僕を襲った人たちに移動した。
髪の毛を掴まれて持ち上げられたらしい。
「確実だな!」
「ああ、アイン様だ」「間違いないアイン様……くッ」「済みませぬアイン様」
光が当てられて、暗殺者たちが僕がアイン・ヴィステフェルトさんなのかを確認しているようだ。
急速に失われてゆく視界の中で僕は暗殺者たちの顔を眺める。
血が脳に補給されないから意識が失われつつあるようだ。
『絶対健康』があるから、どこかの時点で血流が回復して意識を取り戻し、活動を再開できるようになるだろうけど、こんな体験はもう二度とゴメンだな。
今回は斬首されたわけだから、回復には少し時間がかかるかもしれない。
暗殺者たちはどいつもこいつも目出しの覆面で顔を隠している。教本通りの暗殺者スタイルってやつだな。
が、一人だけその右目尻にやたらと目立つ刀傷痕がある男がいた。
その目の傷を忘れまいと薄れてゆく意識の中で僕は思っていた。
「貴様らそこで何をしている! ……ッ! 貴様ら誰の首を刎ねたか!」
眩しい光が僕の顔を照らした。
どうやら僕のことを知ってるヒトが暗殺者たちを見咎めたらしい。
ああ、どうか、僕の知り合いが、暗殺者たちの犠牲になりませんように。
「捕らえろ殺人の現行犯だ! 抵抗するのもはたたっ斬れ!」
目が眩むような光の中で、何処かで聞いたような声が僕の名を連呼するのと、激しい撃剣の音がそこで聞いた最後の音だった。
2019/03/21
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