第107話 お嬢様方を探していた商業ギルドのギルドマスターはいいやつだった
いよいよ今章のクライマックスに近づいてまいりました。
「初めまして、あなたが依頼主のライトマンさん? 僕はハジメといいます。元、ヨハンゼーゼマンさんの商会の荷役奴隷でした」
僕は金髪碧眼の若者に最敬礼をする。
その僕を抱き起こして手を取り金髪碧眼氏はガッキと握りしめた。
「初めまして、ヴェルモンの冒険者ハジメさん。まずはいきなり闖入してきて驚かせてしまったことの非礼をお詫びさせてください」
若者ははにかんだ乙女のように頬を染める。
その笑顔には女性のような顔だとも相まってドキリとさせられた。
「いいえ、それには及びません。あなたがお嬢様方をどれだけ心配しておられらのかが、よぉく分かりましたから」
僕はその手を握り返す。
このとき僕は、この金髪碧眼のイケメンに心奪われていた。
いや、元の世界の腐った性癖をお持ちの淑女方がお好みのような意味合いではない。残念ながら。
そう、もし、このヒトが主だったら、命と後ろの貞操以外、全てを捧げかねないなって意味合いだ。
「お嬢様方はお二方とも、傷一つ無く『お綺麗なままで』この王都のとあるところに滞在されておいでです」
僕は二人が純潔であることを強調して金髪碧眼のイケメンに告げる。
「ああ……よかったぁ……無事なんですね、ヴィオレッタもサラも無事なんだぁ……よかったぁ……!」
「はい、健やかにおすごしいただいております」
僕の答えに感極まったように目を潤ませ、イケメン氏が再び破顔した。
女神様方のような、咲いては光の粒子になって消えるギミック付きのお花が少女漫画の効果背景のように幻視できるくらいの華やかな笑顔だった。
「ああ、そうだ!」
そう言って、イケメン氏は何かを思い出したように碧眼を見開いて、何処からかパンパンに膨らんだ麻袋を取り出した。
僕と同じマジックバッグだな、これは。
おそらくそれは金貨の袋に違いないが、こんなに金貨で膨らんだ金貨を軽々と取り出すなんて、相当な膂力の持ち主だ。
うん、これなら世紀末なんとか的な意味合いでも大丈夫だ。この人なら体一つになってもお嬢様方を守り切れるに違いない。
「とりあえず、王国真正金貨で四百枚持ってきました。僕がすぐに持ってこれるのがこれだけだったんです。申し訳ない」
「いえ、これは受け取れません。僕は、きっとあなたの元にお嬢様方をお連れするように旦那様に言われたんだと思いますから……」
僕が金貨袋を押し返すと、更に僕に金貨袋を押しつけてきて、金髪碧眼イケメンはニッコリと笑う。
「これは、冒険者ハジメさんへの達成報酬だから受け取って欲しいんです。ところで、パウラに聞いたところによると、あなたははヨハンさんを看取ったのだとか、そのときに彼は何と?」
あのドS目のお局受付さんはパウラさんっていうらしい。
「ええ、『どうか、娘を、娘たちを……』とおっしゃって、僕の名を呼びかけられました」
ヨハンさんが心臓発作で昏倒した瞬間、僕の腕の中でその体の重さが増していったあの数十秒のことを思い出す。
「そうだったのか……。惜しい方をなくしてしまった。じつは、ものすごく恥ずかしいことなんだけど、僕のところにゼーゼマン商会が破産して、ヴィオレッタとサラが奴隷として売られたという情報が上がって来たのがほんの数時間前だったんだ。ヴェルモンと王都の距離があるとは言え、こんな重要な情報が今の今まで僕のところに上がってこなかったのは痛恨の極みだった。奴隷にされたヴィオレッタとサラがどんな目にあっているかと考えただけで居ても立ってもいられなくなって冒険者ギルドに依頼したのがついさっきのことだったんだ」
「はい……。幸運にもヴィオレッタ様とサラ様をヨハン様恩顧の方のご援助で奴隷商から買い戻すことができました。その後、糊口を手っ取り早く凌ぐために、僕とヨハン様の護衛奴隷だった獣人二人、そして、大地母神の神職様とパーティーを組んで冒険者として活動を始め、クエストの一環で王都までやってきた次第です」
ゼーゼマン商会の破綻からの事情をかいつまんで金髪碧眼イケメンに話す。
彼は、瞑目して僕の一言一言に頷いていた。
「……で、ハジメさん。その、ヨハン氏ご恩顧の方の資金援助が有ったっておっしゃったけれど、いかほど援助していただいたのですか?」
金髪碧眼イケメン氏はおずおずと問いかけてきた。
少なく答えることもできるだろうけれど、いずれ発覚するかもしれないから、正直に答えることにする。
「お二人で金貨二万枚です」
「に……ッまん! は、はははぁ……、それ、二人のお母上のスリジエ様の五倍ですよ。たしか、ヨハンゼーゼマン氏がスリジエ様をニンレーの奴隷オークションで落札した時の価格が王国真正金貨二千枚ちょっとだったはずです。僕の私財では十年ローンを組んでももらわないと払えないなぁ」
金髪イケメン氏が失意に体前屈しそうな勢いでがっくりと肩を落とした。
そういえば、お嬢様方のお母上スリジエ様も奴隷に落とされ、ヨハンさんがヴェルモンの奴隷市場で王都の裏社会の顔役ネコチェルンと競り合ったって、ヴェルモンの奴隷商ニンレーが言ってたっけ。
「援助してくださった方にお伝えいただけますか? この、リヒター・ライトマン、商会の看板にかけて何年かかろうと必ずお支払いします。と」
そう言って再び僕の手を握る金髪碧眼イケメン氏。
彼はリヒターさんというらしい。
「ええ、必ず。でも、その必要はないかと思われます。彼の方は、亡きヨハン様に大恩があり、そのお返しなのだとおっしゃっておられましたから」
僕も彼の手をしっかりと握りなが笑う。
アインさんの残したマジックバッグの中のお金で僕が、お嬢様方を買い戻したのは、奴隷であったにもかかわらず、毒大蛇の毒牙に貫かれた僕を、手を尽くして手当してくださったことは、忘れても忘れられない恩だ。
そして、また、借金奴隷身分だった僕を、借金棒引きの上、解放してくださったのも、大恩だ。
それに、お嬢様方を買い戻す際に使ったお金はアインさんの残した遺産とも言うべきお金で、僕のものじゃないから、僕のところに帰ってきてもそれは筋が違うだろう。
折角いただいても受け取る資格がある人がいないということになる。
だから、金髪イケメン氏がお嬢様方を買い戻したときに使ったお金を払うと言っても、お金を出した人物は絶対に受け取らないだろうと言って、突っぱねよう。
「いや、だがしかし、それでは……我がライトマン商会も、ゼーゼマン氏には破産の危機を救っていただいたという大恩がある。それを今返さずして何時返すのか……」
「まあ、長い人生きっと機会はあるでしょう。今回は、あちら様に花を持たせてやってください」
「仕方ありませんね。受け取っていただけないのなら……。でも、お礼はしっかりと伝えてくださいね。手紙も書きますから!」
「はい必ず」
ライトマン氏は僕の手をブンブンと音が出るほどに上下にシェイクした。
その握力に僕の手はミシミシといやな軋み方をしたのだった。
この時、ライトマン氏に力いっぱい握られている痛みをよそに、僕の心中にはある思いが去来していた。
それはある種の解放感だった。
重い大荷物をようやく降ろせた……。
荷物の重さに鬱血して痺れていた肩腕に血流が戻ってじんわりと温かくなっていく……そんな気分に僕はなっていたのだった。
2019/03/19
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