第104話 シャルロッテ王女殿下には僕の姿が日本人の僕に見えているらしい
お待たせいたしました
「いやあ、悪い。だけどよう、ハジメたちが帰って来たって聞いたから、ここに来ればウマいもん食えるかと思って……。始めはさ、一人で来ようと思ってたんだよ。そしたら、いつの間にかロッテがついてきててさぁ……」
国王陛下が、侯爵夫人たちに何やら言い訳を始めている。
その様子に僕は噴き出しそうになる。
僕の中ではこの国王陛下に対する好感度がうなぎのぼりだ。
僕らの王都への帰還を国王陛下に伝えたのは、きっと自称A級冒険者のデニスさんだろう。
「んで、こっちに来たら食堂からいい匂いが漂ってくるじゃないか。我は思ったねアタリだ! ってな」
「わたし、お祖父様についてきて、ほんとうによかった! ほんとうに大アタリでしたねお祖父様!」
しかし、お二人の分は誰が給仕したんだろう?
僕は視線を辺りに泳がせる。
すまし顔で待機している侯爵様んちのメイド頭さんと執事さんをはじめとする使用人軍団の皆様。
それと、真っ青な顔色で僕を見ているヴィオレッタ様とサラ様。
よく見ると、メイド頭さんと執事さんの額から一筋汗が流れている。
使用人軍団の方々に至っては、ほとんど滝汗だ。
ヴィオレッタ様とサラ様はパクパクと金魚のように口を動かしている。
その口は、声にならない声で、訴えていたのだった。
『ぜんっぜん国王陛下だなんて、気が付かなかったんです』ってね。
その瞬間、僕は概ね理解したのだった。
国王陛下のおなりは本当に突然だったのだろう。
どんな手品かは知らないが、王城から、ここ、オーフェン侯爵邸には何らかの仕掛けがあって、簡単に来ることができるにちがいない。
瞬時にこの、お屋敷に来れる隠し通路とかね。
『泥んこクラウス』に『鼻水マーニ』と呼び合うくらいに長いオーフェン侯爵とクラウス国王陛下のご交友を鑑みれば、このお屋敷に王城からの隠し通路があったって全然不思議じゃあない。
前国王ヘルマン陛下に暗殺されかけ、瀕死の重症を負ったクラウス殿下(当時)を自領に匿ったのも侯爵閣下だった。
その実績からも、きっと、オーフェン侯爵がクラウス陛下の最後の盾なのだろう。
だから、何かのときにはすぐに来られる通路を繋げてあるに違いない。
で、いらっしゃった国王陛下とシャルロッテ王女様が、ごくごく自然に当たり前のようにここの住人のように食堂に入ってきて、不自然さを全く感じさせずに席についたため、ついつい御尊顔を確認することもせずに料理を給仕してしまった。
と、いうところなんだろうな。
「ねえ、ハジメ様?」
ふいにシャルロッテ王女殿下が僕に話しかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
僕はシャルロッテ様に応える。
「この間、ラーメンをごちそうになったときにも思ったのだけど、ハジメ様はどうして目の色と髪の毛の色が始祖王様と同じなの?」
その瞬間、再び辺りの空気が凍りついた。
今度は、国王陛下が現認されたときどころじゃなくて、完全に凍りついた。
ルーデルとリュドミラ以外のその場にいる全員の目が真ん丸に見開かれていた。
なぜなら、この場でその事を知っているのはルーデルとリュドミラだけだからだ。
お嬢様方だって、僕がこっちに転生して来てケニヒガブラの毒牙に貫かれて死んだアイン・ヴィステフェルトさんの体に魂が入った転生者だっていうことは知っていても、僕の本当の姿……アイン・ヴィステフェルトさんの外見じゃない、僕の姿を知っているわけじゃない。
北方日本人の血が入っているから平均的日本人よりは少しだけホリが深くて目がギョロリと大きいけれど、限りなく典型的に近い日本人の僕の容姿……すなわち、黒髪黒瞳に平たい顔……を知っているのはこの場では僕とリュドミラとルーデルだけなのだ。
「シャルロッテ様?」
僕は苦し紛れにお名前を呼ぶことしかできない。
何故だかは知らないけれど、シャルロッテ様には見えているのだ。
僕の本当の姿……というか、魂の姿とでもいうか、本来的な僕の姿が見えているのだ。きっと。
「ねえ、どうしてなの? この国では王族以外ではとってもめずらしいの。ハジメ様みたいに黒髪に黒い瞳って。でも、それほどには真っ黒じゃないのよ。始祖王様がそうだったって、絵姿にはあるけれど、ほんとうにここまで真っ黒な髪の色をした人を見るのはわたし、はじめて。始祖王様の髪の毛と瞳もそんなふうに新月の夜のような色だったのね」
シャルロッテ殿下の詩的な表現もあってか、その場の注目が僕へと一気に集まった。
みんな、目をぱちくりと瞬き、あるいはこすって、僕を見直している。
だけれども、シャルロッテ様と、ルーデルリュ。そして、ドミラ以外には僕の姿は金髪碧眼のマッチョなイケメンのアイン・ヴィステフェルトさんにしか見えていないはずだ。
「いやあ、ええ……と?」
答えあぐねている僕に誰も助け舟を出してくれない。
と、いうか、誰もが僕の姿がそんなふうに見えていないから混乱しているに違いない。
頭を振って瞬きして、目をこすっいる。執事さんなんかは片眼鏡をゴシゴシと拭いて掛け直しさえしている。
そして、ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様もまた、激しく目を瞬かせ、何度もこすって眉間にどっかの凄腕スナイパーのように縦ジワを寄せて僕を凝視している。
「おおぅ、そうだ、今思い出した。明日ハジメを王城に呼んでるんだったな」
「そうであった。陛下、なにか褒美をとらせるつもりなんであろう」
「うむ、では、シャルロッテ、帰ろうか。爺は明日ハジメにとらす褒美を用意せねばならぬでな」
突如不自然に話題を変えた国王陛下に、オーフェン侯爵閣下が追従する。
その不自然さに何かを察したシャルロッテ様が頬を紅くして、陛下の言葉に従う。
「はい、お祖父様。それと、ごめんなさいハジメ様」
「いいえ、シャルロッテ様、ただいまお持ち帰り用の料理をご用意いたしますので、ほんのひとときお待ち下さい。先日お召し上がりななられましたプリンもオマケいたしますから」
「まあ、うれしいわ。ハジメ様。あの隷属のお菓子を、また、ごちそうしてくださるなんて!」
「はい、他の皆様の分もご用意いたしますから」
そうシャルロッテ殿下に応え、僕は踵を返して厨房へとアワアワと走り出したのだった。
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「ヴェルモンの街の冒険者ハジメ。此度のヒュッシャシュタットでのクラーケンの討伐、誠に天晴であった。その抜群の功績を国史書に記し、王国ある限り称えると共に、褒美として金貨五千枚と、王都に屋敷を与える」
クラウス陛下の威厳たっぷりの声が謁見の間に響き渡る。
侯爵閣下の家でのお姿とは雲泥の差だ。
「謹んでお受けいたします」
「今後とも、臣民の安寧のため活躍してくれることを希望する」
「は、朋輩と共に微力を尽くします」
謁見並びに報奨授与も二度目ともなると慣れたもんだ。
すんなりと儀礼を終わらせ、僕はオーフェン公爵邸への帰途についた。
例によって、ルーデルとリュドミラ、そしてお嬢様方は登城を固辞されたため、侯爵様のお屋敷でお留守番だ。
帰りしなに財務省のお役人に呼ばれ、報奨と一緒にアンブールでクィームファミリアに払った一万五千枚の金貨を返却してもらったことは嬉しい誤算だった。
「ハジメ殿!」
「ああ、アルベルトさん……と、失礼しました、オーフェン子爵様」
「いやいや、アルベルトで結構だよ。『食爵』殿」
アルベルト・オーフェン近衛中佐が、城の回廊を駄口へと向かう僕に、親しく呼びかけてきた。
最近王都の庶民の皆さんの間で口にされている僕の二つ名『食爵』で、だ。
「勘弁してください、二つ名なんて畏れ多い。それに、その二つ名いかにも僕っぽくて逆にドン引きですから」
「ははは、認めちゃってるんだね二つ名。まあ、冗談は置いといて、と。冒険者ギルドから呼び出しだよ。なんでも、海の女神教団からの指名依頼らしいよ。詳細はギルドマスターが自ら説明するそうだから、ご足労いただきたいってさ。キミが王城来たのと入れ違いにウチに冒険者ギルドからメッセンジャーが来たんだってさ。ウチのメイドが知らせに来たんだ」
ああ、ユステ様を南氷海まで護送する件だな。
それにしても、このひと、初めてヴェルモン街道で会ったときと比べるとずいぶん砕けた感じになったな。
「了解です。帰りに寄ることにします。伝言していただきありがとうございます」
「ああ、気をつけてね。そうだ、今日は早く帰れそうだって、リンデとニーナに伝えてくれるかい?」
「はい、お伝えします。…では」
そうして、アルベルトさんと別れ、僕は王城から冒険者ギルドに向かう。
馬車の中で、報奨の目録に目を通していると、目録の最後に明らかにそれまでの本文とは違う筆跡で、昨日のシャルロッテ王女様の言説を詫びる一文が添えられていた。
その筆跡は末尾に記されている国王陛下のそれと同じだった。
それによると、詳しいことはいずれ機会を設けて説明するけれど、シャルロッテ王女殿下は、魂の情報を読み取る鑑定眼の一種を保持しているということなのだそうだ。
始祖王以来、王族にはそういった異能がよく発現するのだそうだ。
「ふうむ、なら、整形したり変身したりして化けて悪巧みしても、まるっとお見通しってことか……。始祖王の血筋パねえな……。にしてもマコト……かぁ。どっかで聞いたことあんだよなぁ」
僕は、改めて、元の世界の僕の記憶の中にある『マコト』という名前に想いを馳せるのだった。
2019/03/10
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