第93話 初登場クラーケン焼きは二〇ウマウマをゆうに超えてきた
お待たせいたしました
「ほいっ、ほいっ、ほいっ、ほいっ、ほいっと!」
焼き鳥用に作った細串で、程よく火が通った生地をくるくるとひっくり返して形を整えてゆく。
整然と並んだ半円形のくぼみの中で、ジュウジュウと心地よい焼け音をたて香ばしい香りを放っているのは、ヒュッシャシュタットの街でやっつけたクラーケンを使ったたこ焼きだ。
そう、僕がアンブールの街の鋳物工房に特注していたのは、業務用の大きなたこ焼き鉄板だった。
二八個の穴が整然と並んだそれを、サラお嬢様の土造形魔法で拵えたBBQコンロに五枚並べた様子はまるでたこ焼き屋台だ。
(ふむ、今度テントを作ろう)
「「「「うわあああああああああッ!」」」」
「なにこれ、見たことないよ!」
「せんせい、使徒様は何を作っているの?」
「使徒様、使徒様、これ食べられるの?」
「でも、おいしそうなにおいがするよ」
「せ、聖下! これはッ!?」
「使徒ハジメ! これは一体?」
「え? え? え? クラーケン? これが!?」
孤児たちがキラキラと期待に目を輝かせ、僕の手元を見つめている。
たこ焼き鉄板にかぶりつきで、僕の手元を見ている子供たちの中には口の端からよだれを垂らしている子もいる。主に年少組の子だ。
おっとぉ、たこ焼きに垂れる垂れる!
あわやというところで、エーリャやアドルフたち年長組が抱え上げて鉄板から遠ざける。
ガキどもよ、その期待には必ずや応えられるはずだから、もう少しだけ待ってくれ。
「さあ、こっちは焼けたわよ。持っていって!」
我がパーティーのBBQ奉行ヴィオレッタお嬢様が、こんがりと焼き上がったワイヴァーンのロース肉の串焼きをかざす。
「こっちも焼き上がったわ。おいしいわよ!」
焼き鳥をかざしてサラお嬢様が子供たちに呼びかける。
その口はモゴモゴと動いている。何やら咀嚼している様子だ。
味見済みということだね。
「みなさん、お皿はこちらでございます! あと、飲み物もこちらでございますよ!」
エフィさんが旅の疲れも見せずに食器と飲み物のコーナーの担当を買って出てくれている。
「ガキども! こいつぁな、あたいとリューダが取ってきたワイヴァーンなんだぜ」
「お腹空いてるでしょう? いっぱい食べるといいのだわ!」
エールを満たしたゴブレットを掲げてルーデルとリュドミラが牙のような犬歯を見せて
笑う。
吟遊詩人が詩歌に歌う終末の巨狼や宝物庫を守護する竜を彷彿とさせる凶悪な笑顔だ。
が、アンブール教会併設孤児院の孤児たちは、そんなモンスターじみた笑顔も物ともせずに、香ばしい香りをたてているBBQに殺到してゆく。
「せ、聖下。ほ、ほんとうによいのですか? こんな御馳走……」
「これは、夢なのでしょうか? ワイヴァーンの串焼き? クラーケンの見たこともないお料理……」
「わ、わ、わ、わたし、こんなごちそう生まれて初めてです。村の収穫祭のときでもこんなの食べたことないです」
シスターたちはBBQコンロに乗っかっている御馳走の数々に、完全に萎縮してしまっている。
「いいんです、今日は、お祝いなんですよ、シスター」
僕はクラーケンのたこ焼きをひっくり返しながら、自称使徒様方に視線を放る。
「子供たち、食べ物は行き渡ったかな」
「ハジメさんのお料理はとっても美味しいんですよ」
「うむ、それは天地開闢以来の理の如く確か。とくにあいすくりんが美味。子供たちよ。食後にあいすくりんをねだることを許そう」
「使徒様、あたし、知ってます。ハジメ様のお料理が美味しいの。こないだ、おこのみやきっていうのと、かれーらいすっていうの食べさせていただきました」
「おこのみやき、おいしかたー」
「かれーもおいしかったよ!」
「しとさま、ハジメ様のおりょうりたべたことあるの?」
「応とも子供たちよ。なれば君たちと我は友である。ともにハジメくんの料理を食した仲間だ」
「ふむ、友とあらば、妾が加護を授けよう。後であいすくりんを共に食すのだぞ」
「あらあらあら、では、わたしも加護を授けましょうね。私のは何万年分も貯まってますからご利益覿面ですよぉ」
いいの? そんなのポンポンあげていいものなの?
なんか怪しい宗教の怪しさ満点の壺みたいだけれど大丈夫?
後で高額請求とかしない?
『『『大丈夫』です』である』
僕の心の中を読み取った自称使徒様方がウィンクを飛ばしてくる。
『よいのだよハジメくん。この子らはもう充分に苦難を味わったのだ。人の子が一生をかけて舐める辛酸を今日いっときで味わったのだ。もうここらでよいだろう』
『この子らはあなたの血分け与えられた、いわばあなたの子なのです。ヴァルとブリーゼのヒルダのように。ならばわたしにとっても子も同然。我が子ならば加護を授けるのも当然なのです』
『うむ、この子らは我が教会の子、我が子に加護を授けるに何の不都合があろうか』
そうですね。この子達はもう充分地獄を見た。
その小さな体に生きながら地獄の責め苦を負わされた。その挙げ句に死も経験した。
なら、残りの人生はチートでいいよな。
「ははぁ……ヴィオレお嬢、恐れ多いことです」
「い、いただきます」
「ありがとうございます」
シスターたちがおずおずとお嬢様方から、串焼きを受け取る。
僕の担当料理はまだ焼き上がっていない。
まあ、存分にBBQを堪能してからでも遅くない。
それだけクラーケンのたこ焼きはウマいことが分っている。
「みんな! ハジメ様と、皆々様に感謝していただきましょう」
「「「「はぁーい! ハジメ様、使徒様、ありがとうございます。いただきまぁす!」」」」
「女神ミリュヘと生命の女神の使徒ハジメ様に感謝いたします」
「未曾有の災厄に見舞われた今日この日、この地に降臨された使徒様方に感謝を。使徒ハジメ様と神儀伯の御裔に感謝を」
シスターたちと子供たちが口々に感謝を唱える。
ちょうどその時、僕の担当のクラーケン焼きも食べごろを迎えた。
「よし! こっちも出来上がりだよ! さあ、召し上がれ!」
細串に四個ほど串団子状に刺して皿の縁に引っ掛けて串を抜き皿に盛る。
一回繰り返してクラーケン焼き八個で一皿を作る。
先日のお好み焼きのときのソースを塗って、タジャ商会で手に入れた鰹節によく似た堅い干物を削ったものをふりかける。
今回も天かすと紅生姜、そして青のりはないが、鰹節モドキと昆布で取った出汁で生地を作ったから前回のお好み焼きのときよりもグレードアップしているはずだ。
昆布はヒュッシャシュタットからの帰り道すがら馬車の屋根にくくりつけて天日干ししたものだ。
「「「「「「「ぅわああああああああい!」」」」」」」
ものすごい勢いでBBQを食べ尽くした子供たちが、待ってましたとばかりに突貫してくる。
あっという間に一四〇個のクラーケン焼きが子供たちの胃袋に消えていく。
「んはふぅ~~っ! ほいひは、ほれええええッ!」
「はふはふ! おいひい!」
「あたたかくてじゅわっとしてて、くにゅくにゅがはいってるぅ!」
「こんなのはじめてだよぅ!」
「はあぁん! おいひいよう!」
「そとがわカリカリなのになかがとろとろなの!」
「クラーケンおいしいねぇッ!」
「クラーケンおいしいッ!」
「このニュクニュクしたがクラーケンなの?」
「おいしいねぇ! おいしいねぇ!」
子供たちの大歓呼にクラーケン焼きは迎えられた。
僕も、皿に盛らなかった分から一個を口に放り込む。
「ほふほふ! んかはぁッ! うめえええええッ!」
かりっと焼き上がった表面を噛み破るととろりとした生地が流れ出し、更にクラーケンから染み出した肉汁がじゅわっと口の中に拡がる。
「んまいッ!」
僕は思わず叫んでしまった。
元の世界のタコを一ウマウマとするなら、これはゆうに二〇ウマウマを超えてくる旨さだ!
「ほほほふうッ! こりゃうめえええッ! カラマリを一ウマウマとしたらこりゃあ二五ウマウマだなッ!」
「ええ、これはエールにとっても合う美味しさだわ」
僕から串を取り上げ、クラーケン焼き口に入れたルーデルがあいかわらずの謎単位で旨さを表現する。
その評価は僕の評価よりも幾分高いものだ。
リュドミラもまた気に入ったようだ。
「はふはふ、これはおいしいですぅ」
「んんんん~ッ! クラーケンとは斯くも旨いものなのか?」
「天地開闢よりこの旨さは初めて」
「はわわわぁッ! こんな、美味しい食べ物初めてなのです!」
自称使徒様方が、子供たちから一つずつ分けてもらって口に入れてもらいクラーケン焼きを頬を紅潮させて味わっている。
うん、女神様方(自称使徒様)にも好評みたいでよかった。
って、あれ? 自称使徒様の中に、しれっと見慣れない方が紛れて、子供たちからクラーケン焼きを口に入れてもらってホコホコしている。
「誰?」
19/02/08
第93話 今日のメニューにはいつものBBQに加え、たこ焼きならぬクラーケン焼きが登場している
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