第81話 脱出
お待たせいたしました。
誤字報告ができるような設定の変更をいたしました。
忘れてましたすみません。
「きゃあああああ! あ、あ、あ、あああああッ!」
シスターイェンナが意識を取り戻したようだ。
すかさず駆け寄り恐慌しているシスターイェンナに大声で話しかける。
「イェンナ! シスターイェンナしっかり! あなたの手を借りたいんです!」
「え? え? え? 聖下? ハジメ様? わたし、わたし? ああああああッ!」
「子どもたちを助けたいんです手を貸してください!」
「え? 子どもたち! 髭の男とロムルスの兵がやってきて、真っ先に男の子たちが次々に切り殺されて……私達は……私達は……あれ? で、でもこの有様は……?」
自分の体が真っ更に回復したことと、自分のあられもない姿に整合性が取れなくて混乱しているのだろう。
僕はシスターイェンナに考える暇を与えないことにした。
この時僕は、エフィさんが言った考える暇を与えないという言葉を正確に理解したのだった。
「シスターイェンナ! 今の状況が分かりますか? 今、教会は燃え落ちようとしています。そして、祭壇の前にエリクサーを投与した子どもたちと、シスターツェツィーリアが横になっています」
「は、はい!?」
「僕たちがすることは?」
「子どもたちの安全の確保です!」
「ご明答! では、行動しましょう!」
「はい! ハジメ様!」
僕はシスターイェンナを伴って祭壇の前に戻る。
「くそ! 間に合わなかったか……」
火災の高熱で乾いた僕の血が真っ黒な絨毯をひいたようになった床から体を起こしていたのは、傷一つ無い真っ更な体に回復していた女の子たちだけだった。
男の子たちは、発見したときの無残な骸のままだった。
身を起こした女の子たちは、傍で物言わぬ肉塊となっていた男の子たちと傷一つ無い無事な自分とに整合性が取れなくなっているのだろう。恐慌状態になっている。
「あ、あれ……わたし? 髭の怖い顔をしたおじさんが……兵隊たちが……ひ、ひいいいッ! ラ、ライナー?」
魔族の幼女エーリャが隣に横たわっている骸に話しかける。
その縦二つに切られた少年の遺体からは返事はない。
「あ、あ、あ、あ……ああああああッ、ライナーッ!」
彼女は、発見した時には素っ裸で口から太い杭の尖端が出ていた。
杭を打ち込まれる前に散々弄ばれたであろうことは容易に判った。
そのアメジストのような瞳があったところは赤黒い眼窩だけになっていた。
僕がエーリャの遺体だと判別できたのは、無残に折り取られた角の生え跡があったからだった。
「い、いやあぁッ! ライナーッ!」
「こわいよぅ! シスターダーシャ! たすけてぇ!」
「ア、アドルフ! エルマー! みんな! きゃああああッ!」
エーリャが金切り声を上げたのを皮切りに、ミーシャをはじめ起き上がった子供たちに次々と恐慌が伝播してゆく。
きっと、エーリャたちを守ろうと立ちふさがったであろうアドルフがたちが唐竹割りに斬り殺されたのを直視していたのだろう。
男の子たちの名前を叫びながら、イヤイヤするように激しく頭を振るエーリャ。
「え、エーリャ! 大丈夫! もう大丈夫ですよ!」
すかさずシスターイェンナがエーリャたちに飛びついて抱きしめ落ち着かせようとする。
「し、シスターイェンナ、アドルフが、エルマーがまっぷたつに……いやあああッ!」
「エーリャ! 君は一番のお姉さんなんだろ! 皆を励まして! 外でシスターダーシャが待ってるから!」
僕が叫んだシスターダーシャの名にエーリャはハッとして落ち着きを取り戻す。
「あ、あれ? アドルフや男の子たちが殺されたあと、髭の怖いおじさんにつかまって……あれ?」
女の子たちは皆、男の子たちが次々にロムルスの凶刃にかかったことまでははっきりと憶えていたようだったが、そこから先の記憶は実に曖昧で、一様にロムルス兵の恐ろしげな笑い顔が迫ってくるところで途切れているようだった。
「ハジメ様…………わ、わたしは?」
声がした方を見ると、僧服の端切れを全身に張り付かせただけの姿のシスターツェツィーリアがヨロヨロと近づいてきた。
「よかった、シスター……間に合った! ……ッ! 危ないッ!」
取り落とした大盾を拾い、シスターツェツィーリアの上にかざす。
炎をまといながら降ってきた瓦礫がガランガランと破鐘のような音を立てて床に散乱した。
「イェンナ、ツェツィーリア! 生き残った子をここに! シスターダーシャに合図して魔法で火を消してもらいます」
腰の雑嚢から発煙弾を出して、入り口に向けて投擲する。
スタングレネードのような大音響が教会のホールに鳴り響く。
この音なら、燃え盛る炎の音にかき消されず外のヴィオレッタお嬢様たちの耳に届くだろう。
僕は大盾の下に回復したシスターと子どもたちを入れ、シスターダーシャの魔法の発動を待つ。
あとは、消火を待って、脱出するだけだ。
ダーシャの魔法は何もかもを凍りつかせる魔法だ。せっかく生き返らせても凍りついた床に貼り付いてしまったら引っ剥がすのに難儀する。
元の世界の北国では真冬に電柱に触れるのは自殺行為だと言われているのを聞いたことがある。
あまりの寒さで、冷え切った電柱に手が貼り付いてしまうからだそうだ。
冷蔵庫から出してたての氷に指がくっついてしまった経験があったけど、それの凄い版だ。
だから、ダーシャの氷結魔法での消火よりも先に救助に飛び込んだのだった。
ガラン、ゴロン、ガガガッ!
大盾にぶつかる瓦礫が不気味な音を立てて床に落ちて火の粉を散らす。
大人の女性二人と女児八人は、やっぱり定員オーバーだった。僕は体格の小さな子たちを抱えるようにして落下物からかばう。
当初予定していたイスをバリケードに使うというアイディアは、教会に飛び込んだ時点で、そのかなりが燃えていたので放棄せざるを得なかった。
放火犯は、イスに油をまいて火を着けていったようだった。
シスターダーシャの魔法はまだだろうか? クラーケンのときにはヤツに出会って三秒で凍りつかせたのに。
崩れ落ちてきた瓦礫が容赦なく僕と、生き返らなかった男の子たちの遺体の上に降り注ぐ。
サラマンダーマントのおかげで火傷はしないし、したとしても、スキル絶対健康のおかげですぐに治ってしまう。
だけれども、落ちてきた瓦礫の打撃はけっこう辛いダメージを蓄積してゆく。
いや、すぐに治るけれどもね。
けっこう痛いから、心が削れる。
どうやら、エフィさん謹製の麻酔薬は効き目が切れてしまったようだ。
残念ながらあれ一本しか無かったから、こっから先は痛みに耐えなくちゃいけなくなった。
まあ、精神に異常をきたすので、もう飲むつもり無いんだけれどね。
「いやああッ! アドルフが! エルマーが! つぶれちゃう」
「聞き分けてエーリャ!」
「シスターイェンナ! ライナーは? ブルクハルトも入れてあげようよ! つぶれちゃうよ、かわいそうだよ!」
自分が無傷なのに、アドルフたちが死んでいるとは信じられないのだろう。
エーリャたちは泣き叫ぶ。
「ごめんねみんな! 僕のお薬じゃ男の子たちを治してあげれなかったんだ」
僕は自分の無力をエーリャたちに詫びる。
結局、僕の血で助けられたのは二人のシスターと八人の女児だけだった。
「くそッ!」
臍を噛む僕の頭上から、なにか大きな物が、そこここにぶつかりながら降ってくる轟音が聞こえてきた。
「こりゃ、やばいな」
見上げて僕は絶望する。この数は防ぎきれない。僕は大丈夫でもシスターと子どもたちが潰れてしまう。
シスターダーシャは何をしているんだ?
合図は出したのに……。
「よう、手助けはいるか?」
「お困りのようなら差し出す手はあるのだけれど?」
この状況でその提案に乗らない手があるもんか。
それがたとえ地獄の使いだったとしてもだ。
「ああ、是非とも頼むよルー、リューダ」
僕は口角を上げ、地獄の御使いのように顔を炎の朱に染め、牙のような犬歯をむき出して笑うルーデルとリュドミラの手を取ったのだった。
19/01/11
第81話 脱出
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