第78話 夕焼けの茜よりも空を真っ赤に染める紅蓮の炎
お待たせいたしました。
少し長めですがキリが良いので……。
翌朝早くに冒険者ギルドに立ち寄って、討伐証明部位を退出した僕らは、漁師のみなさんが漁から帰ってくる前にヒュッシャシュタットの街を後にした。
冒険者ギルドの窓口は、コンビニのように24時間営業なので、いつでもクエストの依頼が出せるし受けられる。
もちろんクエストの達成不達成の報告だって随時受け付けてくれる。
ただし、窓口職員の当たり外れがかなりあるので、ギルド職員のシフトを熟知しておくというのがベテラン冒険者の手管らしい。
今回の僕らの場合、飛び込みで受注したわけでもないクエストの達成報告をしに来たわけだが、運良く愛想のいい女性職員に当たったようで、スムーズにクエストの事後受注と達成報告ができたのだった。
「はい、これで手続きは完了しました……ですが、申し訳ありません、報酬は今の時間帯ではお支払いができないものでして……」
すまなそうに眉根を寄せた笑顔で、女性職員が微笑む。
報酬が高額な場合、深夜の時間帯では受け取れないことがあるのだそうだ。
まさに今回がそのパターンだった。事後受注だったしね。
強盗対策のために、深夜から早朝にかけては、最低限のお金以外は金庫にしまってしまうらしい。
金庫が開くのはギルドマスターが勤務を開始する時間だそうだ。
元の世界の深夜のコンビニに似たシステムだ。
確かコンビニではニ~三台あるレジのうち夜中に動いているのは一台で、その中に入っているお金は微々たるものなのだそうだ。
全部のレジが開くのは朝五時とか六時とかそんな時間だって聞いたことがある。
夜中にレジに数人並んだときに、店員が「すみません、この時間帯はレジ一台での対応でして……」って言ってたっけ。
この道十何年みたいなおっさん店員に聞いてみたら、お店によっては夜中のレジには課長クラスのサラリーマンの財布に入っている金額より少ないところもあるらしい。
深夜に頻発するコンビニ強盗だが、割に合わないのはそういった理由だ。
「ああ、大丈夫ですよ。アンブールか、王都で受け取れますよね」
「それはもちろんです。ハジメさんの冒険者証に今回のクエストの結果が記録がされておりますので、任意のギルドで報酬の受領が可能です」
「じゃあ、それで。お世話様です」
「お疲れ様でした。また、ヒュッシャシュタットにお越しくださいね」
ヒュッシャシュタットの冒険者ギルドを後にした僕らは、朝靄の中をアンブールへと馬車を走らせる。
何事もなければ日が暮れる前には孤児院に帰れるはずだ。
アンブールのギルドで討伐報酬を受け取ったら、シスターダーシャに全額渡すつもりだ。
シスターダーシャは、僕の血を飲んでしまったために、見えなくなっていた目は無論のこと、古傷や肉体年齢も全盛期の頃に戻ってしまっている。
つまりS級冒険者ダーリャの全盛時の頃に若返ってしまっていたのだ。
ダーリャさんとしての冒険者証はS級のまま、登録されているということだ。
事実アンブールでは目に怪我をするまではS級登録で冒険者活動をして孤児たちの生活を賄っていたのだそうだ。
が、今のシスターダーシャではいくら本人とはいえ、S級冒険者ダーリャの冒険者証を使うワケにはいかない。
見かけと実年齢が違いすぎるのだ。
つい先日まで老婆と言っていい容姿だった冒険者の身分証明書を、みかけが二十代前半の若い女性が使ったらどうなるか火を見るより明らかだ。
だから、今回のクラーケン討伐の報酬はとりあえず僕のところで受け取って、すぐさまシスターダーシャに渡す。
と、いうことにするのが一番誰にも怪しまれない方法だと思ったのだった。
「今回はうっかり忘れてましたけれど、シスターダーシャで冒険者登録し直すのがいいかもしれませんね」
なにげに提案してみる。
二重登録になってしまうが、銀行口座をいくつも持つのとそんなに変わらないだろうと安直に考えていた。
「それは……無理でしょう。冒険者ギルドのログクリスタルには、登録した本人のアストラル(魂魄)パターンが記録されております。新規登録しようとクリスタルに手を置いた途端、この身がダーリャ・ボイギュ・ミ・ダヴィデュークだということがすぐさま分ってしまいます」
「そうだったんですか、すみません……」
流石にそれは知らなかった。まさか、冒険者ギルドのような丼勘定上等を地で行くような組織が、そんなFBI真っ青の精密な個人特定ができようとは欠片も思っていなかったのだった。
「いえ、この身はツェツィーリアとイェンナのパーティーのポーターとして登録するつもりでございます。ポーターなれば、名前の登録だけで済みますゆえ」
なるほど荷役としての登録か……。
たしか、最初は僕もそのつもりだったんだけど、いつの間にかパーティーリーダーなんてことになっている。
「それか、事情を全部飲み込んでくれる口の堅いギルドマスターのところで新規登録するかだな」
事情を全部飲み込んでくれる人って……て、ことは僕の能力のこともその人に全部知られてしまうことになる。
それは絶対的に避けたいことだ。
どこからどんな形で情報が漏洩するかわかったもんじゃない。
「そうね、ダーシェンカが若返ったところで、蟻に噛みつかれたくらいにしか思わない子がいる所がいいわね。しかも、ハジメのチカラのこともよーく知ってる子がやってるところ」
「そんな都合のいいギルド支部なんて……あ……あるなぁ……」
「あります……ねえ。ハジメさん! 全部飲みこんで絶対外部に漏らしそうもないギルド支部……ありますね!」
「あるわ、あるわ! そんなつごうのいいぼうけんしゃギルド!」
「かかかかっ! あるなあ。ダーシェンカのこともよーっく知ってるやつがギルマスの支部」
「ダーシェンカのことなら二つ返事でA級付け出しで新規登録してくれるはずだけれど」
「そんな都合のいいところ……あるわけ……あるのですか? この身を怪しまずに新規登録してくれるギルドなんて……」
シスターダーシャが半信半疑に問い返す。
「ええ、ダーリャさんのことをよく知ってる人が支部長をしている、冒険者ギルド支部があります。アンブールから馬車で十四日ほどの辺境領の領都のギルドですね」
僕は笹の葉の形の耳をパタパタと動かしてクシャミをするダークエルフの冒険者ギルドのマスター、シムナさんを幻視したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「っとぉ、アンブール到着ぅ! じゃ、後はたのんだぜぇ!」
「うふふふ、後はよろしくねハジメ」
そう言って、ルーデルとリュドミラが、御者台から飛び降りてアンブールの街の喧騒の中に消えていった。
「早速酒場かよ……元気だなぁ……あ、あいつら金持っていった?」
「あの者らのことですから、冒険者証でツケがきく酒場で飲むのでしょう」
「ええ? ぼうけんしゃしょうってそんなつかいかたができるの? ダーリャ」
「Aランク以上の冒険者に限られますが……、あの者らは、たしかS級に返り咲いたと申しておりましたから」
「えええ! それは困りましたね。あいつらのことですから、数時間で金貨数百枚分くらい飲んじゃいますよ」
「ああ、それはおそらく大丈夫です。ツケができると言っても限度がありますから。S級でも金貨百枚分を超えては使えないはずです。それ以前に、あの者らのギルド口座にどれほどあるのか……」
「しまったかも……。こないだ王都で全員のギルド口座に五百枚ずつ入れたんだった。王様から千枚もらったし、ゴブリンパレード討伐の報酬をパーティーの運営資金以外、等分で皆の口座に入れたから……」
僕ら冒険者は、冒険者ギルドで銀行のようにお金を預けておく口座が持てる。それは、個人口座とパーティー口座があって、僕はパーティー運営に必要な馬車の維持費や宿代食事代消耗品代をその口座に入れて、残りを等分してみんなの口座に入金していた。
ちなみに僕がこないだシスターダーシャの教会の借金を肩代わりした分の金貨は、マジックバッグに入れていたケニヒガブラの売却代金とかゴブリンパレード討伐でもらった分とかの僕の(アイン・ヴィステフェルトさんの分を合わせた)個人資産からだった。
「はあ、しゃーないか……。ヴィオレッタお嬢様、ルーとリューダに後でお灸を据えてあげてください」
「はい、ハジメさん」
ヴォレッタお嬢様が頬を染める。
僕はあえて、昨日の晩にルーデルが落とした超巨大爆弾ツァーリ・ボンバのことをスルーしていたが、ヴィオレッタお嬢様はどうやら真に受けているようだ。
(こりゃぁ、早晩なんとか誤解を解かないとだなぁ……)
そんな事を考えながら、ルーデルたちから引き継いだ手綱を取る。
うちの賢い馬車馬グラーニは、僕が特に指示しなくても、教会への道を違えることなく進んでいく。
「ねえねえ、ダーリャ。教会についたら、ばんごはんまでの間、わたしに氷結魔法教えてくれる?」
「もちろんいいですとも。サラの魔法の向上に不詳ダーリャ、お手伝いをさせていただきます」
「じゃあ、エーリャちゃんもいっしょにしゅぎょうだね! わたし、エーリャちゃんといっしょに魔法を勉強しようってやくそくしたもの」
「そうなんですか、あの子ったら、今まで、いくら魔法を勉強させようとしても梨の礫だったのに……。ああ、そうだ、サラ、教会ではこの身のことは……」
「あ、そうだった、ね。シスターダーシャ」
「はい」
シスターダーリャが口元を綻ばせる。
「はあ、いいわねサラは……、シスターダーシャみたいなお師匠さんができて。私もお師匠さんがほしいわ」
「王都在住のこの身の朋友に、お祖母様クリザンテ様と同じ師の元で回復魔法を学んだものがおりますゆえ紹介状をしたためましょう」
「まあ、うれしい! ありがとうシスターダーシャ」
笑い合う三人を見ていると中の良い姉妹のように見える。
実際には祖母と孫ほどに実年齢は離れているんだけどね。
「聖下、何かこの身に不都合なことを考えておられましたか?」
おおう、いくら年イッてても女の勘ってやつはおっかない。
僕が肩を竦めたそのとき、ヴィオレッタお嬢様が鼻をヒクヒクさせる。
「あら……どこかで焚き火でもしているのかしら?」
「ほんとだ、どこかで火がもえているにおいがする」
僕の後頭部がチリチリと鈍い疼きを感じる。
不安感がナメクジのように背中を這い回る。
「どんどん焦げ臭い匂いが強くなってきます。ハジメさん!」
馬車が教会に近づくに連れキナ臭さが増してゆく。
(ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい!)
胃がでんぐり返りそうな焦燥感に手綱を手繰る。
「ハイッ! グラーニ! 急げ!」
教会が視界に収まるところに出た僕らの網膜に映ったものは、夕焼けの茜よりも真っ赤に空を染め上げる紅蓮の炎だった。
19/01/05
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