第76話 クラーケンのトンビは四トントラックほどもある
明けましておめでとうございます。
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運良く街外れに野営場所を確保した僕らは手早く天幕の設営と臨時炊事場の設営を終え、クラーケンの調理に取り掛かった。
冒険者ギルドへのクラーケン討伐の報告は後回し! 明日の朝にでもすればいいだろう。
ものすごく巨大なクラーケンの魔石と討伐証明部位の口の部分はルーデルから貰い受けている。
それは、クラーケンの口だ。所謂トンビと呼ばれる部位で、ものすごく硬くて鋭いくちばし状の器官だ。
「こりゃあ……でかいな。船ごとバリバリってのも納得だ……」
「ええ、漁師さんたち、ちっとも大げさなことおっしゃってなかったんですね」
それはとてつもなく巨大なトンビ……四トントラックくらいの高さで、漁師たちの言葉が嘘じゃなかったことを示すものだった。
「ここの肉は珍味なんですよ。燻製にすると旨いということを聞いたことがあります。ですから、今日はここは使わずに脚をメインに使いましょう」
「わあぁ、たのしみ」
「燻製かぁ、エールにも合いそうだな」
「ワインにも合うと思うのだけれど……そうね、きっとレベ川の白がいいわね」
「うふふ、仕込みお手伝いしますね」
「く、燻製……? クラーケンの? はわわわ……」
討伐証明部位はトンビのくちばし部分だそうなので、お嬢様たちとシスターダーシャに手伝ってもらい、さくっと肉とクチバシに分け、マジックバッグにしまう。
シスターダーシャは、どうしても食べ物に見えないらしく、始終ブルっていた。
「じゃあ、作りましょうか! 今日はタコづくしならぬクラーケンづくしです!」
「「「「おおおっ!」」」」
我がパーティーの食欲女子たちが雄叫びを上げる。
このとき、シスターダーシャは顔を紙よりも白くして俯いていたのだった。
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「ふわわわわぁッ。聖下ッ! なんですかこれはッ! こっそり別の食材をお出しいただいたんじゃございませんか? 信じられませぬッ、これがクラーケンだとはッ!」
エールに頬を染め、クラーケン飯を口いっぱいに頬張ったシスターダーシャが叫んだ。
ヒュッシャシュタットの街外れの空き地で、例によってサラに嬢様の温室結界を張っていただき、冬の澄み切った星空の下、クラーケンづくしの野宴が始まっていた。
今夜、ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様に手伝っていただいて僕が作ったのは、クラーケンのカルパッチョ、クラーケンのぶつ切りと細切りじゃがいもの炒めもの、クラーケンの唐揚げ、クラーケンとカブのビール煮、クラーケンのお好み焼き、そして、クラーケン飯だ。
材料がタコ型クラーケンってだけで、まんまタコづくしだ。
「ウマッ、ウマいいいッ! せ、聖下! これは、何という奇跡ですか? あんなおぞましい魔物がこんなにも美味しいものに変わってしまうとは!」
まるで死刑執行を知らされた受刑者のような真っ白な顔色のシスターダーシャだったが、一番原型から遠かったタコの唐揚げを口に入れた途端、南国の太陽のような顔色にどんでん返ったのだった。
ちなみに、シスターダーシャとミリュヘ教アンブール教会のみんなには、フォークを配布して使い方を教えてある。
今後、あの教会と併設孤児院で腹痛が激減すること間違いなしだ。
「ああ! この、肉とも魚とも違う食感! 先日いただいたカラマリと似てはいますが、むしろもっと噛みごたえがあって、噛む度に美味しさがジュワジュワと口の中に拡がるのです。しかも、噛むごとに心なしか体が軽くなっていくような気がします」
「わぁッ、シスターダーシャも? わたしもそんな感じがするわ」
「あら、シスターダーシャにサラもなんですか? 私もさっきから背中に羽が生えたみたいに体が軽く感じているんです」
お嬢様方やシスターダーシャの感想は、ズバリ正鵠を得ていた。
タコにはタウリンが大量に含まれている。
タウリンはものすごくザックリ言って疲労回復物質だ。
オークのときのようなアップ系危ないお薬のような薬効が無いか調べるために、僕は魔物食材は必ず鑑定することにしている。
いや、最近では調理前の食材についてほぼ全部を鑑定している。
有害な細菌やウィルスに汚染されていないかを調べるためだ。
結果、クラーケンにはタコの数十倍のタウリンと、さらに、体力や魔力の回復の薬効があることが分かった。
つまり、クラーケン料理は疲労状態では疲労回復、疲労していない状態では、副作用のない天然素材のドーピング剤といえるようだ。
要するに、RPGとかに出てくる料理アイテムのような働きをするようだ。
「だから言ったろうハジメが作る料理はウマいって」
「いや、そんなことは分っていたさね。孤児院で聖下が作ってふるまって下さった料理は絶品だったからな。あたしはあんなにウマいもんを食ったことは今以外に無いって言ってもいいくらいいだ。あたしが言ってんのはクラーケンがこんなに美味いもんだったってことなんだよ!」
「あらぁ、それもさっきからずっとダーシャ以外が言ってたことだと思うのだけれど」
リュドミラのツッコミに、シスターダーシャの顔が耳まで真っ赤に染まる。
「クソッ! ああ、わかった。あたしの負けだよ。悪食なんて言って悪かった」
シスターダーシャがペコリと頭を下げ、再びタコ料理に突貫してゆく。
今まで大嫌いだったり、食べず嫌いだったりしたものを美味しいと言って食べてくれる……。
料理を作った人間としては、こういうのが一番気分がいい。
言葉は悪いが『ざまあッ!』って感じだ。
たしかに、今回のクラーケンづくしは元の世界でも作ったことがあるタコ料理だ。
が、旨さは軽く二十倍以上だ。
一口食べただけで僕の口の中では、幸せがバブリーなダンスを初めてしまった。
(なんじゃこりゃあぁっ! う、旨味のジャイアンツ(大油田)だっ! 埋蔵量無限だっ!)
その旨さに唾液が激しく分泌してほっぺたに激痛が走る。
「あてて…ほっぺた痛ぇ」
なるほど、ウマいものを食べたときに「ほっぺたが落ちる」って言うのは、唾液が激しき分泌して、ほっぺたが落ちるんじゃないかってくらい痛くなるからなのか!
「はあぁん、おいしいねぇ! さっき、生で食べたときもおいしかったけれど、こうしてハジメがお料理したのもメッチャおいしい! わたし、このウナパタータ《じゃがいも》と炒めたものが好き!」
「ええ! 全部とっても美味しいですけれど私はお米と一緒に煮たものが好みですぅ。これ、いっくらでも食べられちゃいますぅ!」
「ぷはぁっ! 全くだぜ、どいつもこいつもエールが進むぜぇっ! あ……しまった。もう無ぇ……」
「ハジメったら、また罪作りなものを拵えたわね。罪滅ぼしにワインとエールをもう一樽要求するのだわ」
「は、ハジメさん私もエールを……」
「わたしはメーラ《りんご》の果汁!」
「あ、あのっ! 聖下っ! できればこの身にも……」
うれしいことに皆がタコ料理を堪能してくれている。
それに、期せずして、結構な依頼額のクエストを達成してしまっている。
こんなおめでたいときに酒の出し惜しみは無しだろう。
「了解! エールにワイン、それから果汁も出しましょう。それと……これも出そう」
僕はテーブルにエール、ワイン、果汁の樽を並べる。
そして、もったいつけるようにして乳白色の液体が詰まった瓶をマジックバッグから取り出した。
「おおおおっ! ハジメ、それはあああぁッ!」
「ハジメったら、大盤振る舞いね」
「聖下、それは一体?」
僕が取り出したのは、ヴェルモンから王都までの道中にこっそりと醸造していたどぶろく『妖精王の戦舞』だ。
「ダーシェンカ、こいつぁ炎竜のテールスウィングみたいな酒なんだぜぇ」
「ハジメが作っのよ。どろんこクラウスも褒めちぎった逸品なのだわ」
「なんと、国王陛下が……って、使徒ハジメ様! あなた、国王陛下とお会いになられたのですか?」
「ハジメはねぇ、国王陛下におりょうりを作ってあげあたのよ」
「陛下は、ハジメさんのお料理に涙しておられたそうですよ」
「なんと、なんとなんと、聖下! 流石は聖下! そ、それをこの身に?」
シスターダーシャがびっくりしたのか半ば目を回している。
「もちろんですよ、シスターダーシャ。だって、あなたが今日の最殊勲ですからね。あなたが一番たくさん食べて飲むべきです」
「そんな……もったいない……」
シスターダーシャの顔に微かに影がさす。
アンブールに残してきた子供たちを差し置いて、自分だけが飲み食いすることに罪悪感を感じているのかもしれない。
「ああ、もちろん、アンブールに戻ったら、孤児院の皆にもおんなじものを……いえ、もっと面白いものを作りますよ。ですから今日はたくさん召し上がってくださいね」
「ははは、そりゃあいい、ダーシェンカ、何十年かぶりに『鋼の肝』っぷりを見せてくれよ」
「あらぁ、ルーとダーシャの呑み比べが始まるのかしらぁ」
「僕が今持ってる分で足りるなら、いくら呑んでも大丈夫!」
「マザーダーリャ、たくさん飲んで食べてくださいね」
「ハジメのおりょうりって、いっくら食べても食べあきないの。マザーダーリャ、いっぱい食べようね」
僕は更にエールとワインの大樽を取り出す。
「あは……は……ははははっ。……んなの……に…じゅう…年ぶ…り…だ」
勢いよくシスターダーシャが鼻をすすり上げる。
ヒュッシャシュタットの街外れに明るい笑い声が響き渡ったのだった。
19/01/01
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