第16話 僕は冒険者になる! モンスター食材は激ウマらしい
大見得を切って、手付け金を叩きつけたまではよかったんだけど、僕には全く考えがなかった。ノーアイディアだ。
本当に頭に血が上ると、僕は考えなしに突っ走ってしまう傾向がある。
自分がそのときにしたいことを直情的に選択してしまうのは、ある意味で正しいことなのかもしれないけれど、大概の場合ユンボで墓穴を掘ることと同義だ。
リューダとルーが御者席についた幌馬車の荷台に揺られながら、僕は激しく後悔していたのだった。
金貨三百枚もあったら、お嬢様方に新しい住居を借りることぐらいできたはずだ。あのお屋敷よりは狭くはなるだろうけれど、屋根と寝台と食事をするテーブルにイスは用意できたはずだ。
「はあ……」
ため息をついた僕の顔を、心配そうな表情でヴィオレッタお嬢様見ている。
「ハジメさん?」
「ハジメ、だいじょうぶ? 顔色が青いよ」
舌足らずな高い声が僕を気遣ってくれている。
こんな幼い子にそんな気遣いをさせてはいけないな。後悔先に立たずだ。何ができるのかを考えよう。
ぐぐっ、ぎゅうるるるるうぅ!
なんてこった! こんなシリアスな場面でも腹は減るのか。そのことに僕は可笑しさがこみ上げてくる。
そういえばそうだ、昨日ゼーゼマンさんが亡くなって、お嬢様方を奴隷市場から救出したあと、悲しみにくれるお嬢様方を連れて食事時に出た。
お嬢様方にしてみれば、こんなときにご飯なんて、ふざけるな。と、僕を罵倒してもおかしくない精神状態だったはずだ。
そんなときに、僕は、能天気にも餃子パーティーをしてのけたのだ。
「無神経にもほどがあるな」
思わずつぶやいた僕の右手が柔らかく温かいものに包まれた。
ヴィオレッタお嬢様の手が、重圧のせいで、末端まで血が回らなくなって冷え切った僕の手を温めてくれていたのだった。
「ありがとう。ハジメさん。私、どれだけあなたに感謝の言葉をつくしても、あなたがしてくれたことへの感謝の気持ちを表しきれません。できることならば、もう一度、隷属契約をしたいくらいです」
ヴィオレッタお嬢様が、ふたたび僕の奴隷になろうなんて、とんでもないことを言ってのけた。
「ありがとうございます。ヴィオレッタお嬢様。でも、どうかお気になさらずに。僕は大恩あるゼーゼマンさんの遺言を実行しているだけですから」
僕がそう言うと、ヴィオレッタお嬢様が形のいい眉を顰め、口を尖らせる。
その仕草が、かわいらしくて、思わず口元を緩ませた僕の左手に、今度は、サラお嬢様の小さく柔らかな手が重なる。
「わたしも、ハジメ。わたし、ハジメのいうことだったら、なんでもきくわ。死ねっていわれても平気で死ねるわ」
サラお嬢様が、これ以上ないってくらい真剣なまなざしで、僕にとんでもない決意を表明する。
「お嬢様、僕はそんなこと望んでいませんから。僕の望みはお嬢様方の幸せな笑顔です」
サラお嬢様は、頬を膨らませ、僕に抗議する。
「ハジメ! さっきみたいにわたしのことサラって呼んで!」
あれは、カッとなっていたから、つい、図々しく態度がでかくなってしまったバージョンの僕がしたことなので、冷静な時の僕にやれって言われも、けっこう難しい。
「はい、心がけますサラ様」
普段の僕には、お嬢を削って、これくらいが精一杯だ。
「むうっ」
サラお嬢様とヴィオレッタお嬢様の膨れっ面に苦笑している僕に、真っ赤なローブをまとった、物騒な肩書きの旅の僧侶さんがニッコリと大きな前歯を見せてわらった。
「ハジメ様! 私を遠ざけるなんてことはなさいませんよね! 私、先ほど役所に寄った折に、教団本部に遊撃枢機卿の職を辞する旨をしたためました書状を出しまして……。ええ、ですから私、無職になるのですよ。そんな私を放り出したりしませんよね!」
エフィさんは切れ長の目をまん丸に見開き、得体の知れない雰囲気をまとって、僕に詰め寄る。この人、意外とめんどくさいかもしれない。
「は、はい、もちろんですよ。放り出したりなんて滅相もない!」
その迫力に気圧されて、僕は壊れた人形のようにカクカクと頷いた。
「はあ……」
思わずため息が出る。
「ため息ひとつにつき、ひとつの幸せが逃げて行くって習わなかったのかしら?」
御者台からリュドミラが僕を振り向いて言った。
「なあ、ちょっと寄り道していいか?」
ルーデルが手綱を捌きながら、僕に寄り道の許可を求めてきた。
「ああ、うん、いいよ。でも、みんなお腹空いてない?」
僕の腹の虫は鳴き始めたから、みんなはどうなんだろう? まあ、僕の場合、頭に血が上ったから余計に腹が空いてきたんだと思うけれど。
「ああ、すぐ終わるさ、たぶん」
「……それに、わたしたちから、ハジメに提案があるのだけれど」
リュドミラが、ルーデルの言葉を継いだ。二人が僕になにを提案するっていうんだ?
僕たちを乗せた馬車は、一路、街の中心へと戻る。
墓守がサインした埋葬許可証転じて埋葬済み証を役場に提出したあと、街を横切る形で街の正門の方向へと向かう。
一体どこに行こうというのだろう? 馬車に揺られること十数分くらい……。
街の正門からさほど離れていない、にぎやかな通りの一角で馬車が止まる。
「ついたよ! とりあえず、みんな降りようか! あたいは馬車を停めてくる」
ルーデルが陽気に声をかける。
「ここは……」
ヴィオレッタお嬢様がぽかんとしている。
「ああ……そういうことですか」
エフィさんがポンと手を打つ。
「わたし、ここ、初めて来たわ」
もちろん僕だって初めて来た。
「ぼうけんしゃギルドなんて!」
サラお嬢様の明るい声が響く。
王国東方辺境で一番の街、ヴェルモンの冒険者ギルドの前に僕らは立っていた。
「うわぁ……」
その威容に僕は圧倒される。
「じゃあ、行きましょうか」
リュドミラが先頭を切って、冒険者ギルドのドアを開ける。
暑っ苦しい、うっとおしいくらいの熱気が僕を襲って……来なかった。
「存外閑散としてるんだね」
肩透かしを食らった僕は、誰とはなしに尋ねる。
「ここが、うっとおしいくらいの熱気でパンクしそうになるのは、朝早くと夕方ね。今の時間は、けっこう空いていると思って来たのだけれど」
答えてくれたのはリュドミラだった。
足早に僕らは受付に向かう。
「こんにちは、ヴェルモン冒険者ギルドへようこそ!」
若い女性職員がリュドミラに声をかける。
「こんにちは、きょうは、冒険者の新規登録に来たのだけれど。シムナはいるかしら」
へえ、リュドミラはギルドに知り合いがいるのか。なら、手続きは存外速く済むかも。
……って、僕、冒険者になるんですか? モンスター狩ったり、盗賊団と渡り合ったりするあの冒険者に? そんな話、いつ出来上がってたの?
そうか、これがリュドミラとルーデルの提案か!
「手っ取り早く金を稼ぐには、泥棒か強盗か、博打か、冒険者だろ! その中で一番真っ当なのが冒険者ってワケさ。それに……」
「それに?」
僕はルーデルに聞き返す。
「モンスター由来の食材ってのが、たまらなくうまいんだぜ!」
「ええッ! どれくらいおいしいの?」
僕はごくりと喉を鳴らして聞き返す。
「そうだな、ふつうの豚肉が一ウマウマだとしようか」
なんか変な計量単位が出てきたぞ。
「モンスター肉は最低でも五ウマウマだ!」
「五ウマウマ!」
豚肉の五倍のウマさ! 瞬時に僕の口腔内は唾液でいっぱいになった。
「最低でだぜ! 極上ものだったら五百ウマウマはいく!
ごひゃくばいだって? なる! 僕は冒険者になる! 冒険者になってモンスター肉で角煮を作る!
「だから、リュドミラとルーデルが会いに来たって言えばわかるわ」
僕の高揚を他所に、リュドミラが受け付け譲と押し問答を始めた。
「あ、あのう、失礼とは存じますが、アポイントはございますでしょうか?」
まだ、あどけなさを残した面差しの職員は、おっかなびっくりとリュドミラに尋ねる。
リュドミラが呼び出そうとした人は、面会するためにアポイントメントが必要なくらいの偉い人らしい。
「あら、わたしたちがあの子に会うのに、そんなものが必要だったなんて知らなかったのだけれど」
ところが、リュドミラは鳩が豆鉄砲を食らったようなキョトンとした顔をする。
「もしくは、ご紹介状をお持ちでしたら、お取次ぎできますけど……」
流石、受付嬢さんは、海千山千の冒険者を相手にしているだけあって、こういった突発事項への対応を心得ている。
ふらりとやって来て、偉い人に会わせろなんていう横紙破りな要求をはいそうですかと聞いていたら秩序なんて保てないからな。
「いつから、あたしたちがあの子に会うのに、誰からか紹介をされなくてはいけなくなったのかしら?」
リュドミラがゆらりと剣呑な気配を放つ。僕ならこれだけで尻尾を捲く自信極大だ。
ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様そして、物騒な肩書きを返上した旅の僧侶さんはあわあわと、うろたえている。
「はいぃ、でも、規則ですので……」
受付嬢さんは、けなげにもリュドミラの暗黒オーラに負けじと踏ん張っている。だけど半分涙目だ。きっとすぐに心をリュドミラに折られてしまうに違いない。
普段はきっと、ならず者みたいな冒険者を手玉にとっているような人なんだろうに。リュドミラとルーデルのオーラにすっかり怯えている。
「そんなもんいらねえだろ。あたいらがあいつに会いに来てやったんだからよぉ」
犬歯が目立つ歯をむいてルーデルが、受付嬢さんに笑いかける。
なんかかわいそうになってきた。
「ねえ、リューダ、ルー。僕たち冒険者登録に来ただけだよね。だったら、それだけにしようよ。ね」
助け舟になるかどうか分からないけど、とにかく、受付嬢さんがかわいそうだ。どうにかしてあげないと。
「はあ…、そうね、このままじゃ、埒があかないわ。そうしましょう」
リュドミラがため息をついて、了解してくれる。
「えー、めんどくせぇな。まあ、ハジメがそう言うんならいいけどよ」
ルーデルも渋々言うことをきいてくれた。
「で、では、こちらにご記入いただきまして……」
受付嬢さんが喜々として書類を出し、記入の方法を教えてくれる。
「みなさん御存知とは思いますが、十二歳未満の方、奴隷身分、および、成人以降での重犯罪歴のある方は冒険者登録の資格がございませんのでご注意ください」
えーと、名前、生年月日に、出身地、それに職業……か。
「僕が記入できるところ……、名前しかない」
今度は僕が涙目だ。
「お分かりにならないところは、空欄でかまいません。お名前さえいただければ。こちらで、お客様の身上は分かりますので」
受付嬢さんがニコリと微笑み、手のひらが乗るくらいの水晶球を指差す。
ああ、なるほどこれで、アイン・ヴィステフェルトの記録が照会されて、問題がないと分かれば、晴れて冒険者になれるってワケだな。
ホッとする。
「御存知のことと思いますが、こちらの水晶球は住民登録台帳に繋がっておりまして、この国での出生からの全記録の照会ができます。では、そちらのお嬢さんからどうぞ」
受付嬢さんの手招きに従って、ヴィオレッタ様が水晶球に手を置く。
一瞬水晶球が青く光る。
「はい、ヴィオレッタ・アーデルハイド・ゼーゼマンさん、F級冒険者登録完了です」
ヴィオレッタお嬢様が、受付嬢さんから免許証サイズのカードを受け取る。
「そちらのお嬢ちゃんは、おいくつかしら?」
「十二歳よ。飛び級で中級学校は卒業しているわ」
サラお嬢様が、フンス! と胸を張り、書類を渡して、水晶球に手を乗せる。
「はい、セアラ・クラーラ・ゼーゼマンさん、F級冒険者登録完了です」
うん始めっからこうしてればよかったんだ、よけいなプレッシャーを受付嬢さんにかけるなんてしなくたって。
「ではお次の……そちらの男性の方……」
「はい! よろしくお願いします」
なんか、運転免許の更新の時を思い出すな、これ。
僕は右手を水晶球に乗せる。
水晶球が青く光……らない。明かりを消したように真っ暗になる。いや、真っ暗って言うかこれ、真っ黒だ。水晶のはずなのに、真っ黒な石に変わってしまったみたいだ。
これじゃ、水晶じゃなくて黒曜石だ。
「え? え? え? うそ? なにこれ? こんなの私知らない……」
受付嬢さんが、うろたえ、怯えている。
僕だってこんなの知らないよ。
バチンッ! 水晶球からブレーカーが落ちたような音がする。
ビシッ! ビシッ! っという、いやな音が鳴り響く。
「うわッ!」
真っ黒になった水晶球から、四方八方に閃光が走り……。
水晶球があった場所には、小さな砂の小山ができていた。
「だから、シムナを呼んでって言ったのだけれど」
「あーあ、だからめんどくせえって言ったんだ」
え? え? リュドミラさんにルーデルさんはこうなることを見越していたと?
「ほえええええ……、まさかこれほどとは……」
え? エフィさんも……ですか?
「ハジメさん」
「ハジメ……」
お嬢様方も困惑した顔で僕を見ている。
僕は冒険者登録をできるんだろうか?
16/10/14 第16話公開開始です。アクセスならびにブクマありがとうございます。




